心配無用!腰痛に対する患者の意識変革が、治療成功の鍵かもしれない

Changing Patients' Beliefs About Back Pain May Hold the Key to Treatment Success


科学的研究はこれまで、腰痛治療における教育や意識変革の価値を手早く片づけ過ぎていたのかもしれない。Aage Indahl医師らがノルウェーで行った劇的な試験によれば、腰痛に対する患者の意識変革が、最も大胆な治療以上の効果をもたらすことがあると示唆している。

この研究では、長期間にわたる経過観察により、患者教育プログラムによる治療を行った患者の腰部の活動障害度が、対照群に比べると半分程度であることが判明した。Indahl医師は、「腰痛に対する恐怖を取り除き、疼痛について患者によく説明し、身体を動かした方が良いという理由を教えることにより、長期の活動障害や再発を減らすことができます。その効果は3年後の時点においても依然として非常に有意です」という(Spine,1995;20(4):473-477.を参照。長期経過観察に関する成績は今までのところ論文未発表)。

1996年の国際腰椎研究学会(ISSLS)の年次総会で、この研究は最優秀臨床論文賞を共同受賞した。ISSLS会長のMalcom Jayson W師は、「無作為化がうまく行われた非常に綴密な臨床試験で、経過観察率が高く、治療成績を明瞭に示しています」と語った。

この研究は非常に重要なメッセージを腰痛治療従事者に提供しているとNew England Spine Care Center (Massachusetts州、Chestnut Hill)のJames Rainville医師は語る。「この研究はアドバイスだけで多くの患者の活動障害度を軽減させ、しかも長期にわたり非常に大きな有意差があることを見事に示してくれました。疼痛は身体障害度と活動障害度を正当化するものではなく、活動を再開しても危険はないと患者に説明するだけで彼らの予後が変わったのです」。

しかしながら、Rainville医師は、腰痛治療従事者側の態度がこのプログラムの成功の鍵を握ると指摘する。「皆さんは患者の態度や意識変革によって活動障害を回復させることができますが、それは皆さん自身が可能であるという信念と態度を持ったときにだけ叶うものです」。

Indahl医師らは、8〜12週間にわたり腰痛患者リストに記載されている労働者を対象に試験を行い、彼らを教育プログラムによる治療群とノルサェー医療システムで行われている従来の治療法による対照群とに無作為に割り付けた。

教育プログラム群では、期待外れといわれるほど単純な治療プログラムが実施された。患者は臨床検査の後、腰痛に関する3時間の小講習会を受講した。

教育プログラム群の患者には腰痛の原因について推論的な説明がなされ、外側の線維輸や椎間関節包の神経終末で、その一部を構成している固有受容体系が傍脊柱筋の過剰活動に関与している一部であるという仮説が説明された。Indahl医師らによれぱ、神経支配領域に発生した病変がこの系を妨害し、その結果、疼痛、硬直、防御行動、背筋の過剰な中枢性制御を引き起こしていると考えている。すなわち、これらの筋の持続的な過剰活動をもたらしていると推論している。

彼らは、軽度の日常活動が、身体の修復過程を促進させ、正常な筋の活動パターンを回復させると強調し、腰痛にとって一番悪いのは慎重になることであると力説した。「我々は、『腰を柔軟に保つように心がけなさい。腰をかばってはいけません。薄い氷の上を歩くように、恐る恐る歩かないように。』ということを中心にアドバイスしました」とIndahl医師はいう。

人間工学的なアドバイスは捨てよ?

Indahl医師らは、物を持ち上げたり、『腰をいかに使うか』といった通常の人間工学的なアドバイスは役に立たないと考えている。「患者には、人間工学的に正しい腰の使い方について学んだことを全て忘れるように話しました」とIndahl医師はいう。「非常に重い物を持ち上げる時に膝を曲げることだけ覚えておけばよいと患者に伝えました」。

3年間の経過観察時点で、教育プログラム群では204例が仕事に復帰したのに対し、対照群では141例であった。長期もしくは永久的に活動障害が残った患者は、教育プログラム群では41例(19%)であったのに対し、対照群では103例(41%)であった。

再度病気休暇を取った患者は両群にみられた。「2回目の病気休暇を取った患者数については両群に有意差がありませんでしたが、通算3回以上の病気休暇を取った患者数については教育プログラム群の方が有意に優れていました」とIndahl医師はいう。研究者は交絡因(confounding factor)の可能性がある多くの要因ー試験導入時における雇用状態、雇用の安定性、心理学的状態、不安、喫煙、社会的支援、主観的健康状態ーについて検討したが、いずれも統計学的な解析結果に有意な影響を及ぼさなかった。

結果に影響を及ぼす可能性のあるもの

教育プログラムにこの種の劇的な効果が得られると、「この研究にどこか間違いはないのだろうか?」という素朴な疑問が浮かぶ。

教育プログラム群のみが腰痛教室のプログラムに参加したので(対照群は通常の医学療法のみを受けた)、この群の患者には対照群と比べてさらに注意が払われて、その結果がプラセポ効果に反映した可能性がある。

しかしながらIndahl医師は、これでは2群間の大きな差を説明できないと考える。「施療効果というのは当然、時間が経てば薄れてきます。我々は、ここ2年間これらの患者を診察していません」。それでも3年後の時点で患者の予後は依然として非常に大きな差があった。

本研究に関するディスカッションでは、オーストラリアの外科医Robert Fraser医師が、腰痛に関する教育はたいていはごくわずかな効果でしかないと発言した。.教育プログラムで学んだことを忘れてしまう人が多いという。

Fraser医師はIndahl医師に、患者が腰痛講習会の内容を身につけたものと考えているのかと尋ね、Indahl医師はそう考えていると答えた。

老人にはやり慣れたことをさせよ

Indahl医師は患者に目新しいことは何も教えていないと述べたが、これが治療成功の秘密を握っているのかもしれない。これらの患者は、身体をよく動かし、不自由なく腰を使うにはどうしたらよいかを以前から知っていたのである。腰痛教室のプログラムでは、患者がすでに知っている方法に戻ることを励ました。彼らは新しいテクニックを学ぶ必要はなかった。

Indahl医師は、教育的メッセージこそ活動障害度が長期間にわたり軽減された原因であると確信している。「教育プログラムの介入がこれらの患者の『日常生活』に起こった最も重大な事柄のように思われます」とIndahl医師は述べた。彼らが調査したそれ以外の因子では、この結果に示されたような劇的な差を説明することはできなかった。

教育プログラムの介入は他でもうまくいくか?

本研究の結果は他国で確認する必要があるだろう。ある医療システムや社会において有効と思われる手段も他ではうまくいかないことがある。これらの結果が、ノルウェーの医療システムに特異的な側面であったり、あるいはノルウェーの腰痛に対する意識事情と関連している可能性もある。

さらにプログラムの成功が、「心配せずに早くから身体を動かしなさい」というメッセージをどの程度反映したものなのか、腰痛の原因についての医師らの推論的説明が患者にどの程度関係しているのかは不明である。治療者の多くは、腰痛の原因に関するIndahl医師の仮説に同意していない。腰痛について患者に別の説明をしたり何も説明しなかったなら、結果は同じものになっただろうか?それは今後の研究が示すことである。

教育プログラムが、誰にでも影響するとは限らない

Rainville医師は、この種のプログラムが全ての患者の態度を変化させるとは限らないと述べている。「患者によっては、おそらく予後は少しも変わらないでしょう」。教育プログラムの介入を受けても活動不能になる患者もいるだろう。一方、教育プログラムが必要なくても完全に機能が回復する患者もいるだろう。

しかしながら、Rainville医師は、これら2通りのいずれにも入らない患者がいると述べる。「我々は、態度や意識変革によって、これらの中間的な患者に働きかけようとしているのです。彼らは正常に活動できるようになるでしょうか、ならないでしようか?」

患者の予後は治療者から受け取るメツセージ次第といってよいだろう。「もし彼らに、『あなたは正常に活動できるようになりますよ』といえぱ、本当にそうなるでしょうし、『正常に活動できるようにはなりません』といえば、そのようになるでしょう」とRainville医師はいう。

彼は、患者の態度や意識変箪は、慢性疾患がどの程度であっても可能であると指摘する。初期の腰痛に対する意識変革の方が明らかに容易であるが、機能回復プログラムに関する研究では根強い活動障害があっても、意識変革が可能であることを示している。


TheBackLetter,1996;11(11):121,129

加茂整形外科医院