根性坐骨神経痛に対する末梢神経ブロック

高橋啓介(石川県立中央病院 整形外科) 宮崎俊聡 田尻和八 

富田勝郎(金沢大学医学部 整形外科)

日本臨床整形外科医会会誌Vol.19,No.3 July.1994


はじめに

根性坐骨神経痛は神経根が椎間板ヘルニアまたは脊柱管狭窄により圧迫をうけて発症し、疼痛発現の原因は神経根にある。また坐骨神経痛は圧迫のみでは出現せず、神経根に何らかの変化が起きて発現される。つまり圧迫があっても痛みは改善することを意味しており、ここに保存療法としての神経ブロック療法の意義がある。坐骨神経痛に対する神経ブロック療法としては、直接薬剤が神経根に達する硬膜外ブロックや神経根ブロックが代表的なものである。根性疼痛に対しての末梢神経ブロックは、いわゆる局注として頻繁に日常診療で用いられているにもかかわらず、一時的また対症的なものと考えられ、一般には坐骨神経痛の治療として認められてはいない。今回、根性疼痛の発現機序に関する最近の臨床的さらには基礎的報告をもとに、まず末梢神経ブロックが根性坐骨神経痛の軽減になぜ有効であるかを示し、その後に実際の手技について述べる。

根性疼痛発現機序について

臨床において坐骨神経痛の程度は天候や温度に左右されることはしばしば経験する。足が冷えると痛みが増悪する事や、入浴すると痛みが軽減する事は坐骨神経痛を有する患者がしばしば口にすることである。さらに痛みを感じている部位に湿布を貼ると痛みが楽になると、下腿に湿布を貼っている患者を目にすることがある(図1)。これらは痛みの原因が神経根にあるにもかかわらず、末梢の状態で痛みが変化することを示している。また我々は腓骨神経のブロックで坐骨神経痛が軽快することを報告した。L4/5間の椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛に対して、2%キシロカイン7ccを用いて腓骨頭部で腓骨神経をブロックすると、実際に全例で痛みの軽減が得られ、Lasegue testの改善例も認められた。坐骨神経に対する末梢神経ブロックに関しては今までいくつかの報告がある。いずれも神経根に病因があっても末梢神経ブロックにより痛みが軽減したというものである。以上のような臨床的な事実により、末梢の状態または末梢からのインパルスが根性疼痛の発現に重要であることが推測される。また基礎的なデータでも末梢からのインパルスが重要であることが示されている。後根神経節は知覚神経の細胞体を有し、種々の神経ペプチドを産生しており、痛みの発現や伝達に重要な役割を持っていると考えられている。この神経ペプチドの内でもサブスタンスP(SP)は痛みの伝達物質と考えられている。このSPの変化については、末梢神経の切断のほうが神経根の切断よりもSPが低下することや、末梢神経の刺激により後根神経節内のSPが上昇することが最近示されている。この結果は末梢からのインパルスの増減で後根神経節でのSPの産生が変化することを示しており、基礎的データからも痛みの伝達は末梢の状態に影響を受けることが推測される。このような臨床的、基礎的事実は蓮江らも強調しているように、末梢から神経根に到るインパルスが根性疼痛の発現に必須であることを示している。つまり神経根に病因があっても、坐骨神経のどの部位でもブロックを行なえば、痛みが軽減することを示しており、末梢神経ブロックの意義がここにある。

末梢神経ブロックの手技

根性坐骨神経痛に対する末梢神経ブロックの手技としては、手術の際に行なう麻酔と異なり、確実に神経にあてる必要は全くない。穿刺による神経損傷や、ブロック後の運動麻庫を避けるためにも、目的とする神経の近傍に針を刺入し、薄い濃度の局所麻酔剤を多めに注入することで、その薬剤の浸潤によりブロックが可能である。我々は局麻剤としてO.5%のキシロカインを使用している。坐骨神経痛に対しての末梢神経ブロックはどこの部位でも行なえるが、ポイントとしては腎部での坐骨神経ブロック、腓骨頭部での腓骨神経ブロック、さらには腰、腎部の局所浸潤ブロックが代表的なものである。坐骨神経ブロックは腎部から下肢にかけての痛みに有効で、すべての坐骨神経痛が適応となる。ブロックの手技としては、まず腎部の圧痛点を指で探す、坐骨神経痛を有する症例では強く押すと下肢に痛みを放散する圧痛点を有しており、その部位に長針を用いて0.5%のキシロカインを10m1注入するだけである(図2)。
腓骨神経ブロックは下腿のみの症状の場合に適応となり、腓骨頭部の末梢でO.5%のキシロカインを5ml注入する。下腿以下の症状を有する場合は局麻剤注入による腓骨神経ブロックよりも、電気刺激療法が有用であるので、神経ブロックではないが紹介する(図3)。これは脊柱管狭窄症に伴う下腿の症状や間欠破行に有効で、とくにおもだるい、突っ張るとか他の治療法ではとれにくい症状に有効である。この方法は簡便で副作用、合併症がないので家庭でもおこなえる利点がある。方法としては腓骨頭部で腓骨神経の真上に電極をあてて、足指が軽度背屈する程度の強さで約15分間刺激するだけである。患者にとっては治療による痛みもなく、かえって快適である。局所浸潤ブロックは最も簡便で有効な治擦法である。これは筋膜や腱などに分布する末梢神経の細糸や侵害受容器をブロックするもので末梢神経ブロックの一つといえる。このブロックは通常は腰、腎部に行なうことが多い。圧痛点を探し、この部位をブロックすると痛みの軽減に有効である。指で圧痛点を探すが、圧痛部は触診で筋の硬結としてふれることが多い。腰部では傍脊柱筋の外側縁、腎部では上殿神経と呼ばれている部位が代表的である(図4・図5)。圧痛点のなかでも、強く押すと腰痛や下肢痛が誘発されるのがtrigger pointと呼ばれるものである。腰、腎部のtrigger pointをブロックすると下肢痛まで軽減することをしばしば経験するが、この理由を説明する仮説が最近発表されている。これはtrigger pointからの刺激により神経細胞内で発火が起きると後根神経節内の隣接する他の神経細胞の発火を次々に誘発し神経節全体の細胞が興奮して、つまりは坐骨神経痛として認識されるというものである。このようにtrigger pointは痛みの発現に重要であり、この部位のブロックは痛みの軽減に非常に有効である。このような末梢での神経ブロックは硬膜外ブロックや神経根ブロックに比べると手技が簡単であり、一般的な局麻剤の使用上の注意さえ守れば、重篤な合併症を引き起こす危険性も少ない。

ブロック効果の永続性について

数回のブロックで症状の軽快が永続する例は多数みられる。しかしながら、末梢神経ブロッグは病因に対する治療でなく、一時的、対症的な治療ではないかという疑問がある。ブロックがなぜ効果があるかについて最後に考察する。神経根が圧迫をうけ根性疼痛が発現すると、その神経根に相当する中枢神経や末梢神経が異常興奮し痛みに対する感受性が尤進すると考えられている。蓬江の仮説を引用すると、痛みがあると中枢や末梢が興奮する、末梢が興奮することにより末梢からのインパルスが増加し、病変部である神経根でさらに増幅され中枢に伝達される。これによりさらに中枢の感受性が亢進し痛みを強く感じるというものである。末梢神経ブロックを行なうと神経根から末梢へ、また末梢から神経根に入るインパルスが減少するために痛みが軽減する(図6)。末梢からのインパルスを短時間でも止めることによって、痛みの悪循環を断ち、痛みに対する中枢および末梢の異常な感受性が正常化するために、ブロック効果が永続すると考えられている。つまり末梢神経ブロックも決して一時的、対照的な治療でない。

結語

(1)この末梢ブロックで痛みを軽減させ、病因である神経根に対して適切な処置を行なえば、末梢神経ブロックは根性疾痛に対して有用な治療法である。(2)さらに神経根より末梢でのブロックが痛みの軽減に有効なことから、我々は末梢からのインパルスつまり末梢の状態が根性疼痛の発現に重要な役割を有していると推定している。

 

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