プラセボ治療の新たな可能性、そして新たな倫理的ジレンマ

New Possibilities for Employing Placebo Treatments-and Renewed Ethical Dilemmas


新規研究によって、プラセボ効果の存在ー医療によってそれをどのくらい引き出せるかーについての議論が、再び活発になっている。

多施設共同研究において、プラセボには脳の活動の特徴的パターンを刺激するだけでなく、実際に疼痛緩和を促す作用もあることを示すエビデンスが得られた。

Tor D. Wager博士らは、プラセボの鎮痛薬を投与した結果、疼痛発生に関連する脳領域の活動が実質的に低下したことを見いだした。Wager博士らによると、“さらに、これらの神経活動低下の程度は、報告された疼痛軽減の程度と相関する”(Wager et al.,2004を参照)。

同じく研究者らは、プラセボの鎮痛薬投与に関連して、疼痛の認識と調節において重要な役割を果たすと考えられる脳領域の活動が、疼痛を予期している間に亢進したことを示すエビデンスも見いだした。

Wager博士らによると、“これらの知見は、プラセボ反応は主観的報告に過ぎないとの推測に対する、強力な反証になる。”

プラセボ反応の新しい展望

共著者のRobert M. Rose博士によると、この研究は、臨床医がプラセボ反応の概念を拡大すべきであることを示している。「このようにプラセボの概念が広がると、薬理作用を持たない錠剤という次元に留まるのではなく、心理学や、医師によって引き出された患者の期待、信頼および希望の変化にまで関係してきます」と、Rose博士は言う。

遺伝的要素から生活習慣、人生経験まで、数多くの因子がプラセボによる疼痛軽減能力に影響する可能性がある。しかし、神経心理学者のWager博士は、そのなかでも2つの因子が重要だと考えている。

博士は、“私は患者の受け止め方と信念が重要だと考えている。いろいろな意味で、我々がどのような経験をするかは、我々がどのような経験をすると期待するかによるバイアスまたは影響を受ける。我々の分析では、プラセボが鎮痛薬としてどの程度有効だと被験者が期待していたかがプラセボ効果の大きさの予測因子であったが、性別や疼痛耐性のような他の多くの因子は予測因子ではなかった”と述べている。

プラセボレスポンダーを同定することは最終的に可能かもしれない。Wager博士は、“我々の研究から、いわゆる’プラセボレスポンダー’が存在するというエビデンスが得られたと考えられる”と述べている。そしてレスポンダーを同定するために検査を行うことは可能だろう。“例えば、本人の報告に基づいた、暗示にかかりやすさの尺度が、プラセボ効果と相関することを示すエビデンスがある。それらの尺度を用いてプラセボレスポンダーを有している可能性が高いモノ(部位/物質)を同定することが可能であろう”。

“臨床試験において、脳におけるプラセボ効果の尺度を直接探索し、それらを行動におけるプラセボ効果と関連づけることも可能であろう。したがって、脳画像診断こそ、プラセボ効果を研究する新しい手段である”と博士は述べている。

疼痛の調節

ほほすべての人が、人間の身体は疼痛を調節する恐るべき能力をもっているということに同意するだろう。そしてほとんどの人が、各自の信念や期待が、疼痛性損傷に対する身体反応に影響することに同意するだろう。それではなぜ、プラセボによる疼痛緩和の存在に関してこれほど多くの論争があるのだろうか?

多くの医師は、プラセボの鎮痛薬の投与によって、すなわち有効な鎮痛薬の投与を受けていると期待するだけで、実質的な疼痛緩和を促すことができると確信している。様々な実験的研究において強力なプラセボ反応が実証されている。しかし、質の高い臨床試験がプラセボの“有性”を支持する程度には食い違いがみられる。

Judith A. Turner博士らによる1994年の体系的レビューでは、鎮痛治療においてプラセボ効果が大きな役割を果たすことができると結論づけている。“臨床医および患者が有効だと考える、手術を含むいかなる治療を行った後の”患者のアウトカムに対しても、プラセボ効果が影響を及ほす可能性があると言及した。このレビューでは、理由ははっきりしないがプラセボ反応は人によって異なると結論づけた(Turner et al.,1994を参照)。

しかし、New England Journal of Medicineに掲載された臨床試験のよく知られたレビューでは、はるかに懐疑的な結論に到達している。Asbjorn Hrobjartsson博士とPeter C. Gotzsche博士によると、プラセボ効果を支持するエビデンスの多くは、不充分な研究と潜在的バイアスを有する研究から得られたもののようであった。

“我々は、プラセボが強力な臨床効果を有したというエビデンスを一般的にほとんど見いだすことができなかった。プラセボは、他覚的アウトカムまたは2元的アウトカムに関しては有意な効果がなかったが、疼痛治療に関する連続的な主観的アウトカムを定めた研究では潜在的な小さな利点を示した。臨床試験以外の状況でプラセボを使用することは正当化できない”と、デンマークの研究者らは報告している(Hrobjartsson and Gotzsche,2001を参照)。

重大な問題

これは脊椎分野にとって非常に重大な問題である。ほとんどの腰痛は非特異的である。ほとんどの患者は、最終的には特定の解剖学的異常との関連性はない。同じくほとんどの腰痛治療も非特異的であり、その結果、その効果には不十分なところがある。

例えば、薬剤または手術による、非特異的慢性腰痛のほとんどの治療では、部分的な疼痛緩和しか得られない。

腰痛分野で主流となっている治療が相対的に効果不十分であることを考えると、プラセボは、患者が腰痛疾患を克服するのを助けるという大きな役割を果たす可能性がある。臨床医が患者の受け止め方をうまく変えることによって治療の有効性を20%、30%またはそれ以上引き上げることができるのであれば、これは重要な利点になるだろう。患者は、症状に対処するための助けを探し求めており、疼痛緩和が特異的メカニズムによって得られるのか否かは気にしないことが多い。

一方で、腰痛治療の有効性を吹聴しすぎることは、ある種の技術軽視につながり、厄介な倫理的問題を生じさせる。

プラセボ効果に関する新たなエビデンス

Wager博士らは、次の二重仮説を検証する2つの実験を行った:(1)プラセボ反応は、疼痛に反応する脳領域における活性を低下させるだろう;(2)疼痛緩和の期待は、脳の前頭前野(prefrontal
cortex)によって媒介されるだろう。

最初の実験で、Wager博士らは、スキンクリームの塗布前後に右手首に一連の疼痛性および非疼痛性の電気ショックを与えた24例の被験者における脳活性を検査するために、機能的MRI
(fMRI)を実施した。

一部の被験者には、スキンクリームによってショックによる疼痛が緩和されると説明した。他の被験者には、スキンクリームは効果のない対照治療だと説明した。

試験デザインでは、研究者が、電気的ショックに対する脳の反応と、疼痛予期に対する反応を判別できるようになっていた。

被験者にクリームを塗布せずにショックを与えることによって、研究者は、疼痛緩和を期待していない場合の脳活性を記録することができた。Wager博士らによると、“これによって、古典的な疼痛マトリックスの活性化が明らかになった”。視床、島(insula)および前帯状回皮質(anterior cingulate cortex)を含む、脳の疼痛反応領域の特徴的な活性化が認められた。

実験のプラセボ相において、研究者らは、これらの疼痛反応性の脳領域における活性低下を見いだした。そして、これは、プラセボクリームを塗布した被験者から報告された疼痛軽減レベルと相関した。興味深いことに、プラセボ反応には有意な多様性が認められ、経験、受け止め方、生活習慣または遺伝的要素によって、一部の人にはより人きなプラセボ効果カ現れることが示唆された。

次に研究者らは、報告されたプラセボ効果と、疼痛性ショックを与える前の予期相における脳活性との相関を評価した。彼らは、プラセボによる鎮痛効果が、疼痛予期中の前頭前野(prefrontal cortex)および他の領域(これらは疼痛管理メカニズムを形成する上で重要な役割を果たすと考えられている)における活性上昇と関連することを見いだした。

第2の実験でも同じ傾向の結果が得られた

第2の実験には50例の被験者が参加し、熱による疼痛性刺激を行ったところ、同じ傾向の結果が得られた。“50例の被験者の約4分の3が、疼痛を軽減すると説明されたクリームを塗布した皮
膚領域にはより弱い疼痛を感じたと報告した”とテキサス大学のプレスリリースでは述べている。こうしたプラセボ効果を報告した被験者脳のfMRIスキャンから、“それらの報告と一致して”、疼痛反応性脳領域における活性レベルが低下していることが実証された。

プラセボによる疼痛緩和には様々なメカニズムが考えられる

集合的に、これらの研究はプラセボによる疼痛緩和には様々なメカニズムが考えられることを示唆する。Wager博士らによると、“我々の知見は、期待の念によってもたらされるプラセボ効果の複数の要素に関するエビデンスを提供する。すなわち、オピオイドを含む中脳領域は予期中に活性化されており、前帯状回(anterior cingulate)は疼痛初期に反応が抑制され、そして対側の視
床および島においては、より長時間の持続疼痛後にのみ低下カ認められる”。

伝統的医学の知恵

著者らは、彼らの知見が、患者の期待および受け止め方が治療結果に強い影響力を及ぼす可能性があるという伝統的医学の知恵を支持すると確信している。「我々は、昔の家庭医がよく知
っていたことを明らかにしました。それは、どのような治療を行う場合にも、医師と患者との関係によって、治療の有効性に大きな違いが生じるということです」と、共著者のKenneth L. Casey
博士は述べた。

同じくCasey博士は、あらゆる治療の疼痛緩和作用が最大限になるように、医師が患者の期待の念に影響を及ぼすことを試みるべきだと提言している。「あなたが患者に治療を行う場合、それが効くだろうと期待して実際に患者に提供することが重要であり、そうすれば効果が増強されるでしょう。あなたが薬物療法または何らかの種類の治療を、あからさまにであれ、間接的にであれ、効かないかもしれないという態度で患者に行ったとしたら、それが有効である可能性ははるかに低くなるでしょう。」

前述のように、脊椎分野における有効性の明らかでない治療法の誇大宣伝は、微妙な倫理的問題を生じさせると予想される。

明らかに、医師には患者が疼痛を克服するのを手助けする義務がある。さらに医師には、様々な治療法の特異的な価値の現実的な評価を行うという倫理的な義務もある。プラセボによる疼痛緩和という点では、これらの2つの義務が衝突する可能一性がある。

プラセボ効果の意図的利用について検討した臨床試験は非常に少ない。公的および民間の多くの融資機関は、前述の非常に倫理的な理由により、プラセボ効果の操作に関する研究への資金援助を躊躇している。

臨床診療におけるプラセボの“有効性”を検討する研究が行われるべきである。腰痛治療に関する本格的な科学的研究によって意外な結果が得られることがしばしばある。プラセボ治療の
可能性についても、多くの点で探究がなされていないままである。プラセボ治療に関連する潜在的な倫理的問題についてもそうである。

 

重要ポイント

・患者の期待および信念を含む多くの因子が、疼痛性刺激に対する身 体の反応に影響する。
・プラセボによる疼痛緩和は、脳の疼痛反応性領域における活動の低 下と相関する。
・疼痛緩和の予期が、疼痛反応を調 節すると考えられる脳領域におけ る活動を刺激するようである。
・医師は、患者の信念および期待に 影響を及ぼすことによって、より 広い意味のプラセボ反応を引き出 すことができるだろう。

 

これらの研究は、プラセボによる疼痛緩和が様々なメカニズムを通して得られることを示唆する

 

参考文献:

Hrobjartsson A and Gotzsche PC, Is the placebo powerless? An analysis of clinical trials comparing placebo with no treatment, New England Journal of Medicine, 2001 ; 344: 1594-1602.

Turner JA et al., The importance of placebo effects in pain treatment and research, JAMA, 1994; 271: 1609-14. 

Wager TD et al., Placebo-induced changes in fMRI in the anticipation and experience of pain, Science, 2004; 303: 1 162-7. 

The BackLetter 19(4): 37, 44-45, 2004. 

加茂整形外科医院