心療内科初診の心得     慢性疼痛とはなにか(その3)

関西医科大学心療内科教授  中井吉英


家族を治療対象とした心理療法に家族療法(システムズ アプローチ)があります。慢性疼痛患者は、しばしば周囲を巻き込み、痛みが維持されてしまうようなシステムを形成してしまいます。周囲とは家族や医療スタッフ、会社や学校など、患者を取り巻くさまざまな環境システムです。

システム論を用いた治療では、患者にとって最も影響力のある家族を治療対象とすることが多いため「システム論的家族療法」と呼ばれます。この治療法の姿勢は、家族の問題を見つけ治療していくのではなく、家族全体のもっている自然治癒力を引きだせるように援助することにあります。しかし、実際の治療では種々のシステムが想定されるので「システムズ アプローチ」とも呼ばれています。

1.システム論よりみた慢性疼痛

慢性疼痛の場合には、患者個人のレベルだけでなく周囲のシステムとの関係性について評価しなければなりません。図はシステム論よりみた慢性疼痛のメカニズムの概略図です。急性疼痛の場合は生理システムの乱れが病態の中心であるのは当然ですが、慢性疼痛になりますと、三つのシステムが互いに連鎖し合いながら病態を形成します。

システム論では原因ー結果といった直線的、因果論的な見方をしません。さまざまなシステムの相互間の影響も含めた悪循環の連鎖として把握します。その意味では包括的な病態の把握であり、心身医学的でさえあります。

治療をするときには、最もアプローチしやすく効果が期待できるシステムに焦点を合わせます。疼痛を持続させている悪循環の連鎮を緩和できれば、システムに本来存在している自然治癒力が働くため痛みが消失することになります。

今回と次回にわたり、システム論的な考え方で、慢性疼痛について、症例を通してお話したいと思います。初診からその後の経過にわたってお話することになります。

2.A君の病歴

A君は、中学1年生から19歳の大学1年の現在まで、ほぼ5年聞にわたって私が外来で診てきた慢性疼痛の患者です。主訴は後頸部から両肩、両上肢、両大腿部にかけての痛みです。

小学6年の時、サッカーの練習中に転倒し、左後頭部を打撲。その後から痛みが出現してきました。痛みが増強してきたため、整形外科、麻酔科、神経内科など10数件の病院を受診しています。ある病院の神経内科で心因性疼痛として抗不安薬、抗うつ薬などを投与されたようですが軽減しませんでした。

平成5年、ある大学病院のペインクリニック科で持続硬膜外ブロック、星状神経節ブロック、total spinal blockを受けたのですが、一時的な軽快すら得られないため、同大学病院より当科を紹介されました。

家族は両親と姉の4人です。小学生の時、明るくユーモアのあるリーダー的な存在のA君には沢山の友人がいたそうです。両親の話では、手がかからず大変育てやすい子で、がまん強く何事にも熱中しやすい性格だったようです。ただお母さんの話では「お父さんが厳しかったので、息子は自由を束縛されて育ってきたように思います」と話されています。

A君は中学に進学したのですが、痛みのため不登校の状態が続いていました。

3.家族だけが受診して

初診時、A君は来院せず、両親だけが受診しました。その後は、お母さんと家族、担任の先生に7回会いました。本人に一度も会わないまま約1年が過ぎて行ったのです。

初診時、A君について両親が攻撃的で否定的な感情をこめて話されたのが印象に残っています。お父さんは、「あんなに明るく元気な子どもだったのに。あの子は怠けているのです。意志が弱い。どこも異常がないのに、こんなに痛みが続くはずはない」と話され、お母さんは、「家族が息子を中心に回っています。私も仕事を辞め、息子につきっきりで…。息子は、また検査をされ同じことを言われるだけだと病院に行くことを拒絶します。今日も息子には黙って来たのです」とため息をついて話されたのです。

4.システム論的に考えると

ここで両親に面接をしながら、現在のA君の状況をシステム論的に考えてみました。直線的思考では、「異常がみつからない」→「息子の性格の弱さが原因」→「心因性」ということになります。その結果、A君は、どこの病院に行っても「異常がない、心因性、気のせい」のように言われ、そのため両親にも理解してもらえないと不満や怒りを抱いているということがわかります。

医師や家族が「心因性疼痛」といった否定的な見方をすればするほど、A君は「気のせいじゃない」といって反発し、さらに病態が強化されていくといった悪循環に陥っています。そのため、A君を援助するはずの家族のシステムとしての機能が働かなくなってしまっていたのです。

これまでは、何事にも厳しいお父さんを中心にした家族のシステムができあがっていました。A君はお父さんの期待に応えて、勉強はクラスでトップ、スポーツもサッカー部のキャプテンとして活躍してきた正義感の強いがんばり屋の小学生でした。それが痛みを契機に、父親には反抗的となって口も聞かなくなり、中学に進学した後も不登校が続いています。

お母さんは、そのようなA君につきっきり。しかし、それさえもA君には過干渉になって煩わしくなり、自分の部屋に閉じこもってしまうのです。

今は父親を中心にして機能していたシステムが崩れ、A君を中心にした病理性をもったシステムができ、悪循環が生じて疼痛が持続している病態と考えました(円環的思考と言います)。

5.初診時の家族への働きかけ

初診時に、正しい家族のあり方(病理)を求めるのではなく、これまでとは違ったあり方(関係性)を見つける援助をするようにします。そのために、私が少し家族の仲間入りをするわけです(家族内システムヘの仲問入り〜ジョイニングと言います)。

私は家族に、「息子さんの痛みの原因は私が一度診察すればわかると思いますよ。身体に痛みがあるのだから、必ず説明できる原因があるはずですから。息子さんは本当に痛いのだと思いますよ」と話し、疼痛には器質的な痛みと機能的な痛みがあって、A君の場合は機能的な痛みである可能性が高く、決して心因性の痛みではないと説明しました。このように説明して家族の理解を得ることにより、A君の痛みに対する家族の否定的な考えを変え、家族システムが肯定的に働くようにしたのです。

両親にはつぎのように話しました。「A君は痛みをきっかけに、本当の自分を見つけようともがいているのかも知れませんね。そのためには、お父さんを中心にした家族という枠(システム)から抜け出る必要がある。両親の期待に応えるということから、自分が本当に歩みたい道を必死で探そうとしているのではないでしょうか」と話し、お父さんには、「お父さんは、息さんをなんとかして助けたい、元気だったころのA君に戻らせたいというお気持ちで一杯なのですね。これからは少し息子さんとのコミュニケーションの方法を変え、一緒に散歩したり、以前のように魚釣りに行ったりして、言葉でない方法で少しA君と一緒にいる時問をもたれたらどうでしょう。これまでの父と息子から少し進んで、男と男といったそんな関係に」、さらにお母さんには、「これまで手をかけなかった分、仕事を辞めてまでして、息子さんのために愛情をかけてこられたのですね。でも、あまりにも母子の距離が接近し過ぎたため、お母さんもどうしてよいかわからなくなっておられる。自立の道を歩もうともがいているA君にも戸惑いがある。お母さんはもとの仕事に戻られて、少し距離を開けて見守ってあげればどうでしょう」と話してみました。

この続きは次回にいたします。

文献

1)町田英世,中井吉英:心身症の治療(9,家族療法),心療内科2:406-464.1998.


痛みを単に生理的問題としてとらえるのではなく、それを取りまく状況との関係において、全体的、統合的に理解していくことが大切である。

図:システム論的な慢性疼痛の理解(町田)

加茂整形外科医院