腰痛の治療費は増えているのか、それとも減っているのか?

What Are the Costs of Treating Low Back Pain? Are They Rising or Falling?


米国およびその他の複雑な医療費支払いシステムにおける腰痛治療関連の医療費に関する正確な情報は、憂慮すべきほど不足している。腰痛にかかわる医療は巨大産業である。費用が何十億ドルに達していることは確かである。しかし正確には何十億ドルなのか、誰にも分からない。

医療費は、腰痛にかかわる総費用のごく一部にすぎない。欠勤、活動障害補償請求、杜会保障費、早期退職、および生産性の低下といった、腰痛にかかわる間接費は、直接費の何倍にも達するだろう。しかし、医療費は腰痛危機の重要なバロメータであり、入念な調査を行う価値がある。

多くの国において正確な費用の情報が不足していることを考えると、腰痛の医療費が増加中なのか、それとも減少中なのかを知ることは不可能である。腰痛のために全体でどのくらいの医療
費が割り当てられているかに関する確かなデータはなく、その割り当てが合理的で有効かどうかもはっきりしない。

正確な費用のデータが不足しているため、新しい技術や新しい治療手順の影響の大きさを正確に評価することは困難である。

米国における固定術の件数が1996年から2001年までに77%増加したことが、腰痛関連費用の増加傾向の一因だったのだろうか?

エビデンスに基づく医療はどうだろう?腰痛ガイドラインは総費用に対して識別できるような影響を及ぼしたのだろうか?マネージドケアは費用に影響したのだろうか?これらは重要な問題である。それらすべてに対する答えは嘆かわしいことに同じである。誰にもわからないのだ。

複雑な医療システム

米国のシステムのように、市場を基盤にした複雑な医療費支払いシステムにおける腰痛関連費用を算出することは、どう考えても非常に難問である。妥当な概算値を出すには、従来の医療を受けようとする患者、代替・補完治療を選択する患者、およぴ両方を受けようとする患者を含めて、あらゆるタイプの腰痛患者から発生した医療費を調査しなければならないだろう。

多くの理由で、ほとんどの腰痛患者は組織的な医療をまったく受けようとせず、自分ひとりで症状に対処する。後者の場合には、正式のものではない治療、薬物療法、体操教室および他の対処手段の利用に伴い、かなりの医療費がかかるだろう。

直接費には、救急治療室からプライマリーケア施設、専門クリニック、さらには職場で提供される医療まで、あらゆる状況におけるあらゆる種類の通常の医療を行う医師の診察によって発生した費用が含まれる。米国における1年あたりの補完・代替医療専門家の利用件数は約6000万〜1億件にのぼっており、すべての分析にこれを含めなければならない。

直接費には、画像検査および他の形の診断検査、入院手術および外来手術の費用、様々な形の理学療法および作業療法、運動プログラム、処方薬およびOTC薬が含まれる。最近の全国調査では米国成人の87%がOTCの鎮痛薬を使用していると回答しているので、この費用は莫大だろう。

同じく、腰痛患者は、特別な消費者向けの製品にかなりの金額を出費していると思われる。すなわち、ベッド、マットレス、オフィス用および家庭用の家具、コンピューター式、自動車のシート、および孫の手から泡風呂までうんざりするほど多くの変わった独特の製品である。

直接的な医療費には、非ステロイド性消炎鎮痛薬による消化管合併症や様々な形のfailed back surgery syndromeなどの、腰痛治療によって発生した合併症と副作用を治療するための多額の費用も含まれるだろう。

費用推定のために最近なされた試み

Duke大学が行った最近の研究では、腰痛に関連する医療費の正確な情報を明らかにしようと試みた。本研究は腰痛関連費用の調査が難しいことを物語っている。しかし、正確な見積もりができなかったことはほぼ確実であった。

Xuemei Luo博士らは、1998年の医療支出パネル調査(Medical Expenditure Panel Survey :MEPS)のデータを分析し、腰痛には多くの直接医療費がかかっていると結論付けた。

“1998年に、米国において腰痛患者にかかった総医療費は907億ドルに達し、これらの患者の腰痛に起因する医療費の増加額は合計約263億ドルであった”とLuo博士らは報告している。

Duke大学の研究から示唆されたことはーそしてもしこれが本当なら驚くべきことだろうがー腰痛のある成人は腰痛のない成人よりも総医療費が60%多いということであった(Luoeta1.,2004を参照)。

メデイアによるいい加減な報道

これらの結果は医学界とマスメデイアから歓迎された。New York Times紙の1面の記事を含めて、何百もの新聞およびメデイアの特集で、費用推定値が引用されているが、時には誤って引用されている(Kolata,2004を参照)。これらの記事を書いた記者のうち、研究方法または調査データに疑いの目を向けた人は、もしいたとしても少数だろう。

Duke大学の研究で得られた費用推定値が正確なものである可能性は低く、その理由は明白である。本研究が基盤にした全国調査では、各年の米国の成人腰痛患者の総数を大幅に過小評価しているようであり、このことによって、費用概算には予測不能な大幅な歪みが生じた可能性がある。

欠陥のある調査データに基づく研究?

MEPSは、Agency for Health Care Research and QualityおよびNational Center for Health Statisticsが実施した、施設に入所していない米国内の成人の代表的サンプルに関する全国調査である。

この調査は、特定の疾患または何らかの病態を有する人々にかかった医療費を追跡調査するために特別に設計された。米国で1年間に"x"人の成人が腰痛を経験し、"y"ドルの医療費がかかるとすると、"x" X "y"が、その疾患の1年間の直接医療費の妥当な全国推定値になるはずである。

残念ながら、調査では、1年間に腰痛を経験した米国成人の総数を十分に把握していないように思われる。

腰痛の有病率はわずか13%?

Duke大学の研究で用いた1998年のMEPSのデータによると、1998年に腰痛(定義には上背部または下背部の痛みが含まれた)を報告した米国成人はわずか2590万人であった。これは、その年の成人人口1億9800万人の約13%に相当する。

調査によって、1億7270万人の米国成人、すなわち成人の約87%は、1998年に腰痛を経験しなかったことになる。

これらの数字は、米国および諸外国の腰痛の有病率に関する研究を熟知している研究者を驚かせるに違いない。

最も広く引用されている推定値は、米国人口の50%以上が1年の間に腰痛を経験することを示唆している。

1990年代末に、米国立衛生研究所は、米国における筋・骨格系障害の有病率の正真正銘の“最も良い推定値”を出すための研究を委託した。委員会は、米国における腰痛の年間有病率は約56%であったと結論付けた(Lawrence et al.,1998を参照)。

報告書のために有病率に関する研究のレビューを実施したRichard A.Deyo博士は、その推定値についてほぼ満足していると述べる。博士は、なぜMEPS調査では自分の腰痛症状を報告した回答者が少なかったのか、不思議に思っている。


国際研究は高い年間有病率を報告

国際研究でも、現代社会における腰痛の年間有病率は、Duke大学の研究で報告された数値よりも大幅に高いことが示唆されている。

Gordon Waddell博士は、最近出版されたThe Back Pain Revolution第2版における次の有病率のデータを引用した。“多数の国際的調査によると、12〜33%の人々が面接調査当日に腰痛症状があると報告し、19〜43%が先月腰痛があったと報告し、27〜65%が昨年腰痛があったと報告し、59〜84%がこれまでの人生の中で腰痛を経験したことがあると報告した”(Waddell.2004を参照)。

このように、理由ははっきりしないが、1998年のMEPSおよびDuke大学の研究では、腰痛患者の一部しか同定していないようであり、それらは腰痛患者全体を代表していない可能性がある。

2600万人の成人が腰痛を報告

Luo博士らが行ったごく狭い地域における研究結果の概要は次の通りであった(詳細は研究論文を参照)。

Luo博士らは、MEPSにおいて腰痛を報告した2600万人および腰痛を報告しなかった約1億7300万人によって発生した直接的な医療費を計算した。

総合的に、腰痛を報告した少数派の人々の医療支出の総額は約910億ドルであった。1998年の調査で腰痛を報告した人々の1人あたりの医療費は3498.00ドルとなった。

腰痛を報告しなかった人々の1人あたりの医療費は2177.00ドルとかなり少なかった。“したがって腰痛患者は、腰痛のない人々よりも総医療費が平均で約1.6倍多かった。”

次にLuo博士らは、多少異論のある方法を用いて、腰痛に起因する医療費増加分を計算しようと試みた。すなわち、腰痛に起因する経費を“腰痛のある人と腰痛のない人の調整平均支出にける差”と定義した。この方法を用いて、腰痛に起因する総医療費は263億ドルと計算された

明らかに、これら2群間の支出パターンにおける差が腰痛に起因するものであり、何らかの他の疾患パターンによるものではないという保証はない。

費用のかかる少数集団

過去に行われた研究と同様、新規研究も、腰痛患者のうちの少数の人々に非常に多くの費用がかかっていたことを示唆していた。腰痛患者集団のうちの10%に50%以上の費用がかかっていた。腰痛患者のうちの25%に75%以上の費用(少なくともMEPSで腰痛を報告した群の費用)がかかっていた。

Duke大学の研究方法によって腰痛による費用が正確に同定されたと仮定すると、腰痛に関連する医療費の中で最大のものは何であっただろう。研究によると、腰痛に関連した病院診療費が111億ドルと、最大であった。入院治療費が45億ドルであった一方で、外来治療費は47億ドルであった。腰痛関連の処方薬の費用は39億ドルであり、救急医療費は11億ドルであった。

椎間板障害は、腰痛疾患の中で最も費用のかかる単一カテゴリーであった。Luo博士らによると、“他の研究に一致して、我々は、椎間板障害のある腰痛患者は他の種類の腰痛と診断された患者よりも1人あたりの費用が非常に高かったことを見いだした。”

おそらく米国における脊椎手術の実施率が高いことを反映しているのであろうが、椎間板障害による入院費が最大であった。Luo博士らによると、“いかにして椎間板障害患者の医療費、特に入院費を抑制するかという問題に、今後、特別に留意すべきである。”

女性は男性よりも腰痛治療費が高かった。男性が117億ドルであったのに対して、女性は143億ドルであった。驚くことではないが、高齢者は若年者よりも治療費が高かった。医療保険加入者は、補償範囲外の人々よりも費用が高かった。

腰痛と、医療の利用度が高いこととの間に因果関係なし

これらの推定値の大部分について懐疑的にならざるをえない理由がある。なぜなら、それらは1998年に腰痛を経験した米国成人の数を明らかに過小評価して計算した数字だからである。Luo博士は最近、1998年のMEPSは、少なくとも有病率の研究で明らかになった腰痛の年間有病率を実際に表しているものではないことを、電子メールで認めている。

Luo博士は、MEPSは手法的には腰痛有病率の調査ではなく医療費の調査であると指摘した。Luo博士らによると“MEPSは腰痛有病率の調査ではなく、本研究もそうではなかった。”

しかしMEPSは、自分を腰痛患者と認めた人々にかかった医療費の妥当な推定値を提供したと考えられる。“私は今でも、MEPSは支出調査の最も良いデータソースだと思っている”と博士は述べた。

残念ながら、本研究における腰痛に起因する費用に関するほぼすべての概算は、1998年に腰痛を経験した米国成人の数を正確に同定したかどうかにかかっていた。もしMEPSが腰痛患者の総数を正確に同定していないのならば、この調査に基づいた費用のデータは確かに歪んでいるだろう。

Luo博士らは、Duke大学の研究では腰痛に関連する医療費を過小評価しており、Duke大学の研究で得られた推定値は控えめな数値だと考えている。MEPSでは施設に入所していない米国の成人集団のみを調査した。したがって、医療費の最大20%を占める老人介護施設の入所者は含まれなかった。MEPSで用いたICDコードが、費用の過小評価につながった可能性もある。感染症または悪性疾患に関連する腰痛を有した患者の一部が誤って分類された可能性がある。

腰痛患者は医療機関の利用度が高いのだろうか

腰痛のある成人は、腰痛のない成人よりも総医療費が60%多いという見解についてはどうなのだろうか。もしMEPSが腰痛のある人々の総数を過小評価したのなら、この60%という数字はおそらく正確ではないだろう。

他の研究では、腰痛症状のある成人と腰痛症状のない成人の治療費の間に大きな差は認められていない。MEPSでは、異常に厄介な症状を有し医療費が異常に高い腰痛患者のサブグループを同定した可能性がある。最近のいくつかの研究において、慢性腰痛があると報告した人々は腰痛症状がない人々よりも医療費が有意に高いことが示唆されている(Mapel et al.,2004を参照)。

医療利用度の高さは腰痛に関連するのだろうか

しかし、腰痛患者の医療費が異常に高いとしても、最近のメデイアの記事が示唆しているように、必ずしもその原因が腰痛症状だとは限らないだろう。

「私は腰痛と、利用度が高いこととの因果関係について、不思議に思います。医療の利用度が高い人々は、一般的に腰痛を含む多くの身体的愁訴を有している可能性があります。腰痛と、利用度が高いこととの間に特異的因果関係はないのかもしれません。しかし、両方の因子が関与している可能性があります」と、Deyo博士は言う。

メデイアの記事でも、Duke大学の研究で腰痛患者の医療利用度が高いことが報告されたことは、より多くの脊椎治療およびより有効な腰痛予防プログラムが必要であることを浮き彫りにすると示唆している。

しかし、Deyo博士はこの点についても懐疑的である。「もちろん、Medical Expenditure Panel Surveyは、これら高額費用の有効性や賢明かどうかについては何も語っていません。私ならおそらく、これらのデータは、より多くの脊椎治療よりもむしろ、より多くの脊椎研究を必要としていると主張するでしょう」とDeyo博士は言う。

参考文献:

Kolata G, Healing a bad back is often an effort in painful futility, New York Times, February 9, 2004; www.nytimes.com/2004/02/09/national/09BACK.html?ex=l082692800&en=eelb3c923374d4e8&ei=5070

Lawrence RC et al., Estimates of the prevalence of arthritis and selected musculoskeletal disorders in the United States, Arthritis & Rheumatism, 1998; 41: 778-99. 

Mapel DW et al., Hospital, pharmacy, and outpatient costs for osteoarthritis and chronic back pain, Journal of Rheumatology, 2004; 3 1(3): 573-83. 

Luo X et al., Estimates and patterns of direct health care expenditures among individuals with back pain in the United States, Spine, 2004; 29: 79-86. 

Waddell G. The Back Pain Revolution, 2nd ed. Edinburgh: Churchill Livingstone; 2004: p 74. 


The BackLetter 19(5): 49, 56-57, 59, 2004. l

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