腰痛に関して今までいわれてきた間違ったこと


  1. 椎間板ヘルニアがあれば,手術を受ける必要がある。どんな人が手術を受けなければならないか,医師の意見は一致している。
  2. X線診断や新しい画像診断機器(CTやMRI)を使えば,必ず腰痛の原因がわかる。
  3. 腰が痛いなら,痛みがなくなるまでじっとしているべきだ。
  4. 多くの腰痛は外傷や重い物を持ち上げることが原因である。
  5. 腰痛があると一般的に仕事はできない。
  6. 腰痛患者はX線撮影が必要である。
  7. ベッド上での安静は治療上欠くことのできないものである。
著者 Richard A. Deyo

腰痛の臨床研究を長年にわたって行ってきた一般内科専門医であり、シアトルにあるワシントン大学の内科とヘルスサービスの教授である。1981年に同大学の公衆衛生・地域医療学部で公衆衛生の修士号を取得。医学博士号は1975年にペンシルベニア州立大学医学部で取得している。腰痛の治療に関する数々の研究を行い、そのなかにはベッド上安静から運動療法の処方、経皮的電気神経刺激法(TENS)が含まれている。腰痛の研究事情について広範囲にわたり執筆している。

腰痛のTMS理論


つい最近、北米筋骨格系疼痛学会という興味深い学会の会議に招かれ「痛みの意味」という基本講演をしてきた。そこで、わたしのつぎの講演者が、腰痛の主観的な痛みとX線やMRIのような客観的な検査手段ととの間の断絶について、すばらしい講演をした。腰部X線やMRI検査では「これは歩くことも困難だろう」とおもわれるほどの変形がみられるが、痛みもなく、正常な運動ができる人のケース、また、痛みで動けないが検査では正常な人のケースなどを、彼はスライドを使って説明した。その発表の内容はすべてサーノ博士の説を裏付けるものであった。さらに考えられるのは、当時のイーサンが極端なストレス下にあったという事実である。研究生活が強いてくるあらゆる緊張に加えて、結婚生活が破綻寸前にあり、幼い娘のことでもこころをいためていた。私には彼がTMSの典型的なケースのように思われたのである。  

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外科医は粉砕した椎間板のMRースキャンという有力な武器を片手に、手術を迫っていた。イーサンは痛みと麻薬系鎮痛剤と鎮静剤で、精神の明断性を失っていた。それでも彼は抵抗を試みた。「別の医師のところに行きました。コーチゾソの注射をしてくれましたが、それも気休めでした」サーノ博士の本を再読した。椎間板ヘルニア自体が痛みを起こすのではない。ヘルニアによって筋肉は弱り、神経の機能不全は起こるが、痛みは起こらない。痛みは、こころが機械的損傷部位に釘づけになっているときでも、こころによって生じたTMSが原因である。イーサンはという話をいやというほど聞かされました。腰痛が瞬時に消えて手の指の痛みに変わったという男もいましたよ。とにかく、部屋に座って、そんな話を聞いているうちに、なぜか痛みがひいてきたんです。講座のあと、友人と食事をしたんですが、そのときは痛みが消えていました。

「サーノは身体的た治療は一切受けるなといってました。腰にたいするどんな物理的刺激も、痛みが腰から発しているという誤った観念を助長するっていうんです。そのかわり、からだのなかに、どんなこころの痛みがはいりこんでいるかをみきわめろっていうんですね。ぽくはまだ、身体的た治療を完全に捨てるという心境には達していませんでしたから、翌朝、予約してあったオステォバシー医のところに行ったんです。オステォバシー医がいうには、サーノの説には一理あるが、やはり身体的治療も必要だというわけです。その日、軽い痛みがもどってきました。その晩、サーノが身体療法の是非についてオステオバシi医と議論している夢をみました。翌朝、目が覚めると、痛みはさらに軽くなっていたので、身体的療法は受けまいと決心することができました。鎮痛剤をやめたら、軽い禁断症状がでましたけどね」イーサンは、そのときの痛みは新しいバターソのものだったという。「痛みで朝早く目が覚め、だんだん弱くなっていって、昼間には消えているというバターソです。そして、一か月半もすると、痛みは完全になくなりました」彼はその後、結婚生活にっいて真剣に考えはじめ、期限を切って離婚の実行に踏みきる決心をした。

一か月後、イーサソはなんの心配もなく、ウェイトトレーニソグとバスケットボールの練習を開始した。さらに一か月後、「長年の悩みがふっ切れたような気がして」元気をとりもどし、体調も腰痛発症以前にましてよくなった。一年後、離婚が成立し、それでよかったのだと思えるようになった。「腰痛とそれが治ったという経験が、離婚へのはずみになったんですね」と彼はいう。


  「癒す心、治る力」/著 アンドルー・ワイル  より

Andrew Weil,MD

         「TMSで治る」頚、肩、腰の痛み

 

慢性腰痛をめぐる常識のうそ


運動療法の長期効果・鎮痛剤・牽引に関しては科学的根拠無し!

このような変革をもたらしたのは,EBMの概念や手法の導入である.これにより,ほかの領域と同様に,腰痛の治療も今大きく変わりつつある.EBMとは,簡単に言ってしまえば,「根拠に基づく医療」と言える.この結果,我々の常識とされてきたことに,何の根拠のないことが明らかになったり,あるいは治療内容によっては,従来の治療がかえって有害でさえあることも分かってきた.

EBMの観点から腰痛治療を考えた場合,二つの問題が明らかになってきた.一つは,従来行われてきた治療法のほとんどが,科学的根拠の裏付けに乏しいという事実である.もう一つは,腰痛の発生,増悪,そして遷延化には,以前に考えられていた以上に,心理的そして社会的要因が,早期から重要であるという事実である.EBMという観点から,慢性腰痛に対する治療がどのような点で変わりつつあるかを見てみる.まず,治療の有効性という点について考えてみる.慢性腰痛に対して最もよく用いられている治療は,急性腰痛と同様に,薬物療法である.しかし,薬物療法のうちその有効性が認められているのは,抗うつ剤のみである.鎮痛剤や抗炎症剤の,慢性腰痛に対しての有効性は証明されていない.

次に,運動療法について考えてみる.運動療法は,ほかの治療と比べて科学的検証が最も進んでいる分野である.慢性腰痛に対する運動療法は,急性腰痛とは異なり,少ない裏付けしかないが,短期的には集中的で,動的な伸展運動が,より穏やかな運動よりも良い治療効果を得ている.しかし,長期的な効果という点では,明らかな効果は認められていない.

理学療法も,よく用いられている治療法の一つである.しかし,従来から行われている骨盤牽引などの理学療法が,慢性腰痛に対して有効であるという報告はない.しかも,高度な機能回復訓練をしたからといって,外来での簡単な理学療法より治療効果が優れているとは必ずしも言えないことが,いくつかの報告で明らかになってきている.費用対効果を考えなくてはならない現在,留意しなければならない点である.腰部コルセットに代表される装具療法もよく適用される治療法である.現在のところ,腰部コルセットが腰痛に対する予防や治療に有効であることを証明した報告はない.逆に,従来,腰部コルセットの長期装着は筋肉を萎縮させると言われてきたが,腰部コルセットの長期装着が腰の筋力を低下させるという証拠も,現在のところ得られてはいない.

(中略)

一方,EBMという観点からの慢性腰痛に対する治療の再評価が進むほど,医師と患者との間の信頼関係の重要性が認識されるようになってきた.そして,治療する際の,強力で不可解な心理的効用の意義が強調されるようになってきた.しかも、プラシーボ(placebo,偽薬)は強力な治療効果を有するが,その効果は,医師と患者との信頼関係が深いほど高い.EBMという概念・手法の導入により,従来の治療内容が厳しく再評価されつつあり,それにより,最小の医療資源で最大の治療効果を挙げるという目的が達成されつつある.その一方,科学的検証が進めば進むほど,医師と患者の信頼関係の重要性が浮かび上がってきている.EBMは,我々が医学と医療をどう捉えるかということを考えるうえで貴重な事実を提示してくれる.

(福島県立医科大学整形外科教授 菊池臣一) 

(参考文献:平成11年9月号 総合臨床P2241〜2242)

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