筋・筋膜性疼痛  (一部抜粋)

川喜田健司  明治鍼灸大学生理学教室

特集  筋骨格系の痛み T    Pain Clinic  Vol.25 No.8


1.筋・筋膜性疼痛の診断基準

MPS(myofascial pain syndrome:筋筋膜性疼痛)患者では血液所見や痛みを訴える部位の触診やX線像にも異常が認められない。そのような筋痛患者において,トリガーポイントを正確に検出することが重要である。表1にその診断に関連した指標をまとめた。以下にその具体的な方法や問題点について列挙する。


1)索状硬結と局在する圧痛点

トリガーポイントを見つけるためには,注意深い触診によって筋にある索状硬結を探し当て,次にその索状硬結の中に特に敏感な圧痛部位を見出すことである。これがいわゆるトリガーポイントであるが,その数は必ずしも特定の筋に1つではなく,複数筋にそれぞれ多数のトリガーポイントが存在することもある。

この索状硬結の成因として,Travellらは筋の部分損傷による筋小胞体からのカルシウムイオンによる筋拘縮説を提口昌した。しかし,拘縮した筋に電気活動はみられないにもかかわらず,Hubbardらはトリガーポイントから電気活動を記録し,それが交感神経の支配する筋紡錘の錘内筋の活動電位とした。.そこでSimonsらはこれまでの筋拘縮説に代えて,図1に示す運動終板機能の異常亢進と局所拘縮説を加味した統合説を提唱した。その論拠には,トリガーポイントから記録される電気活動が終板電位に類似していること,アセチルコリンの過剰分泌状態を実験的に作ると運動終板の近傍にContraction knot様の部位が出現すること,また,運動終板部位には無髄神経の分布が密であり痛覚閾値も周囲の筋組織に比べて低いことなどを挙げた。


しかし,この運動終板説は,トリガーポイントが筋や筋膜以外の組織,皮膚,腱,靭帯,骨膜等にも出現するためにMPS様の症状をもたらすという事実を説明できない。

われわれはポリモーダル受容器の感作をトリガーポイントの成因とし,筋拘縮とともに深部組織の浮腫が索状硬結である可能性を挙げているその詳細やそれ以外の諾説の問題点については別稿を参照されたい。

2)患者の疼痛再現と特徴的な関連痛パターン

MPSの特徴は,患者の訴える疼痛症状がトリガーポイーントを原因とする関連痛という点にある。そこで症状の原因となっているトリガーポイントを見つけて圧迫すると,その患者が訴えてきたものと全く同じ症状が再現されることがある。この患者の症状の再現や特定バターンの関連痛の発現は,トリガーポイントの診断上の重要な指標の一つである。特定筋から生じる固有の関連痛パターンは既にTravellやBaldryらによって詳しく記載されているので,そのパターンを参考にして患者の訴えに関連するトリガーポイントの存在する筋を予測することが可能である。

この関連痛現象を実験的に明らかにしたのはKellgrenである。ヒトの筋に高張食塩水を微量注入すると,注入局所以外の遠隔部位にその筋特有の関連痛バターンが現れる。このような特定パターンを示す関連痛は,筋に限らず,腱,靭帯,骨膜およぴ皮膚の刺激によっても生じる。このような関連痛のメカニズムとして広く知られているのは,脊髄レベルでのニューロンの収束・投射説や収束・促通説であるが,実際にヒトで起こっている感覚現象を十分に説明できるものではない。

3)局所単収縮反応

索状硬結を指で弾くことで局所単収縮反応(local twitch response: LTR)と呼ばれる反応が生じる。この反応は脊髄反射とされており、トリガーポイントの診断的な意義が極めて高いとされている。

しかし,侵害性入力による脊髄反射性の筋収縮反応は,過剰興奮している運動終板近傍の刺激のみで起こる特殊な反応ではなく,筋膜や骨膜に対する侵害刺激で起こりうる現象である。また鍼治療においても鍼の刺入時にLTR様の現象が起こることは稀なことではないため,そのような反応をトリガーポイントの診断の最も重要な指標とするのは適切ではない。

4)筋の短縮時痛と筋力低下および可動域制限

トリガーポイントが出現すると,その筋では筋の短縮や筋力低下が起こり,関節可動域の制限が認められる。そこで,徒手検査によってその筋の筋力や可動域の制限の有無を調べることで,患者の症状の原因となっているトリガーポイントの存在する筋を推測することができる。また,トリガーポイントの存在する筋を短縮させるとその痛みが増悪するので,それを避けるために無意識下にその筋を伸長させた姿勢を取っている患者が多い。そこで,患者の姿勢を注意深く観察することもトリガーポイントの検出には重要である。

5)自律神経反応亢進部位

トリガーポイントのある部位では,交感神経活動の亢進を示す,立毛筋の収縮(鳥肌),発汗,さらには血管収縮なども観察されることがある。トリガーポイントと自律神経活動の亢進との関連についてはまだ不明な点が多いが,交感神経内には神経伝達物質としてノルアドレナリンのほか,ATPやneuropeptide Y (NPY)が共存しており,ATPやその分解産物であるアデノシンには発痛作用があり,NPYには血管や筋の収縮作用がある。そこで,トリガーポイントの成因として挙げられている持続的筋収縮に伴う血流阻害とエネルギー危機による発痛物質の産生に,交感神経が関与していることは十分に考えられる.交感神経と筋緊張の関連については拙稿を参照願いたい。

2.トリガーポイントの不活性化法について

1)トリガーポイント注射

トリガーポイントを不活性化する方法としてTravellらが推奨してきた方法の一つが局所麻酔薬の注射であった。しかし,複数のトリガーポイントが同一筋に存在する場合に大量の基液を使用することが問題とされてきた。わが国ではトリガーポイント注射が保険の適応になっており,各種ビタミンやステロイドなどの薬物が用いられている。トリガーポイントの成因を運動終板でのアセチルコリンの過剰分泌という仮説に基づき,ボツリヌス毒素の使用も試みられているが,その臨床効果はまだ十分に検証されていない。

MPS患者に対するトリガーポイント注射の臨床効果をevidence-based medicine(EBM)の観点から調べた結果から,質の高い臨床試験を抜粋して表2にまとめた。その結果は局所麻酔薬,ステロイド,ボツリヌス毒素Aのいずれを用いた群もプラセボ群以上の効果はなく,また薬液注射群と鍼刺激群との差も認められていない。そこで,現時点では薬物を用いたトリガーポイント注射を選ぷ理由は見当たらず,少なからず有害事象が生じる可能性のある薬物を用いるよりも,生理食塩水や単純に鍼刺激を行う方がより妥当な選択と思われる。

 

2)ストレッチングと虚血性局所圧迫法

ストレッチングがトリガーポイントの不活性化に有効とされている。トリガーポイントのある筋が短縮していることから,その持続的筋収縮が筋血流を阻害し,筋の弛緩に必要なエネルギー供給を妨げているとすれば,ストレッチを繰り返すことで筋への血流を他動的に促進し,エネルギー供給を助けるほか,痛みの原因となりうる代謝産物を洗い流す効果もあると考えられる。また,虚血性圧迫と呼ばれる,トリガーポイントに15〜30秒ほどずつ徐々に圧力を加える方法がある。この場合には,ストレッチ的な要素が,圧迫された筋の周辺で生じているほか,反応性充血と呼ばれる現象が筋組織の血管で起こっている可能一性もある。

3)鍼刺激

トリガーポイントと鍼灸で用いられるツボ(経穴)とは部位的に密接な関連があり,また,鍼灸師が治療部位として選ぷ部位の特徴はトリガーポイントに類似している。表2にあるように,鍼刺激はトリガーポイント不活性化の一つの選択肢である。鍼手技にはいろいろあるが,Baldryはトリガーポイントの皮下に鍼を置鍼する極めて繊細な方法を推奨しているが,それにストレッチを加える方法も考案されている。一方,GumはMPSを神経根症状の一つとみなし,その治療に筋への鍼通電刺激を勧めている。

図2はポリモーダル受容器を中心にした鍼灸の作業仮説であるが,そこにはトリガーポイントとツボとの密接な関連と関連痛としてのMPSが描かれている。鍼の刺入はポリモーダル受容器を興奮させ,受容器末端から軸索反射としてcalcitonin gene-related peptide(CGRP)などの血管拡張性の神経ペプチドを放出することで局所の血流改善が生じる。それがエネルギー危機の状態を改善したり,感作物質を洗い流してトリガーポイント不活性化させるほか,広汎性侵害抑制調節(diffuse noxious inhibitory controls:DNIC)などの内因性鎮痛系を賦活することが考えられる。

加茂整形外科医院