印象記  第32回日本慢性疼痛学会

村川和重(兵庫医科大学麻酔科学教室)  Pain Clinic 2003.6  Vol.24 No.6


第32回日本慢性疼痛学会は「千手観音」や「通し矢」で有名な京都は東山の三十三間堂に隣接する京都パークホテルにおいて,関西医科大学心療内科学の中井吉英会長によって,2003年2月21,22日の両日開催された。会場の近隣には三十三間堂の他にも有名な観光スポットが数多く散在しており,中井会長も参加者の多くが東山観光に流れることを懸念されていたが,それもまったくの杷憂に終わり,学会場では二日間にわたり白熱した討論が展開された。会場は二ヵ所準備され,第1会場ではシンポジウム,教育講演,特別講演などが開かれ,第2会場ではパネルディスカッション,教育セミナーが開かれた。

第1日目のシンポジウムは「チーム医療」と「ペインセンター」についての二題で,慢性疼痛に対する多面的なアプローチの必要性については誰もが持つ共通した認識であるものの,具体的な方法論では少しずつ意見の違いがみられ,激しい議論となった。特に,ペインセンターに関しては単純に欧米型のペインセンターが本邦に適応するか,また現状として必要かということについては疑問を投げかける意見が会場から示された.。現時点では,慢性疼痛の治療に取り組む主体が,可能な限り多面的な視点およびアプローチを心がけることが大切なようである。ペインセンターの設立の意義については,むしろ痛み治療の臨床面からだけでなく,より広い意味での医療のあり方,さらには社会的およぴ文化的な背景にまで言及する必要があると感じた。

慢性腰痛に関する教育講演では,局所解剖学的病態を有する「合理的な腰痛」とその他の「非合理的な腰痛」との認識を持ち,非特異的腰痛への多面的アプローチの必要性が福島医科大学整形外科の菊地臣一先生から示された。

第1日目の夜に同ホテルで開催された懇親会は学会場の熱い雰囲気がそのまま持ち込まれ,第33回会長の花岡一雄先生からは,未年のテーマでもペインセンターを取り上げる旨の発表があった。また慢性疼痛の治療には,硬軟兼ね合わせた手法が不可欠ということから,特別講演で柏木哲夫先生が紹介された川柳を早速取り入れ,即興の句を織り込んだ宮崎東洋先生の心温まるスピーチで会場は大いに沸いた。その後,懇談の花が咲き,会員の痛みに関する深い思い入れ,大袈裟に言えば哲学を語っている感さえ抱いた。

第2日目の午前のシンポジウムは,慢性疼痛を基礎医学の立場から捉えたもので,主に神経因性疼痛の成立機序に関するものであったが,慢性疼痛につきものである心理的と表現される因子を“ブラックボックス"に閉じ込めるのではなく,物質的に解明する視点を持つことの必要性が示された。

特別講演では顕著なプラセボ効果の存在が紹介され,特に関節炎に対する手術は,皮切のみのプラセボ手術の方が関節鏡手術より直後の鎮痛効果は優れ,長期的にも差がないとの報告には会場の整形外科医からの反響が大きかった。痛み治療の場では適切なプラセボ効果の利用が強調された。

教育講演では,現在の医療の現場を席巻しているEBMと並ぷNarrative based medicine(NBM)の概念が紹介され,治療者と患者の間で取り交わされる対話を重視し,すべての物事を複数の行動や文脈の複雑な相互交流から浮かぴ上がってくるものとみなし,慢性疼痛への有力な視点となることが示された。午後のシンポジウムは代替補完医療の役割に関するもので,西洋医学的アプローチの限界を克服するために,鍼などを用いた東洋医学を含む代替医療の取り入れについて述べられた。

一般演題については,2日間を通して35題がバネルディスカッションの形式で行われ,議論が盛り上がった。こうして早春の京都で開かれた学会は盛況の内に幕を閉じた。

加茂整形外科医院