馬尾症候群に関する研究についてのメタ解析

早期手術で治療結果良好


馬尾症候群は椎間板ヘルニア後の緊急手術として唯一適応が認められている。馬尾症候群は重篤な神経疾患で、疼痛と失禁が生涯にわたって残ることがある。

新しいメタ解析によって馬尾症候群の手術時期について貴重な情報が得られた。これはUri Michael Ahn博士らの研究によるもので、馬尾症候群の治療成績は発症後48時間以内に除圧術を行う方が48時間以降よりも良好とのことである。

共同著者のNicholas Ahn博士によれば「馬尾症候群の発症後48時間以内に除圧術を受けた患者は、知覚障害、運動麻痺、尿失禁、直腸機能不全が解消する可能性が有意に高い」とのことである。

ただし、Uri M.Ahn博士は48時間以上経過してから除圧術を受けた患者であっても改善が見込まれることを強調しており、Anaheimで行われた米国整形外科学会(AAOS)の年次総会では「この研究結果が意味しているのは『時間が経過してから除圧術を行っても改善は得られない』ということではありません。『より早期に除圧術を行えば、より良い治療結果を得ることができる』ということなのです」と述べている(Ahnet al.,1999)。

患者は早期に手術を受けるべき

この研究からは、馬尾症候群の発症後24時間以内に除圧術を行った場合と発症後24〜48時間に行った場合の両者の成績には統計学的な有意差は見いだされなかったが、博士らはどのような患者でも手術を遅らせるべきではないと強調している。

司会のEnsor Transfeld博士は、「仮に私が側彎症の手術を予定どおりに始めるところだとしましょう。このとき発症後6時間以内の急性馬尾症候群の患者がいたとして、あなたが手術を担当するとします。このとき、あなたは私の手術が終わるまで待ちますか、それとも私を押し退けて手術をしますか?つまり、48時間のタイムリミツトまでにはまだ時間があるならば、あと数時間待機しても良いと考えますか?」とAhn博士に尋ねた。

これに対し、Ahn博士は「研究では手術時期が発症後24時間以内の群と24〜48時間の群で統計学的な有意差はなかったわけですが、私ならあなたの患者を後に回して欲しいとお願いするでしょう」と述べた。

この研究に関する討論の中で、共同著者のKostuik博士は、この点について詳細に述べている。彼は、診断後は速やかに、一般的には数時間以内に手術を受けるべきであるとし、「決して、手術を遅らせてはなりません」と力説している。

手術の時期を明確にする試み

馬尾症候群をめぐる論争に対し、彼らは体系的な文献再検討とメタ解析を実施した。馬尾症候群は提訴が多い疾患だが、現在のところ断片的な科学的根拠しか得られていないうえ、いずれも比較的少数の後ろ向き症例研究に基づくものである。これらの証拠からは手術の最適時期は明らかにはされていない。

以前は馬尾症候群の手術は6時間以内でなければ効果がないという説が広く支持されていた。しかし、これが誤りであることが、Kostuik博士らが1986年に行った研究によって明らかになっている(Kostuik et al.,1986)。彼らは、数日後または数週間後に行った手術であっても臨床的な改善が得られることを見いだした。しかしながら、手術成績を分ける時期的な境界はこの研究からは明らかにはされなかった。そこで、手術時期に関する正確な答えを見つけ、さらに手術成績に影響を与える術前要因を明らかにするため、これまでの研究データが体系的に検討された。

体系的再検討とメタ解析

Ahn博士らは1966年から現在までの文献を検索し、文献目録などの情報源から該当研究を追加して検討した。検討対象は椎間板ヘルニアが原因となった馬尾症候群に関する研究に限定した。Ahn博士は「脊柱管狭窄症・癌・血腫・骨折・感染症・強直性脊椎炎によって引き起こされた馬尾症候群に関する論文は対象に含めませんでした」と述べている。

術前要因と機能的治療結果との相関関係を検討した合計36の試験を選択してメタ解析を実施し、回帰分析を用いて治療結果に影響する要因を確認する補助とした。

この新しいメタ解析には合計322例の患者(男性58%、女性42%、平均年齢42歳)が含まれた。手術の時期にしたがってデータをまとめた。当初は、手術時期を@24時間以内、A24〜48時間、B2〜10日、C11日〜1ヵ月、D1ヵ月以降の5つに分類した。

しかしながら予備解析では、手術時期が発症後48時間以降の各群(B〜D)の間には有意差はなかった。同様に手術時期が発症後O〜24時間の群(@)と24〜48時間の群(A)の間にも有意差はなかった。よって、上記の5つの群を手術時期が馬尾症候群発症後48時間以内の群と、48時間以降の群の、2つにまとめ直した。

多様な症状

全体的に、馬尾症候群の患者には腰痛・坐骨神経痛・運動麻痺および知覚障害・尿失禁または便失禁・性機能不全・麻痺などのさまざまな臨床症状がさまざまな組合せで見られることが確認された。

Ahn博士らは、椎間板ヘルニアの2%に馬尾症候群が起こるとする従来の計算値を示している。しかしこの値は、椎間板ヘルニアが比較的まれな疾患とされていた時代の手術の研究から得られたものである。現在では最新の画像研究で症状のない人にも椎間板ヘルニアがよく見られることが示されている。馬尾症候群の有病率がこれほど高いとはとても考えられない。臨床的に認識された椎間板ヘルニアの2%で、馬尾症候群が発症するという可能性はあるが、これが正確であるという保証はない。

Ahn博士らの症例の大部分は急性だった。Ahn博士は、「症例の69%が急性でした」と述べている。そして患者の62%は、発症前に何らかの外傷があったと報告している。腰痛は多くの患者で認められており、彼は「患者の82%に慢性の腰痛がありました」と述べている。

手術結果に有意差

博士らは、手術前にあった外傷が消失した場合を、外傷の「完全」消失として定義して手術結果を分類した。Ahn博士は「部分的な改善は、改善なしとしました」と述べている。

結果は印象的なものだった。Ahn博士によれば、「手術時期が発症後48時間以内の群と48時間以降の群の間には、知覚障害・運動麻痺・膀胱機能・腸機能障害の消失に有意差がありました」と言う。

さらに、いくつかの術前因子が好ましくない手術結果と関係があることがわかった。Ahn博士は「このメタ解析によって、尿・便失禁、性機能不全の残存といった好ましくない手術結果が、慢性の腰痛・手術前の直腸機能不全・加齢に由来することがわかりました」と述べた。

すべての患者について検討したところ、疼痛の軽減においては手術がもっとも効果的であり、メタ解析を行った患者の83%で疼痛の消失が認められた。Ahn博士は「患者の73%に尿失禁解消、64%に腸機能回復、67%に性機能回復が認められました。知覚障害および運動麻痺の消失は、それぞれ56%および75%で認められました」と発表している。

データを解釈する際の注意

このメタ解析の結果の解釈には注意する必要がある。メタ解析に含まれた患者が椎間板ヘルニア由来の馬尾症候群の患者すべてを代表しているかは分からないからである。臨床的に認識された椎間板ヘルニア患者の2%に馬尾症候群が発生するのが本当ならば、過去数十年間に馬尾症候群の患者は大勢いたと推測される。そうなると、この研究の322例が馬尾症候群の典型例とは言えなくなるかもしれない。

この研究は、馬尾症候群についてかなり楽観的な見方をしているのかもしれない。この新しい「メタ解析」は症例研究の患者群に基づいている。症例研究では治療成績が「良好側」に偏る傾向がある。North Carolina大学(Chapel Hill)のNortin M.Hadler博士は、この新規研究は「最良の症例」の解析とみなすべきであろうと指摘している。実際の治療成績はこの研究の標準値には達しないかもしれない。

研究についてのデイスカッションの中でGunnar B.J.Andersson博士は、これらの研究で記録された時間の正確性を疑問視した。彼が指摘するのは馬尾症候群の正確な発症時期を決定するのは困難だということである。発症時期は、患者の病歴と尿力学的試験に基づいて、あるいは排尿障害患者のカテーテル挿入中の尿量測定によって決定されることが多いが、これらの方法はいずれも正確ではない。

この研究では、最善の手術結果を得るためのタイムリミットは48時間であると確認されたが、Andersson博士はこれが文字どおりに解釈されることに懸念を表している。彼は「法律家にとって『48時間』といえば正確に48時間を意味すること、そして49時間経って手術を施行した場合には立場が不利になることを理解していますか?なぜなら、馬尾症候群のすべての症例について発症時期を時間単位まで確定することは実際は不可能だからです」と述べた。

この研究に関してもう一つ懸念されるのは、対象に含まれた馬尾症候群のタイプである。この研究は、椎間板ヘルニア由来の症例に限定して解析を行った。特に脊柱管狭窄症が原因の症例は除外した。しかし、この新しいメタ解析の症例の一部は、基礎疾患として脊柱管狭窄症あるいはその他の未確認の疾患を有する患者が関係していたと思われる。Transfeld博士は、脊柱管狭窄症患者の脊髄神経は縮れたりつぶれたりすることに順応すると述べている。その結果、比較的軽度の椎間板ヘルニアが起こり、さらに神経を圧迫し、完全な馬尾症候群を発症する。これに対しNicholas Ahn博士は、脊柱管狭窄症やクモ膜炎のような疾患がこの研究の症例の一部で症状に影響を及ぼした可能性があることを認めた。

このメタ解析の全体的な質は、オリジナルの研究データの質に依存していることは明らかである。解析には方法論的な質が比較的低い研究も含まれていることを考えると、このメタ解析の結果が正確であると決めてかかるのは、現実的だとは言えない。

以上の懸念はあるものの、この研究は臨床および法廷に対して価値ある明快なメッセージを示している。馬尾症候群の診断後は速やかに手術するべきであり、外科医、病院、第三者支払人、マネージド・ケアシステムの都合に合わせてスケジュールを組むべきではない。

Ahn博士は「48時間という期限が近づいた場合、医師は患者が手術を受けるよう十分に配慮するべきである。たとえ真夜中に来院することになってもです」と述べている。


参考文献:

Ahn UM et al., Cauda equina syndrome secondary to lumbar disc herniation: A metaanalysis of surgical outcomes, presented at the annual meeting of the American Academy of Orthopaedic Surgeons, Anaheim, 1999; as yet unpublished. 
Kostuik JP et al., Cauda equina syndrome and lumbar disc herniation, Journal of Bone and Joint Surgry (Am), 1986; 68: 386-9 1 . 

The BackLetter 1999・14(6) ・61 68 69. I

加茂整形外科医院