[教育研修講座]   整形外科におけるブロック療法

紺野慎一   菊地臣一  (福島県立医科大、整形外科教室)

日本整形外科学会雑誌 第79巻2号


1.整形外科における神経ブロックの現状

整形外科医は脊椎疾患に対し、神経ブロックを頻繁に行っているとは言えない。整形外科専門医の95%はこれを保存療法の1つと考えている。しかし、頚部の激痛に対する治療では、第1選択として薬物、湿布を選択し、神経ブロックを選択する医師は19%にすぎない。上肢の激しい放散痛に対しても、装具療法が保存療法の第1選択であり、神経ブロックは第3選択である。

2.腰痛治療におけるブロック療法の位置づけ

腰痛治療におけるブロック療法の明確な位置づけはできていない。医師側から見た評価では、よい治療法と考えているが、優先順位は高くない。神経ブロックを「よく行う」あるいは「ときどき行う」医師はほとんど全員が神経ブロックをよい治療法と考えている。ほとんど神経ブロックを行っていない医師でも78%は神経ブロックをよい治療法と考えている。勤務形態別では、大学と無床診療所ではほとんど行われていない。医師の年代別では、高齢化とともに行われなくなってい
る。患者側から見た評価では、ブロック療法に対する負担感が強く、ブロック療法を希望する患者は必ずしも多くない(図1)。患者は治療効果の満足度の高い治療法よりも理学療法、湿布、飲み薬等の負担感が少ない治療を希望している(図2)。EBM(evidence based medicine)から見た評価では、有効性の立'証がまだないのが現状である。ただし、腰痛を治療するなら、患者の希望に応じた多様な選択肢の1つとして習得しておくことが望ましい。

3.神経ブロックの治療効果

単に痛みを改善させるのではなく,患者のQOL (quality of life)の向上を目指すのが神経ブロックの治療の目的である。椎間関節ブロック、硬膜外ブロック、および局所注入は、有効,無効と判定できるほどの根拠はまだ得られていない(表1)。椎間板ヘルニアに対する硬膜外ブロックは、疼痛を速やかに改善させ、QOLを改善させるが、1年後は対照群と同じという報告がある。硬膜外ステロイド注入の効果に関しては、局麻薬の有無とは関係なく坐骨神経痛を伴う急性腰痛に有効である。また,椎間板ヘルニアに対しては短期的には効果があるが、機能改善や手術減少にはつながらないと報告されている。

われわれの椎間板ヘルニアに対するブロック療法の前向き研究では、以下のような結果が得られている。ブロック群(硬膜外、神経根)と非ブロック群の治療効果を比較すると、ブロック後6ヵ月では、ブロック群のほうが非ブロック群よりも治療効果が高いが、2年以上では差がない。神経根ブロックによる手術の頻度は減少しない。症状が軽快または消失するまでの期間はブロックで減少する。すなわち、ブロック群では,QOLの向上が期待できる。狭窄を呈している症例ではブロックが無効である症例が多い。ステロイド併用の有効性に関する比較臨床試験では、1週間、1ヵ月、3ヵ月の時点ですべての評価項目で治療効果に差がない。脊柱管狭窄に対するわれわれのブロック療法の治療効果に関する後ろ向き研究では、改善例は脊椎症が多く、65歳以上に多いことと,悪化例は、不安定性を有している変性すべり症に多いことが示唆される。馬尾障害に対する交感神経節ブロックにより24%で手術が回避されており、罹病期間の短い症例では有効率が高い。

4.新しい腰痛概念からみたブロック療法

第1に、不安の除去が治療成績や満足度向上の鍵であることに留意する必要がある。すなわち、医療従事者の積極的な対応(指導、共感、励ましなど)が治療成績を向上させる。第2に、新しい治療成績評価基準を考慮した治療成績評価を取り入れる必要がある。具体的には、患者のQOLや満足度を重視する必要がある。

「疼痛の除去」を目的とするのではなくて、「疼痛の意味」を尋ね、どのような障害があるのかという視点に立った医療が必要である。同時に、患者の価値観を尊重する必要がある。すなわち、病態は同じでも個人により異なる治療の選択が求められる。第3に、プラセボ効果を考慮する必要がある。プラセボ効果は、50%にも達する。手術のような強い介入では70%である。プラセボ効果は信仰によるものでもないし、異常な人に認められる現象でもないことは明らかである。神経ブロックは、このプラセボ効果を利用できる治療法の1つである。

 

以下、略

表1 腰痛治療におけるブロック治療の評価ー英国のガイドラインー

・発痛点と靱帯注射
★急性腰痛に関するエビデンスはほとんどない

・硬膜外ステロイド注射
★★局麻薬の有無とは無関係に,他の治療法と比べて、坐骨神経痛を伴う急性腰痛の短期緩和に効果が高い
★神経根障害を伴わない急性腰痛に対する有効性は証明されていない
★★観血的であり,まれに重篤なリスクをもたらす可能性がある

・椎間関節内注射
★慢性腰痛には無効,急性腰痛に対してはエビデンスなし

加茂整形外科医院