坐骨神経痛や脊柱管狭窄症に対する外科的治療は保存療法より有効か?

治療成績評価チームは新しい研究の正当性を主張

Are Surgical Treatments for Sciatica and Spinal Stenosis More Effective Than Nonoperative Care?
Outcomes Researchers Defend New Studiesd


一般的な脊椎手術法は、BostonやNew Yorkで行われている厳密な臨床比較試験では優れた成績をあげているが、米国の平均的な町といわれるPeoriaやPortlandのような一般的な地域社会においてはどうだろうか?

治療成績を評価した2つの大規模な研究によると、坐骨神経痛に対する椎間板切除術(discectomy)と脊柱管狭窄症に対する椎弓切除除圧術は、中等度の患者に対しては、一般的な地域社会レベルで非常に有効な手術法で、保存療法よりも決定的に優れていた。

「我々の結果では、適切な選択がなされた坐骨神経痛、あるいは脊柱管狭窄症の患者に対して手術が症状を速やかに消失させることがよくあることを示唆しています」と両研究の筆頭著者であるBoston, Mass General HospitalのStephen Atlas医師は報告した。

この研究は、Maine Medical Assessment Foundationが連邦政府が後援する腰痛治療成績評価チーム(Back Pain Outcome Assessment Team)と共同で実施し、医療政策研究局が資金を提供した。結果はやや皮肉なものであった。腰痛治療成績評価チームは手術反対派であると不当な批判を受けてきたが、新しい研究によれば手術を強く肯定する結論が出されている。

これらの研究は、Spine誌の論評や最近のインタビューにおいてAlf Nachemson医師から賞賛されたが、同時に核心をついた批判を受けている。Nachemson医師は研究に費やされた多大な努カに敬意を表したが、研究結果の妥当性については疑問視している。Nachemson医師の批評や研究者側からの活発な反論は治療成績の評価に関する重要課題をめぐって展開された(Spine,1996;21(15):1794-1795.を参照)。

「これらの研究に異議を唱える主な理由は、対象患者のわずか22%でしか評価されていないという点です。このような少数症例から一体どのような結論が出せるでしょうか?私のところでは、患者母集団の少なくとも90%を評価の対象にした研究でなければまず認められません」とNachemson医師は述べる。

さらに、これらの手術法、とくに狭窄症に対する除圧術の価値について結論を引き出すには経過観察が不十分だと考える。「私は3年間にわたる経過観察を終了するまで、この研究を発表しないようにすすめました」。

また無作為試験であればもっと明快な答えが得られていたであろうと最後に述べている。「筆者らは、真の無作為比較試験を実施するという難題を避け、途方もなく大きな目論見を立てました」とNachemson医師はSpine誌で述べている。しかしながら、Nachemson医師によれば、「パートIIとパートIII(坐骨神経痛と狭窄症の研究)には彼らの方法論上の欠点が指摘されています」。

「これらの研究には失望しました。私がこの研究から得たものといえば、アメリカで質の高い研究を行うことがいかに難しいかということだけです。なぜなら、研究参加医師がその取り決めに従わないからです」。彼はMaine州の名産品を引き合いに出して、「彼らは聡明な研究者で遂行能力もあります。けれども、雑魚からロブスタースープは作れないのです」と付け加えた。

研究方法の弁護

治療成績評価チームのメンバーでMaine州の研究の治験統括医師であるRobert B. Keller医師は、坐骨神経痛と脊柱管狭窄症に関する研究方法は妥当なもので、結果は1つのある地域の脊椎手術の概観をよく表していると反論している。

対象症例(最終の成績判定例)が少ないという指摘に対して、地域社会を対象にした研究ではこの問題が避けて通れないものであると答えている。これらの研究へ参加するには、整形外科や脳神経外科が多忙な日常業務の一部として行うために医師やスタッフでは実務上困難な事情がある。この問題に対処するために、Maine Medical Assessment Foundationは試験対象から除外した患者に対して無作為試験を実施する方法を考案した。それは3つの治療成績評価研究で採用された。判定可能な患者も除外された患者も、いずれの場合も背景因子や治療成績に関して同等であることが確認された。Keller医師は「これらの結果からみて、対象患者の選択に系統的な偏りがあったという証拠は何1つありませんでした」と述べた。

経過観察期間が比較的短いという点に関しては、現在、3年間の経過観察データの分析が進められている。彼らは、これらのグループをさらに何年も観察し、手術法の価値について長期的な調査を行う予定である。Keller医師は「グループ集団の追跡率は良好です」と語る。

治療結果評価研究について誤解が広まっている?

Keller医師は、Nachemson医師の批判は脊椎や医療関係者の間に広まっている治療成績評価研究の価値に関する誤解を反映しているものかもしれないと推測している。Keller医師は「我々はもともと無作為試験を行うつもりは全くありませんでした」と述べ、さらに「これらの治療成績評価研究を、無作為試験より質の劣った代用品とみなしてはいけません」と補足する。

「事実、腰椎の椎間板切除術に無作為試験は必要ないというのが我々の立場です。この手術法の価値は、すでに学術論文で証明されています」とKeller医師は語る。

彼は、どのような治療方法もその価値は2通りの異なる基準で確立されなければならないと説明する。第1に、その効力(efficacy)は、厳密に行われた臨床試験で証明されなければならない。そこでは厳密な登録基準、完壁な診断方法、綿密に標準化された手術法が適用される。

第2に、その有効性(effectiveness)が、一般的な地域社会レベルの治療成績評価研究においても証明されなければならない。「地域社会で行われるプロスペクティブな有効性試験は広く一般的に便用されるもので、つまり無作為試験よりもそれらの手術法を用いる医師や患者の双方に大きなばらつきがある中で患者の治療成績を評価します」とKener医師は説明する。今回の研究目的は後者の方で、外科的治療と保存療法の有効性を一般的な地域社会という条件の中で検討することである。

Keller医師は、手術法が一般的に導入される以前に有効性試験が行われなかった脊椎分野の最近のいくつかの実例をあげている。臨床試験によって効力に関する証拠が得られても、一般的な地域社会で有効性試験がなされなかった。そのために一般的な地域社会レベノレで手術法が導入されるとすぐに現実的な問題が浮かび上がった、と彼は指摘する。例えば化学的髄核融解術は、有効性試験が行われていれば、押し寄せる医学上、もしくは法律上の問題を防げたかもしれない手術法の1例といえる。

椎間板手術が1年後と3年後には優位

Keller医師とAtlas医師らは、最近Maine州の研究に関する3つの報告をSpine誌に発表した。その中で坐骨神経痛と脊柱管狭窄症に関する方法論を説明し、治療1年後の成績を報告している(Spine,1996;21(15) :1769-1794.を参照)。

坐骨神経痛の研究では、Maine州周辺の診療所から507例の患者が登録されている。手術患者219例、および非手術患者170例が1年後の経過観察を終了した。研究者らは、両研究とも試験導入時の患者の状態と治療に対する反応を一連の評価手段を用いて表示した。

手術患者のほとんどが観血的椎間板切除術を受けていた。保存療法を受けた患者の治療方法は様々で、69.6%が腰部の運動療法、48.8%が理学療法、40.5%が臥床安静、29.2%が脊椎マニピュレーションを受けていた。

手術群には軽症患者がほとんど含まれてなく、また保存療法群には重症患者がほとんどいなかったが、各群の半数の患者は中等度の症状を呈していた。これら2群の治療成績を比較すると、手術群の方が明らかに優位であった。

1年後の評価時点においては、症状、機能状態、活動障害度の改善が両群で認められたが、手術群の方で有意に大きな改善がみられた。顕著な症状としての腰痛と下肢痛については、“非常に良くなった”、もしくは“完全に消失した”と回答した患者は手術群の71%に対して、保存療法群では43%であった。

これらの知見は、Henrik Weber医師による坐骨神経痛の治療に関する代表的な無作為試験の結果を裏付けているように思われる(Spine,1983;8(2):131-140.を参照)。Weber医師の試験1年後の成績をみると、改善したと回答した患者が手術群では65%であったのに対し、保存療法群では35%に過ぎなかった。このような手術の優位性は4年間にわたり持続した。それ以降では手術群と保存療法群の成績は同等であった。Keller医師によると、Maine州の研究のグループ集団における手術の優位性はわずかに2群間の差が狭まっているが、3年後の経過観察時点においても良好に維持されているようである。

Maine州の坐骨神経痛に関する研究からいくつか興味深い知見が得られている。著者らによると、軽症患者に対して手術はほとんど利点がないようである。患者の仕事への復帰に関しても手術は効果がなく、職場復帰率は手術群と保存療法群とで等しかった。本研究から、手術あるいは保存療法のどちらを受けても、労災補償患者は治療成績が良くないことが判明した。筆者らは、坐骨神経痛についても狭窄症についてもいずれも観察試験であるので、これらの結論から普遍的な結論を出すには慎重にならなければならないと強調している。

Maine州の坐骨神経痛に関する研究の重要ポイント

1年後の経過観察時点で、中等度の坐骨神経痛を有する患者のうち、疼痛が“非常に良くなった”もしくは“完全に消失した”と回答したのは、手術を受けた患者の71%と保存療法を受けた患者の43%であった。
患者の仕事への復帰に関しては手術の有効性は保存療法を上回らなかった。
軽度の坐骨神経痛に対する手術療法は、保存療法を上回る利点はなかった。
手術療法と保存療法は、いずれにしても労災補償患者の仕事への復帰に対しては有効でなかった。

 

脊柱管狭窄症に対する徐圧術

脊柱管狭窄症に関する研究では、腰部脊柱管狭窄症の高齢患者148例について検討した。このうち81例が手術を受け、67例が保存療法を受けた。手術群の72例と保存療法群の58例が1年後の経過観察を終了した。

手術のほとんどは椎弓切除除圧術であった。Maine州では奨励金による訓練を受けた(fellowship-trained)脊椎外科医が不足しているため、脊椎固定術の施行はまれであった。保存療法としては、種々の腰部の運動療法(39.3%)、臥床安静(28.6%)、脊椎マニピュレーション(23.2%)、理学療法(23.2%)、その他があった。

ここでも、手術群と保存療法群との間に比較可能なサブグループを見いだそうと試みられた。「我々は、脊柱管狭窄症を軽症、中等症、重症に分類しました。軽症群で手術を受けた患者はごくわずかしかいないことがわかりました。重症群では全例が手術を受けていました」と、共著者Richard Deyo医師はいう。

「中等症群では手術または保存療法を受けた患者数が十分であったので妥当な比較ができました」とDeyo医師は説明する。確かに、中等症群で手術を受けた患者の成績は、保存療法を受けた患者よりも良好であった。

筆者らによると、「手術の1年後の症状が『非常に良くなった』、もしくは『完全に消失した』と回答した患者は、保存療法群の28%に対して、手術群では55%でした。試験導入時の症状は手術群の方が重症で、機能状態は不良でしたが、1年後の経過観察時点においては重症度が低く、機能状態やquality of lifeが良好で、治療に対する満足度は高くなりました」。

保存療法群は悪化しなかった

中等度の脊柱管狭窄症で保存療法を受けようと考えている患者は、この論文を読むと心が休まるだろう。保存療法を受けた患者で症状が悪化したり、追加手術が必要になった例はほとんどなかった。これは、脊柱管狭窄症の症状が長期間にわたって安定状態を保っことがよくあることを示した他の研究結果と一致する。

手術を受けた患者のうち約20%は全く改善がみられなかった。Atlas医師らによると、「ほとんどの患者は短期間で有意な改善が得られますが、改善しない患者もいます。さらに患者の中には初期に症状が軽快しても、時間が経つと再発する場合もあることを、手術を考えている患者に知らせなければなりません」。著明な改善は非常に早い時期にみられる。「手術の効果が最も大きかったのは3ヵ月後の時点でした」と彼らは述べている。

未解決の重要な問題として、脊柱管狭窄症の手術成績はどの程度持続するかという疑問がある。最近の研究によれば、数年以内に症状が再発することが多く、患者の1/4程度は1O年以内に2回目の手術を受けることが示された(BackLetter,1996;11(4):37-46.を参照)。Maine州の研究は現在3年後の経過観察データの分析が進められている。

脊柱管狭窄症における有効性試験(effectiveness studies)、すなわち一般的な地域社会レベルで治療成績評価研究を実施する際の障害は、良質な効力試験(efficacy studies)が未だに実施されていないことである。

Maine州での新しい有効性試験によれば、脊柱管狭窄症に対する除圧術が中等度の狭窄症患者に有効なことを示しているが、これは臨床試験で確認する必要がある。通常の研究パターンと逆であるが、有効性試験に引き続いて、良質の効力試験、すなわち無作為比較試験が行われることを期待している。

Maine州の脊柱管狭窄症に関する研究の重要ポイント

1年後の経過観察時点で、中等度の狭窄症の患者のうち、症状が“非常に良くなった”もしくは“完全に消失した”と回答したのは、手術を受けた患者の55%と保存療法を受けた患者の28%であった。
手術を受けた患者の20%は、症状が改善していないと回答した。
保存療法を受けた患者は、1年間にわたる経過観察期間を通して症状の悪化はみられなかった。
手術によって改善した患者のほとんどは、手術から3ヵ月以内に効果がみられていた。

The BackLetter, 11(10):109,116,117.1996.


(加茂)

http://junk2004.exblog.jp/d2004-12-01

加茂整形外科医院