慢性腰痛症に対する脊椎固定術の意義

印象記  第22回国際整形外科災害外科基礎医学界

金森昌彦(富山医科薬科大学附属病院講師・整形外科)

週刊医学界新聞 2002.12.9.


会長招待講演としてスウェーデンのAlf L. Nachemson先生による「脊椎疾患ケア改善のための研究」と題した講演が聴けたことは最も有益でした。彼はいわゆる腰痛疾患研究の大家であり,世界中の脊椎に関する研究者たちにとって脊椎バイオメカニクスの分野を中心に研究の拠り所となる論文を多く著している1人です。この中では,「慢性腰痛症」に対する脊椎固定術の基礎的研究について解説されました。
 現在,世界中の脊椎外科医によって慢性腰痛症に対する脊椎固定術が行なわれていて,その適応は医師の経験と患者さんの状態および希望により行なわれているものの,必ずしも手術による効果が予測したほど得られないことも多いという背景があります。それにもかかわらず,近年は脊椎インスツルメンテーションという金属ロッドとスクリューによる強固な固定術が世界的に施行されていることは事実であり,これに対する1つの警鐘でありました。もちろんこれは「少しでも症状が楽になること」を願って医師と患者の同意のもとに行なわれていることなのですが,講演では「慢性腰痛症」に対する脊椎固定術は「益少なく,害多し(Little benefit,High risk)」であり,変性すべり症を合併していても,腰椎固定術の価値は少ないと述べました。
 また,医師側の臨床的評価と患者自身の手術に対する評価が大きくかけ離れていることにも問題があると指摘していました。彼の調査ではスウェーデンにおいて「慢性腰痛症」に対する「脊椎固定術の術後調査」おいて医師側は30%の患者さんが有効であったとしているのに対し,患者側の調査では7%しか有効だとは言わなかったとしています。米国でも医師の評価では45%が改善したと評価しているのに対し,患者側の評価では10%しか有効だったとは述べていません。整形外科手術は元来,機能再建外科であり,特に脊椎は疼痛改善のために行なうことが多く,他の内臓手術と異なり,いわゆる手術の絶対適応というラインが引きにくいことから,このような医師側の過剰評価,患者側の過小評価が生じ,両者のギャップが生ずるのですが,換言すれば真の手術適応がいかに少ないはずであるかを指摘したのでした。
 また彼は脊椎画像診断(MRI)における椎間板変性(degeneration)の所見について,30歳代においては30%,60歳代においては80%までが無症候性であると述べ,さらに椎間板膨隆(bulging)の所見があっても50−80%は無症候性であると追加し,診断過程において画像所見にとらわれ過ぎないことも重要であると指摘しました。
 さらに思春期に生じる特発性側彎症にお
ける保存療法としての装具療法は有効性が少ない割に患者さんの心に大きな傷(scar)を残すと指摘し,また一般的な体幹ギプス固定がいかに脊椎に対する固定力がなく,無効であるかをビデオにより示しました。なんと脊椎ギプスを装着したまま自由にマット,床運動,吊り輪などの体操競技をさせ,医師の常識を覆し,会場に苦笑いを誘ったのでした。慢性腰痛症に対する脊椎固定術はあくまでも効果が少ないことを繰り返し協調し,「患者さん自身が精神的に安定していなければ成功しない」(steady mindにおいてのみstabilizeされる)と講演を結んだ言葉は印象的でありました。

脊椎脊髄および神経再生の基礎医学セッション

 脊椎脊髄疾患,末梢神経疾患は多岐にわたるため,その演題内容も十人十色でした。トピックスは神経再生,疼痛の発症機序,椎間板のバイオメカニクスなどのいわゆる基礎的研究から,脊椎固定材料やコンピュータ支援手術に関する臨床医学に近い基礎的分野まであります。
 ラットの坐骨神経の再生実験で直径2mm筒状人工材料の中にハイドロゲルを充填し,神経再生の道筋を誘導する研究はスペインのPedro先生により発表されました。臨床的に応用しうる基礎的研究として筆者は大変興味を持ちました。
 また和歌山県立医科大学の川上守先生は,ラットの椎間板ヘルニアの実験モデルを作り,正常椎間板と変性椎間板による神経根周囲の炎症反応として,サイトカインの分析を行なっており,神経根性疼痛の発症メカニズムの解明に今後役立つものと期待されました。
 学会長と同じ施設に所属するMassie先生は椎弓切除後の硬膜外線維化予防のためのBarrier sheetに関する演題を報告し,注目を受けました。この演題に関連するのですが,われわれのグループではこの目的に遊離脂肪移植を用いており,筆者らはその移植脂肪の経過に関する画像上の変化とオスミウム酸染色を用いて組織学的変化を観察した結果を発表しました。このような種々の研究は実際の手術治療において役立つことが多く,今後の益々の発展が望まれます。
 8月下旬の南カリフォルニアは暑すぎることなく,快適でした。本学会は来年にはエジプトのカイロで開催されます。末筆ではありますが,このような機会を与えて下さった金原一郎記念医学医療振興財団の皆様に重ねて謝辞を申し上げます。

加茂整形外科医院