主要な治療法が効果なしと判明 

〜坐骨神経痛の治療についての面期的な無作為研究〜

Major Sciatia Treatment Proves Ineffective inLandmark Randomized Trial


坐骨神経痛の治療は、まずベッドで安静にさせることであるーと今世紀を通して言われてきた。医師が症状のある椎間板ヘルニア患者を数日から数週間、時には数ヵ月間もベッドで安静にさせてきたのは、回復が早まるという前提に基づいており、今日もそれは変わっていない。しかし、厳密に計画された新しい無作為研究によれば、坐骨神経痛に対するこの治療法は誤っているようである。Maastrict大学(オランダ)のPatrickVroomen博士らは“我々は、ベッドでの安静が坐骨神経痛に対する有効な治療法であることを裏付ける証拠を見出せなかった"と記している(Vroomen et al.,1999)。この最新研究では、2週間ベッドで過ごした患者と通常通り活動した患者で、結果はまったく同じであった。疼痛・神経学的状態、機能的状態、欠勤時間に関して、両群間に差はなく、また、その後に椎間板手術を受けた患者も同程度(20%未満)であった。

活動的であっても無害

この研究は、著名な研究者から賞賛を受けている。スコットランドの整形外科医であるGordon Waddell博士は、「すばらしい研究です。驚きました。うまく計画され、注意深く実行されており、科学的な証拠を示しました」と述べており、Vermont大学のJohnW.Frymoyer博士は、「立派な研究だと思います。私が行っている坐骨神経痛の治療法と結果が一致しています」と述べている。この研究のおかげで、ようやく、症状のある椎間板ヘルニアを伴う患者に対して、安静について、根拠に基づいた勧告ができるようになった。Washington大学のRichard A.Deyo博士は、「患者がベッドで寝ていたくない場合には、『安静にしていなくても悪くなることはないので、動いてもいいですよ』と自信をもって患者に言うことができるようになりました」と語る。また、「一時的にしろ坐骨神経痛が緩和されるなら、患者の希望に応じて数日間の安静を取らせるのも急性期には良いでしょうが、『絶対安静です』と言うべきではありません。安静の効果を高め体力の低下を防ぐためには、少しは歩くように指示するのが望ましいと思います」と述べている。一方、Emory大学のScottBoden博士の見解はやや異なっており、「この研究は、坐骨神経痛を持っ患者が、自分の疼痛の程度に応じて活動制限を加減するほうが望ましいことを証明しています」と述べている。

重要な空白

この研究は、安静は治療法としては有効なわけではなく椎間板ヘルニアや坐骨神経痛のために安静にせざる得ないだけである、という考え方を支持するものとして説得力がある。米国医療政策研究局の急性腰痛治療に関するガイドラインでは、治療法を裏付ける科学的証拠の質をA〜Dで評価している。『Aレベル』がもっとも高い評価であり、その証拠が『複数の質の高い科学的研究によって裏付けられていること』を意味している。『Bレベル』は、『一つの質の高い科学的研究、または複数の適切な科学的研究によって裏付けられていること』を意味している。Waddell博士は、『安静は坐骨神経痛には効果がない』とする科Waddell博士は、「突出ヘルニアの治療に関しては、Coomes博士、Pal博士、Postacchini博士らの初期研究から得られた(弱くてあいまいな)証拠も、治療法としての安静を否定する知見を裏付ける証拠をBレベルとするのに寄与しています。理想を言えば、この結果を再現する質の高い研究がもう一つあればよいと思います。いずれにしても、安静については非常に疑問であると言わざるを得ないでしょう」と述べている。学的証拠の質は、Vroomen博士らによる最新研究によって『Bレベル』まで向上したと述べている。

この研究がさらに意味するもの

Waddell博士は、この研究は腰痛治療法としての安静の適用にも影響を及ぼすだろうと指摘している。博士は、「多くの医師が、腰痛治療法としての安静を否定する知見を裏付ける証拠に対抗するために坐骨神経痛を持ち出していました。このような医師は、安静が腰痛に有効ではなかったことを認めたうえで、『普通の腰痛には無効かもしれないが、(弱い下肢痛のある)私の患者には実際に椎間板障害があり、本当に安静が必要なのだ』と主張していたのです。しかし、このような主張は、今回の研究によって完全に否定されました」と述べる。

患者183例による研究

Vroomen博士は、坐骨神経痛患者183例について研究した。患者は、根性痛分布、咳やくしゃみをしたりいきんだりしたときの下肢痛の増強、筋力低下、知覚障害、反射欠如、下肢伸展挙上テスト陽性など、これらの症状や徴候のうち少なくとも2つを有するものとした。ほとんどの患者にMRIを行ったが、神経根の圧迫が見つかったのは59%のみであった。残りの患者に、椎間板ヘルニアが証明されたかどうかは、論文からは不明である。患者は、研究に参加する時点で、坐骨神経痛の続いている期間が、中央値で15〜16日間であった。Vroomen博士らは、患者をベッドでの安静と監視待機(watchful waiting)の2つの治療法に無作為に割り付けた。安静群には、2週間頭の下にまくらを当てて、臥位または側方背臥位でいるように指示した。トイレと入浴の際には、ベッドから出ることを許可した。一方、対照群(監視待機群)の患者は、いつでもベッドを離れて動き回ってよいこととした。ただし、腰に負担をかけたり、疼痛の引き金となることは避けるよう指導した。安静は禁止しなかったが、奨励もしなかった。症状が許せば、仕事に行ってもよいとした。両群とも、疼痛時にはアセトアミノフェン(1000mg、分3)の服用と、必要に応じてコデイン(10〜40mg、分6)またはNSAIDのナプロキセン(500mg、分3)を追加した。不眠症の患者には、ベンゾジアゼピン テマゼパム(10mg、分1)を投与した。

様々な治療成績評価項目

様々な評価項目を用いて、直後・2週間・3週間・12週間後の患者の状態を評価した。経過観察率は92%であった。さらに、6ヵ月時点での手術の実施率も評価した。治療成績評価項目は、12週間後での患者と医師による評価を基本とした。その他に、ビジュアル・アナログ疼痛スケーノレによる腰痛・下肢痛の評価、McGill疼痛問診票、Roland活動障害度スケール、Oswestry腰痛問診票ならびに患者満足度などを用いた。同じく、経過観察の最初の3ヵ月間に欠勤した患者の割合と、6ヵ月間に椎間板手術を受けた患者の割合も計算した。

結果は同じ

研究の結果、安静のほうが治療成績が良いという知見を裏付ける証拠は得られなかった。12週時点で、両群の87%の患者が顕著な改善を報告し、症状・機能・就労状態に関して両群間に有意差はなかった。Vroomen博士らは、“長期欠勤の程度と外科手術の実施率は、両群とも同じであった"と述べている。両群の40%が、その後に専門医の治療を受けた。また、6ヵ月間の経過観察期問中に椎間板切除術を受けるに至ったのは、安静群17%、監視待機群19%であった。直後に不全麻癖を有していたのは、安静群13%、監視待機群21%であったが、不全麻癖が回復した患者の割合は、両群とも同程度であった。神経根圧迫のある患者に安静が有効であるとの知見を裏付ける証拠は得られなかった。Vroomen博士らによれば、MRIで神経根圧迫が証明された患者とされなかった患者の間は、安静の有効性に関して有意差はなかったという。坐骨神経痛の既往のある患者では、安静の効果はやや高いようであった。12週間に“何らかの改善"があった割合は、安静群のほうが監視待機群よりも高かった。しかしながら、研究者らは、このパターンは、安静群における、安静に関する経験に基づいた予測バイアスの結果かもしれないとしている。

短期間の経過観察

研究への批判として、Boden博士は患者の活動度レベルに関してもっと多くのデータが欲しかったと述べている。対照群がベッドで過ごした時間(10H/day)は安静群(21H/day)よりも確かにかなり短いが、ベッド以外の場所(長椅子や背もたれ椅子など)で安静をとったかもしれないわけである。Boden博士は、「対照群の活動度レベルがどんなものであったのか」と疑問を投げ掛けている。オクラホマ大学のE.RandyEich-ner博士は、この研究が、坐骨神経痛のすべての段階にあてはめるわけにはいかないと考えており、「研究に参加する前に症状が続いていた期間は平均2週間以上で、多くの患者には、MRIで神経根圧迫は認められず、他覚的な神経学的所見もありませんでした。よって、疼痛のある椎間板ヘルニアの急性期(初日または2日目)に受診する患者にこの研究を応用できるかどうかはわかりません」と述べている。著者らがより長期の経過観察データを取らなかったのが残念である。時として症状の経過が長い疾患では、長期的な治療成績が2群間で異なる可能性がある。安静は、筋萎縮・骨塩減少・心肺機能低下など様々な悪影響を及ぼすことが知られている。患者に心理的ストレスを与えるかもしれない。Deyo博士は最近の論文において、安静の指示が、患者によっては重病であるとの認識を与えることになると指摘した。“心筋梗塞ですら、1週間の安静を厳守させる必要はない"と強調している(Deyo,1997)。12週間では識別できなかった安静の副作用も、より長期の経過観察を行っていればわかったかもしれない。しかし、経過観察が短いからといって、この研究によってもたらされた「方法論的に厳密な研究によってその価値に関する説得力のある証拠が得られない限り、安静は坐骨神経痛の有効な治療法のリストから抹消され得る」という結論はくつがえされるものではない。

注釈:腰痛の治療としての安静の歴史、安静に関する科学的根拠についてもっと知りたい読者は、GordonWaddell博士の新著「TheBackPainRevolution」中の「Restor Stay Active」の章を参考にされたい。RichardA.Deyo博士の「the Adult Spine」中の「Non-Operative Treatment of Low Back Disorders:Differentiating Useful from Useless Therapy」の章にも、安静に関する優れた考察が述べられている。

参考文献:Coomes EN, A comparison between epidural anaesthesia and bed rest in sciatica, British Medica/ Journal, 1961; l: 20-4. Deyo R. Nonoperative treatment of low back disorders: Differentiating useful from useless therapy. In: Frymoyer JW (editor-In-chieD・ The A dult Spine. Philadelphia: Lippincott-Raven Pubishers; 1997: 1779-80. Pal P et al.,A controlled trial of continu-ous lumbar traction in the treatment of 1 back pain and sciatica, British Journal of Rheumatology, 1986,・ 25.・ 1181-3. Postacchini F et al. Effrcacy of various forms of conservative treatment in low back pain: A comparative study, Neuro-Orthopaedics, 1988; 6: 28-35.

Vroomen PCAJ et al., Lack ofeffectiveness of bed rest for sciatica, New Eng!and Journa/ of Medicine, 1999; 340: 418-23. Waddell G. The Back Pain Revo!ution.Edinburgh: Churchill Livingstone; 1998: 24 1 -6 1 .

THE BACKLETTER No.19 nov.1999

加茂整形外科医院