長引く厄介な問題:腰痛患者は医師を避けるべきなのか?

ほとんどの場合、腰痛は病理学的な問題ではなく対処方法の問題だ
将来、単純な腰療の場合には、恐らく医師による治療は増えるというよりは減るだろう


最近、専門誌に掲載された論説で、一部の腰痛患者は医師を受診しないようにすれば良くなると提言され、人々を驚かせた。

医師による忠告が、腰痛、その病因、治療および予後について非現実的で有害な考えを助長していることがしばしばあると、Nortin M.Hadler博士がJAMAに掲載された論説で指摘た。Hadler博士によると、一部の腰痛患者は、治療を全く受けなくても症状が良くなる可能性がある(Hadler(a),2003を参照)。

“今日、局部的な腰痛を訴える患者が、恐らく素人の助言に従って、できる限りの自己管理をした場合、プライマリーケアを受診することを選択した場合より悪い結果になる可能性は低いだろう”と博士は述べた(Hadler (a),2003を参照)。

きわめて重要な問題

これは、この分野における科学の限界と個々の医師の不十分な力量を浮き彫りにするので、多くの医師にとっては不愉快な問題である。しかし、これは、極めて重要な問題なのである。

決してこの提言を異端あるいは煽動的な考えだとみなすべきではない。医師らの長年にわたる腰痛治療の方法によって、しばしば症状の拡大、慢性化および就労障害が助長されてきたという、否定し難い歴史的根拠が存在する。

医療従事者が、今もなお腰痛患者にどの程度、悪影響を及ぼしているかについては議論の余地がある。腰痛による就労障害の危機が世界中で急増していることは、今も同じことが起きていることを示唆している。しかし、間違いなく読者の皆さんは、“これは絶対に私にはあてはまらない”と思っているだろう。

局部的または非特異的な腰痛

Hadler博士は、このアドバイスは、腰痛の症状以外には具合の悪いところがない就労年齢の人々の、“局部的な腰痛”、すなわち普通の非特異的な腰痛に関するものだという点を、慎重に指摘している。これは、重大な外傷の既往、同定可能な原因および重要な神経学的所見が認められない腰痛のことである。

医師を受診せずに、どうやって局部的な腰痛だとわかるのかと質問する人がいるかもしれない。しかし、プライマリーケアの患者にみられるほとんどの腰痛は、このカテゴリーに分類されるのである。

意外な人物からの批判

Hadler博士の論説は、放射線科医のJeffrey G.Jarvik博士らが行った短時間撮像MRIに関する、最近の無作為対照比較研究に付随したものであった。その研究では、短時問撮像MRIは急性腰痛患者にとって重大な利点がなく、コストおよび手術実施率を増大させるようであったことが明らかになった(Jarvik JG et al.,2003を参照)。

Hadler博士の論説は、Jeffrey Jarvik博士の母親であるLissy Jarvik博士という意外な人物から、即座に批判された。彼女は著名な精神科医であり、医療問題や医療に関する公開討論になじみがある。また、彼女の書簡にあるように腰痛の経験もある。そして、彼女はHadler博士の勧告に同意しなかったのである。

賢明な医学的助言とは

“私は、Hadler博士が、腰痛患者ができる限りの自已管理'をするよう提言したことに困惑している。仮に、時には素人の助言が医師の助言より優れていることがあるとしても、Hadler博士は本当に素人を当てにするのだろうか”と彼女は述べている。

彼女は、自分が受けた腰痛治療は賢明で合理的なものだったと述べた。“個人的に、医師のおかげで、私は脊柱管狭窄、椎間板の脱出(extrusion)および脊髄圧迫の画像所見との関連の有無を問わず、腰痛が再発しても、深く満足できるかなり生産的な生活を送ることができた"とLissy Jarvik博士は述べている。

そして彼女が受けた医療のコストは妥当であった。“35年問の治療で、年間コストはそれほど高くなかった。同様の経験をした患者がほかに多くいるに違いない。日常生活上の注意の重要性を理解しており手術を受けないという、時には頑固な私の主張に同意してくれた医師に出会えた点でも、私は幸運であった”とJarvik博士は述べている(Jarvik L,2003を参照)。

この種の治療は珍しいのだろうか?

Hadler博士はこれに応答して、Jarvik博士が彼のアドバイスに対して感じた不快感は自分もいくらかわかるとJAMAで述べた。“腰痛にそのようなアドバイスを行わなければならないように感じて、私も困惑している。Jarvik博士の考えを支持したり励ましたりする見識のある医師に出会える腰痛患者がもっと多ければ、そうしたアドバイスは必要ないだろう"とHadler博士は述べた(Hadler (b),2003を参照)。

Hadler博士は、“腰がひどく痛い”という訴えは多くの場合、“腰がひどく痛いが、私はこの症状に対処できないので病院に来た”ことを意味していることに、医師と患者が気づかなければならないと、かなり前から主張してきた。

局部的な腰痛は通常、病理学的な問題というよりはむしろ対処方法の問題であることを理解することによって、有効な治療が可能になる。“もはや、局部的な腰痛を訴える患者が、未確認の治療法を要求したり提供されたり受け入れたりしないことはもちろん、収穫の少ない診断法を要求したり提供されたりしなくなるだろう。むしろ、患者と医師は協力し合って、[腰痛]エピソードをより耐えられないものにしている社会心理的因子を減らそうとするだろう”とHadler博士は述べている。

科学的根拠はどうなのか?

それでは、腰痛患者は医師による治療を受けないほうが経過が良いという説に科学的根拠はあるのだろうか。

前述したように、腰痛に関する20世紀の症例研究から、これが明らかに理にかなった仮説であることが示唆される。腰痛のバイオメディカルモデルを医師らが受け入れたことにより、一過性および良性の筋・骨格系症状が、急増する医療や個人の活動障害の危機に姿を変えた。この危機は、引き続き産業界全体に燃えさかっているので、今もかなり多くの医師は決して積極的な役割を果たしていないというのは妥当な想定である。

残念ながら、単純な腰痛のために受診するにせよ、しないにせよ、結果が完全に予測できるわけではない。さまざまな形の医療を受けることを選択する患者のアウトカムを示す疫学的データはあるが、医療を受けない人々のアウトカムを示すデータはほとんどない。これらは同等な集団ではないので、これら2群のアウトカムを比較する研究を解釈するのは難しい。

しかし、医師の助けを借りない人々が危険な下り坂を降りていることを示す徴侯はない。そして医師の助けを求める人々にとって、人生を前向きに歩むためのアドバイスが、一般的な医学的治療よりも有効であることを示唆する、さまざまな証拠がある(Malmivaara et al.,1995を参照)。

受診する人としない人の差は?

医師を受診する人としない人の特性に関する研究は、特に英国ではかなり多く行われている。

Gordon Waddell博士は、ほとんどの腰痛患者はその時々で、自分で腰痛に対処していると指摘した。“腰痛の医療は絶対に必要なものではない”と、博士は著書の“The Back Pain Revolution”で述べている(Waddell,1998を参照)。英国の疫学的証拠は、毎年、腰痛患者の4分の1から3分の1が医師を受診していることを示唆する。

Pete rCroft博士らによる研究では、Manchesterの住民の中で腰痛のために医師を受診した人としなかった人の特性を比較した。群間にはわずかな差しか認められなかった。医師を受診した群のほうがわずかに重症であった。同じく、医師を受診した人々は仕事を休んでいる可能性が高かったが、このことは病欠証明書が必要であったことと関係があるのかもしれない(Croft et al.,1994を参照)。

Waddell博士は、症状の重症度以外のさまざまな因子が患者に受診を促しているようだと述べている:いくつか例を挙げると、ストレス、生活の質(QOL)の問題、恐怖心や不安、腰痛に関する考え方、医療に対する期待、および医療の利用可能性とコストなどがある。

腰痛が重篤な疾患に関係することはまれ

腰痛が重篤な疾患に関係することはまれであり、命にかかわることもまれである。医師による治療が必要な疾患を有する腰痛患者の割合は小さい。重篤な疾患を疑う人は直ちに医師を受診すべきである。

重篤な疾患の可能性があるかどうかを一般人が識別するのに役立つ、さまざまな症状のチェックリストがある。しかし、これらはいずれも完全なスクリーニング手段ではない。最近行われたWorking Backs Scotland公衆衛生キャンペーンでは、次のようにアドバイスしている:

“数週間にわたり改善するのではなく悪化する重症の疼痛がある場合、または腰痛のために身体の具合が悪い場合には、医師を受診すべきである。次の場合は直ちに医師を受診すべきである:

・排尿または尿意のコントロールが困難である
・肛門または生殖器の周辺にしびれがある
・両脚のしびれ、ピンや針でつつかれているような感じ、または脱力がある
・足がふらつく

しかし、腰痛が重篤な疾患によって生じていることはまれだということを忘れてはならない”(Working Backs Scotland,2003を参照)。

将来、医師による治療は減るのだろうか?

将来、単純な腰痛の場合には、恐らく医師による治療は増えるというよりは減るだろう。腰痛のようなおおむね予後良好な疾患が、なぜ医師の受診理由の中で6番目に多いのか、なぜ労災補償請求の根拠として最も多いのか、本質的な理由はない。

現代の根拠に基づく医療(evidence-based medicine)の運動の目標の1つに、腰痛とその影響についての心配や懸念を減らすことがある。この運動が成功すれば、特異的な解剖学的愁訴としての腰痛のために、医師による診察を受ける必要性と頻度は減少する可能性が高い。

治療を受けようとするのは不名誉なことではない

これらの問題について論じる際には、医師の助けを求めるのは決して不名誉なことではないという点を認識することが重要である。そして医療制度によって、腰痛治療を受けようとする人々が排除されるようなことは、決してあってはならない。

いつの日にか、腰痛のために治療を受けようとするほど心配している人が皆、Lissy Jarvik博士が出会ったような賢明な医療と思慮深い助言を受けられることが期待される。

しかし、その日はまだ来ていないとも思っている。そしてその日はすぐには来そうにない。

医師を吟味する質問表は?

一方、この議論を通して魅力的なアイディァが生まれた。これから医師を受診しようとする人々が医師の腰痛に関する捉え方と知識を調べることのできる質問表またはチェックリストを、研究者らが考案してはどうだろうか。なぜ、医療の消費者になる可能性のある人々には、情報に基づいた選択を行うための対抗手段がないのだろうか。

医師らは、あらゆる種類の巧妙な手段を用いて、患者の特性、考え方、恐怖心および期待をあらわにしていく。なぜ、これから医師にかかろうという人々が、逆に医師を調べることはできないのだろうか。なぜなら、どの医師を選択するかによって決まることが非常に多いように思われるからである。


参考文献

Croft P et al.. Low back pain in the community and in hospitals, A report to the Clinical Standards Advisory Group of the Department of Health. Prepared by the Arthritis & Rheumatism Council, 
Epidemiology Research Unit, University of Manchester, 1 994. 

Hadler NM (a), MRI for regional back pain: Need for less imaging, better understanding, JAMA, 2003; 289(21):2863-5. 

Hadler NM (b), Author reply [correspondence section]. JAMA, 2003; 290(14): 1853. 

Jarvik JG et al., Rapid magnetic resonance imaging vs radiographs for patients with low back pain: A randomized controlled trial, JAMA, 2003; 289(21):2810-8. 

Jarvik L, The value of diagnostic tests for back pain [correspondence section], JAMA, 2003; 290(14): 1852. 

Maimivaara A et al.. The treatment of acute back pain-bed rest, exercises, or ordinary activity, Nevv England Journal of Medicine, 1995; 332(6):35 1-5. 

Waddell G, The Back Pain Revolution. Edinburgh: Churchill Livingstone; 1 998: 371-3. 

Working Backs Scotland Campaign;  www. workingbacksscotland.com. 


The BackLetter 18(12) : 133, 140-141,2003.

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