トリガーポイントが教えてくれる疼痛疾患診断の盲点ー混迷している疼痛疾患診断の現状について考える

山下クリニック  山下徳次郎

医道の日本 第730号 2004年 特集ー臨床とトリガーポイント


はじめに

トリガーポイント(Trigger Point;以下TP)とは、発痛物質によって感作された侵害受容器、すなわち侵害受容器が発痛物質によって刺激され過敏になった状態であり、侵害受容性疼痛を引き起こす病態の1つである。一般に臨床で問題となるものは筋筋膜組織に生じたTPであり、筋筋膜TPと呼ぶこともある。この筋筋膜TPによる疼痛を主症状とする症候群を筋筋膜性疼痛症候群(Myofascial Pain Syndrome;以下MPS)という。しかし、MPSという診断名は臨床医の間ではほとんど用いられていない。そのため、多くのMPSの患者たちは、他の診断名をつけられて不適切な治療を受けたり、原因不明の疼痛として放置されたり、あるいはどこにも異常はないとして突き放されたり、神経症扱いされ、痛みから解放されることなく苦しんでいるのが現状である。

私は長年ペインクリニックに携わってきたが、従来から行われている整形外科的な保存療法や神経ブロック療法、薬物療法による疼痛治療に限界を感じ、7年前よりトリガーポイント鐵療(Trigger Point Acupmcture;以下TPA)を行ってきた。実際、TPAを行うようになって間もなく、MPSという疾患が一般に考えられているより遥かに多いという事実を知らされ、それと同時に、MPSに対するTPAの治療効率が非常に高いことを経験した。これまで疼痛治療がうまくいかない患者が多くいたのは、実は多くのMPSを見逃していたために、これらに対して正しい治療がなされていなかったからに他ならないことがわかったのである。

TPAを行うことでこのような事実に気づかされたことは、疼痛治療を専門にする私にとって幸いなことであった。また、多くのMPSの患者に対して無駄な薬物の投薬や不必要な神経ブロック、関節腔内注射を行わなくても済むようになったことは非常に有益なことである。

私は日頃、すでに他の施設で診断され治療を受けているにもかかわらず、痛みがなかなか改善しないといって当クリニックを受診する患者にしばしば出会う。彼らが受けている診断名は、腱鞘炎、関節炎、変形性関節症、肩関節周囲炎、頚椎および腰権椎間板ヘルニアによる神経根症、脊柱管狭窄症など多岐にわたっているが、それらの患者のほとんどはMPSである。従って私は、適切な診断、治療を受けられずに困っているMPSの患者はかなりの数に上るに違いないと考えている。本稿では、私のクリニックを受診したMPSの患者の中で、受診前に整形外科で他の診断を受けていた症例を提示し、なぜそのようなことが起こるのか、その背景について考察を行った。

症例と考察

1)腰椎椎間板ヘルニアの診断を受けたMPS (略)

2)変形性膝関節症の診断を受けたMPS (略)

3)肩関節周囲炎の診断を受けたMPS (略)

4)半月板損傷の診断を受けたMPS(略) 

5)腱鞘炎の診断を受けたMPS (略)

6)頸椎椎間板ヘルニアの診断を受けたMPS (略)

7)脊柱管狭窄症の診断を受けたMPS (略)

MPSが認知されないことによって起こる弊害

以上に紹介した症例は決して稀なものではなく、日常的にしばしばみられるものである。では、なぜこのようなことが生じるのか。なぜ臨床医はMPSについて知らないのか、あるいはなぜ認めようとしないのか。実はその点に関しては日本だけではなく海外も同様である。

Gate Control Theoryで知られるMelzack & Wallの1人Patrick Wallは、その著作『疼痛学序説』の中でMPSについて、「実際には、原因がないこの痛みは、医師たちがそれを観察したことを認めているのに、英国では正しい病名で診断されていない」と述べている。また、疼痛診療の診療マニュアルとして世界的に有名な“Bonica's Management of Pain”でも、MPSが他の疾患に誤診されている現状について触れられている。しかし、日本の書物にはそのような記載をしたものは見当たらない。

MPSが臨床医に認められない最大の理由は、MPSが画像診断、病理検査、血液検査など現代医学的診断で重要視されている客観的な所見として捕らえられないためであると考えられる。現在わが国の医学部の講座でこのMPSについて研究、教育しているところはほとんどない。MPSについて教育を受けていない医学部生は、卒業後もその存在を知ることなく診療を行うため、現実には多数存在しているMPSの患者たちを前にしながら、正しい診断、治療が行えないのである。

臨床医がMPSに無関心であることによってもたらされる弊害として重要なことは、TPがもたらす疼痛に対して他の疾患の診断が下されることである。診断が異なると治療も変わってくる。膝の痛みが軟骨の磨耗であるとなれば、最終的には人工関節置換術のような手術療法が行われ、二度と正座ができなくなるし、耐用年数を超えれば再手術が必要になる。腰下肢痛が神経根の炎症であるとなれば、治療には神経根ブロックが繰り返し行われるか、手術療法が行われる。しかし、このような侵襲の大きい治療が行われる一方で、疼痛の改善という目的は達成されない。MPSを正しく診断することができれば、鍼療法(TPA)とストレッチという侵襲のほとんどない方法で的確に疼痛を改善できるのである。

MPSに対して他の疾患の診断が下される背景には、もう1つ重要な問題が潜んでいる。それは、MRIやCTなどの画像検査で認められた異常所見を診断の最大の根拠としているにもかかわらず、認められた異常所見と患者の訴えている疼痛との間の因果関係を示す証拠が存在していないことである。医師は患者に画像上の異常所見を示しながら、「これがあなたの痛みの原因ですよ」と説明するが、その因果関係についての説明は全く行われることがない。多くの医師は痛みの原因が必ず画像検査の異常所見として現れると思い込んでいるのだろうが、Wykeは椎間板ヘルニアで生じる腰痛は全腰痛患者の5%以下であると述べている。また、TMS (Tension Myositis Syndrome:緊張性筋炎症候群)理論を提唱しているJohn E.Sarnoも「わたしの経験では、脊椎の構造的な異常が背腰痛の原因であったことはめったにない」「構造異常に原因を求めて診断するのは、実に残念な誤りである」と述べている。

さらに大切なことは、誤った診断名を患者に告げることが疼痛の改善を妨げる要因になっているということである。Sarnoは、「従来の診断の多くが大きな恐怖を生み出しており、その恐怖が痛みを悪化させ、慢性化させる主因となっている」と警告している。そのことを裏づける研究として、Kendrickらは、腰痛が6週間から6ヵ月持続している患者421人を腰椎X線撮影群と非撮影群に割り付けし、3ヵ月後と9力月後の疼痛のアナログ尺度を測定したところ、X線撮影群の患者のほうが疼痛の程度が強かったと報告している。これは、腰椎X線撮影が有用な検査であると思っている患者と、患者を納得させるためにX線撮影が必要であると考えている医師の思惑とは裏腹に、疼痛とは因果関係のないX線写真の異常所見を見せられた患者のほうが、疼痛の治りが悪くなるということを示している。

以上のことから、私は、疼痛疾患の診断を正しく行うためには、臨床医がMPSの存在を認めるとともに診断の際にその存在を常に念頭に置いておくことが不可欠であり、また疼痛疾患の診断における画像診断の位置付けや、患者の訴える疼痛と画像の異常所見の因果関係についての判断などを再検討することが必要であると考えている。

MPSにおける関連痛について

TPによって引き起こされる「関連痛」は、筋を収縮させたり伸展させたときに運動時痛として起こったり、より過敏性の高いTPから自発痛として起こるが、その最大の特徴は、多くの場含、関連痛を発生させているTPの部位と、関連痛が感じられる領域が離れているということである。関連痛が感じられる領域は、TPの存在している筋(あるいは同じ筋の中でもその存在している部位)によって特徴的なパターンを示し、患者が訴える痛み(運動時痛あるいは自発痛)の部位にTPが存在するのは、関連痛パターン総数の1割に過ぎない。言い換えると関連痛パターン総数の9割はTPの存在している部位からかけ離れたところに痛みが感じられるということである。そのため患者の意識は関連痛の起こる領域に向いており、多くの場合、患者自身はTPの存在部位に気づいていないのである。従って、治療を行う者が、特徴的な関連痛パターンに関する知識や関節の可動域制限、筋力低下などの所見をもとに、TPの存在している筋を診断するとともに、その筋の検索を行ってTPの部位を突き止めることが必要になる。

腰痛を例にとると、腰痛の診断を行う際、一般に腰椎のレントゲン写真やMRI検査、腱反射などの理学所見や前・後屈、回旋の制限の確認などとともに、医師は患者を腹臥位にして腰部の触診を行う。しかし、腰痛の原因となる筋は、腰部の筋(傍脊柱筋、腰方形筋)だけではなく、背部の多裂筋・回旋筋、腸腰筋、腹直筋(下腹部)といった一見腰痛とは関係ないようにみえる筋に生じたTPによっても引き起こされる(下図)。

しかも、これらの筋から生じる腰痛は決して稀でぱなく、日常的にみられるものである。従って、緩部の筋の触診だけを行ってMPSを否定していては、様々な腰痛に対応できず、改善可能な腰痛を見逃すことにつながる。TP由来の腰痛を正しく診断、治療するためには、腰部からかけ離れたこれらの筋のTPが腰痛を引き起こすという事実を知っていなければならない。つまり、各筋に特有な関連痛パターンの知識なしにば、MPSの正しい診断、治療は行えないのである。

現実には疼痛疾患の中に占めるMPSの割合はかなり多いにもかかわらず、疼痛疾患の診療を行う場合に臨床医が参考にする整形外科の診療マニュアルはMPSに関して記載していない。これらの診療マニュアルは、外科手術を行う整形外科医の立場で書かれたものであり、なおかつMPSの存在を無視しているため、その疾患分類は疼痛の保存的療法を行う場合には役に立たないのである。残念ながら、ペインクリニックの診療マニュアルもこの整形外科の疾患分類を踏襲している。また治療の項目に載っているTP注射なるものも、TPの検索に関して「患者自身に一番痛みの強い部位を指先で圧迫してもらい、ついで施術者が同部を指で押えて、痛みの発現がみられることを確かめておく」と述べられているにとどまっている。これでは正しいMPS,TPの診断は不可能である。

“Bonica's Management of Pain”にも述べられているが、MPSの診断を行うためには、関連痛のパターンを記憶しておくことが不可欠であり、少なくとも関連痛パターンを掲載した書物をそばに置いておかなければならない。数多くの筋の関連痛パターンの図を掲載している書籍として、トリガーポイント・マニュアルー筋膜痛と機能障害ー』(J.G.Travell & D.G.Simons著・剛原群大監訳/エンタプライズ)、『トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル』(D.Kostopoulos & K.Rizopoulos著・川喜田健司訳/医道の日本社)、『トリガーポイント鐵療法』(P.E.Baldry著・川喜田健司監訳/医道の日本社・絶版)の3冊をお勧めしたい。

結語

本稿では、ペインクリニックに従事している医師としての立場から、疼痛疾患の診断を行うにあたってTPやMPSに対する理解が不可欠である旨を、症例を提示して述べさせていただいた。

今回このTPの特集を読まれた鍼灸師の方々や代替医療に携わる方々、さらには臨床医の方々に対し、TPおよびMPSについての正しい知識を身につけていただくよう希望するとともに、日常の診療においてなかなか改善しない疼痛疾患の患者に遭遇したときには、ぜひこの疾患を疑って診察していただくようお願いしたい。また、すでに他施設で診断を受けている場合でも、治療がうまくいっていないときは、その診断が正しいかどうかをもう一度自分の目で確認していただきたい。

参考文献

1)山下徳次郎.疼痛疾患の診療における筋筋膜トリガーポイントの重要性.鐵灸0SAKA2000;16(4):345-354

2)横田敏勝.臨床医のための痛みのメカニズム,改訂第2版.南江堂,1997.p113

3)Wall P.横田敏勝訳.疼痛学序説.南江堂,2001.p123-p124

4)SolaAE,BonicaJJ.Myofascial Pain Syndrome, In: Loeser JD et al. Bonica's Management of Pain, 3rd ed.Lipincott Williams & Wilkins,2001.p530

5)WykeB:The neurology of low back pain, In: Jayson MIV(ed). The Lumbar spine and back pain,2nd ed.Pitman,1980.p307

6)Sarno JE.長谷川淳史監訳.サーノ博士のヒーリング・バックペインー腰痛・肩こりの原因と治療ー春秋社,1999.p125

7)KendrickD,Fie1dingK,BentleyE,et al .Radiography of the lumbar spine in primary care patients with low back pain: randomized controlled trial.BMJ2001;Feb17:322,400-5.

8)Simons DG, et al. Travell  &Simons' Myofascial Pain and Dysfunction The Trigger Point Manual, Vol.1,Upper Half of Body,2nd ed.Williams & Wilkins,1999.p96-97

9)SolaAE,BonicaJJ.Myofascial Pain Syndrome,In:Loeser JD et al.Bonica'sManagement of Pain,3rd ed.Lippincott Williams & Wilkins,2001.p535

10)Travell JG,SimonsDG.川原群大監訳.トリガーポ イント・マニュアルー筋膜痛と機能障害一.エンター プライズ,1992

11)KostopoulosD,Rizopoulos K 川喜田健司訳.トリガーポイントと筋筋膜療法マニュアル.医道の日本2002

12) Baldry PE. 川喜田健司監訳.トリガーポイント鍼療法.医道の日本社,1995


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