全人的医療

「バリント療法」 全人的医療入門 より

監修 池見 酉次郎      編集 永田 勝太郎             医歯薬出版株式会社  


昭和52年に,米国のエンゲルが,心身医学の本質に関わる新しい表現として,「biopsychosocial(生理・心理・社会的)な医学モデル」を提案し,これが今日,国際的に通用している.このモデルに則って,「バリント法は,医師が患者の問題をbiopsychosocialに理解することを通して,患者自身に,自分の問題が持つbiopsychosocialな本質に気づかせる」.すなわち,患者に自分の問題を全人的に理解させうるような医師・患者関係を持てる「薬としての医師や治療者」の養成をめざすものである。

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エンゲルのmedical modelの特徴は,かつてのpsychosomatic medicineという表現につきまとう心因的・因果論的(心が原因で体の病が起こる)なニュアンスを超えて,体の病の発生に関係する生理・心理・杜会の多元的な因子の相互作用を表現しているところにある。次にエンゲルのmedical modelのbioには,身体面での生理・生化学的変化だけではなく,精神分裂病などに見られる脳の生理・生化学的な変化も含まれており,近年進展してきている脳の生理・生化学的な研究成果をも包括したものである。さらに,かつてのpsychosomatic medicineが,パーソナルな心因(性格的な因子)に片寄っていたのに対して,エンゲルのmedical modelでは,今日のストレス病,心身症の発生に,あまねく関与している杜会的なインパクト(心理的環境の問題)の役割が,具体的に表現されているところにある。

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第2段階:病者の理解

問題の解決のためには,患者をよく理解しなければならない。慢性疾患,多くの成人病(癌,心筋梗塞,糖尿病などのライフ・スタイル病),また,癌末期のケアや思春期患者の扱い,自律神経失調症など多くの現代的疾患が少くとも,この段階までの医療を必要とし,患者の全人的理解をしなければ,問題解決につながらない。身体・心理・社会・生命倫理(実存)的医療モデル(bio・psycho・socio・ethical medical model)を用いた,全人的アプローチが必要である。患者中心(patient oriented)の医療である。先に述べた吐血の原因が,胃潰瘍からの出血であったとしよう。胃潰瘍を発生させる身体・心理・杜会・生命倫理(実存)的原因があったにちがいない。それを、患者との良好な人間関係の中で患者と共に分析してゆく。身体の客観的な情報については,医療側から提供できるが,心理・社会・生命倫理(実存)的諸問題は,患者および家族からの協力的な情報提供がなければ不可能である。そのためには,良好な医療者一患者関係がなければならない。こうした情報を患者と共有し,ともに分析し,ともに理解してゆく(相互主体的人間関係;mutual respert).そして,ふたたび,患者という個(individual)のなかに統合してゆく。胃潰瘍を起こす身体的要因,性格要因,ライフ・スタイル,社会的背景,また,こうした要因と患者の生きがい(実存性)との関連などを分析して,いま,患者を苦しめている胃潰瘍の治療のための,与えられた医療資源の中での考えられる最も適した治療法を模索し,さらには,再発を予防するための方策をたててゆく。ここに,バリント方式の面接法が役立つ。

加茂整形外科医院