トリガーポイント鍼療法を活用するために

  特集 臨床とトリガーポイント  座談会編     医道の日本  第729号2004年

出席者:山下徳二郎、黒岩共一、伊藤和憲、川喜田健司


抜粋

トリガーポイントの幅広い適応症

山下(山下クリニック院長):

トリガーポイントは筋筋膜性疼痛症候群の病態ですから、当然のこととして適応疾患は筋筋膜性疼痛症候群となります。それから線維筋痛症にもある程度効果が期待できると思います。筋筋膜性疼痛症候群の症状は多彩ですが、痛み以外の症状で多く見られるのは、しびれ感、知覚鈍麻、筋力低下、関節の可動域制限などです。また、トリガーポイントに基づく特殊な症状として、胸鎖乳突筋から生じる姿勢性めまいや、咬筋から起こる耳鳴りが比較的よく見られます。

痛みに関して注意しなければならないのは、トリガーポイントに基づく痛みの性状です。一般に筋肉痛としてとらえられるような痛み以外に、チクチク、ピリピリといった神経痛様のものもあるということです。また、関連痛が関節部に起こるものでは痛みがその深部に及ぶため、いかにも関節の中に痛みの原因があるように感じられることがあります。これらはよく神経痛や関節由来の痛みとして誤診されています。

また、筋筋膜性疼痛症候群は帯状疱疹後神経痛やRSD(反射性交換神経性ジストロフィー)のような、いわゆるNeuropathic Painに合併していることがよくあり、そのことを念頭において診察するとトリガーポイントが見つかり、その治療により思わぬ痛みの軽減をみることがあります。

その他、日常診療していて印象的なのは、高齢者の歩行障害に対する治療効果です。高齢者
の場含、痛みを伴わずに筋力低下や関節の可動域制限があることも稀ではなく、股関節や膝、
足関節の可動域が制限され歩行がおぼつかない高齢者に対して、トリガーポイント鐵療法とス
トレッチを行うと、歩行状態がどんどん改善していき驚かされることがしばしばあります。これは転倒による骨折を予防する上でも非常に重要なことだと思っています。

誤診が多い現状とトリガーポイント研究の行方

私がトリガーポイントの治療を行うようになって一番痛切に感じていることは、医療の現場において痛みの患者に対する不適切な診断が非常に多いということです。実際には、筋筋膜性疼痛症候群による疼痛の患者は非常に数多くいるにもかかわらず、筋筋膜性疼痛症候群という診断を下す医師はほとんどいません。ペインクリニック関連の書籍では一番権威のある『Bonica's Management of Pain』 (John D., Md.Loeser; Third Edition, Lippincott Williams & Wilkins)という本の中でも、筋筋膜性疼痛症候群はしばしば誤診され、滑液包炎や関節炎、内臓疾患として治療されてきた経緯があると書かれています。

実際、肩関節周囲炎(肩峰下滑液包炎)と診断されるものの多くは、肩甲下筋や棘下筋などの回旋筋のトリガーポイントが原因の疼痛です。また、レントゲン写真の所見から下される変形性膝関節症という診断も、軟骨が磨り減っているために痛いという考え方は、私は違うと思います。そのほとんどは大腿四頭筋や殿筋などのトリガーポイントから起こっている関連痛です。

内臓疾患に間違われるものでは、例えば、狭心症の診断を受けニトロ製剤を処方されていたが、実は背部の多裂筋や斜角筋のトリガーポイントが原因であった患者を何人か知っています。例を挙げればキリがありませんが、もう一例挙げると、腰下肢痛の場合、MRI検査を行い椎間板ヘルニアの所見が見つかれば、それが痛みの原因とされ、神経根症とされてしまいます。しかし、実際には先天的に脊柱管が小さい人でなければ、ヘルニアを起こした椎間板が神経根に炎症を引き起こすことはありません。腰下肢痛の一般的な原因は、小殿筋や梨状筋などに生じたトリガーポイントに基づくものです。

このように現代医学は疾患の診断を画像検査や血液検査などの目に見える形で示された異常所見に基づいて行う傾向があり、実はそこに大きな落とし穴があるのです。痛みの治療に携わる者は、痛みの原因は必ず画像上の異常所見に基づいて起こるという先入観を改めていかなければいけません。そのためには、筋筋膜性疼痛症候群やトリガーポイントについての正しい知識を身につけ、これらに基づく疼痛が実は非常にありふれたものであるということを知ってほしいと思っています。

加茂整形外科医院