腰痛に屈するな..。: Back Pain: Don't Take It Lying Down...


編集者より:本号が印刷に回る直前に、スコットランドのエジンバラで国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会が開催された。ISSLSのボルボ賞を受賞した研究の1つを、以下の特集記事で採り上げる。

オーストラリアで行われた独創的なマルチメディアキャンペーンは、腰痛に対する一般社会と医学界の態度を転換できることを示している。ビクトリア州における広報キャンペーンは、腰痛についての単刀直入な明確なメッセージを伝え、驚くほどの効果を上げた。

新聞雑誌への広告や屋外の広告板、ゴールデンアワーの集中的なテレビコマーシャル、そして有名スポーツ選手や腰痛研究の第一人者らによる推薦の言葉などを利用した、型にはまらないキャンペーンが行われた。

「Back Pain: Don't Take It Lying Down (腰痛に屈するな)」と名付けられたキャンペーンでは、腰痛に対する伝統的な考え方に挑戦し、腰痛があっても活動的な生活や仕事を続け安静や活動障害を最小限にすべきだとの主張がなされた。ビクトリア州の住民と医師に、腰痛を過度に医療対象にすることや診断のための不必要な検査や治療を避けるように勧めた。

ボルボ賞受賞研究

見事な研究によって、キャンペーンの影響が実証された。筆頭著者のRachelle Buchbinder博士によると、キャンペーンは一般の人々の信念を変えただけでなく、一般医の態度と診療行為を変えたように思われた。

キャンペーンは、投資家がうらやむほどの経済的利益を上げた。Buchbinder博士によると、300万オーストラリアドノレの投資が、少な目にみても、推定3600万ドルもの障害保険請求の削減とそれに関連する570万ドルの医療費の節約につながった。そしてこれらの金額には、キャンペーンの単純なメッセージに従った住民の欠勤日数の減少分は入っていない。

Buchbinder博士は、エジンバラの国際腰椎研究学会の年次総会でこの最新研究を発表し、優秀な脊椎研究に贈られる2001年のボルボ賞を受賞した。最近、本研究に関する報告がBMJ (British Medical Journal)に掲載された。2001年12月15日号のSpineにも、別の報告が掲載予定である(Buchbinder et al.,2001を参照)。

患者への影響?

ISSLSの出席者はこの最新研究を熱狂的に歓迎した。「キャンペーンも研究も大変素晴らしい」と、Spineの編集者でボルボ賞委員会のメンバーであるJames N. Weinstein博士は語った。

マイアミ大学の脊椎外科医のMark Brown博士は、この種類の介入(intervention)は腰痛に関連する苦痛を著しく軽減できると述べた。Brown博士は、「この大変興味をそそる研究は、これらのデータを獲得し、『骨と関節の10年プロジェクト』の間に、世界中で同じことをするよう政府を説得する絶好の機会を、私たちに与えてくれました」と述べた。

コスト削減のための努カ

腰痛対策キャンペーンは、ビクトリア州における職場の安全性システムの管理組織であるWork Cover Authorityの指示により、1997年に開始された。

Work Coverは、ビクトリア州の430万人の住民が腰痛によって被っている大きな身体的・経済的負担を軽減する方法を探していた。ビクトリア州の労災補償システムでは、1996〜97年会計年度だけでも労災補償請求に対して3億8500万オーストラリアドル(約2億USドル)支出があった。この州の腰痛関連の労災補償コストは10年間で3倍になった。障害保険の危機があったと言っても過言ではないだろう。

キャンペーンでは、英国で作成されたThe Back Bookというエビデンスに基づいた簡単な患者教育用パンフレット(Roland et al.,1996を参照)から抜粋した、いくつかのシンプルなメッセージを強調した。“パンフレットとキャンペーンでは、現在のガイドラインに沿って、活動的な生活や運動を継続し、長期間の安静はとらず、仕事を続けることを勧める、明確なはっきりしたアドバイスが行われた"と、Buchbinder博士らは報告した。

1997年9月に始まったゴールデンアワーのテレビコマーシャルによる3ヵ月間の集中キャンペーンに続いて、9ヵ月間の維持キャンペーン、さらに3ヵ月間の集中キャンペーンが行われた。

Buchbinder博士らによると、“テレビキャンペーンの補助手段として、ラジオおよび新聞雑誌への広告、屋外の広告板、ポスター、セミナー、職場訪問および宣伝記事を利用した。The Back Bookを16の言語に翻訳して広く利用できるようにし、ビクトリア州のすべての医師に、労災補償対象となる腰痛患者の治療のための、エビデンスに基づくガイドラインを提供した”。

準実験的な研究

Buchbinder博士らは、準実験的な非無作為研究を行った。近隣のニューサウスウェールズ州を対照にして、ビクトリア州における広報キャンペーンの影響を調査した。ニューサウスウェールズ州の障害補償システムおよび人口統計学的プロファイルは同様であったが、広報キャンペーンは行われなかった。

Buchbinder博士らは、キャンペーンの前、およびキャンペーンの2年後と2年半後に、2つの州における一般集団の4730人について調査した。結果の評価尺度には、腰痛に関する意識調査票、腰痛に関する知識および態度のその他の尺度、労災補償請求の発生頻度、補償日数の割合および請求に要した医療費が含まれた。

同様の時間間隔をおいて、オーストラリアの2つの州における2556名の一般医の知識と態度についても評価した。

印象的な影響

キャンペーンは大きな影響を与えたように思われた。Buchbinder博士らによると、“調査結果を年代順に比較すると、ビクトリア州では集団の腰痛に関する意識の著しい改善がみられたのに対し、ニューサウスウェールズ州では変化はみられなかった”。

腰痛の予測される結果の尺度となる、腰痛に対する考え方の調査票の全項目において、著しい改善がみられた。最も大きな改善がみられたのは、次の3つの時代遅れの考え方に関する項目であった:(1)“腰痛があると仕事を止めることになる”;(2)“腰痛があると長期問仕事を休むことになる”;(3)“腰痛には安静が必要である”。

研究では、前の年に腰痛を経験した被験者のfear-avoidance beLiefs(腰痛に対する過度の恐れ)についても調査した。Buchbinder博士らによると、“身体的活動に関するfear-avoidance beLiefsについて、ビクトリア州では改善がみられたがニューサウスウェールズ州では改善はみられなかった”。

家庭医

家庭医の腰痛に対する姿勢にも重大な変化が起きた。キャンペーンの後、ビクトリア州の医師が腰痛患者は痛みがほとんどなくなるまで職場復帰を延ばす必要がないことを知っている可能性は、ニューサウスウェールズ州の医師の3.6倍であった。医師がそのような患者に痛みが消失するまで臥床安静を命じるべきではないことを知っている可能性は2.9倍であった。ビクトリア州の医師が腰椎のX線検査が腰痛診断に役立たないことを知っている可能性は、ニューサウスウェールズ州の医師の1.6倍であった。

キャンペーンの後、ビクトリア州の家庭医は、患者または同僚の医師から強く要求されて腰痛の診断検査を指示した可能性が著しく低かった。

活動障害の軽減と医療費の軽減

Buchbinder博士らは、腰痛に関係する障害保険請求の発生頻度を腰痛以外の保険請求と比較した。研究者らによると“他の保険請求とは対照的に、腰痛に関係する保険請求の件数は明らかに減少し、キャンペーン期間中に15%を上回る絶対数の減少がみられた”。

医療費は見事に減少した。Buchbinder博士らによると、“腰痛の保険請求1件当りの医療費の割合は著しく低下し、請求1件当りの医療費の絶対額は20%減少した”。

Buchbinder博士らは、これらの好ましい変化をすべて腰痛広報キャンペーンのせいにすることはできないと述べた。しかし、これらの結果はキャンペーンが好ましい影響を与えたことを確かに示している。

医学教育にとって不名誉?

この広報キャンペーンの効果は、それが一般の人々と医師を同時に対象としたという事実にも関係しているように思われる。ISSLSでの本研究に関するディスカッションで、整形外科医のHenry Crock博士は、この研究はオーストラリアの家庭医の基礎知識を正しく反映していないかと述べた。

「これは魅力的な研究ですが、医学教育の現状を正しく反映していないと思います。きっと家庭医は本研究に反映されたよりも腰痛について知っているはずです」とCrock博士は語った。

Buchbinder博士は、家庭医の診療行動は複雑な力の産物だと答えた。「家庭医は腰痛について本当は多くの知識をもっているのですが、彼らの日常診療を変えることは今まで困難でした。われわれは、患者がどのように期待するかにかかっていると考えています。このキャンペーンのいいところは、それが患者の期待を変化させ、医師が治療の仕方を変えることを可能にしたと想われることです」とBuchbinder博士は述べた。

オーストラリアで行われた啓蒙活動は、慢性腰痛および腰痛による障害を防ぐための新たな対策に門戸を開くと思われる。Buchbinder博士らはBMJの論文で、職業性腰痛に対する伝統的な治療法には、通常、職場におけるリスクファクターに対する対策または一且発現した腰痛の治療が含まれていたと述べている。

どちらの方法にも重大な欠点がある。完成してしまった職業性腰痛の治療は、どう見ても難しい。そして腰痛防止に関する人間工学的介入の成績は芳しくない。

Buchbinder博士らの最新研究に基づいて推論すると、腰痛を取り巻く概念の変化は、これらの難しい問題の従来のそれよりもはるかに見込みのある解決法かもしれない。これらの結果が他の地域および他の文化でも再現できるのかどうか、興味深いところである。

参考文献:

Buchbinder R et al., Population-based intervention to change back pain beliefs and disability: Three part evaluation, BMJ, 2001; 322: 1516-20. 

Roland M et al., The Back Book. London. Stationery once; 1 996. 

The BackLetter 16(7) :73 80-81 2001. I


(加茂)

腰痛は純粋な生物医学的疾患すなわち『脊椎の障害』ではなく生物・心理・社会的疼痛症候群で認知行動療法が有効でしょう。急性痛にたいしては速やかに徐痛すべきです。

腰椎のX線検査が腰痛診断に役立たないことを知っている可能性:MRI、硬膜外鏡に関しても同じことがいえます。

腰痛防止に関する人間工学的介入の成績は芳しくない。:手術も人間工学的介入になりますね。

ヘルニアも当然力学的な原因が考えられるが腰痛や下肢痛との関係がないと断定していることになりますね。

つまり痛みと構造との関係が否定されたということです。(悪性腫瘍、骨折など、感染症を除く)

加茂整形外科医院