慢性痛の陰に筋・筋膜痛・ トリガーポイント療法が奏効  


組織傷害など明らかな原因がなく,長期にわたって続く慢性痛。実はそのような痛みの大半は,筋・筋膜痛であり,トリガーポイント療法がよく効くことが分かってきた。 「痛み」は一般に,組織傷害などが原因で起こり,原因が治癒すれば治まる「急性痛」と,原因が不明確で組織の通常の治癒期間(約3力月)を超えても持続する「慢性痛」に分けられる。両者の診断・治療法は異なるにもかかわらず,医療現場では混同されることが少なくない。 激しい運動を行った後などに生じる筋肉の凝りは,2,3日たてば自然に治るもの。だが,ひどい筋肉の凝が.頭痛や首の痛み,肩,背中の凝り、腰痛となって,何週間,何カ月あるいは何年も続くことがある。 「そのような場合,筋・筋膜痛の可能性が高い」と,帝京大溝口病院麻酔科講師の北原雅樹氏は指摘する。  

軽視される筋・筋膜痛  

筋・筋膜痛とは,画像診断や血液検査で、異常所見がないにもかかわらず、筋肉の慢性的な痛みが持続し,筋肉に帯状の凝りや,押すと痛む圧痛点があるものをいう(表1)。 原因はよく分かっていないが,心理的ストレスや物理的なストレスなどが引き金になって生じる,筋肉の攣縮,それによる血流阻害などが関与しているとみられている。 「筋・筋膜痛は,慢性痛の重要な要因でありながら,つい最近まで見過ごされてきた」と北原氏は話す。 また,非ステロイド系抗炎症薬や筋弛緩薬などが漫然と投与され,副作用や合併症を生じる場合も多いという。 「急性痛の治療は,傷害が起きた組織の治癒の促進が目的だが,筋・筋膜痛のような慢性痛は,痛みそのものが治療の対象であり,QOLやADL(日常生活動作)を高めることが目標となる」と北原氏は説明する。 筋・筋膜痛の治療では,トリガーポイント療法,ストレッチや筋カトレーニング,心理療法などの対症療法を組み合わせて行うのが原則となる。  

一般医でも手軽にできる手技  

中でも効果的なのが,トリガーポイント注射と呼ばれる治療法だ(写真1)。筋・筋膜痛でみられる圧痛点は,トリガーポイントとも呼ばれる。これは,東洋医学でいう経穴(つぼ)に一致することが多いともいわれている。そのトリガーポイントを見付けて注射針を刺し,局所麻酔薬を1力所につき,1〜3ml注射する。  わが国では,元大阪医大麻酔科教授の故・兵頭正義氏が1980年代に,手軽にできる除痛手技として,トリガーポイント注射の普及に努めたのが始まり。兵頭氏の教えを受けたという,近畿大麻酔科講師の森本昌宏氏は,「トリガーポイント注射は,特殊技能を全く必要としない。一般の臨床医でも簡単にでき,しかも効果の高い治療法だ」と勧める。  

ステロイド配合でさらに効果  

外科医で,痛みの治療にも力を入れている,いざなぎクリニック(千葉県市川市)院長の齋藤佳治氏も,トリガーポイント注射を積極的に用いている一人。現在,肩凝り,腰痛,膝の痛みなどを訴えてきた患者の7〜8割にトリガーポイント注射を行っているという。「消炎鎮痛薬や理学療法に比べて,一番早くしかもよく効くという印象だ。数年間,腰痛で悩んでいた高齢の女性が来院し,1回の注射で痛みがとれ,喜ばれたこともある」と齋藤氏は言う。 順天堂人麻酔科の井関雅子氏は,「椎間板ヘルニアなど器質的な病変があっても筋・筋膜痛が併存していることがあり,トリガーポイント注射で痛みがとれる場合がある」と話すトリガーポイント注射を行うには,まず,患者自身に一番痛みの強い部位を指先で示してもらい,次に施行者が同部を親指の腹で押さえて,患者が示す圧痛部位のうち最も反応が 良い場所を見付ける。次いでこの部位に25Gの針を,皮下から筋膜直上まで刺入する。

「さらに針先を進めると軽い抵抗があった後,プチンという感覚が得られ,筋膜を貫いたことが分かる」(森本氏)という。そして,筋膜直下に1〜3mlの局所麻酔薬を注入する。「トリガーポイントに注射が命中していれば,患者が『それです,ひびきます』などと表現してくれることが多い」(齋藤氏)。  

使用薬剤は,ジブカインなどの局所麻酔薬が一般的だが,森本氏は,0.1%ジブカイン5mlに,ステロイド薬(メチルプレドニゾロン0.5〜1mgなど)を混和した液を,1カ所につき1〜5ml注入している。局所での抗炎症作用などを期待してのことだ。実際,同氏らの検討では,ステロイド配合液の注射の方が局所麻酔薬単独に比べ,より有意に痛みの改善度が高かったという。  

 

機序にニューロパチーが関与  

なぜトリガーポイントが存在し, 局所麻酔薬を注入すると痛みが寛解するのか,いまだに確かなことは分かっていない。ただ,これまでの研究によると,トリガーポイントには,筋の慢性的な緊張により循環が滞っ た結果,ブラジキニンなどの発痛物質が蓄積している。そこに局所麻酔薬を注入することで,発痛物質が除去され,局所の血流が改善し,筋肉の緊張を和らげる,とみられている。 さらに最近の研究では,末梢神経終末(運動終板)の障害による局所性ニューロパチー(末梢神経障害)の存在や,交感神経を介した筋収縮の持続なども,痛みの増悪因子にな るとみられる。局所麻酔薬が,障害を受けた末梢神経や交感神経をブロックして,痛みの悪循環を断ち切るのだという説も有力視されてる。 ただ,局所麻酔薬の注射だけでなく,トリガーポイントに,マッサージや温熱刺激を加えるだけでも効果があるとする報告もあり,いまだ十分な科学的検証は進んでいない。なお,トリガーポイント注射では,「背部に注射する場合などは,肺に刺して気胸を起こす可能性がある」(井関氏)ので注意が必要だ。また,局所麻酔薬を用いる際には,患者のアレルギーの既往を確認する必要があることは言うまでもない。  

Nikkei Medical 2000年9月号 より

表1)米国などで使われている筋・筋膜痛の診断基準出典:YunusMB:Myofascial pain and Fibromyalgia, St,LouisMosby:3-29.1994.  

  • 他の原因を除外診断する

  • 大基準すべてと小基準一つ以上を満たす

大基準 痛みの訴えが局在性である
緊張牲の帯状物が筋内に触れる
帯状物中に強い圧痛点がある
圧痛点からの関連痛が予測される領域に,痛みや感覚の変化がみられる  
測定可能な場合には,関節可動域の制限披みられる
小基準 圧痛点を押すことで,痛みや感覚の変化を再現することができる  
帯状物を横方向にはじいたり、針を刺入することで、局所攣縮反応が起こる
ストレッチ運動や圧痛点への注射で,痛みが綴和される  

加茂整形外科医院