高い脊椎手術率に立ち向かう不屈の工業地域

Hard-Bitten Industrial Area Tackles Its High Spine Surgery Rate


アウトカム研究で脊椎手術率が過度に高いことが実証されたとき、地域社会は何をすべきだろうか。これは小さな問題ではない。全米の市町村で外科手術の件数が劇的に増加しているが、そうした増加を支持する科学的根拠はわずかしかない。

最近、Michigan州Flint市周辺の自動車製造の中心地域がこのジレンマに取り組み、地域の脊椎治療の問題点を分析・検討する集学的な医療特別調査団を設立した。報告書には衝撃的な結論が書かれていた。

この人都市圏における脊椎治療のパターンは明らかに統一されていなかった。報告書によると、“特別調査団のメンバーは、この地域における’治療標準’は容易には明らかにならないという結論に至った”。治療のパターンは、根拠に基づく基準および合理的な紹介パターンから外れていた。

特別調査団によると、“根拠に基づく医療(evidence-based medicine)への新たな参加は、医学的に必要とされるだけでなく、社会的および道徳的にも必須の問題である”(Boike et al., 2003を参照)。

これは、主要大都市圏が自らの脊椎治療システムの改革に取り組んだ最初の試みの1つである。結果として、Flint市は、同様の問題に取り組む他の市町村の実験室となる可能性がある。

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特別調査団は、脊椎治療を積極的に行うこと、危険を知らせる赤や黄色の信号の綿密なスクリーニングを行うこと、先進画像検査の実施を制限することを推奨した。

調査団は、医療業界がより合理的な紹介パターンを採用し専門外科医への早期紹介を減らすことを推奨した。調査団は、速やかな回復が得られない患者、および外科治療を要する危険信号が認められない患者は、“しばしば亜急性・慢性の脊椎疾患の根底にある無数の身体的、心理的および社会的な問題を評価できる”外科以外の専門医へ紹介されるべきだと示唆した。

報告書は、適切に選択された患者においては手術が重要な役割を果たすことを認めている。しかし、特別調査団のメンバーは、椎間板変性疾患および他の非特異的診断に由来する腰痛のための、脊椎固定術の実施率はこれよりも低い頻度であるべきと認識している。

特別調査団は、固定術の実施率の急上昇を支持する明らかな科学的根拠がないことに言及した。調査団によると、“インストルメント併用または非併用の固定術の役割については、依然として議論の余地がある”。

データに基づく医療の支持者からの賞賛

Flint市の取り組みは、根拠に基づく医療の支持者から賞賛された。米国医療政策研究局(AHCPR)の急性腰痛の治療のガイドラインの筆頭著者である整形外科医のStanley Bigos博士は、「医療提供者に根拠に基づく診療のスタイルを堅持させることは、健全な政策です。それによって、患者の健康、地域社会の健康、および経済の健全さが保護されます」と述べた。それは倫理的な基準にも法的な基準にも合致すると博士は言及した。

米国内のすべての医療システムがこれらの同じ厄介な問題に取り組んでいると、米国の最古参のHMOのひとつ、Mimeapolis市にあるHealthPartnersの役員を務めるTerry Corbin氏は言う。

「根拠に基づく腰痛の診断治療方法を採用することだけでなく、さまざまな介入が適切な間隔で行われる適切な治療システムを設計することも重要です」とCorbin氏は語る。

HealthPartnersでは、患者が医療機関を最初に受診した時から賢明な積極的治療を受けることができるよう、腰痛のプライマリーケアの強化に懸命に取り組んできた。根拠に基づく基準に従った早期の積極的治療は、患者のアウトカムを改善し、専門治療への不必要な早期紹介を減少させると、Corbin氏は指摘する。適切なプライマリーケアを行うことによって、専門治療の特別な適応のある患者だけに紹介を制限することができる。

脊椎治療における最も厄介な問題

Flint特別調査団の報告書は脊椎治療における厄介な問題を提起する。脊椎治療に携わる医師は、根拠に基づくレビュー、勧告および批判に応えて、どの程度、診療スタイルを自発的に変えるだろうか。

非生産的な診療方法をやめるよう、医師を説得する一番良い方法は何だろうか。

そして、さまざまな脊椎治療専門家が、議論のある治療、すなわちある専門家からは“最先端技術”とみなされ、他の専門家からは“実験段階であり証明されていない”とみなされる治療の適応に関して、どの程度コンセンサスに達することが可能なのだろうか。

Flint特別調査団の報告書は別の重大なジレンマも強調したと、Corbin氏は指摘する。彼は、急性腰痛の治療に関しては一般的なコンセンサスがあると述べている。急性エピソードの治療に関する、根拠に基づくガイドラインのほとんどが、おおむね同様の方法を推奨している。

慢性腰痛の治療についてはそのようなコンセンサスがないと、彼は指摘する。実際に世界のどこにも、慢性腰痛の治療に関して広く受け入れられている根拠に基づくガイドラインはないようである。

Corbin氏は、各地域社会および医療システムが治療システムのデザインを最初からやり直す必要がないように、そのようなガイドラインを作成する協力活動がなされなければならないと考えている。現時点でかなり多くの証拠があり、証拠が示す事柄についての幅広いコンセンサスを確立することが、手に負えない大仕事になるはずはないと、Corbin氏は指摘する。

斜陽化した重工業地帯にある不屈の都市圏

Michigan州のHint市は、米国の自動車製造業の中心地にある不屈の都市圏である。Flint市は、1980年代と1990年代に猛威をふるった人員削減によって大きな打撃を受けた。かつて単一産業都市であったFlint市は、さまざまな難問に直面していた。例えば、不安定な経済、朱業率の上昇、不安な犯罪率、およびさまざまな理由で非常に高い地域内の脊椎手術率などの問題があった。

1996〜1998年の患者データのレビューから、Flint地域においては成人1000人当たり3.1件の脊椎手術が行われたことが明らかになったが、これはMichigan州の他の地域における手術実施率よりも著しく高かった(Kirkendoll.2003を参照)。60マイルしか離れていないDetroit市の手術実施率は、成人1000人当たり1.3件にすぎなかった。70マイルしか離れていないDearbom市の手術実施率は成人1000人当たり1.8件であった。

大手の雇用者および保険会社がスポンサーになっている地域の健康組織活動であるGreater Flint Health Coalitionは、前向きに対応して、神経科医のWilbur Boike博士を中心とする18名の委員からなる集学的腰痛治療特別調査団を設置した。特別調査団の任務は、地域の腰痛治療を再検討し、評価および治療方法の科学的根拠を吟味することであった。

この実状調査の過程で対立は生じなかった。調査団の3名の外科医のうち2名は、報告書の発表直前に辞任した。しかし、最終報告書は、根拠に基づいた議論と説得によって脊椎治療を改善しようとする建設的な試みである(Boike et al.,2003を参照)。

同定可能な治療標準はない

前述のように、特別調査団は、Flint大都市圏における脊椎治療の真の標準を同定することができなかった。

調査団は、プライマリーケアが均一でなく、紹介パターンに過度の多様性がみられることを見出した。特別調査団によると、“患者の受診状況には大きなばらつきがあり、臨床的に早期の段階で専門医を受診する患者もいれば、そうではない患者もいた。この地域における評価過程を含む最初の医師の診察、最初の治療計画、医師による指示、就労状態に関する判断、薬物療法の使用等の性質は極めて多様である”。

主な知見は、プライマリーケア医による外科専門医への紹介が早すぎることであった。

委員団は、治療におけるばらつきは、患者の動機づけと意図、医師の経験と哲学、保険に関係する因子、患者・医師双方のさまざまな種類の脊椎治療へのアクセスなどが、複雑に影響していることが原因と思われると結論づけた。

同じく報告書は、より大きな経済的圧力が、脊椎治療提供者に、重大で時には不適切な影響を及ぼしているようだと示唆した。調査団によると、“最終的に特別調査団メンバーは、さまざまな医療関係の販売業者からの市場の圧力が、脊椎治療を提供する医師の行動および紹介パターンの性質に影響していることがしばしばあるという点で、意見が一致した”。

現代の脊椎治療の矛盾

特別調査団の報告書では、現代の脊椎治療における矛盾に言及している。腰痛の実際の発生率がここ10年間上昇していないにもかかわらず、脊椎関連の活動障害の発生率は急上昇した。

皮肉なことに、このような活動障害の急増が起きたのは、最先端の画像検査が広く利用されるようになり、“新しい外科技術や器材があたかも無尽蔵のように増え”、一連の新しい薬物療法が増える一方になった、大きな技術の進歩が起きた時であった。残念ながら、これらの技術的革新は、少なくともFlint地区においては患者の治療の明らかな改善にはつながらなかった。そして、これらの革新の中には患者の福祉に害を及ぼすものもある。

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特別調査団は、急性腰痛の治療に関するAHCPRガイドライン(Bigos et al.,1994を参照)に基づき、慢性腰痛の治療に関する最新研究によって補完した、根拠に基づく治療標準を推奨した。この根拠の要約として、調査団は、AlfL.Nachemson博士とEgon Jonsson博士が編集した最近の教科書“Neck and Back Pain: The Scientific Evidence of Causes, Diagnosis, and Treatment”を推薦した(Nachemson and Jonsson, 2002を参照)。

調査団は一連の勧告を提示した(表Tに要約)。

調査団は関係者が報告書全文を読むことを推奨した。これは、Michigan州Flint市のMichigan Spine Careのwebsiteから無料で入手できる(Boike et al.,2003を参照)。

Boike博士は、同様の問題に取り組んでいる他の市町村に、この種類のレビューおよび証拠収集の過程を推奨したいと述べた。しかし、この過程に携わる人は皆、ある程度の知見の不一致があることを覚悟すべきである。「医学的および政治的な反発があることを覚悟しておくべきです」とBoike博士は述べた。

しかしBoike博士は、特別調査団がFlint市の脊椎治療システムにおける本当の問題を同定し、科学的に裏付けされた方法でそれらの問題に対処できる一連の勧告を提示したと考えている。博士は、さまざまな医療提供者、医療制度、雇用者および支払人との交渉によって、建設的な変化が起きることを願っている。

Flint特別調査団の発表が、地域の診療パターンおよび治療標準にどんな影響を及ぼすか確認できれば興味深いだろう。研究者の間では、新しいガイドラインと勧告が利用可能になっただけでは必ずしも大きな変化につながらないことが、一般的に認識されている。しかし、それは立派な最初の一歩である。

高すぎる手術率に対処する最良の方法について、医学文献には証拠があまりない。しかし、ワシントン州で行われた1つの研究は、医療従事者同士の説得、交渉および協力によって手術率を低下させることの可能性を確かに示した。

参考文献:

Bigos S et al. Acute Low Back Problems in Adults. Clinical Practice Guideline No. 14. AHCPR Publication No. 95-0642. Agency for Health Care Policy and Research, Rockville, MD, U.S. Department of Health and Human Services, 1 994. 

Boike W et al., Back Pain Management Task Force of the Greater Flint Health Coalition, Back Pain Task Force Study, 2003 ; available at the website of Michigan Spine Care; 

Kirkendoll SM, For back pain, doctors too quick to cut-Task force, Flint Journal, First Edition, Saturday, November 29, 2003. 

Nachemson AL and Jonsson E. Neck and Back Pain: The Scientlfic Evidence of Causes, Diagnoses, and Treatment. Philadelphia, PA: Lippincott Williams & Wilkins; 2000. 


The BackLetter 19(3) : 25,29-31,2004. 

根拠に基づくガイドラインの作成を支持する、慢性腰痛の治療に関する十分な根拠があるように思われる

表T:Greater Flint Health Coalition の腰痛治療特別調査団の主要勧告

医師の行動 医師の行動は、脊椎疾患による活動障害の確率に大きく影響する。医療提供者は、彼らのコメント、姿勢および行動が患者のその後の臨床経過に及ぼす影響を認識すべきである。
根拠に基づく診療 医師は、根拠に基づく臨床ガイドラインと情報源、特に1994年の急性腰痛の治療に関するAHCPR臨床ガイドライン(Bigos et al.,1994を参照)、およびNeck and Back Pain: The Scientific Evidence(NachemsonandJonsson,2000を参照)についてよく理解しておくべきである。
心理社会的問題 医師は、臨床経過に影響を及ぼす可能性が高い心理社会的問題のスクリーニングを行うべきである。
外科医への早期紹介 “危険信号"(例えば、馬尾症候群、'重大な四肢運動麻庫、月重瘍、骨折、および脊椎感染症)が存在する場合、プライマリーケア医が、外科専門医に適切な早期紹介をすることが強く求められる。
外科以外の専門医への紹介 “危険信号"が存在しない場合、患者の腰痛が4〜6週間経っても消失しなければ、外科以外の脊椎専門医への紹介を考慮する。
慢性の活動障害性の腰痛 慢性の活動障害性の腰痛のある患者は、集学的治療施設に紹介すべきである。
麻酔薬、鎮静薬および筋弛緩薬 麻酔薬、鎮静薬および筋弛緩薬は、可能ならば使用しないのが一番良い。これらの薬剤では重篤な副作用および/または身体的依存が一般的にみられるので、それらの長期使用は逆効果を生じる可能性が高い。
理学療法の材料および様式 急性疼痛の治療における理学療法の材料および様式の使用について、それらの費用を正当化する利点は十分に証明されていない。(これらには、氷などの材料、温熱、ジアテルミー、超音波レーザー治療、経皮的電気的神経刺激が含まれる)。
注射療法 注射療法は、腰痛患者の治療において限られた役割を有するべきである。(特別調査団は、それらが急性根性症状の治療においては、より大きな役割を果たすことを認めている)。
MRI 医療従事者は、MRIおよび他の画像検査の不必要な利用を避けるべきである。
固定術 インストルメント併用または非併用の固定術の役割については、依然として議論の余地がある。
脊椎手術における心理杜会的間題 脊椎外科医は、手術の結果に影響を及ぼすことが知られている心理社会的問題を考慮すべきである。
Boike et al.,2003 より引用

加茂整形外科医院