椎間板ヘルニアは手術なしで治る  大朏博善  (週刊文春より)


10人中9人が手術なしで回復 

ずばり、こう指摘するのは、福島県立医科大学(福島市)整形外科の菊地臣一教授。東京の日赤医療センターで整形外科の副部長を務めたキャリアも持ち、腰痛治療に真剣に取り組む数少ない専門家の一人である.

ある整形外科医によると「大学の教授には、象牙の塔に閉じこもったまま出世した人が多い。だが、菊地さんは、日赤のほか地方病院にも勤務した経験があり、臨床経験が豊富な医師。それだけに思ったことをズバリいえる珍しい存在です」

そんな菊地教授が行った追跡調査が、日赤時代に実施したく陽性所見が得られた症例の予後調査>。症状の内容とレントゲン検査で腰部椎間板ヘルニアと診断された患者を対象にしているが、ユニークなのは調査サンプルのとり方である。

「医師と患者が一度は納得ずくで手術を決定したものの、患者が結局、逃げて手術をしなかったという例が結構ある。その中の50例について時間の経過とともに症状がどのように変わったのか、追跡調査を行ったわけです」

常識的に考えれば、医師が手術は必要と判断したのに、息者がいうことを聞かず逃げてしまったのだから、患者はその後も苦しんでいるーそう思っても不思議はない.

ところが、調査結果は驚くべき内容になってしまった.「5年たった後に追跡調査して.みると、あれほど腰痛に苦しんでいた患者50人のうち、『症状なし』と答えたのが、じつに50%の25人もいた。

次いで『症状はあるが障害なし』という人が、40%以上、そして日常生活に困るような『障害あり』という人はたった

5年たってみたら、10人のうち9人以上がよくなっていたというわけなんです」(菊地教授)

まさか!? という人には、別の調査データも紹介しておこう。ノルウェーのオスロ市立病院の研究考によって発表されたその調査は、切っても切らなくてもいい'椎間板ヘルニア患者126人に対し、.その予後を比較・検討した。「1年後の成績としては、”手術グループ”のほうがいい結果が出ました.しかし、時間が経つにしたがって"非手術(保存)グループ”の成績がよくなって、両者の差がぐっとつまるんです。そして、4年後、5年後となるとハッキリした違いがなくなってしまうんです」(同前)

新兵器MRIは万能か?

この調査でも、手術をしない保存療法で障害が残ったケースは1割弱にとどまり、菊地教授の追跡調査と酷似している。「その他の比較・検討調査をみても、発症後5年たって障害が残っているのは、8〜9%。要するに、椎間板ヘルニアから5年経つと、『切っても切らなくても同じ』ということにる。10人のうち9人は激痛症状が消えるのだから、『いちど椎間板ヘルニアが発生したら治らない』というのはウソになります」(同前)

もちろん、足などにマヒが起きていたり、膀胱や直腸の機能が冒されていたりして緊急手術が必要なケースなら話は別。このような特殊ケースを除けば 、手術しない保存療法こそ椎間板ヘルニア治療の王道だと菊地教授は断言する。

「患者にぜひ知っておいてほしいのは、椎間板ヘルニアなどの疾患では、レントゲンやMRIの画像は大してアテにならないということです」(同前)せっかくの新兵器をアテにするなとは、いったいどういうことなのか.まったく何の腰痛症状のない人でも、レントゲンやMRI画像で脊髄をみると、腰の部分に、椎間板ヘルニアが生じている例が珍しくない。

MRIは、突出した椎間板が脊髄神経を圧迫しているような画像となるが本人は痛みを感じていないのだから、この段階では、”椎間板ヘルニア”とはいえない.

また、背骨の加齢現象の代表格で、中年以降の腰痛の原因といわれているのが、腰部脊柱管狭窄。脊髄の背面にある脊髄神経の通る穴が、腰の部分で狭くなったため神経が圧迫されるのが原因だといわれているが、腰部脊柱管狭窄はMRI画像で表れやすいのに、患者は必ずしも痛みを訴えるとは限らない.その一方で、患者は激しい痛みを訴えているのだが、MRI画像には何の異常も表れないという腰痛も多い。

つまり、MRI画像で見る腰椎部分の”異常”が、そのまま腰痛とか坐骨神経痛といった症状に反映するとは断言できない.むしろ腫瘍といった椎間板ヘルニア以外の疾患がないかどうかの判断材料として、MRIを使うべきだという.

「ところが、外来でもできるほど検査が簡単になったため、ヘルニアや腰部脊柱管狭窄がすぐに見つる。腰痛の原因がわかったという理由で、すぐに切りたがる医師も出てくるため、とうしてもオーパー・サージェリー(過剰な手術)になりやすいんです」(同前)

その結果、「MRIは万能」という、”神話”が作られ、手術をして麻酔事故や神経損傷というトラブルを招くことになる。椎間板ヘルニアの激痛は、神経の圧迫だけで起こるのではなく、圧迫された部分が炎症を起こすことで生じる.

ならば時間をかけてでも炎症さえ抑えてやれば腰痛は治るはずで、ヘルニア手術は緊急時以外には意味がないという結論になる。それにしても、症状が出てから5年経つうちに、椎間板ヘルニアはとう変化するというのだろうか

痛みに対する防衛反応

「ヘルニアがなくなったというわけではありません。、MRI画像なとを見ても、椎間板は突出したままなんです.しかし、人間の体というのはよくしたもので、背骨の構造が変化してそれなりに安定した形になったり、痛みに対して鈍くなるという防御反応がおこるんです」(同前)。詳しいメカニズムは不明だが、ヘルニア部分に炎症が起きにくくなる、若干の痛みは感じなくなる、といった現象が起こっているらしい.

また、時間の経過とともに、傷んでいる椎間板と上下の椎骨が硬くなる現象もみられる。関節としての活動範囲を狭めることで、これ以上の傷を作らないような形になっていくという.

菊地教授のこうした見解を、他の整形外科医はとう考えているのだろうか。
菊地教授の共同研究者だった日赤医療センター整形外科の蓮江光男部長によると、「酷い症状ですぐに手術しないとマヒが進むとか機能障害が残ってしまう場合は、切る、切らぬの選択の余地はありません。 しかし、そうではない場合には、切らないで辛抱強く治療すれば次第によくなるケースが多いーということは、ベテラン整形外科医師ならだいたいわかっていると思います」

症状が重い椎間板ヘルニアでさえ9割が治るとすれば、息者数が最も多い慢性腰痛症はどうなのか.「軽い腰痛なら家庭でも治せるし、再発も防ぐことができる」というのは、順天堂大学の青木虎吉名誉教授。ただし、腰痛についての正しい知識を持ち、治し方をきちんと理解することが前提だという。

そこで問われるのが、医師の姿勢である。「医師が簡単に、場合によってはいい加減に、息者さんを扱うから腰痛への正確な対応ができない。ちゃんと対処すれば、ほとんどの腰痛が必ず治るのに、そのチャンスを逮している人が多いんですよ」(ある整形外科医)

腰痛症は、”病名のクズカゴ”と呼ばれ、”原因不明”とされるケースが多いことは以前に紹介した.腰椎などに、”器質的変化”がなく、ガンやその他の内臓疾患でもないと、具体的な原因を特定できないのが医学界の現状でもある。

「そのため医師は他に深刻な疾患がないのを確かめると、『もう病院に来なくていいよ』といってしまう。特に問題がないから放っておいても大丈夫だという意味だが、まったくの説明不足なんです」(ベテラン整形外科医)

患者にしてみれば痛みに耐えられず病院に来たのに、その途端にたいしたことがないと放り出されては、たまったものではない.「患者の側に立って十分な説明を怠っているから、『慢性腰痛は治らない』という誤解につながってしまう。患者の誤解というよりも、、医者のウソ。といったほうが適切かもしれません」(同前)

医師としてはせめて、「椎間板ヘルニアではない。歳をとれば椎間板の変成は避けられないし、脊柱管狭窄もみられるようになる。けれども、日常生活で気をつければ、そのうちきっと症状は安定するから心配はいらない」というアドバイスだけでもすべきだろう。

加茂整形外科医院