14の職場における大規模研究で、上手な持ち上げ技術を労働者に教えても腰部損傷は防止されなかった

身体的暴露は腰痛に関与するが、決定的な影響を及ぼすかどうかは明らかでない


米国の14の会社が参加した大規模無作為研究で、労働者に荷物の持ち上げと運搬技術の改善を教える独創的なプログラムを実施しても、腰部損傷は防止されなかった。

筆頭著者であるオハイオ大学のSteven A. Lavender博士によると、「持ち上げ技術訓練プログラムに参加するだけでは、腰部損傷発生率は低下しませんでした。訓練ブロトコールには長期的効果が認められませんでした」(Lavender et al.,2003を参照)。

研究では、報告された腰部損傷の発生率が低かった労働者の群がサブグループ解析で同定された。持ち上げ技術に伴って脊椎にかかるねじりのストレスレベルが低い労働者、および持ち上げ時間が短かった労働者は、腰部障害を報告する頻度が低かった。しかし、このサブグループにおける良好な結果が訓練と何らかの関係があったかどうか明らかではなかった。しかし、このことから今後の研究対象となる興味深いテーマを知ることができる。

Lavender博士はバンクーバーで開催された国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会で新規の研究を発表した。

背景

これは意図したところは良かったが、腰痛を予防するという主要目的を果たすことができなかった、いくつもの訓練プログラムの中の最新のものである。

「訓練プログラムには全く効果がないと証明されたわけではありません」と、Clinical Biomechanics誌の編集委員であるKim Burton博士は述べている。「一部のプログラムによって、被験者が荷物の持ち上げのようなある種の課題を遂行する方法に変化がみられましたが、これらの変化の結果として腰部損傷の報告が減少することはありませんでした。そして、行動の変化がどのくらい継続するかは依然としてはっきりしません」。

職場における身体的ストレスの単純な軽減を通じた腰痛の一次予防は、依然として手ごわく、恐らく途方もない難問である。厳しい無作為対照比較研究で、ある種類の人間工学的プログラムで仕事中の腰痛を防ぐことができるというエビデンスは得られていない。腰痛の一次予防はもはや妥当な目標でないと示唆する人もいる。

“腰痛の疫学は、一次予防が非現実的な目標であることを示している"と、Michael Adams博士らは、Biomechanics of Back Pain というタイトルのついた最近の著書で主張している。“生活から除去されたら腰部障害が完全になくなると思われる単一因子(または因子の集合)は存在しない"。博士らは、より現実的な目標は、腰痛の有無に関わらず労働者にとって職場がより快適で柔軟な融通の利くものになるように、訓練や他の人間工学的プログラムを活用することだと示唆している(Adams et al.,2002を参照)。

持ち上げ訓練プロトコール

オハイオ州立大学およびシカゴにあるRush Presbyterian St. Luke's Medical CenterのLavender博士らは、最近、“持ち上げ訓練"プロトコールと呼ばれる新規の訓練プログラムを評価する無作為対照比較研究を行なった。

Lavender博士によると研究の主要目標は次の2つであった:(1)荷物の運搬の際に脊椎にかかる屈曲およびねじりの力を減らすことに焦点を合わせた行動訓練が、腰部損傷の防止に役立つかどうかを調べること;および(2)訓練中の機能の定量的尺度を用いて、腰部障害のリスクが高い被験者を同定できるかどうかを調べること。

Lavender博士らの研究には、14の会社の配送担当者が参加した。これらの配送施設の1978名の労働者を、持ち上げ訓練プロトコール群か対照群のいずれかに無作為割り付けした。

実験群の労働者は全員、複数回の持ち上げ訓練セッションに参加したのに対し、対照群のメンバーは教育ビデオを視聴しただけであった。

この持ち上げ訓練プログラムには、資材運搬のシミュレーション課題遂行中に腰椎にかかる負荷を、コンピュータで測定し定量化することが含まれた。プログラムの第1段階では、労働者の通常の持ち上げ技術を分析し定量化した。第2段階では、配送担当者にバイオフィードバックを含む訓練とマンツーマンでの指導を行なった。第3段階では、訓練を受けた後の労働者の資材運搬技術を研究者らが評価した。

Lavender博士らは、医務室の記録および職業安全衛生管理局が維持する記録によって証明された、職場における腰痛と損傷の報告を分析することによって、プログラムの効果を測定した。

現代の不透明な経済状況のため、分析から除外しなければならなかった会社が2社あった。1社は、研究に参加した労働者がほぼ全員一時解雇になった。もう1社は、訓練を受けた労働者のうち、研究終了時に資材運搬を担当していた者が1人もいないほど配置転換率が高かった。

期待はずれの結果

総合的な結果は期待はずれであった。実験群と対照群の間に腰痛損傷率に関して有意差は認められなかった。

研究者はその後、比較的うまくいったサ・ブグループがあったかどうかを知るために、さまざまな分析を実施した。結局、最初の評価で平均ねじりモーメント(すなわち脊椎にかかるねじりの力)が30ニュートンメーター以下で、持ち上げ時問が1.5秒以下であった労働者の腰部損傷率が低かったことが明らかになった。すなわち、これらの労働者は脊椎にかかるねじりと屈曲の力が小さく、短時間のてきぱきした持ち上げ動作を行なっていた。

サブグループで優れた結果が観察されたことが重要な知見であったのか、それとも単なる偶発的所見であったのかは全くわからない。結果に差が認められた理由が何であったにせよ、Lavender博士らは、ねじりモーメントと持ち上げ時間の両方に同時に焦点を合わせることによって、より良い結果が得られるかどうかを調べることを計画している。

生体力学研究者のMalcolm Pope博士はISSLSセッションでの討論の際に、本研究は、腰部損傷の発生におけるねじりの負荷の重要性を示していると示唆した。博士は、人間工学的プログラム、教育そして訓練の組み合わせが、資材運搬施設におけるねじりの負荷、および報告された腰部障害を減らすのに有効である可能性があると推測した。

しかし前述のように、人問工学と訓練を組み合わせたプログラムは、一般的に効果がないことが厳密な研究で証明されている。Tapio Videman博士らが1989年にフィンランドの看護師を対象に行なった研究では、不適切な持ち上げ技術と腰痛の新規発症との間に関連が認められた(Videman et al.,1989を参照)。しかし、患者を上手に抱え上げるための訓練プログラムに参加した看護師と、対照群の看護師の間に、腰痛の有病率に関して統計学的有意差は認められなかった。

“適切な"持ち上げ技術を労働者に習得させるプログラムで、将来より多くの効果が得られるかどうかは依然として不明である。当面の間、これらは紛れもなく実験的なプログラムとみなすべきである。

訓練プログラムはなぜ失敗したのか?

腰痛を防止する訓練およびその他の人間工学的プログラムが失敗に終わったことには、さまざまな因子が関係している可能一性がある。身体的暴露は腰痛に関与するが、決定的な影響を及ぼすかどうかは明らかではない。

“疫学的エビデンスは、腰部症状は仕事の身体的要求と一般的に関連があることを示しているが、だからといって必ずしも腰痛が仕事によって生じることを意味するわけではない。仕事の身体的要求によって、個々の腰痛発作が引き起こされるという強力な科学的エビデンスが存在するが、総合的にそれが原因と思われる労働者の腰痛の割合は小さい"とAdos博士らは指摘している(Adams et al.,2002を参照)。

多種多様な因子が職場における腰痛の報告に影響する:社会心理的、組織的、社会経済的、環境および個人的な因子。単純な対策によって複合的な問題に適切に対処することは多分不可能だと予測される。

仕事の生体力学に関する現在の知識レベルが不十分である可能性も否定できない。何千もの職場、そして医療従事者が、労働者に“正しい持ち上げ技術"を教えているが、科学的エビデンスを一見しただけで熱も冷めてしまうだろう。

Leon Straker博士による最近のレビューは、低い位置にある物体のある特定の持ち上げ様式を支持する決定的な科学的エビデンスは全くないと結論づけた(Straker,2003を参照)。一般的に用いられているすべての技術、すなわちスクアット、セミスクアット、前かがみ、およびフリースタイルの持ち上げ法については賛否両論がある。要求されるその他の因子、すなわち持ち上げて身体の向きを変えること、さまざまな高さからさまざまな高さへの持ち上げ、さまざまな作業命令の心的処理およびその結果生じる時間的圧力、そして持ち上げについて単純なわかりやすいメッセージを考案するのが難しいことが明らかになる。

Straker博士によるレビューは、仕事の手順の変更は腰部障害を防止する方法として訓練プログラムよりも有望だと結論づけた。しかし、作業課題を再設計するための人間工学的プログラムには難しい問題がつきものである。Lavender博士は研究の緒言において、研究対象にした資材運搬施設における作業課題は非常に複雑なので、人問工学的プログラムよりも持ち上げ技術に焦点を絞ることにしたと言及している。Lavender博士は「食料雑貨類流通センターには6000種類を超える品物があります」と述べた。これだけの数の作業課題と資材運搬との相互作用に対応できる人間工学的プログラムを考案することは、非常に難しい。

キーポイント

  • 「正しい」または「生体力学的に適切な」持ち上げ技術を労働者に習得させることによって、腰痛または腰部損傷の有病率が低下するという、厳密な研究で得られたエビデンスはない。

  • 物を持ち上げ運搬する職場での仕事の再設計または他の人間工学的プログラムによって、腰痛または腰部損傷の有病率が低下するという、厳密な研究で得られたエビデンスはない。

  • 単一の持ち上げ技術または様式が他のすべてよりも明らかに優れていることは、科学的研究で証明されていない。

  • 医療関係者は、正しい持ち上げ技術を教えることができると患者に告げることに対して慎重でなければならない。

  • 職場における身体的および非身体的暴露の数と種類が非常に複雑であることから考えて、腰痛予防のための単純な方法がうまくいくとは思えない。

参考文献:

Adams M et al . The Biomechanics of Back Pain. Edinburgh: Churchill Livingstone; 2002: 87-9. 

Lavender SA et al., Can quantitative measures of performance when training liffing techniques identify 
those at risk for low back disorders, presented at the amual meeting of the Intemational Society for the 
Study of the Lumbar Spine, Vancouver, 2003 ; as yet unpublished. 

Straker LM, A review of research on techniques for lifting lowlying objects: evidence for a correct technique, Work, 2003; 20(2):83-96; also see a chapter on lifting by Straker at:www.curtin.edu.au/curtin/dept/physid/ pt/staff/straker/publications/ 1 999 Encycliftfolder/ 1999Encyclift. html . 

Videman T et al., Patient-handling skills, back injuries, and low back pain: An intervention study, Spine, 1989; 14(2):148-56. 

The BackLetter 18(8) : 85, 92-94, 2003. I

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