職業性腰痛についての画期的研究が現れ、人間工学に関する議諭が白熟

腰痛による活動障害は複雑な多要素性の問題である


肉体労働が活動障害性の職業性腰痛の有力な原因だという、使い古された仮説を取り下げる時が来たのだろうか?

画期的研究によって、この仮説の中心にもう1本、杭が打ち込まれた。さらに重要なことには、腰痛研究の将来有望な新領域が開拓されたのである。

1990年代半ばに、米国最大の小口貨物輸送会祉United Parcel Service (UPS)は、UPSの6ヵ所の積み込み中心地に報告された「腰部損傷」のパターンの調査を、Stephen E Wiker博士とKen Stewart博士に委任した。UPSは、6施設間の損傷率に大きな差がみられる原因が身体的仕事因子なのかどうかを知りたいと考えた(Wiker and Stewart,1996を参照)。

Wiker博士とStewart博士によると、“人間工学的なストレスや緊張状態の古典的な指標によって、各センターにおける労働者の実際の罹患率を予測することはできなかった。センター間の労働者の損傷発現率における5倍近くの差は、明らかに他の因子が原因である”。

本研究は1996年に実施されたが、今なお論文は公表されていない。しかしながら、人間工学的な予防プログラムのメリットに関する討議において重要な役割を演じている。UPSは、2000年にOSHAの人間工学的提案に関する公聴会の公文書として本研究の報告書を提出しており、それ以来ずっと討論のテーマになっている。

わずかな関連すらなし

Chapel HillにあるUniversity of North CarolinaのNortin M. Hadler博士は、最近、Washington,DCで開かれた人間工学に関する上院公聴会で本研究にっいて論じた。博士は、科学的研究によって労働内容と活動障害性の腰痛の起こりやすさとの関連性を見出そうとの試みが60年以上も続けられてきたことを指摘した。“関連性は見出されたものの、弱く、一定しない"とHadler博士は述べた(Hadler, 2001を参照)。

Wiker博士とStewart博士による研究は、貴重な新しい研究方法を用いてこの問題を検討したが、“わずかな関連すら見出されなかった”と博士は述べた。

肉体労働が要求されることが活動障害性腰痛の有力な原因であるという仮説は時代遅れである。Hadler博士は、“最先端の科学によって、その仮説を検証するだけでなく、もっと参考になりそうな新しい仮説が立てられた”と述べた。新しい仮説では肉体労働だけに留まらず、杜会心理学的環境や組織環境まで視野に入れている。

小地域分析

Wiker博士とStewart博士による研究は、活動障害性の職業性腰痛の研究に、“小地域分析"手法を初めて使用した、画期的研究である。小地域分析は、地理的に小さな地域における正確に定義された集団において健康に関連する問題および医療利用パターンを研究する方法である。それは、一連の小さな像を念入りに調査することによって“大きな像”の正確な見解を確立する研究スタイルである。

小地域分析は、医学研究に多大な貢献をしてきた。今までのところ、脊椎分野の中で小地域分析が最大の貢献をしたのは、おそらく脊椎手術の分野であろう。臨床医は長年、米国と先進工業諸国における脊椎手術の施行率はほぼ同じで、一貫していると推測していた。

外科医には知られていないが、手術施行率には、国、地域、市町村によって約15倍もの差があることが、小地域分析によって明らかになった。そして、皆が考えているように、手術施行率を押し上げているのは、基礎にある脊椎病理学ではないことが明らかになった。このことが手術適応と手術実施パターンの見直しにつながり、大きな手術結果研究に拍車をかけた。

小地域分析は、米国企業で多発した腕や手の痛みの調査にも用いられた。Hadler博士とNIOSHの研究者による一連の小地域分析によって、電話番号案内サービスのオペレーターにおける活動障害性の上肢痛の驚くべき多発の原因は、人間工学的暴露の変化ではないことが明らかになった (Hales et al.,1989;Hadler,1992;Hales et al.,1994を参照)。

きらめくような可能性?

腰痛による活動障害の分野には、小地域分析を用いる研究にとって、きらめくような可能性があるように思われる。

米国やその他の国には、ほぼ同じ労働者集団がほぼ同じ職場でほぼ同じ肉体労働を行っている複数の出張所を有する大会社が多数ある。これらの会社の各出張所で報告された腰痛および活動障害の変動を注意深く研究することによって、肉体労働、仕事の社会心理学的背景および職場組織が及ぼす相対的な影響を評価することが可能なはずである。Wiker博士とStewart博士による研究が、この分野に多くの研究が進出する先駆けとなることが望まれる。

簡単な説明

Wiker博士とStewart博士による革新的研究では、5つの州にあるUPSの6つの出張所の334名の労働者について調査が行われた。「腰部損傷」すなわち仕事に起因する腰痛の報告頻度は出張所によって著しく異なっていた。2ヵ所は損傷率が低く、2ヵ所は中程度、そして2ヵ所は高かった。6つの出張所のすべてで、荷物の積み込み、荷下ろし、仕分けおよび中継基地での作業を含む、ほぼ同じ組み合わせの肉体労働が行われていた。

Wiker博士とStewart博士は、損傷報告率における大きな差異の原因を解明できることを期待して、さまざまな因子を分析した。しかしながら、仕事の人体測定学的関与因子、心拍数によって測定した労作量、そして職場の幾何学的構造によって、損傷率の差を説明することはできなかった。同様に、生産の程度(例えば荷下ろしをしたトラック、移動した荷物の数、労働時間数など)は、報告された腰部損傷と相関しなかった。

同じくWiker博士とStewart博士は、仕分けおよび中継基地での作業を分析するために、人力での持ち上げ作業に関するNIOSH作業指針を用いた。これらの分析結果からも、報告された腰痛との明らかな関連はまったく認められなかった。

他の影響

本研究は、その主要仮説に関する最終的な結論に到達した。すなわち、検討した評価尺度によると、人間工学的因子はUPS出張所の腰部損傷率における大きな差異の原因ではなかった。本研究は、非身体的影響を探すことを目的として計画されたものではなかった。今後、小地域分析を行わなければ、仕事の社会心理学的背景に注目することが有益かどうかはわからい。Hadler博士は、腰痛に関連する活動障害の原因は、社会心理学的因子が複雑に混じり合った中にある可能性が高いと考えている。

博士は、「私たちは、筋・骨格系の不快感を体験している労働者が、職場の内外の生活における身体的要求をとりわけ難しく感じることを知っています。そして私たちは、それらの課題の一部または全部を実行できない程度にまで難しさが増しうることを知っています」と説明する。

「しかしながら、労働者がそうした難しさを克服できないと思う時、そして職場を去る以外に選択肢がないと考えるとき、作業の実際の身体的要求よりも、むしろ仕事の体制、職務の自律性、労働者の態度および細かな管理上の問題といった因子が制限因子である可能性がずっと高いのです」と付け加えた。

他の研究のためのテンプレート

Hadler博士は、他の研究者が他の産業および他の設定において小地域分析の手段を用いることを期待している。博士は、Wiker博士とStewart博士の研究は他の横断研究のための概略的テンプレートとして役に立ったと信じている。博士は、「職業の流動性および配置転換が制限因子であることがわかるかもしれないが、私は、縦断的研究にも賛同します」と言う。

将来の研究では、もっと広い範囲の因子について調査すべきである。人間工学的因子に加えて、仕事のもつ杜会心理学的背景および組織的背景について包括的な調査を行うべきである。こうした研究では、腰痛と、常習欠勤、他の形態の筋・骨格系不快感、他の身体症状、健康に関心をもつさまざまな行動、および健康に関連するライフスタイルの問題との相関関係を検討すべきである。

これらの研究では、監督者自身の有能性、組合の影響、およびさまざまな計量学的施策といった仕事上の因子、についても評価すべきである。人員削減、配置転換、給与水準、その他の経済的影響の作用について、すべて評価する必要があるだろう。「これらの研究は完全に実行可能です。評価尺度はすべて、論理的に計画できます」と、Hadler博士は言う。

調査が必要な分野

他の研究者も、この種の研究が有意義だろうと考えている。「私は、この分野は無視されており調査する必要があるという意見に賛成です。これらの研究が有用な指針を提供し、これらの一部を解決するのに役立つかもしれません」と、University of Huddersfieldの脊椎研究部門の責任者を務める英国の研究者Kim Burton博士は言う。

Burton博士は、これらの研究は広い範囲の産業および環境において実施しなければならないと喚起する。博士は、これらは評価および測定の点からみて、難しい研究になるだろうと指摘する。機械的なストレス因子が労働者群の間で同様であったとしても、やはり、これらの因子を定量化する必要があるだろう。

職場間の社会心理学的および管理上の重要な差を明らかにするためには、「測定可能な程度の社会心理学的および管理上の差と、有意差を検出するのに十分な感度を有する測定手段が必要となるだろう。研究では適切な因子を測定することも必要になるでしょうが、これはすべての研究に当てはまることです」Burton博士は言う。

綿密な研究の必要性

Hadler博士とBurton博士は、職業性腰痛の小地域分析においては綿密な研究方法が必要であると指摘した。しかし、このことが職場における腰痛の他のすべての研究に当てはまる点を強調することが重要である。この分野では、荒削りの研究で有用な洞察を得るような段階はとうに過ぎている。

半世紀以上にわたる科学的な研究により、職業性腰痛が単純な問題ではなく、単純な解決策はないことが示されている。身体的、社会心理学的、もしくは組織に関する因子のどれをとっても、それ1つだけで職場における活動障害性腰痛の主要な決定因子とはならない。そして、何か1つの因子または予防法が、人間の抱えるこれらの大きな問題に対する特効薬となることはないだろう。

腰痛による活動障害は複雑な多要素性の問題であり、科学的な研究は、その複雑さの特性を明らかにしうる手段と方法を用いて、このテーマに取り組まなければならない。

参考文献:

Hadler NM. Scientlfic Evidence on Work-Related Musculoskeletal Disorders and Interventions. Hearing on Ergonomics, Committee on Appropriations, US Senate, Subcommittee on Labor, Health and Human Services. Education, and Related Agencies; April 26, 200 1 . 

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Hales RR et al. NIOSH Health Hazard Evaluation Report (HETA 1989-299-2230, US WestCommunications). 
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Hales T et al., Musculoskeletal disorders among visual display terminal users in a telecomrnunications company, Ergonomics, 1994; 37: 1603-21 .

 Wiker SF and Stewart K, Comparative ergonomic measurement and evaluation of United Parcel Service facilities, 1996; as yet unpublished. 

The BackLetter 16(9): 97 104-105 2001. I

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