全人的医療における身の意義  中井吉英、福永幹彦、竹林直紀(関西医科大心療内科)

日本心療内科学会誌 Vol.8  No.2  2004


T.はじめに

U.全人的医療とは

V.身とは何か

「“身”というのは英語の“ボディ”や日本語の“からだ”のように単層的ではない。“ボディ”は,物体の意味でもあるし,物体的な身体というニュァンスが強い」,「“身”は“ボディ”や“からだ”に比べて成層的な統合体という性格が強い。その成層の高いレベルの統合に心は縫合されているわけであるから,心もマインドとは大変ちがっている。心はいわば身のあり方の凝縮点である」,「身の構えはただちに心の構えへと斜行する」(市川浩:「<身>の構造ー身体論を超えて」講談社学術文虚)。

「身」は日本古来より使われており,単なる身体ではない。「身構える」,「身を引く」,「身からでた錆び」,「身を引き締める」,「身をもって知る」などは身心の統合体を表している。

世阿弥はここのところを次のように語る。「有無二道にとらば,有は見(表現),無は器(心)なり。有を現はすものは無なり」(日本思想体系「世阿弥・禅竹」岩波書店)。この点について湯浅泰雄は「身体論」(講談社学術文庫)において,「心を身体より先行させる日常ふつうの見方を逆転して,反対に,まず身体の“形”を先立ててから,“心”というものの本質的な,あるいは本来的なあり方を探究していかねばならない。」,「“身体”の正しいあり方がまず先に会得されるべきであり,それを通じてはじめて“心”の正しいあり方がひらけてくる。」,「無心の状態においては,舞台に舞っている身体の“形”がそのまま“心”を意味しているのである。このような“心身一如”の状態において身体の両義性は消失する。」と述べている。では,全人的医療における「身」の意味はどのようなところにあるのか述べてみたい。

W.慢性膵炎・糖尿病の症例について「身」とは

X.症例を通してみたバイオフィードバック法(BF)における「身」の意味

Y.行動医学によるアプローチを行った糖尿病の症例における「身」の意味

Z.おわりに

わが国の心身医学は図5のように「心身一如」の医学である。「心身一如」ということを最初に言ったのは栄西である。彼は「心身一如」について「内面的瞑想と外的行動の両者が向う理想的境地」と述べた。湯浅泰雄(「身体論一東洋的心身論と現代」,講談社学術文庫)は,「東洋の身体論には心と身体を不可分なものとしてとらえる傾向が強い。しかしこのことは,心と身体が分けられないということを意味するだけではない。それと同時に,この両者は不可分であるべきだという理想ないし目標をも意味している。心身一如という表現は,心と身体に見出される二元的で両義的な関係が克服され,そこから意識にとって新しい展望ーひらかれた地平ともいえるようなーがみえてくることを意味する。」と述べている。わが国の心身医学(心療内科学)は「身」に焦点を当てた医学・医療を理想とし目標としている。

加茂整形外科医院