固定術を巡る騒動

Groopman博士は患者が固定術に至るまでの過程は、ほぼすべての面で論争の余地があると示唆


腰痛の治療法として実施されるようになって以来、固定術には論争がつきまとっている。多くの読者をもつ米国の雑誌の記事がその徴候だとすれば、論争はさらに拡大しようとしている。

論争が単なる感情のぶつかり合いではなく有益な討論になることが望まれる。しかしまだそうした様子はみられない。

最近、雑誌New Yorkerに掲載された“A Knife in the Back"というそのものずばりのタイトルのついた長文記事は、固定術に対する挑発的な批判を述べており、固定術には科学的根拠がなく、大多数の患者では慢性腰痛が軽減されないと示唆している。

AIDS研究者で医師そしてジャーナリストでもあるHarvard UniversityのJerome Groopman博士は記事の中で、多くの脊椎治療専門家、とくに外科医は、患者に対する固定術のリスクとベネフィットを正確に把握しておらず、その効果を評価することすら渋っていると主張した。脊椎治療学界の多くの人達はこの外科手術の根拠となるエビデンス(またはその欠如)について見て見ぬふりをしていると、記事は示唆している(Groopman,2002を参照)。

Groopman博士は、患者が固定術を受けるに至るまでの過程は、ほぼすべての面で論争の余地があると示唆している。記事では、椎間板変性のために脊椎固定術を受け、腰椎の不安定性に気づいた、Trisha Bryantという女性の例を挙げている。

Groopman博士によれば、“Trisha Bryantは、外科医が勧めた手術は必要なもので、研究によって有効性が証明されているのだろうと思った"。しかし、もしThshaが医学文献を調べていれば、彼女のようなケースはあらゆる面で(MRIスキャンの解釈、脊椎の不安定性の診断、脊椎の骨癒合の妥当性、切迫した徴候を示している椎間板造影)、脊椎専門医の間でも意見が分かれているということに気づいたであろう。

Groopman博士は、脊椎治療学界の欠点を広い範囲にわたって指摘した。記事でとくに示唆したのは次の点である:(1)脊椎専門医は、慢性腰痛症例の85%については疼痛発生源を“見抜くことができない”;(2)脊椎治療学界は意見の相違によって分断された競合するフランチャイズの世界である;(3)固定術を支持する経験的裏付けは乏しい;(4)時には、金銭的な問題が診断方法や治療方法の選択に人きな影響を及ぼす;(5)外科専門医の急増と外科技術の普及が手術率を上昇させている;(6)弁護士と診断医の癒着が、労災補償患者に対する不必要な手術を促進している(少なくとも1つのコミュニティーにおいて);(7)専門グループとインプラント製造業者がエビデンスに基づく研究を妨げている。

真剣な主張

これらは、脊椎治療学界を全面的に告発した、不安を駆り立てる主張である。脊椎治療学界のすべての専門家は、これらの告発を真剣に受けとめるべきである。

もし本当に固定術が、Groopman博士が主張するほど物議をかもす、効果のないものであるなら、医学界はなぜ異議申し立てをしないのだろうか。なぜ米国の医師は毎年20万人もの患者に固定術を実施しているのだろうか。これらの手術のために1件に、つき6万ドルも支払っている保険会社から、なぜ悲痛な叫びが聞かれないのだろうか。固定術を非難する脊椎専門学会のコンセンサス声明はなぜ無いのだろうか。

激情と光明

残念なことに、この記事を読んだ人は、光明を見出すよりも感情の高ぶりのほうが強い。慢性腰痛の治療としての固定術を支持する科学的エビデンスと、固定術に反対する科学的エビデンスを取り上げることが妥当である。残念なことに、Groopman博士の記事は、固定術に反対する主張をしているだけであり、その主張を支えるために提示したエビデンスには偏りがみられた。

たとえば、固定術に関する重要な科学的エビデンスの一部は、脊椎固定術を保存療法(1つは椎間板変性に対する保存療法、もう1つは峡部の脊椎すべり症に対する保存療法)と比較した、2つの無作為対照比較研究で得られたものである。両研究では固定術に関して、普通の保存療法プログラムを上回るわずかな優位性が認められた(Fritzell et al.,2001; Moeller and Hedlund,2000参照)。

スウェーデンの腰痛研究家

Groopman博士は、複数の研究のうち1つだけに言及し、その結果を一風変わった形で取り上げている。博士は、スウェーデンの腰椎研究で固定術を受けた6例の患者のうち、結果が“excellent"であった者は1例もいなかったと指摘している(Fritzell et al.,2001を参照)。Groopman博士は、“本研究が専門家の間で正当性を支えるものとみなされている程、固定術の経験的裏付けがいかに弱いかを示している”と述べている。

この記事を偶然読んだ人は、“これは恐ろしいことだ。大きな脊椎再建手術の成功率が15%とはあきれた話だ。この外科医達は何をやっているのか"と思うだろう。

本研究の手術コホート集団のうち、第三者の観察者が結果を“excellent"と判定した患者は15%しかいなかった、というのは真実である。Groopman博士が言い忘れているのは、スウェーデンの腰椎研究の手術コホート集団には、長期経過観察時の結果が“good”であった患者がこのほかに30%いた、という点である。固定術群は、ほとんどすべての結果評価尺度において保存療法群よりも優位であった。手術群は、疼痛に関しては33%の改善、活動障害に関しては25%の改善であった。手術群の患者の75%は、もう1度同じ手術を受けるだろうと同答した。

だからといって、スウェーデン腰椎研究で、脊椎固定術を支持する完全に確かなエビデンスが得られたと言っているのではない。この研究結果は“コップに水が半分も入っているとするか、半分しか入っていない”という性質のものである。第三者の査定者によると、33%の患者の結果は“fair"に過ぎず、22%の患者の結果は“poor”であった。本研究における疼痛および活動障害のわずかな改善は、大手術のコストと合併症を正当化するのに十分ではなかったと主張する者もいる。そして彼らは、本研究のほとんどの患者は、長期経過観察時に、長く続く疼痛と活動障害を有していたと指摘した。

しかし、固定術に関するバランスのとれた考察には、肯定的な見方と否定的な見方、そして利用可能なエビデンスの正確な説明が含まれるべきである。おそらく脊椎固定術の有効性について絶対的な“yes/no”の答えはないのだろう。患者が固定術の結果を掘り出し物だと考えるかどうかは、患者の態度と期待、さまざまなレベルの疼痛と活動障害に対処する能力、および他の治療法に対する反応によって大きく左右される。

エビデンスについての体系的見解

この記事は、エビデンスに基づく、バランスのとれたジャーナリズムの手本にはならない。Groopman博士の見解は、聞き取り調査、事例、専門家の意見、科学的エビデンスに関する博士の見解と博士自身の経験に基づいているように思われる。博士本人が、決して成功とは言えない固定術を受けている。博士は記事の中で数ヵ所、科学的研究を引用しているが、実際には固定術に対してエビデンスに基づく体系的な見方をしていない。そうしていれば、この記事はもっとバランスのとれたものになっていたかもしれない。

本研究で述べられた固定術に対する批判は、出し抜けに現れたわけではない。ほぼすべての主要な脊椎学会で、固定術を非難する人達からー外科医からもそれ以外の医師からも同じようにー批判的意見が出ている。脊椎固定術の将来に関する疑念を表明する外科医の数が増えつつある。固定術はやがて、椎間関節の運動を保存する治療に取って代わられるだろうと予測する者もいる。

慢性腰痛に対する多くの治療と同様、固定術でもかなりの割合で無効例があるという事実を隠すことはできない。脊椎治療に携わる医師も完全には理解していない理由により、固定術の結果にも予測不能な部分がある。Orthopedics Todayの最新号に掲載された、失敗した脊椎手術に関する興味深いフォーラムでも、Groopman博士の記事と同じ問題に触れている。しかし討論では脊椎手術をもっと好意的に描いていた(Rapp,2002を参照)。

もっと多くの研究が必要

この記事から読みとれる重要なメッセージは、固定術に関するもっと良い科学的エビデンスが必要だということである。この分野における科学的エビデンスの不完全性、および地域病院での治療を受ける患者に関する質の高い結果データがないことにより、この記事における多数の陳述と主張を最終的に論破もしくは支持することは不可能である。

記事で提起されたいくつかの疑問に対する答えを出すためにも、多くの研究活動が必要であろう。脊椎外科医が増えたために、固定術の実施率が上昇したのだろうか。脊椎インプラントシステムの目のくらむような急増、およびそれらの製造業者による活発な販促活動も、同様の作用をしたのだろうか。これらの疑問に答えるためには、さまざまな地理的位置における手術率に対するさまざまな影響の可能性を調べることができる、小地域分析を含めた複雑な研究が必要になるであろう。

インフォームド・チョイス

記事は重要ポイントに迫っている。それは、記事の中で、脊椎治療学界全体から幅広く支持されるであろう数少ない主張の1つである。Groopman博士は、Dartmouth UniversityのJames Weinstein博士の見解を引用して、医師と患者が脊椎治療に関する判断を下す方法を改善する必要があることに言及している。

“患者には、腰痛およびそのさまざまな治療方法についてわかっていることとわかっていないことに関する、偏りのない情報が提供されなければならない”とGroopman博士は書いている。Weinstein博士は、インフォームド・コンセントの代わりに、博士が“インフォームド・チョイス"と呼ぶ、すべての選択肢および考えられるリスクとベネフィットを包括的に理解するやり方を提言している。脊椎研究によっておもな治療選択肢のベネフィットとリスクを正確に把握できなければ、インフォームド・チョイスを行うことはできない。幸いなことに、脊椎手術の分野では活発な治療結果研究が展開されている。確かにこの分野の前途の道程は長いが、Groopman博士がほのめかしているほど、状況の見通しが暗いわけではない。

脊椎研究でおもな冶療選択肢のベネフィットとリスクを正確に把握でぎなければインフォームド・チョイスはでぎない。

参考文献:

Fhtzell P et al.,Lumbar fusion versus nonsurgical treatment for chronic low back pain, Spine 2001;26:2521-32.
Groopman J, A Knife in the Back,The New Yorker,April 4,2002, www.newyorker.com/fact/content/?020408fa_FACT.
Moeller H and Hedlund R,Surgery versus conservative treatment in adult isthmic spondylolisthesis. A prospective study. Part1,Spine,2000;25:171_5.
Rapp RM, Multiple factors contribute to failed back syndrome, Orthopedics Today, 2002; 22(3): 3 5-7 . 

The BackLetter 17(5) : 49, 56-57, 2002.

加茂整形外科医院