大きな椎間板ヘルニアを手術以外の方法で治療するのは安全か?

Is It Safe to Treat Massive Disc Herniations Nonoperatively?


大きな椎間板ヘルニアが存在すれば椎間板手術の適応と判断してよいのであろうか?南カリフォルニアの研究者らによれば、答えは『No』である。

Michael S.Sinel博士らは、「椎間板の大きさのみを、手術適応か否かの判断材料とすべきではありません。我々は、臨床的症状のある大きな腰椎椎間板ヘルニアの大部分は、馬尾症候群のような絶対的な手術適応でなければ、保存療法でもよいと考えています」と報告している(Sinel et
al.,1999)。

共同著者のTed Goldstein博士は、「椎間板ヘルニアの大きさのみでは、(治療成績を)はっきりとは予測できません。医師は、患者を治療するのであって、MRIの所見を治療するのではないのですから」とっけ加えている。

本研究は米国整形外科学会(AAOS: the American Academy of Orthopaedic Surgeons)の最近
の年次総会で発表されたが、これを聞いたGunnar B.J.Andersson博士は、大きな椎間板突出または遊離脱出したヘルニアの存在は、絶対的な手術適応ではないという結論に賛成の意思を表した。しかしながら、彼の臨床経験から言えば、大きなヘルニアをもつ患者の多くは、持続的
で強い疼痛があるため、手術を選択するであろうと述べた。もし、患者が症状の好転を待っていれば、最終的にはヘルニア塊は小さくなるであろうが、大きな内包性の椎間板ヘルニアが再吸収される可能性については、確信はないと彼は述べている。

救急手術の対象となるのは?

脊椎専門医の間には、馬尾症候群(腸・膀胱機能障害があり神経的に緊急性を示す状態)は、手術の絶対適応であるという普遍的な合意がある。進行性の神経学的症状の悪化も同様に手術適応とすべきであるとのコンセンサスもある。

しかし、椎間板ヘルニアの大きさや種類に関してはどうだろうか?外科医は何十年もの間、たとえ無症候性であっても神経学的障害を引き起こす懸念があるという理由で、突出・遊離脱出ヘルレニアを切除してきた。しかし、最新の画像診断法による研究では、実際には突出・遊離脱出ヘ
ルニアは、(様々な理由のために)内包性のヘルニアよりも再吸収されやすいらしいことが実証された。

また、突出・遊離脱出ヘルニアの臨床経過は、一般的に他のタイプの椎間板ヘルニアと同様に良好であることも研究で明らかにされている。患者が、症状の好転を待てば、通常は回復する。よって、突出・遊離脱出ヘルニアの存在だけでは、もはや手術適応とはいえない。

大きなヘルニアの場合は?

大きな椎間板ヘルニアの場合はどうだろうか?MRIで認められる大きな椎間板ヘルニアはそれを見ただけで、しばしば臨床医や患者を不安に陥れ、手術室へと向かわせる。しかしながら、大きな椎間板ヘルニアの予後が不良であることを裏付ける科学的根拠はない。

最近、Sinel博士らは、大きな(前後径が7mmを超える)椎間板ヘルニアを有する患者20例(男性9例、女性11例;30〜68歳)でMRIを実施した。全て症状を伴っており、何人かの患者では運動麻輝または知覚障害、あるいは両者が発現していた。いずれの患者でも、馬尾症候群あるいは著しい運動麻痺の徴候はなかった。

博士は「全ての患者に、活動制限、理学療法、非ステロイド性抗炎症薬、コルセット、経口低用量ステロイド、硬膜外ステロイド注射を併用して、保存療法を行いました」と述べている。全ての患者に、初回撮像時と経過観察時にMRIを行い、2回の撮像時の間隔は最短で6ヵ月間であった。画像は、筋・骨格系専門の放射線科医師2名により盲検下で読影された。

椎間板突出部の大きさは前後径では平均で、初回撮像時8.95mm、経過観察時3.35mm(O〜10mmの範囲)であった。Sinel博士らによれば、「これは、初回撮像時から経過観察時までの間に椎間板ヘルニアの大きさが62.6%減少したことを示しています」と述べている。左右径における平均の大きさは40%減少した。頭尾径における椎間板ヘルニアの平均の大きさは48.6%減少した。

博士は、ヘルニア対脊柱管の比の測定も行った。脊柱管の大きさの平均は、前後径で18.15mm、左右径では28.5mmであった。前後径におけるヘルニア対脊柱管の比の平均は、
初回MRIのO.493から経過観察時には0,185に低下した。「これは、初回撮像時と経過観察時の間に、ヘルニア対脊柱管の比が62.5%減少したことを示しています」と述べている。

この研究では、大きな椎間板ヘルニアを有する患者数が少なかったため、どのような因子が予後に影響するめかは明らかにされていない。Sinel博士らは、断片の位置、水分含有率、脊柱管の大きさ、ヘルニア対脊柱管の比、患者の治療成績に関するほかの因子の役割について検討を続行中である。

Goldstein博士は、研究対象となった患者のうち数人は、椎間板ヘルニアの大きさについて非常に不安を持っていた点を指摘し、「彼らは不安を持っており、手術を受ける覚悟でいました」と述べている。彼は、大きな椎間板ヘルニアの患者に対して一連の保存療法開始する際には、臨床
医は疼痛管理だけでなく、患者を安心させることが大切だとしている。

Sinel博士らは、「我々の結果は、大きな椎間板突出のほとんどは、小さくなることを示しています。したがって、椎間板の大きさのみがどの患者が手術を受けるべきかを決定する因子とはいえません」と結論づけている。

このような小規模な症例研究では、大きな非内包性の椎間板ヘルニアの臨床経過について決定的証言はできない。しかし、少なくともこの種の椎間板ヘルニアを有する患者の一部は、保存療法でうまくいくことを示しているのは明らかである。

一方、大きな椎間板ヘルニアがあり、神経根の圧迫や明らかな坐骨神経痛があり、適切な一連の保存療法が無効であった患者は、椎間板手術の候補者としては最適かもしれない。V.Schade博士らによる最近の研究で、椎間板ヘルニアの形態学的所見が手術後の治療成績と関係あることが明らかになった。“患者に、腰痛を伴わない神経根症の明確な徴候があり、症状を惹起している神経根の圧迫を伴う大きな椎間板ヘルニアがMRIで認められる場合、良好な結果が得られる可能性が高い(Schade et al.,1999)”。しかしながら、椎間板の形態学的所見と疼痛との間に明らかな相関が認められる場合でも、慢性の腰部愁訴の発現と慢性化においては、心理社会学的因子が大きな役割を果たしている。従って、たとえ明らかに大きな椎間板ヘルニアがあり神経根の圧迫がある場合でも、臨床的判断は、画像診断における椎間板ヘルニアの所見ではなく、その患者個人に基づいてなされるべきである。


参考文献:


Schade V et al., The impact of clinical; morphological, psychosocial, and workrelated factors on the outcome of lumbar discectomy, Pain, 1999; 80: 239-49. 

Sinel T et al., Conservative management of larger lumbar disc extrusions treated conservatively: An MRI Study, presented at the annual meeting of the American Academy of Orthopaedic Surgeons. Anaheim, 1999; as yet unpublished. 


The BackLetter 1999・14 (5) :51 , 52 . 

加茂整形外科医院