筋筋膜性疼痛症候群(MPS)


慢性疼痛の器質的原因としては,末梢神経終末などの侵害受容器刺激による疼痛,何らかの神経損傷に伴う疼痛(神経損傷性疼痛,求心路遮断痛),交感神経が関与する疼痛の3つが大きな分類として考えられている。器質的原因がみつからない疼痛は心因性,つまり心理的要因の関与する疼痛とされることが多いが,純粋な心因性疼痛というものはほとんどなく,大半の慢性疼痛は器質因と心因との混合物である。
疼痛の器質的原因として神経損傷や侵害受容器刺激および交感神経関与がはっきりしている場合は問題ないが,実際には器質因もあるが心因も関係していそうだという疼痛のほうが圧倒的に多くみられるのである。その慢性疼痛の器質的原因と心因とを橋渡しする,見えそうで見えない病態として,以下に述べるような筋筋膜由来の疼痛があることを知るのは重要であろう。以下に痛みの器質因と心因との関係を考察するうえでの一つのモデルとしてMPSの病態を解説する。

MPSはペインクリニックを訪れる患者によくみられる病態であり,外来患者の30〜85%の頻度でみられ,男性より女性に著明であるとされる。患者は局所的持続痛を訴え,強度もまちまちで,頭部・頚部・肩・四肢・腰部に多くみられる。まだ完全に解明された病態ではないが,臨床上は慢性痛の身体的中核症状として多くみられる。また,類似の病態として線維筋痛症やリウマチ性多発筋炎などがあるが,これらの異同についてもまだ決着が得られていない。しかしMPSの病態を理解し,治療法を検討することは,慢性痛の治療の一環として欠くことのできないものである。MPSは,外傷後や手術後,炎症性疾患,麻揮惟疾患の後遺症などとして起こってくることが知られている。その診断根拠となるのは筋肉の触診所見,つまり圧痛点(trigger point:TP)の存在,筋肉の索状硬結,関連痛などである。

筋の疼痛は筋の虚血状態と,乳酸などの代謝産物の蓄積などによって引き起こされる。筋は収縮,弛緩の機能を維持するのに大きなエネルギーを必要とし,このエネルギーはATPによってまかなわれている。このATPは筋肉内グリコーゲンの1分子のグルコースが解糖系経路によリ3分子のATPと2分子の乳酸が生成されることにより供給されているが,非常時は筋収縮によって乳酸が産生され,それが筋弛緩時に血中に流入して肝臓グリコーゲンとなり,再び血中に遊離した血液グルコースから筋グリコーゲンが合成されるという循環をおこなっている。しかし筋弛緩があまり起こらず筋緊張が持続すると,筋に乳酸が蓄積されるばかりでなく,筋収縮のたびに多くのATPを必要とするので,別の経路によりATPが生成されることになる。しかし同時にAMPなど筋強直を起こす物質も生成され蓄積されるため,正常な収縮・弛緩のサイクルが妨げられて,ますます疼痛の悪循環を助長するものと考えられている。

それに加えて,MPSにはTPという特徴的病理が存在する。TPとは骨格筋線維内に触れる索状硬結にみられる痛点のことである。物理的刺激(触診や穿刺など)で関連痛と局所的筋痙撃反応(twitch)という2つの重要な臨床的特徴が引き起こされる。TPは通常急性,慢性の外傷が筋肉,腱,靭帯,関節,椎間板,神経などに加わった結果生ずる。最近の臨床的および動物実験の結果,関連痛や局所痙撃は脊髄内での統合作用(integration)に関連することが示唆さた。TPには痛点(sensitive locus)が多数存在することが提唱されている。痛点は1つまたはそれ以上の侵害受容神経終末を含んでいると思われる。痛点の機械的刺激は局所痙撃を引き起こし,しばしば特徴的関連痛を伴う。理論的には痛点は体内のどこの骨格筋にも存在するが,通常はTPがしばしばみられる終板(endplate)領域近くに最も集中的に分布している。TPは原因のいかんを問わず,すべての筋肉痛に一般的にみられる病的伝導路である。TPの発生には末梢神経終末(運動終板)の障害が関係しているとされる。つまりMPSは局所性ニューロパシーであると考えられているのである。筋紡錘がTPに関連している可能性があるとする報告もある。またサーモグラフィはTP部分の温度変化を追うのに有用である。TPは酸素欠乏下で代謝が亢進している部分であるという説も証拠により裏づけられている。

HongらはTPに対する最近の臨床的,基礎的科学研究結果を以下のようにレビューしている。
1)動物実験では兎の骨格筋線維の索状硬結は多くの点で人間のものと類似している。
2)TPには神経線維や運動終板に密接に関係する多くの微細病変(minute loci)がある。
3)関連痛や局所筋痙撃(twitch)は脊髄加重メカニズムに関係する。骨格筋の索状硬結は恐らく異常な運動終板から放出される過剰なアセチルコリンのためと考えられる。

結論として彼らは,TPの病理は異常な終板に関する過敏な神経線維とその影響による脊髄内での加重現象によるとしている。そのほかにTPの形成には交感神経の過緊張が関与しているとの報告もある。以上の結果と筆者の研究から,MPSの発生には以下の仮説が成り立つ。まず外傷や手術による筋損傷があると,運動終板は障害され筋紡錘も障害を受け,回復過程で過度の筋収縮情報を脊髄に伝える。初期段階では筋損傷に伴う末梢神経終末からの異常興奮が起こり,筋組織からの障害情報により脊髄反射を介して筋紡錘の機能的収縮がみられる。この時点での基本的病理は,障害された末梢神経のNaチャネルの増加による過剰興奮である。しかし中枢より下行性の抑制が掛かり,筋組織の修復とともに機能的収縮は治まっていく。過剰に再生された運動終板も次第にダウンレギュレーションが掛かり,数が減少していく。ここで本来のMPSの病理構造が完成するためには,中枢性機構すなわち痛みの下行性抑制系のはたらきを抑える要因の関与が不可欠である。この要因が心気症傾向や抑うつ傾向などの心理背景であると考えられる。つまりこの脊髄での惰報が加重される過程に,中枢神経からの下行性抑制が掛かるはずであるが,これが心気症傾向などによって抑えられるのではないかと推測されるのである。あるいは同じノルアドレナリンやセロトニンの中枢性枯渇が心気症や抑うつ状態を引き起こし,同時に痛みの下行性抑制系を弱らせてしまうという可能性もある。中枢性下行性抑制系が抑えられた結果,過剰の加重情報が脊髄前角に蓄積され,それが神経筋接合部での過剰のアセチルコリン放出につながり,その結果,修復過程にある運動終板は数が増えるか過敏となり,末梢で交感神経を介した筋収縮が持続し,索状硬結をきたすような長期の筋収縮の悪循環へと結びつき,TPを伴うMPSの病理が完成すると考えられるのである。

MPSの心理要因の関与についてはいくつかの研究が報告されている。Rothは疼痛患者の診断に関する知識と治療についての満足感の関係を調べた。MPSの患者は知識に乏しく,治療結果に満足していないのではないかと思われたためである。65例は学際的評価の後,MPS群(n=30)と神経因性あるいはリウマチ性の疾患と慢性痛の混合群(n=35)の2群に分かれた。結果としてMPS群は有意に自分の病気を判断するのが不正確で,自分たちの病気を医者の言うよりもっと重篤で診断の違う病気であると考えていた。MPS群はより治療に満足していず,医師とのコミュニケーションが不十分だと訴える傾向があった。痛みの強さ,抑うつ,不自由さ,痛み持続期間あるいは賠償・訴訟の状況などには有意な差がなかったという。筆者のMPS症例に対する心理検査(CMI,,TEG,MMPIなど)結果では,心気症傾向が著明で合理性に欠け,抑うつ傾向も多くみられた。

発症のメカニズムについて現在までの報告をまとめると,個体の要因として脊椎や周辺の病的状態,筋力低下,疲労,姿勢や職業的な脊椎不良肢位,くり返される一定の筋の軽微な外傷などをあげることができる。また心理的要因として本人の性格,環境への適応性,作業意欲,情緒安定性,ストレスや不安などの精神的緊張,さらに社会環境要因などが重なり合うことによって発症に至るものと考えられている。MPSの診断基準ではSimonsのものが比較的使いやすく,使用されることが多い。TPの刺激により,ほかの決まった身体部位にKellgrenによって示された関連痛が引き起こされることが診断の決め手である。これはSimonsとTravellにより1983年にイラスト化されている。圧痛点は頚部,胸背部,腰部などに特徴的なポイントがみられ,末梢神経の筋肉からの出口に一致していることが多い。治療としては学際的治療法が最も効果的で,トリガーポイント注射,ハリ,ストレッチスプレー法,経皮的電気刺激法(transcutaneous electrical 
nerve stimulation:TENS)などが有効とされる。筆者は治療法として,トリガーポイント注射,温熱,マッサージなどの身体的治療とともに,心理背景にある抑うつ状態や不合理性に対し,抗うつ薬を主体とした投薬と,認知行動療法や森田療法などの心理療法を併用している。この病態は身体疾患であるMPSと心理的要因である心気症,抑うつ状態などとの接点を考える一つのモデルケースとも考えられる。

加茂整形外科医院