組織のリストラ:雇用削減が労働者の腰と頸部に重圧をかける


職場について質問するのは、腰痛の標準的な臨床評価の一部になっている。経験豊かな臨床医は、就労障害をきたした腰痛患者を診察する際、通常、回復を妨げている因子を確認しようと試みる。

「仕事は好きですか」、「雇用主との関係はうまくいっていますか」、「あなたが会社に貢献していることは評価されていますか」、「仕事の内容について満足していますか」、これらはすべて、重要な質問である。

しかし次の質問を付け加えようと思う医師はどのくらいいるだろうか:「最近、あなたの雇用主はリストラをしましたか」、「会社で雇用削減または採用抑制による人減らしはありましたか」、「あなたの組織の人員構成に変化はありましたか」。

Nortin M.. Hadler博士は、Arthritis & Rheumatismに最近掲載された論説で、リストラが労働者の健康に深刻な害を及ぼしていると指摘した(Hadler,2001を参照)。博士は、英国の独創的な“Whitehall(英国政府)"研究において、政府機関の“民営化"計画の発表後3年間で英国の公務員の健康が着実に悪化したことに注目した。裏を返すと、民営化とリストラが実際に行われるよりもかなり前に、健康状態が悪化したことになる(Ferrie et al.,1998)。

Hadler博士は、“リストラが差し迫っていることが、仕事の社会心理学的側面の大混乱を招き、すべての労働者、とくに高齢の労働者に`ストレス'と`緊張'を生じさせている。リストラは、私が`社会心理学的'に有害な労働状況と呼ぶ、健康に悪影響を及ぼす程の有害な致命的過程を加速させる。そして、それは以前の地位には関係なく起きる"と主張した(Hadler,2001を参照)。

リストラは、解雇を免れた労働者にも影響するごフインランドのRaisioで行われた大規模なリストラで解雇を免れた市職員は、病欠が2倍以上に増加した。高齢の労働者はとくに大きな打撃を受けた。50歳を超える職員の病欠は14倍にも増伽した(Vahteraeta1.,1997)。

Raisioで行われたリストラの新規分析により、リストラで解雇を免れた労働者の腰痛およびその他の筋・骨格系障害に関係した欠勤が、雇用削減後2年問で5倍以上に増加したことが明らかになった。

リストラはあらゆる社会経済学的階層の労働者に影響するが、一番下でぐらぐらしている高齢労働者や不利な境遇にある労働者に対して、最も致命的な影響を及ぼすように思われる。

このことを目立たない問題だと考える人がいるといけないが、リストラは現代の経済生活の一般的な特徴になっている。会社、非営利団体、政府および市の組織はいずれも、経済的状況や予想される戦略的優位性の認識に従って、伸縮する。

これらの過程で、雇用確保および献身的労働者に対する誠意が犠牲になるのは“やむを得ない"ことになった。米国では、1979年から1995年の間に4300万人の雇用減が発生した。この期間に全世帯の3分の1がリストラの影響を受けたという報告もいくつかある(Kivimaki et al., 2001; Cascio,1998)。

皮肉なことに、リストラが生産的な経営戦略であるかどうかははっきりしない。リストラ計画立案者と事業戦略専門家の間ではリストラのメリットについて活発な議論が行われている。リストラを実行している多くの組織では、効果が得られているようには思われない。かえって、リストラによる急激な人的損失が一層問題を生んでいる。

リストラと腰痛

フィンランドで行われた新規の分析で、リストラの有害作用の詳細が明らかになった。

Mika Kivimaki博士らが行った研究で、市職員の筋・骨格系疾患による欠勤が、リストラ後2年間で急増したことが明らかになった。本人が報告した腰痛および他の筋・骨格系疼痛に関しても有意な増加がみられた(Kivimaki et al.,2001を参照)。著者らは、精神的悩みが増大したことに関
しては、社会心理学的および身体的な因子による説明が可能だと考えている。

研究は、非介状で結果だけを追った研究であった。Kivimaki博士らは、1991年〜1993年に実施された一連のリストラの前後に、764名の市職員の健康状態を追跡調査した。博士らは、本人の申告に基づく疼痛、疼痛部位の数および疼痛の重症度を職員に質問するとともに、医学的に認定された病欠を評価した。

博士らは、大規模なリストラによる影響の特性を小規模なリストラの場合と比較検討した。あらゆる職種における総労働時間の減少が18%を超える雇用削減を、大規模なリストラと定義した。総労働時問の減少が8%未満のものを、小規模なリストラとした。

リストラの影響は劇的であった。大規模なリストラの後は、小規模なリストラの後と比較して、労働者が重症の筋・骨格系疼痛を報告する頻度が2.59倍高かった。大規模なリストラの経験者は、医学的に認定された病欠が、小規模なリストラの経験者の5.5倍多かった。

リストラは、男女を問わずあらゆる収入群に影響を及ぼした。“元々筋・骨格系疾患を有した労働者のほうが影響が大きかったが、当初は健康であった従業員にも影響が認められた"とKivimaki博士らは述べている。

かつて研究者らは、一般的にリストラが健康に及ぼす影響は、完全に社会心理学的因子に起因するものだと考えていた。たとえば、前述の英国公務員を対象にしたWhitehall研究では、身体的な業務内容にまったく変化がない状態で、従業員の健康状態が悪化した。

最近行われたRaisio研究でも、再び社会心理学的因子の関わりが認められた。雇用調整や雇用不安といった問題は、複雑な形で、労働者の健康に重大な影響を及ぼすと思われた。

しかし著者らの統計モデルによれば、リストラによる有害作用の一部は、市職員の業務における身体的要求度の増大に関係するように思われた。職員(とくに低賃金の肉体労働者)に対して、リストラ後には一層大きな身体的作業負荷がかかっていた可能性がある。

“低収入の労働者および女性では、検討したすべての筋・骨格系障害の結果にリストラが与えた影響の5分の1から3分の1以上は、身体にかかる負荷の増大が原因であった。男性および高収入の従業員においては、リストラと筋・骨格系障害の主観的知見との関連は、身体にかかる負担の増大が原因であったが、病欠についてはそうではなかった"とKivimaki博士らは述べている。

著者らは、これらのパターンは、物を持ち上げたり、身体を曲げたり、身体をねじったりといった、特定の身体的リスクファクターへの暴露が増大したことを反映しているのだろうと考えているが、他の説明も可能であろう。残念なことに、著者らは、身体的暴露に関して、べースラインおよび経過観察で使用した問診票の中の、仕事中の身体にかかる負担に関する1個の質問に基づいた間接的な情報しかもっていなかった。将来の研究で身体的影響をもっと直接的に測定できることが期待される。

筋・骨格系疾患が増加した原因を説明するため、著者らは果敢な試みを行ったが、著者らの統計モデルでは、リストラと筋・骨格系の健康との相関関係の約半分しか説明することができなかった。

これは意外な結果ではない。Hadler博士は論説の中で、最もしわ寄せを受けやすい労働者に対する無数の社会心理学的影響に正面から取り組むのは、手ごわい挑戦だと強調している。博士は、“疫学研究の今後の課題は、`社会心理学的状況'をより明確にすることだ"という意見を述べている。

リストラ立案者に対する挑戦

リストラの悪影響に関するデータが増えつつあるのは、至る所の組織計画立案者および“リストラ推進派"に対する挑戦である。

考えてみれば、リストラが市職員や公務員に与える影響は、民間企業の従業員に与える影響よりも小さいだろうと思われるのだから恐ろしいことである。Raisio研究の対象となった市職員は、おそらく、企業の同じような立場の労働者よりも、雇用が確保されており市場動向の影響を受
けることが少なかっただろう。

共同著者のJane Ferrie博士は、ロイター通信の最近の記事で、“解雇されなかった人達はそれでもまだ比較的安定しているだろう。これらの労働者は多分、最も保護されている群の一つだろう。民間企業ではおそらくはるかに大きな影響が認められるだろう"と述べている(Hagan,2001を
参照)。

フインランドの研究者らは、大組織がリストラによる広範囲の人的損失を計算するのを期待している。Kivimaki博士らによれば、“組織のリストラを決定する人達は、この経営戦略が従業員の健康を損なう可能性があることを承知しておく必要がある"。

参考文献:

Cascio WF, Learning from outcomes: Financial experiences of 3 1 1 firms that have downsized. In: Gowing MK et al. (eds). The New Organizational Reality. AmericanPsychological Association; 1998:55-70. 

Ferrie JE et al., An uncertain future: The health effects of threats to employment security in white-collar men and women, American Journal of Public Health, 1998; 88: 1030-6, 

Hadler NM, Rheumatology and the health of the workforce, Arthritis & Rheumatism, 2001 ; 44(9): 1971-4 

Hagan P,Job cuts increase risk of back problems among remaining staff, Reuters
Health Information,November19.2001;
www.reutershealth.com/cgi-bin/signio/archive/2001/11/19/prof_/20011119 clinO05.htm.

Kivimaki M et al.,Organizational downsizing and musculoskeletal problems in employees :A prospectivestudy,Occupational and Environmental Medicine,2001;58:811_7.

Vahtera J et al., Effect of organizational downsizing on health of employees, Lancet, 1997; 350: 1 124-8. 

The BackLetter 17(5) : 49, 58, 2002. I

加茂整形外科医院