教育パンフレットで恐怖心に打ち勝ち、活動障害を軽減できるか?


理学療法士のKim Burton博士らによる新しい研究によると、プライマリーケアの場で教育パンフレットを配布すれば、腰痛に対する患者の考え方を変えることができ、さらに腰痛直後におけるfear-avoidance beliefs(訳者注:腰痛に対する過度の恐れ)が強い患者でも回復を促進できるとしている。

国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会でBurton博士らはこの新しい研究を発表し、「単に個々の患者に小さなパンフレットを渡すだけのささいな介入ですが、患者の気持ちを有意にプラスの方向に変化させ、自已申告による活動障害度の有意な軽減につながることが明らかになりました」と述べた(Burton et al.,1999)。

研究で用いた教育パンフレットは「British Clinical Guide lines for the Management of Acute low Back Pain」に沿ってデザインされた『The Back Book』という簡単なパンフレットで(The Back Book,1996)、よくある腰痛教育パンフレットとは異なり、解剖学的な説明や腰を曲げたり重いものを持ち上げたりする際の注意は書かれていない。むしろ、fear-avoidance beliefsに立ち向かい、患者ができる限り早く通常の活動に戻れるように励ますことを目的とした簡単で率直なメッセージが掲載されている(表『The Back Book』からの抜粋を参照)。

161例の研究

Burton博士らは、プライマリーケアを受ける患者に『The Back Book』のみを用いた介入が何らかの影響を及ぼすかを調べるため、一般病院5つと整骨院1つの合計6つのプライマリーケア施設の161例の患者について検討した。

これらの施設で通常行っている治療を左右するようなことは何もしなかったが、治療の補助として『The Back Book』あるいは従来の教育パンフレットのどちらかを個々の患者に無作為に割り当てた。

各患者にビジュアルアナログ疼痛スケール、Roland活動障害度質問票、fear-avoidance beliefs質問票、Back Beliefs質問票、General Health質問票などに腰痛直後に回答してもらた。Burton博士は「研究で用いたパンフレットは、患者の気持ちを障害の軽減といったプラスの方向へ変化させるが、痛みには効果は無いという仮説を立てました」と述べている。

Burton博士らは、FAB phys質問票(身体的機能に関するfear-avoidance beliefsに対する影響の指標)のスコアの4ポイントの改善、あるいはRoland活動障害度質問票の3ポイントの改善のうち、どちらか一方あるいは両方の改善を臨床的に有意な反応があったと定義した。

2週間後・3ヵ月・12ヵ月後に郵送方式で患者の追跡調査が行われ、78%の患者にっいて長期経過観察を行った。

中程度の影響

その結果、『The Back Book』は患者全体の気持ちを変化させる点でプラスに働いたことがわかった。仮説どおり痛みに対しては影響しなかった。

2週間後および3ヵ月後の時点では、『The Back Book』を受け取った患者のほうが従来のパンフレットを受け取った患者よりもfear-avoidancebeliefsが軽減されていたが、12ヵ月後の時点では群間に差はなかった。

Burton博士は「群全体としては、『The Back Book』によって患者の気持ちがプラスの方向に変化したのは明らかです」と述べたが、活動障害度に対する影響ははっきりしなかった。

Roland活動障害度質問票からは、両群の患者とも調査期間を通じて障害度が著しく軽減したことがわかったものの、全体としては群間で障害度の平均的な軽減に有意差はなかった。

回復の早かった患者

腰痛直後でのfear-ayoidance beliefsの程度が高い患者は『The Back Book』の使用対象となる可能性がもっとも高いが、こういった患者について検討したところ異なるパターンが認められた。Burton博士は「最初にfear-avoidance beliefsの程度が高かった患者群では気持ちの変化が起き、それが活動障害度の改善にもつながりました」と言う。最初のFAB phys質問票のスコアが高かった患者の中では、コントロール群よりも『The Back Book』群において、2週間後のFABphysの臨床的に重要な改善に続いて、3ヵ月後のRoland活動障害度質問票の臨床的に重要な改善が認められることが多かった。

言い換えると、fear-avoidance beliefsの程度が高い患者では『The Back Book』の読後により速やかな回復が認められたということである。Burton博士は「我々は、この種の介入はこういった特別な患者を対象とするものだと考えています。とはいえ、すべての患者に『The Back Book』を提供するのも悪くはないでしょう。ほんの数セントの安価な介入です。これは誰にも害を与えるものではないと我々は考えています」と述べた。

明確なメッセージ

Burton博士は、手段よりもメッセージのほうが重要であるとし、「医師がパンフレットと同じメッセージを伝えられるように訓練すれば同様の効果が得られるであろうと思います。現在進行中の研究では、医師の行動がパンフレットのメッセージを強化することでその効果が強まるかどうかについて検討しています」と述べている。

Burton博士らがISSLSでこの新規研究を発表した際、教育的介入は仕事への復帰に対して何らかの影響を及ぼしたかどうかについて質問を受けた。研究対象となったプライマリーケア集団には、有職者と無職者が混在していたことを説明した。有職者の大部分は通常の回復を示して仕事に復帰し、その後の治療を必要としませんでした。彼らは「この研究には、失業期間に対する効果についての十分な検出力はありませんでした」と述べている。

教育パンフレットの科学的研究における従来の成績は平凡で、そのほとんどは有効性が証明されていない。Burton博士は、『The Back Book』の有効性はその内容に関係があると考えており、「ほとんどの教育パンフレットは、あたりさわりのない内容ですが、『The Back Book』は違います。このパンフレツトには物を持ち上げる際の注意や椎骨がいくつあるかといったことは触れていません。恐怖回避の問題にはっきり焦点を絞った断固としたメッセージが書かれているのです。つまり、あなたの腰は強くてひどいダメージは受けていないから痛みを恐れずに仕事や活動に戻りましょう、というメッセージです。患者がこれに従えば完全に楽になるでしょう」と述べている。

参考文献:

Anon., The Back Book. London: The Stationery Office; 1996: ISBN O11-702078-8. 
Burton AK et al., Information and advice to patients with back pain can have a positive effect. A randornized controlled 
trial of a novel educational booklet in primary care, Spine 1999; 24(23): 2484-91. 

The BackLetter 1999・14(8) ・90.


The Back Bookからの抜粋


腰痛について明らかになっていること
このガイドラインに従うことそうすれば必ず楽になる

  • 腰の痛みやうずきは、通常、重い病気によるものではない。

  • ほとんどの腰痛は速やかに治まり、少なくとも通常の生活ができる程度になる。

  • 放置しない限り、腰痛のために体か不自由になることはない。

  • 腰痛を起こした人の半数は2年以内に再発する。これは深刻な病気だという意味ではない。発作のない時期には、ほとんどの人が通常の生活に戻ることができ、症状はほとんどない。

  • 痛みが非常に強くなることがあり、しばらくの間はやや活動を控えることが必要になる場合もある。しかし、1〜2日以上の安静は通常は有効ではなく、かえって害になることもあるので、身体を動かすようにすること。

  • 人間の腰は動かすようにできている。通常の活動に戻るのが早いほど、腰の状態も早く良くなる。

  • 最善策は、痛みがあっても身体を動かし、自分の生活を続けることである。このガイドラインに従うことそうすれぱ必ず楽になる

  • できるだけ平常どおりの生活をすること。そのほうが、ベッドで安静にしているよりもずっと良い。

  • 毎日身体を動かすこと。それで症状がひどくなることはない。ただし、重いものを持つことだけは避けること。

  • 体調の維持に努めること。ウォーキング、サイクリング、スイミングは腰の運動になり、気分も晴れる。腰の状態が良くなってからも続けること。

  • 運動は徐々に始めて毎日少しづつ増やしていくこと。改善していくのがわかるだろう。

  • 仕事を続けるか、もしくはできるだけ早<仕事に復帰すること。必要ならば、1〜2週問は軽い仕事を担当する。

  • 我慢強くなること。しばらくの間、疼痛や刺すような痛みがあるのは異常ではない。

  • すぐに鎮痛剤に頼らないこと。前向きな気持ちで、自分で痛みをコントロールすること。

  • 家に閉じこもったり、自分の楽しみをあきらめたりしないこと。

  • 心配しないこと。寝たきりになってしまうわけではない。

  • 腰痛に関する恐ろしいうわさに耳を傾けないこと。ほとんどは根拠がない。

  • 気が滅入りそうな日にも、ふさぎこまないこと。

  • 前向きで、活動的でいること。そうすれば早く回復し、その後も問題は少ないだろう。


(加茂)

急性痛の場合、私はなるべく早く、できればその場で痛みを取ってやるようにしています。その点はこの医師とは違いますが、その他は異論ありません。

加茂整形外科医院