21世紀における腰痛危機:最新情報

The Back Pain Crisis in the 21st Century: An Update


21世紀初めの腰痛による就労障害の危機はどのような状況なのだろうか。先進工業国では、この途方もなく費用のかかる病欠および早期退職の流行との闘いに、進歩がみられるのだろうか。それとも、逆のコースをたどっているだけだろうか。

2003年になっても、腰痛に関連した就労障害は依然として先進工業諸国における大きな問題であり、しかも、途方もなく費用のかかる問題である。

しかし、腰痛に関連する就労障害の、国際的な傾向に関するこれまでで最も包括的な文献レビューによると、進歩の気配があるように思われる。新規レビューは、過去20年間の集中的な努力によって、一部の社会ではこの流行が抑制されている可能性を示唆している。

“調査したすべての諸国において、腰部障害による長期病欠および社会保障給付(social security benefit)が、1970年代頃から1990年代前半にかけてかなり増加したという有力な証拠がある”とGordon Waddell博士、Mansel Aylward博士およびPhilip Sawney博士は、“Back Pain, Incapacity for Work, and Social Security Benefits”という標題の画期的な新刊書で述べている(Waddell et al.,2002を参照)。

この本を書いた英国の研究者らによると、“少なくともある環境では、ここ数年間でこの傾向に歯止めがかかったと思われる中間報告がある”。すなわち、腰痛に関連する就労障害および社会保障認定(social security awards)の増加傾向が、地域によっては横ばいになったと考えられる証拠がある。

少なくとも1つの主要工業国において腰痛に関連する就労障害認定が劇的に減少したという、興味深い証拠がある。英国では、1990年代半ば以来、腰痛に関連する就労障害給付の新規認定が42%減少したと報告されている。

しかし、先進工業諸国が完全に危機を脱したわけではない。スウェーデンの状況は、この分野のすべての関係者を粛然とさせる。就労障害の誘因を減らすためになされた1990年代初めの多大な尽力により、このスカンジナビアの国における腰痛危機はコントロールできたかに思われた。しかし、政策および取り組みが近年変化したことにより、非常に費用のかかる流行が再燃した。研究者のAlf L.Nachemson博士は、「スウェーデンのデータは本当にぞっとします」と述べている(後出のスウェーデンの項を参照)。

20世紀の大流行

慢性腰痛に関係した就労障害は、今と比べて20世紀の流行のほうが、より顕著でより多くの費用がかかった。厳密に言うと、これは医学的な意味での流行ではなかった。腰痛は一般的な症状であり、これまでもずっとそうであった。腰痛の総合的な有病率が過去数十年の間に変化したようには思われない。そして重篤な脊椎疾患の明らかな急増は起きていない。変化したのは、個人、医学界および社会の腰痛に対する反応の仕方である。

歴史的にみると、就労障害の流行は比較的急速に出現した。Waddell博士らによると“1世代かそこらの内に、すべての西洋化した諸国で非特異的腰痛に起因する長期就労障害の流行と、関連する病欠認定ならびに就労障害給付、および労働不能給付(incapacity benefit)の増加があった。このことについて適切な医学的説明はなく、大部分は社会現象であるように思われる”。

多くの点で、この流行は、腰痛とその病因の基本的性質に対する誤解によって生まれた。伝統的な医学モデル(新刊書で詳細に論じられた)では、単純な腰痛は仕事や現代生活のストレスに起因することが多い、構造上の病理学的異常のシグナルだと解釈されていた。100年に及ぶ研究の後でも、一般的な腰痛の根底にある別個の疾患を科学的に実証することはできず、その原因は不明である。

腰痛の伝統的な治療モデルが問題を一層こじらせた。医療関係者は、通常、腰痛患者に、推定上の“損傷”が治癒し、症状が緩和するまで安静にして活動を避けるよう推奨した。この治療モデルは、疼痛に対する恐怖心、活動に対する恐怖心、そして仕事による身体的ストレスに対する恐怖心を生み、長期就労障害の一つのパターンになった。このモデルは、先進諸国の就労障害および社会保障システムに速やかに浸透した。究極的に、腰部“損傷”は就労障害の一般的な容認される前提になり、先進工業社会に直接費用と間接費用の両面で莫大な損害を与えた。

進歩はみられるのか?

英国では勇気づけられる傾向がみられているにもかかわらず、先進工業社会において、腰痛に関連する就労障害認定が総合的に減少したという証拠はわずかしかない。この原因の一部は、証拠となる記録の問題である。いくつかの主要諸国には、一般的な結論を出せるような、腰痛に関連する保険請求についての十分な記録がない。

ほとんどの国には、短期および長期の就労障害給付を行う複数のプログラムがある。これらすべてのシステムから正確なデータを同時に抽出するのは、どうみても難しい。しかし、Waddell博士らは、手に入る情報を集める画期的な仕事をした。

3カ国の就労障害の傾向について、以下に簡単に説明する。前述のように、英国における状況は励みになる。対照的に米国における状況は不透明であり、腰痛に関連する就労障害認定が横ばい状態になったかどうかははっきりしない。前述のように、スウェーデンの最新データは、経済的に大変な損害があることを示唆している。

英国では前進がみられる

英国には複雑な就労障害に対する給付システムがあり、労働不能給付(incapacity benefit)および就労障害給付(disability benefit)を提供する、複数のプログラムが用意されている。これらのプログラムのいくつかはここ何年かで変更された。この給付システムの完全な記述には、プログラム名、頭字語および補償期間を記す辞書が必要であり、新規のレビューにはこれが記載されている。

手短に言うと、他の多くの諸国と同じく、英国でも腰痛による疾病手当(sickness benefit)および障害給付(invalidity benefit)は、1970年代末から1990年代初めにかけて急増した。たとえば、1978〜1979年から1991〜1992年までに、腰痛に関連する就労障害給付はなんと208%増加した。しかし、1990年代半ばから、英国では腰痛に関連する労働不能および就労障害の新規認定件数は着実に減少した。

Waddell博士らによると、“総合的に、腰部障害のための労働不能給付および就労障害給付のすべての新規認定は、1994〜1995年以来42%減少したが、その一方で、他のすべての疾患のための認定は25%減少した”。共著者のAylward博士によると、成功は主として、長期就労障害給付を受けた労働者の数の減少によるものである。

腰痛に関連する給付の減少については多くの説明が考えられる:社会保障および法律の変化、病欠認定書を得るための基準の厳格化、より有効な医学的管理、または、他の疾患カテゴリーへの腰痛患者のシフトなどである。しかし、これらのいずれかが、腰痛に関連する認定の実質的な減少の説明になるという直接証拠はほとんどない。

これらの変化を、より賢明な医療政策の功績にしたくなるだろう。英国は、急性腰痛および職業性腰痛に関する、合理的なエビデンスに基づくガイドラインの作成において、リーダー的存在であった英国の研究者らは、前述の、欠陥のある時代遅れの損傷べースのモデルの代わりになる、腰痛および腰痛管理の状況に応じた、生物心理社会的モデルの作成において重要な役割を果たした。

しかし、これらのガイドライン、アルゴリズムおよび考え方が英国においてどの程度実施されたか、そしてそれらが就労障害にどのような影響を与えた可能性があるかは明らかではない。

Waddell博士らは、腰痛に関連する就労障害給付の初期の増加およびその後の減少は、おそらく、仕事、疾患、労働不能および特に腰痛に対する捉え方の変化を含む、幅広い基本的な社会通念の変化と関係があるという説明を信じている。“言い換えると、腰痛に関する病欠認定および社会保障給付のシステムは、おそらく時代に合わなくなってきたのであろう”と彼らは示唆している。

“ともかく、これらの統計値は、1990年代半ば以降の英国における腰痛に関連する社会的な対応の仕方が、実際に大きく急激に変化したことを示しており、この点は他の疾患とは異なる”と彼らは付け加えている。

米国における状況は不透明

米国における腰痛危機の状況は、まだはっきりしない。

米国の人々は、連邦、州および民間のさまざまな機関から、腰痛に関連する就労障害給付を受けることができる。しかし、3大プログラムは、労災補償、および社会保障庁が管理する2つのプログラム、すなわち社会保障就労障害保険(Social Security Disability Insurance: SSDI)と、補足的所得保障(Supplemental Security Income: SSI)である。

米国でも、他の国と同様、1970年代と1980年代に腰痛に関連する労災補償請求が急増した。

しかし、1980年代末頃に労災補償請求の数が減少し始めた。Waddell博士らは、この逆転傾向は、腰痛に限ったものではないと示唆している。“証拠の解析方法についていくらかの不一致があるものの、腰部損傷請求における初期の増加とその後の減少は、一般的な労災補償の傾向をおおむね反映しているように思われる。しかし、より長期間の腰痛請求および腰痛請求コストは、最近、非常に特異的に急減しているように思われる”と彼らは論文で述べている。

変化の大きさの例として、Lobat Hashemi博士らは、1988〜1996年のLiberty Mutualの労災補償データベースで、腰部損傷請求が40.6%減少、非腰部損傷請求が37.3%減少したことを見出した(Hashemi et al.,1998を参照)。他の研究者らも同程度の減少を記録した。

請求件数の減少に関する証拠は、腰痛治療の関係者にかなり歓迎された。研究者らは、減少傾向はいくつかの問題に関係しているのだろうと推測した:いくつか例を挙げると、労災補償システムの変更、雇用者および労災補償保険者による手堅い就労障害管理、より合理的な医療、そして緊縮型のマネージドケア方針である。

他の研究者らは、明らかになった進歩は、労災補償請求の減少は、医療および就労障害管理とは全く関係がないことを示唆した。彼らは、それは、1990年代の大規模な好景気の産物かもしれないとの意見を述べた。最近の米国経済の悪化に刺激されて、腰痛関連請求が増えたかどうかわかれば興味深いだろう。

しかし、労災補償請求および関連費用が減少していても、米国における腰痛関連就労障害による総支出が減少しているかどうかは明らかではない。1980年代半ばから少なくとも2001年までは、SSDIおよびSSIの就労障害認定の件数は急増した。1985年には、約440万人の米国人がこれらの2つのプログラムの認定を受けた。1999年には800万人以上が認定を受けた。そして認定件数は、それ以降も増加を続けているように思われる。

残念なことに、社会保障庁は、腰痛に起因する就労障害認定の件数を確認していない。しかし、SSDIプログラムで就労障害認定の増加が最も大きかったカテゴリーは、“精神衛生障害”および“筋・骨格系障害”であった。確かに腰痛は後者のカテゴリーの中で主要な位置を占めるだろう。

請求に関する、より良いデータとより正確な説明がなければ、米国の腰痛に起因する就労障害の減少に関して進歩があったどうか、研究者は判断できないだろう。

スウェーデンにおける動向の変化

スウェーデンは、腰痛に関連する有病率と就労障害率、および関連コストに関して、残念な“Uターン”をしたようである。

1980年代、スウェーデンは、腰痛に関連する病欠および長期就労障害の率が急増していることで悪名高かった。Nachemson博士をはじめとする研究者らは、増大する疾病および就労障害コストは、スウェーデンの国内総生産を上回ろうとしていると、脊椎学会で何度も指摘したものだった。Gunnar Andersson博士は脊椎学会で、スウェーデンはその不足を補うために、ついにはノルウェーの国内総生産の一部を借りなければならなくなるかもしれないと、冗談を言ったものだった。1995年にNachemson博士は、腰痛に関連する就労障害は現代の社会保障制度をいつかは破綻させるだろうと示唆したが、この予測は今も正しいかもしれない(Schoene,1995を参照)。

スウェーデンでは腰痛による病欠の急増が何十年も続いた。この流行病のコストの増大により、スウェーデンは1990年代初めに就労障害方針を変更せざるを得なかった。病欠および早期退職の要件がかなり強化された。1980年代末には、労働者は病気休暇中に通常の賃金とほぼ等しい額を受け取ることができた。1990年代初めに、スウェーデン政府は病気給付のレベルを約20%引き下げた。

さまざまな変化が組み合わさった結果、腰痛に関連した欠勤および長期就労障害は次第に減した。1998年までに、早期退職件数は、1980年代初め以来なかったほどのレベルにまで減少した。

しかし1990年代末、政府の方針転換により、病欠および就労障害に関する規制が緩和され、それに伴い考え方が変化した。その結果、スウェーデンにおける病欠および長期就労障害の率は急上昇した。New York Timesに最近掲載された記事によると、病気給付の公共経費は、1998年には20億ドルを少し超えるくらいであったのが、今日では50億ドルを超えているという。

Warren Hoge氏によると、“今月[2002年9月]の政府報告によると、スウェーデンの労働者の20人に1人は、昨年、1週間を超える病気休暇を取っており、これはEUの平均値の2倍であり、また、有給の病気休暇は1998年の14日から平均25日程度にまで増加した。スウェーデンでは常時、平均430,000人の従業員が病気休暇中であり、これは国の労働人口の10%に相当する”(Hoge,2002を参照)。

Nachemson博士は、さらに驚くべき統計値を付け加えた。「スウェーデンでは労働年齢にある人々の約25%が、患者名簿に記載されているか、永続的な就労障害があるか、リハビリテーションまたは社会復帰のための就労プログラムに参加しています」と博士は言う。スウェーデン政府は、この就労障害の急増の理由に関する正確な統計値を公表していない。しかしNachemson博士は、腰痛がこの負担の約30%を占めると示唆している。

この就労障害の流行は、スウェーデンの経済をじわじわと食いつぶしている。Nachemson博士によると、1987年に、腰痛はスウェーデンの経済に対して約300億クローネ、つまり国内総生産(GDP)の2.5%の損害を与えた。このコストは、1990年代半ばに就労障害方針が改正された後、290億クローネ、つまりGDPの1.7%にまで減少した。2001年には、コストは330億クローネ、つまりGDPの2.7%に増加した。

Nachemson博士は、スウェーデンにおける就労障害および社会福祉のシステムは、個人的、社会心理的および経済的な問題に対処しようとする労働者の逃げ場になっていると、長年にわたり繰り返し示唆してきた。博士は、腰痛もしくは他の疾患に関連する就労障害に逃げることは、これらの問題に対する健全な解決法ではないと強調する。さまざまな研究で、腰痛に関係した長期就労障害のある人々は、雇用が維持されている人々と比較すると、健康上の問題のレベルが通常より高く、予測寿命が短いことが示唆されている。Nachemson博士は、「雇用の喪失は労働者の生活を脅すのです」と言う。

博士は、先進諾国は、コストを低下させるためばかりでなく労働者の福祉を保護するためにも、社会保障および就労障害方針を改善する必要があると考えている(Schoene,1995を参照)。

今後の希望

スウェーデンの状況が示しているように、病気で困窮している労働者に対する社会的支援と、就労障害を阻止するための政策とのバランスは微妙である。Waddell博士らによると、このジレンマは先進工業諸国全体に広がっている。

“このレビューは、ほぼすべての社会保障システムが、腰痛のような健康に関する主観的愁訴を処理するのに苦労しているという、難しさを実証している。このような問題では他覚的な病状の定義が難しく、心理社会的問題が重要である。疼痛、就労障害および労働不能には明らかに関連はあるが、それは弱いものでしかなく、この3者を厳密に区別する必要がある。これは、ヘルスケアと社会的支援とのバランスに関する問題を提起している”と、博士らは結論として述べている。

新刊書で説明されたように、ヘルスケアと社会的支援との適切なバランスを取ることは非常に難しく、先進工業諸国全体を通して“作業中”の段階である。

英国では勇気づけられる傾向がみられているにもかかわらず、先進工業社会仁おいて、腰痛に関連する就労障害認定が総合的に減少したという証拠はわずかしかない

米国における腰痛危機の状況ははっきりしない

病気で困窮している労働者に対する社会的支援と、就労障害を阻止するための政策とのバランスは微妙

参考文献:

Hashemi L et al., Trends in disability duration and cost of workers' compensation low back pain claims (1988-1996), Journal of Occupational Medicine, 1998; 40: 1 1 l0-9. 

Hoge W, Swedes are out sick longer, and budget is ailing, New York Times, September 24, 2002 : 3 . 

Schoene M et al., Will back pain doom the welfare state?, BackLetter, 1995; lO(3):27. 

Waddell G et al. Back Pain, Incapacity for Work, and Social Security Benefits: An International Review and Analysis. London. The Royal Society of Medicine Press, 2002. Available from: Chief Medical Adviser's Office at the UK Department of Work and Pensions, Room 640, Adelphi, I - 1 1 John Adam Street, London WC2N 6HT, UK; or by email from tracy.straker@dwp.gsi.gov.uk. Individual copies cost £25 plus packing and postage of £5. Orders of multiple copies up to 10 copies cost £25 each plus £3.50 for packing and actual cost of postage. Orders over 10 copies cost £17.50 each plus £3.50 for packing and actual cost of postage. 


The BackLetter 1 8(1) : 1, 3-5, 2003,

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