腰痛の診断上の分類:希望的推論を真実としていないか?

The Diagnostic Labeling of Low Back Pain: Hopeful Speculation Posing as Fact?


毎年、何百万もの人々が、腰痛やそれに関連する活動障害のために医師を受診する。それぞれの患者は簡単な病歴聴取と身体検査を受け、不正確な診断上の分類を伝えられるのが常である。これらの分類は、病理学に基づく客観的エビデンスというよりも、臨床医の考え方を表していることが多い。

プライマリーケア医を受診する腰痛症例の約80〜90%は、正確な診断がつかないということが、一般的コンセンサスとして脊椎医学全体に広がっている。明らかな神経の圧迫もしくは骨の損傷がない限り、何らかの確信をもって、疼痛の原因を、特定め解剖学的所見に帰することは通常不可能である。

しかし今までのところ、このコンセンサスは、医師がとにかく推論的な診断上の分類を提示することの歯止めになっていなかった。これらの不正確な分類がカルテに記入され、保険が適用されるかどうかを決め、労災補償請求の根拠になる。これらの分類は、最初は良かれと思って立てられた仮説だが、たちまち法医学上の“事実”へと姿を変え、患者の生活に重大な影響を及ぼすことがある。

分類の理論的根拠

臨床医の脊椎治療では、名目的な診断を患者に伝えることによって症状を“説明”し、患者の不安を静めることが、長い間行われてきた。「診断上の分類を患者に伝えることが重要で、分類をしないよりはよいという、一般的通念が存在します。しかし、個々の分類の質もしくは意味に関するエビデンスは何もないのです」と、オーストラリアの解剖学者である研究者のNikolai Bogduk博士は述べている。

多くの研究者は、不正確な分類が、早期の画像検査や広い範囲の診断的検査のような腰痛の早期管理の他の側面と共に、この疾患を医療対象化している大きな要因かもしれないと考えている。そして、不正確な分類(特に“損傷(injury)”という語を含む分類)が、腰痛による活動障害を助長している可能性があると考えている。

分類に対する懸念

腰痛の分類に対する懸念は、最近ニューヨークで開催された「腰痛・障害カンファランス」において、たびたび取上げられた。Richard A.Deyo博士は、基調演説の中で、「我々の腰痛診断の方法に問題があることについて述べたいと思います。我々はしばしば、ぎょっとするような診断上の分類をしたり、見当外れの検査を多く行ったりしています。診断上の分類そのものが障害を生んでいるのかもしれません。私は、我々が用いる分類についてもっと慎重になる必要があると思います」と述べた。

そして、「これらの説明の裏付けとなるエビデンスは少しもありません。それらは皆もっともらしくみえますが、ほとんどの場合、我々は疼痛の正確な原因が何なのか、本当には分かっていないのです。他の疾患の場合、分類が患者の行動に明らかに影響していることが知られています。私は、こうしたことが腰痛患者でも同様に起きていると考えても、飛躍し過ぎであるとは思いません」と説明した。

興味深いことに、脊椎研究者らはこの問題をほとんど無視してきた。分類の短期または長期にわたる影響について、包括的研究は全く行われていない。ごく少数の論文で、この問題に言及されているにすぎない。

Bogduk博士は最近、Medical Journal of Australiaの論説で、腰痛の分類の問題を取り上げた。それは、オーストラリアの医師が労災補償証明書に用いる適当な分類がないことを示したEva SchonsteinおよびDianna T.Kenny両博士による研究に関する論説である(Bogduk,2000.およびSchonstein and Kenny,2000.を参照)。

従来型の診断に達することは不可能

Bogduk博士は、ほとんどのプライマリーケアの場では、従来型もしくは伝統的な腰痛の診断に達することは不可能だと考えた。Bogduk博士は、椎間関節痛や椎間板に起因する疼痛を臨床的に診断することはできないと指摘した。

「“分節性機能障害”などのその他の分類は、生物学的関運性が確立されていない分類にすぎない」と博士は述べた。

Bogduk博士によれば、椎間板変性、脊椎症および脊椎の変形性関節症は適切な分類ではない。それらは加齢による変化であり、疼痛と相関するとは限らない。

多くの臨床医にとって頼みの綱となる分類は、“腰椎の挫傷または捻挫”である。臨床医はしばしば、重篤な病理学的異常ではないことを示すために、患者にこれらの診断を下す。しかしながら、これらの良かれと思ってなされた分類は、前述の分類と同様に正確ではない。「それらを臨床的に証明することはできない。従って、推理は正しいかもしれないし、正しくないかもしれない」とBogduk博士は述べている。

AHCPRが提ホした立証されていない診断の一覧

この問題を深く掘り下げて取り'扱った、エビデンスに基づくガイドラインはほとんどないが、おそらくそれは分類に関するエビデンスがほとんどないためであろう。1994年に出された米国医療政策研究局の急性腰痛の治療に関するガイドラインでは、ガイドライン本文の巻末に、立証されていない腰痛分類一覧が収載されているが、ほとんどの読者はそれに気づいていないと思われる(Bigos et al.,1994.を参照のこと)。

AHCPRの文書によれば、“腰痛症状の原因を説明する(診断する)ために一般的に用いられる多くの用語を、表1に示す。しかしながら、科学的研究によって、これらの診断と腰の症状との関連を明らかにすることはできなかった。一覧には、数ある中で、線維輸の断裂、椎問板症候群、椎間板の障害または破壊、腰椎椎間板疾患、変性性関節疾患、捻挫、挫傷、脱臼、筋膜炎、椎間関節症候群、脊椎の変形性関節症、脊椎症、成人の脊椎分離症および亜脱臼が含まれた。

原困不明の疼痛

その論説の中でBogduk博士は、International Association for the Study of Painの分類法小委員会が、ほとんどの腰痛に対する唯一の賢明かつ臨床的に正当な診断は“原因が不明または不確実な腰椎の疼痛”だと主張している点に、注目している。

この評価は正直ではあるが、それは厄介で人にアピールするものがなく、“何が起こっているのか医師にも分からない”ことを患者に悟られる可能性があると、Bogduk博士は述べている。

Bogduk博士は、分類学的に誤りがなく、医師が気に入り、患者を安心させる分類が医学の世界で提案されたらよいのにと思っている。そうすれば、“患者の不安材料がなくなり、最小限の治療でも容易に回復すると期待できる”ことを伝えられるだろう。

Bogduk博士は、重篤な疾患と重篤でない疾患とを区別する方法が、医療の場で提案されたことに注目している。“赤信号”は、腫瘍、感染症、骨折およびその他の重篤な疾患の可能性があることを、医師および患者に警告することができる。

彼はまた、医療の場には、回復を妨げる心理・社会的問題を確認し、その特徴を明らかにするためのメカニズムとして、“黄信号"があることにも注目している。

患者にとって青信号とは?

Bogdak博士の語るところによると、博士は当初、一種の“青信号”となる新たな分類を思い描いていた。それは完全に健康を回復し通常の活動に戻れるという“青信号”が点灯したことを患者に伝えることができるだろうと、博士は述べている。

「この用語は、分類学的に正確なだけでは不十分である。恐怖心を抱いたり不適当な行動を取ったりせずに、自信をもって通常の活動を再開できることを、患者に肯定的に伝えて安心させるものでなければならない」と、博士は論説で述べた。

このオーストラリアの解剖学者は、まだこのアイディアに取り組んでおり、可能性のある新しい分類候補について更に論文を発表するかもしれないと述べた。新しい分類が役に立つには、おそらく脊椎治療の専門家から幅広く承認されることが必要であろう。

BackLetterの取材に応じた何人かのプライマリーケア研究者は、Bogduk博士が提案した、患者を安心させる腰痛分類は、魅力的で研究の価値があることは認めながらも、最も適切な用語については確信が持てないと述べた。恐ろしい診断やネガティブな用語が氾濫する世界の中で、肯定的な分類のアイディアは新鮮であり、この疾患について進行しつつある、医療対象からの除外や非合理的考え方の排除といった流れに合致している。

もちろん、これがこの問題の唯一可能性のある解決法であるというのではない。臨床医が、正確な診断の必要性について患者に対し個別に再教育を行うことを提案した研究者もいた。この方法は、記録の保管や証拠資料の作成のために、依然として何らかの種類の分類(例えば、非特異的腰痛、限局性の腰痛、単純な腰痛等)を使用する必要がある。また、Bogduk博士の提案と同じく、医学界全体の腰痛に対する広範な意識改革が必要である。

この分野において何かをすべきだということは明らかである。不正確な分類は、20世紀の大半にわたって、脊椎治療における問題とされてきた。近い将来に診断システムが飛躍的に進歩することは望めないので、これは今後何十年間も問題であり続けるかもしれない。しかし分類に関してどんなことが起きるにせよ、臨床医と研究者がこの、問題にっいて少なくとも議論し始めたことは明るい兆しである。

参考文献:

Bigos S et al. Acute Low Back Problems in Adults:Clinical Practice Guideline N0.14. AHCPR Publication N0.95-0642: pl50. 

Bogduk N, What's in a name? The labelling of back pain, Medical Journal of Australia, 2000; 1 73: 400- I . Available on the Internet at www.mja.com.au/ public/issues/173 08 161000/bogduk/ bogduk.html. 

Schonstein E and Kenny DT, Diagnoses and treatment recommendations on worker's compensation certificates, Medical Journal of Australia, 2000; 173: 419-22. Available on the Internet at www.mja.com.au/public/issues/173_ 08 161000/schonstein.html. 

The BackLetter 16(2) 13 20 21 2001.


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