恐怖心が鍵か?

労働者の腰痛恐怖への呼びかけが生んだ、英国の研究の驚くべき結果


従業員向けの簡単な教育パンフレットを用いれば長期欠勤を78%減少させることができると主張する研究は、通常であれぱ、とても信じ難いとくずかご行きになるだろう。しかし今回、英国から報告されたまさにそのように主張した方法は、国際腰椎研究学会の最近の年次総会で最優秀臨床研究賞に選ばれた。

そのパンフレットは労働者の腰痛に対する恐怖回避信仰に呼びかける目的のもとに作られたもので、英国のビスケットメーカーにおいて、短期あるいは長期の欠勤率を低下させることに成功した。「今回の研究から、腰の異常や腰痛に関する様々な思い込みを、職場での簡単な精神社会学的パンフレットの利用で、前向きな方向へ変化させ得ることが明らかになりました」とKim Burton医学博士らは報告した。さらに「パンフレットは常習欠勤を減らすための手軽で対費用効果の高い手段です」と付け加えた(1995年、フィンランドのHelsinkiで行われた国際腰椎研究学会の年次総会で報告:現在未発表)。

この研究が、産業労働者の腰部障害に対する有望な新しい方策を示すものか、あるいは勤務態度を改める心構えを持った労働者の気まぐれな反応が現れたものかは不明である。しかし、新しい方法が直ちに文化的、経済的に異なる設定条件のもとで研究される予定である。Iowa大学のMalcolm Pope博士は、最近、米国のトラック運送業において精神社会学的パンフレットを用いた研究を行う予定であると発表した。

Burton博士らは、英国の3つの中規模会社において、1年間のプロスペクティブな調査を行った。最初の会社は、精神社会学的パンフレットの使用前と使用後に、腰部障害に対する意識と常習欠勤に関する調査を併せて行った。2番目の会社は、正しい姿勢に関するパンフレットを従業員に配布した前後に、同様の調査を行った。3番目の会社では何の処置も行わずに同じ形式で調査した。

精神社会学的パンフレットは、腰痛の恐怖回避モデルを考慮した簡単な文書であった。「腰部障害の後に活動を回避しないよう、また腰部障害に対して前向きの展望を持っように従業員を励まし、腰痛発作の後に早く職場復帰するように奨励した内容のものです」とBurton博士は述べた。

腰部障害に関連する常習欠勤や不自由さは、実際の身体的障害よりもそれらに対する心構えの方が関係していることが多いと、研究者はかなり以前から推測していた。スコットランドの研究者Gordon Waddell医学博士は「腰痛と関連した不自由さの大部分は痛みそのものが原因ではなく、むしろ痛みに対する恐怖心が原因であるように思われます」と述べた。今回の研究で、労働者がそれらの恐怖心から解放されるように手助けすれば、腰部障害後に仕事に復帰する方向に態度が変化するのを研究者らは期待したのである。

研究者らは3つの会社で心構えや意識の変化を調べるため、3種の異なる質問用紙を用いた。「腰痛に関する意識調査用紙」は腰部の障害に伴うQOLに関する考え方を、「恐怖回避に関する意識調査用紙」は仕事と身体的活動に対する心構えを、「対照として用いたPain Locus調査用紙」は、従業員の疼痛に対処する能カを評価するために活用した。

短期および長期欠勤率を評価するために、Burton博士らは、3つの会社の試験を行った年と試験以前の5年間の短期あよび長期欠勤率を計算した。

試験開始時点で、3つの会社の従業員は、いずれの精神社会学的評価に有意な差を示さなかった。対照群の2つの会杜は、試験の経過中、態度に有意な変化を示さなかった。しかし、恐怖回避パンフレットを使用した会社では、疼痛管理と腰痛に関係する障害の必然性についての意識に、統計学的に有意差がみられた。

「パンフレットの使用前と比較すると、恐怖回避パンフレットを使用した会社では、長期欠勤が78%減少し、有意差が得られました」と研究者は報告した。「対照群の会社にそのような変化は起こりませんでした」。さらに、恐怖回避パンフレットを用いた会社の従業員は、短期欠勤の日数が4.7日から3.4日へと有意に減少したが、対照群の会社では短期欠勤の変化はみられなかった。

以上をまとめて、研究者らは、意識と常習欠勤の変化はパンフレットによるものであると結論した。「パンフレットの効果は、とくに長期欠勤の減少に顕著でした。すなわち、早期の職場復帰を奨励するという目標を達成できました」。

ISSLS総会において、常習欠勤に対して簡単なパンフレットがこのような劇的な効果をもたらしたことが信じられないと意見を述べた研究者もみられた。腰痛教室や産業界における他の教育的介入の効果を検討した研究は数多く行われているが、よくても並の程度の効果が認められたに過ぎない。なぜ、恐怖回避の介入ならぱうまくいくのであろうか?

Massachusetts州Chestnut HillにあるNew England Spine Care CenterのPhysiatrist Jerry Sobel医学博士は、パンフレットを読んだ従業員は、研究者らが意図したものとはかなり異なるメッセージを受け取った可能性があるのではないかと推測した。「従業員は、会社側はわれわれが痛みのために欠勤することを許容できないと言っている、というふうに考えたのかもしれません」とSobel博士は述べた。「言いかえれば、従業員は腰部の障害後、速やかに仕事に戻るように指示され、あるいは命令されていると単純に考えたのかもしれません」。

Malcolm Pope氏は、「もしかすると、研究結果に影響を及ぼす強制的な要素があったかも知れません。だからこそ、われわれは別な設定でこの結果を再現したいと思います」と語つた。

Burton博士は、従業員が精神社会学的パンフレットによって仕事に戻るように強要されていると感じたことはおそらくないだろうと答えた。彼は、試験による常習欠勤の減少は、姿勢の真の変化を示すものだと考えている。

NewYorkにあるHospital for Joint Diseasesの労災による腰痛専門医Margareta Nordin医師は、これらの会社やその近隣地域における他の状況の変化が、これらの結果を引き起こした可能性がないかどうかを尋ねた。会社の景気が変化すれば、それが刺激となって確かにこのような変化が起きるかもしれない。その地域における腰痛治療法が変化しても、かなりの影響がみられるだろう。Burton博士は、研究者らが知る範囲で、試験を行った年に例外的な事件は起きていないと答えた。

この他、恐怖回避に対する意識と行動に関する研究がヨーロッパで進行中で、恐怖回避行動に対処する最善の方法について、別の見解を提供してくれるものと期待される。

The BackLetter,10(10):109,117.1995.

加茂整形外科医院