脊椎治療の仮定に疑問を投じた、メーン州の研究

Maine Study Challenges Major Assumptions About Spine Care


ポストンとパリの2人の外科医が、同じような患者に、同じような技術を用いて、椎間板手術を実施した場合、結果は同じだろうか?ボストンとニューヨークの2人の外科医ではどうだろうか?メーン州の2人の外科医では?意外な答えが出るかもしれない。

1999年の最も挑発的な脊椎研究の1つは新聞にあまり大きく取り上げられなかった。それは新規の診断技術を提示したものでもなければ、奇跡的な治癒を約束するものでもなかった。しかし、この研究は脊椎治療に関する中心的仮定(訳者注:誰もが疑がっていない合意事項)に異議を申し立て、専門医が治療方法を大きく変えるよう勧めている

この研究で、メーン州の中でも手術実施率の高い地域では、手術実施率の低い地域よりも治療成績が劣ることが明らかにされた。なぜか。手術実施率の低い地域の外科医は、脊椎手術に関してより厳しい選択基準を適用したためと思われた。

それにもかかわらず、これらの地域の外科医は彼らの治療方法が異なっている点に気づいていないようであった。「今回の研究結果を発表するまで、[メーン州の]3地域のそれぞれの外科医は、同様の適応のある患者の手術を行い、同様の治療成績が得られていると考えていました」と,Robert B.Keller博士らは述べている。(Keller et al.,1999)。

従来の仮定は疑わしい

臨床医が患者に最適な治療を行おうとするならば、熟練したテクニックをもち、科学的根拠に精通しているだけではいけない。自分自身の診療パターンや患者の治療成績についても注意深く検討しなければならない。

「我々の研究は、個々の医師が自分の治療結果が同輩の医師と同じであるとか、文献中の知見または勧告と同じであるだろうと仮定することはできないことを示しています。彼らが参加した研究の知見でさえ、患者を登録したすべての外科医に等しく適用することはできません」と、Keller博士らは主張する。

「我々はすべての外科医に自己評価のプロセスに参加することを推奨します。できれば、集団べースの手術実施率の分析を含むものが望ましいでしょう」と、Keller博士は言う。幸いにも脊椎手術に関して,質の高い統計学的評価を実施するための手段と方法は整っている。

つの地域の研究

以前の研究から、脊椎手術の実施率は、国によって、地域によって、そして市町村によって、大きな差があることが認められている。外科治療が多様であることについて考えられる原因を同定するために、Keller博士らは、メーン州の3地域における手術実施率および手術結果を比較した。

博士らはメーン州腰椎研究の被験者について調査した。これは進行中のプロスペクティブコホート研究で、坐骨神経痛または脊柱管狭窄のために予定された手術を受けた患者655例の治療成績を追跡している。研究者らは、これらの被験者の治療成績を、手術以外の方法で治療を受けた被験者群の治療成績と比較した。この研究では、これらの地域の坐骨神経痛および脊柱管狭窄の手術結果が一般的に非常に好ましかったことが示されており、広範囲にわたってよく知られている。

この研究に参加した外科医は,メーン州の5つの市町村に住んでいた。Keller博士らは、これらの5地域のそれぞれについて、腰椎の椎間板切除術(坐骨神経痛の治療のため)と除圧術椎弓切除術(脊柱管狭窄の治療のため)の実施率を算出した。5地域のうちの3地域で、治療成績の分析が可能な十分な患者数を有していることがわかった。

3つの脊椎手術実施地域のうち、地域Aの脊椎手術実施率は州平均をかなり下回っていた(ー16ーー38%)のに対し、地域Bと地域Cでは州平均を上回っていた(それぞれ21-26%、および29-72%)。

3地域を総合すると、メーン州腰椎研究の被験者のうち外科医が手術を実施したのは279例であった。手術テクニックはこれら3地域で同様であった。

治療成績は、手術実施率と相関

治療成績のパターンは意味深いものだった。「一般的に最も手術実施率の高い地域(地域C)で手術を受けた患者は、最も実施率の低い地域(地域A)の患者よりも治療成績が劣っていました。手術実施率がその中間であった地域の患者は、評価した治療成績のほとんどが、他の2地域の中間に位置しました」と、Keller博士らは述べた。

2ー4年の治療成績データによれば、疼痛緩和および機能的改善のレベルは3地域でかなり異なっていた。治療成績は脊椎手術実施率の最も低い地域において最も良好であった。

「たとえば、下肢痛が非常に改善したと評価したのは、地域A[手術実施率の最も低い地域]の72例の79%、地域Bの128例の74%、および地域C[手術実施率の最も高い地域]の30例の60%でした」と、博士らは述べている。手術実施率の最も低い地域では、活動障害およびQOLに関してもより大きな改善が認められた。

同じく患者の満足度についても3地域で差があった。「手術実施率が最も低い地域(地域A)の患者は自分の治療に最も満足しており、手術実施率の最も高い地域(地域C)の患者は自分の治療に最も満足しておらず、地域Bの患者は他の2地域の中間の満足度でした」と、Keller博士らは述べた。

手術が減れば、治療成績は改善するのだろうか?

共同著者であるUniversity of WashingtonのRichard A. Deyo博士は、手術実施率の高い地域では手術による利益はない、と断言することはできないと指摘する。しかしながら、これらの地域の外科医は、手術をするためにクリアしなければならない条件を厳しくすることで、つまり、かろうじて手術適応となる患者には手術を行わないことによって、治療成績および患者の満足度を改善できたと思われる。

実際、手術実施率の高い地域の外科医は、これらの知見を非常によく受け入れており、患者の治療成績を改善するために努力している。この研究における治療のほとんどはMODEMSプログラムを利用する結果評価プログラムに関与しており、このプログラムは妥当なデータをフィードバックして、継続的な質の向上の機会を提供している。

この結果は一般化できるか?

この研究から、他の手術実施率の高い地域でも手術結果があまり好ましくないのではないかという疑いが生じた。しかしながら、そのとおりだという保証はない。「我々の知見は必ずしも一般化できるとは限りません。

知見を確認するための唯一の方法は、他の研究者が我々がしたようにやってみることです。それが本質的に我々の推奨するところです。すべては、自分自身の診療パターンと治療成績に関する情報を必要とするというところに戻ってくるのです」と、Keller博士は言う。

外科医をはじめとする脊椎専門医は、精巧な評価プログラムによって治療成績を追跡することが重要である。「評価研究はできる限り厳密に実施されるべきです」と、Keller博士は言う。幸いにもMODEMSプログラム(北米脊椎学会、米国整形外科学会、および他の専門学会を通じて利用可能である)をはじめとするさまざまなプログラムが利用可能である。

治療成績の評価結果は注意深く解釈する必要がある。「統計学的な有意性に達することは難しいかもしれません。外科医がMODEMSのようなプログラムを使用すれば、その結果が有意なのか、それとも単にそのような傾向があるだけなのかを知ることができるでしょう。いずれのレベルのデータも役に立ちますが利用方法は異なります」と、Keller博士は言う。

ほとんどの脊椎外科医は、手術結果について統計学的に有意な結果に到達するのに手術件数を増やすよう努カしている。「我々の論文でそのことを示しています」と、博士は言う。

外科医が、自分自身の手術実施率を、地域および地方の手術実施率と比較することも重要である。しかしながら、常に手術実施率を知ることのできる地域はそれほど多くないので、これにはもっと多くの難問がつきまとう。

米国内の多くの著名な脊椎クリニックは、すでに診療パターンを検討し、治療成績を追跡する必要性を認めている。Emory大学脊椎センターのディレクターであるScott Boden博士は、外科医は効カ(efficacy)研究の結果または同輩医師の結果と常に対等でいられると簡単に思い込むべきではない、というKeller博士の意見に同感である。彼は、自分のところの外科医全員に、治療成績の評価プログラムに参加することを勧めている。

外科医が治療成績を監視しても役に立たない、誤解を招きかねない結果が出るのではないかと懸念する声も聞かれる。外科医が自分自身の行った結果を監視するという考えに対して。スウェーデンの脊椎外科医Alf Nachemson博士は、当初、懐疑的であった。「バイアスが生じる可能性があります」と、彼は述べた。

しかしながら、Nachemson博士は、有効性の確認された治療成績調査方法を用いて、外科医が自分の患者全員を治療成績の研究に登録し、統計学的に有意な結果が得られ、その結果を正確に報告するのであれぱ、この種の研究を支持すると述べている。しかしながら、治療成績の研究は効力研究の代わりにはならないと強調している。それは手術テクニックについての質の高い無作為研究を補うべきものである。

Keller博士はこれに同意する。「我々は、長い間、効力(efficacy)研究に続いて、有効性(effectiveness)研究を行うべきであると主張してきました。新規の、もしくは既存の技術は、質の高い,地域単位での研究(メーン州の研究がまさしくそうである)によって検討されるべきであると考えます。効力研究の結果を一般化できると仮定することは非常に危険です。そのうえ、我々が示したように、個々の外科医による治療成績は有効性研究の結果とは異なるかもしれません」。

Keller博士は、今なお多くの研究者が有効性(地域単位での治療成績)研究の価値を過小評価していることを強調する。「治療成績についての研究に携わっている我々の多くは、優れた効力研究が利用できる場合であっても、有効性研究を欠くことはできないと依然として固く信じています。さらにうまく設計された有効性に関するコホート研究は,患者による差を理解してコントロールできれば無作為比較研究に非常に近いものとなれるのです」。

参考文献:

Keller RB et al., Relatonship between rates and outcomes of operative treatment for lumbar disc herniation and spinal stenosis, Jounal of Bone and Joint Surgery, 1999, 8 1 -A(6): 752-762.

 
The BackLetter 1999・ 14 12 ・ 133 140 141.

加茂整形外科医院