坐骨神経痛の一般的治療方法の不確実な将来

THE BACK LETTER No.2


200ドルの注射1回で、1O,OOOドルの手術が回避できるか?

重症坐骨神経痛のごく一般的な治療法である硬膜外ステロイド注射は、臨床的価値を実証できる優れた研究が行われなけれぱ危機に陥るかもしれない。皮肉なことに保険会杜やHMOs(民間の健康維持機構)、他の第三者支払人が、神経根圧迫の治療に硬膜外ステロイド注射の実施を制限をすれぱ、彼らは故意ではないにしても患者を手術室に送り込むことになるかもしれない。

この治療法の支持者は、「硬膜外ステロイド注射は重症坐骨神経痛患者の費用対効果の最も高い治療法である」と主張している。Wisconsin州LaCrosseのGundersen診療所の理学療法士、Timothy Harbst医学士は、この注射が病気を治癒するものではないと指摘する。「しかしこの注射によって、自然に治癒し始めるまでの時間を稼ぐことができる患者もいます。200ドルの注射のおかげで10,000ドルの手術を回避できる患者もいます」と主張する。

最近、2つの医学論文の総説において、硬膜外ステロイド注射は坐骨神経痛の効果的な治療法であるという確証がないことが示された。Spineの最新情報のぺ一ジで、Nikolai Bogduk医学博士は「腰椎または尾骨にステロイド使用を擁護する二重盲検比較試験の注目すべきデータはありません」と結論を下している(Spine,1995;20(7):845-848を参照)。

オーストラリアでは、すでに硬膜外ステロイドの使用制限が提案されたとBogduk博士は指摘している。オーストラリアの国立医療研究審議会は、最近、それらの有効性を示す証拠がないとの結論を出し、さらにこの治療法には明確な科学的根拠が欠けていることさえも指摘した。この政府機関は、経験を積んだ医師のみに硬膜外注射を行うことを許可し、さらに臨床医は患者から十分なインフォームド・コンセントを得るよう勧告している。

米国の第三者支払人も、裏付け証拠が不足しているならば、同様にこの一般的な治療費用を負担することに幻減を感じるようになるかもしれない。最新の米国医療政策研究局腰痛ガイドライン委員会によるこの注射療法に対する支持は力のないものであった。「硬膜外ステロイドが急性の神経根症の治療に有効であるという証拠は存在しなかった」とガイドライン委員会は結論を下している。しかし一方で、委員会は手術を回避するために硬膜外ステロイド注射を試みることは有用であるかもしれないと付け加えている。推奨の程度をランク分けした治療計画案では、硬膜外ステロイドは短期疼痛緩和のためのオプションとして挙げられている(Bigos S, et al.,Acute Low Back Problems in Adults,AHCPR Guideline. No.950642.1994,Rock-
ville,Maryland:47-48を参照)。

しかし、2つの新しい試験結果では神経根性疼痛の治療法として硬膜外ステロイドを支持している。ドイツで行われた無作為二重盲検比較試験について、0rlandoでの米国整形外科学会の年次総会で発表されたところによると、硬膜外ステロイドは生理食塩水あるいは局所麻酔薬のいずれと比較しても、より有効であると認められた。また本試験に関する討論の中で、スウェーデンのGothen・burg大学のAlfNachemson医学博士は、硬膜外注射に関する無作為比較試験についての未発表の新しいメタ分析によると、急性の神経根障害に対して効果的な治療法であることが認められたと発表した。

硬膜外ステロイド注射は疑念に取り囲まれている

硬膜外ステロイドの使用は、最近の論文で有効性が報告されたにもかかわらず疑念に取り囲まれている。ステロイドがどのように効くのかは明らかではない。この治療法の適応は、まだ正確に定義されておらず、現在行われている注射技術でどの程度効果的に薬剤が標的組織に到達できるのかも明らかではない。

Bogduk博士は硬膜外ステロイド注射の理論的根拠は仮説に基づいていると指摘している。この注射に関する一般的な議論は、オーストラリアの解剖学者によると次のようになる。「なぜなら、ステロイドは抗炎症剤であり、坐骨神経痛に効くのだから、きっと神経根の炎症を抑えることによって作用しているに違いない」。

しかしながら、神経根圧迫における炎症の役割については今も熱い議論が交わされており、それらの炎症反応の治療におけるステロイドの役割についても同様である。Bogduk博士は最も広く使用されているステロイドのメチルプレドニゾロンは麻酔作用も有しており、侵害受容性の神経線維を遮断することによって疼痛を軽減している可能性があると強調している。

硬膜外ステロイドの最適投与時期は不明である。慢性的な障害よりも急性の神経根障害に有効性が高いという点については一般的なコンセンサスがある。しかし、神経根障害の極めて初期の段階、症状発現後数日間においては、この治療法の有用性を検討した良質な比較試験はこれまで行われていない。

一般的に硬膜外ステロイドは安全であるが、腰痛ガイドライン委員会はごくまれに重篤な副作用を引き起こすこともあり得ると報告した。

硬膜外ステロイド注射に関する74の試験

米国医療政策研究局の腰痛ガイドライン委員会は、硬膜外ステロイド注射に関して74の試験を確認したが、委員会の認定基準を満たしたものは、その内9件の無作為比較試験だけであった。これらの試験の質には大きな違いがあった。

硬膜外注射の有用性を急性の神経根障害を対象として検討した2つの試験がある。Cucklerらは、治療直後および長期経過観察時において、ステロイド投与群と対照群に有意差を認めなかった(Journal of bone and joint Surgery[A],1985;67(1):63-66を参照)。Matthewsらは、硬膜外ステロイド投与群は、治療から3ヵ月後の成績は優れていたが、治療の1,6,12ヵ月後ではそうではなかったと報告している(British Journal of Rheumatology 1987;26(6):416-423を参照)。その他の無作為比
較試験では、硬膜外ステロイドの有用性を慢性の神経根障害または慢性のものと急性のものを混合し対象として検討している。これらの試験は矛盾する結果となった。

Bogduk博士は硬膜外ステロイドを支持する証拠の大部分は比較試験ではない症例報告であると述べている。「これらの比較試験の結果からは、それほど硬膜外ステロイド注射の有効性を支持できません」。硬膜外ステロイドに対して好ましい結果が得られた比較試験もあるが、その多くは試験設計や方法論上に問題点があり結論に制限を付けざるを得ない。

ドイツからの新しい試験報告

ドイツのBochumのJiurgen Kramer医学博士は、新規の無作為二重盲検比較試験で低用量のステロイドを前の椎体側の硬膜外腔に到達させるために、二重針法という新しい手法を用いた。Kramer博士らは75例の急性坐骨神経痛患者を、ステロイド(トリアムシノロンアセトニド10mg)の生理食塩水溶液の局所投与群、生理食塩水単独の局所投与群、局所麻酔薬(リドカイン)の傍脊椎部注射群に無作為に割り付けた。

ステロイドと生理食塩水の群においては、医者も患者も注射器の内容物を知らされてはいなかった。傍脊椎部群においては注射部位が異なるため、医師に対しては盲検下に実施することはできなかった。

患者はいずれも1週間に3回注射を行った。投与前において、年齢、性、症状の持続および神経根圧迫徴候に関して統計学的に有意な群間差はなかった。さまざまな客観的・主観的な経過観察手段を用いて、3週間後と3ヵ月後の患者を評価した。

Kramer博士は「硬膜外注射は生理食塩水単独よりも優れた結果を示しました。この差は統計学的に有意であり、これらの患者は有意に改善していました」と述べている。硬膜外投与群は両群とも傍脊椎部リドカイン注射群より優れた結果を示した。

生理食塩水を注射した患者が傍脊椎部にリドカインを注射した患者より結果が良かった点は興味深い。Kramer博士は「硬膜外腔へ液を注入することにより、炎症メディエーターを洗い流せるかもしれません。ステロイドの導入はこの作用を最大限に活用しています」と述べた。

本研究に関して現在入手できる情報はごく限られているが、過去の無作為比較試験と同様の試験設計上の問題によって、結論を制限されてしまうことが懸念される。

新規のメタ分析

この試験にっいての議論の中で、Alf Nachemson医学博士は、硬膜外注射試験の新規のメタ分析について次のように述ぺた。「硬膜外ステロイド注射に関する9つの無作為比較試験があります。私も最初は信じられなかったのですが、メタ分析の結果、硬膜外注射は生理食塩水と比較して14%の利点があることがわかりました。今回の試験はこの数字をさらに上回るものです。これが急性の神経根障害のための効果的な治療、少なくとも生理食塩水より有効だという証拠であると思います」。

Bogdukは研究者が硬膜外ステロイド注射の価値を十分に実証しないならぱ、政府や第三者支払人がそれの使用を制限するかもしれないと警告する。「必要なのは、硬膜外ステロイドに関する統計学的に意味のある適切な試験です。いまだ続いている論争に対してものを言うためにはそれが必要です」。

しかしながら、彼はまた臨床医はこの呼びかけを無視するだろうと予測している。なぜなら彼らはすでに硬膜外ステロイドの効果を確信しており、それの証明は必要ないと考えているからである。もしそうならば、この態度は残念ながらステロイドやその他の治療法にとって不幸な結末をもたらすことになるであろう。

The BackLetter,10(5):49,56.1995.

加茂整形外科医院