仙腸関節の機能障害:腰痛の重要な原因なのか、流行遅れの概念か?

Sacroiliac Joint Dysfunction: An Important Source of Low Back Symptoms or an Outmoded Concept?


最新研究によれぱ、23例の腰痛患者に対する仙腸関節固定術の成績は惨憺たるものであった。仙腸関節固定術は、75年前までは腰痛に対する一般的な手術法であり、その後ほとんど見捨てられていたものであるが、本研究を始めとする最近の研究により、再び議論の対象となっている。

この研究は同時に、現在、仙腸関節障害に対する診断が途方もなく不確実であるという問題点も強調した。

筆頭著者のDavid H.Kim医師は米国整形外科学会の年次総会で新たな研究について発表し、「合併症の発現頻度と再手術の頻度が高いことがわかりました」と述べた。「疼痛緩和と機能回復も最善ではなかった。少なくとも我々の経験では、この手術は合併症の発現率が高く、結果は予測できませんでした」(現在、論文未発表)。

脊椎治療において、仙腸関節に起因する障害の診断・治療ほど、議論の多い領域は見当たらないだろう。仙腸関節が腰痛の原因であるという説は、90年間以上にわたりはやりすたりを繰り返してきた。今世紀初めには、腰痛と坐骨神経痛の治療に仙腸関節固定術が盛んに行われていたが、1932年に椎間板手術の出現によって流行は終わりを告げた。

仙腸関節に対する関心が再びブームを起こしているのは、最近、次々と研究が行われていることからも伺える。仙腸関節症候群の概念の支持者はここが腰痛の主な原因であると考えている。

1987年、腰痛患者1,293例に関するレトロスペクティブな研究で、Thomas Bemard医師とWilliam
H.Kirkaldy-Willis医師は、症例の22.5%は仙腸関節症候群が症状の主要な原因であると結論し、治療費の安い様々な保存療法で良好な効果が得られたことを報告した(Clinical Orthopaedics and Related Research,1987;217:266-280.を参照)。

「医師が思っている以上に、仙腸関節症候群が腰痛の原因であることが非常に多いです。診断や治療が誤っていることがしばしばあります」とKim医師は述べた。

しかしながら、懐疑的な研究者は誤った診断や治療を行っているのは仙腸関節症候群の概念の支持者の方だと応酬した。重症の外傷、腫瘍、感染がない状況で、仙腸関節障害を正確に診断することは不可能である。この症候群は、成人の急性腰痛に関する最近の米国医療政策研究局のガイドラインでは言及すらされていない。症状の原因部位として仙腸関節を完全に除外することはできないが、科学的に妥当性が証明された仙腸関節障害の診断法はないと、Alf Nachemson医師は最近の論文で指摘している(Clinical Orthopaedics and Related Research, 1992;279:8-20.を参照)。

仙腸関節が腰痛の原因部位であろうと信じる研究者でさえ、仙腸関節痛の有病率が確認できないことを認めている。「数多くの臨床検査法があるにもかかわらず、仙腸関節痛の真の有病率は不明で、確立した基準に対して妥当性が証明されたものは1つもありません」と、Anthony C.
Schwarzer医師らは述べている(Spine,1995;20(1):31-37.を参照)。

理学的検査法の診断精度は不明

仙腸関節障害の理学的検査法について言うと、触診と疼痛誘発試験の診断の正確度は不明である。NZRPのMark Laslett氏らによる仙腸関節痛の疼痛誘発試験に関する最近の研究では、5種類の疼痛誘発試験において、試験者間の信頼性が確認された。けれども、Laslett氏らはこれ
らの試験の特異性と感度は不明で、健常者と腰痛患者集団の陽性率と陰性率も明らかではないと指摘した(Spine,1994;19(11):1243-1249.を参照)。

残念なことに、仙腸関節障害の診断の正確度を測定するための絶対的標準(gold standard)はない。一般的には、確認試験として麻酔注射が用いられているが、ブロック注射で疼痛の所在を仙腸関節に特定できるかどうかは、いまだ確かではない。

最近、Schwarzer医師らは43例の患者に麻酔ブロックを用いて仙腸関節痛の有無を確認した。注射後、30%の患者に「満足できる緩和」が認められた。彼らは、仙腸関節が疼痛の重要な原因部位であり、さらに検討すべきだと結論した。

しかしながら、彼らはブロック注射の対照試験を行っていない。診断のためのブロック注射で最大30%の患者がプラセボに反応を示すことが、注射に関する他の研究から報告されている。注射が絶対的標準になるためには、より厳密な研究が必要であろう。

不確実な背景

このような不確実な背景に対して、Kim医師らは新規研究を実施し、5年間に当科で仙腸関節固定術を行った35例のうち、23例のカルテと画像所見を評価したのち追跡調査した。

対象者は男性4例、女性17例で、平均年齢は38歳く24〜68歳)であった。

仙腸関節症候群の診断は、臨床所見と病歴をもとに、CTガイド下での麻酔注射で確認した。患者は全て仙腸関節領域に疼痛があり、理学的負荷試験が陽性であった。

手術前の画像スキャンは半数の患者では正常であった。3例はX線像で変性所見が確認された。4例は骨盤骨折に関連したものであった。

注射による診断検査で、23例の患者全員に70%以上の疼痛緩和がみられた。23例中20例は注射後数時間の間、疼痛が完全に消失した。

大部分の患者は、前方アプローチの仙腸関節固定術を受けていた。全員、自家骨移植が行われた。患者の17例は固定の補強にTerrayプレートとネジを使用していた。1例では圧迫ネジを用いた仙腸関節固定術を受けていた。3例ではインストルメントを使用しない仙腸関節固定術を
行っていた。

落胆する結果

結果は期待はずれであった。平均31ヵ月の経過観察で、excellentが13%、goodが30%、fairが17%、poorが39%であった。平均疼痛緩和スコア(全く緩和なし:O、完全な消失::10として、O〜1Oのスケールで判定)は4にとどまった。経過観察の時点で約半数の患者は働いていなかった。

合併症が高頻度で発現した。手術の結果、下垂足が2例、RSDが2例、外側大腿皮神経損傷が5例、深部感染症が1例、表層感染症が2例みられた。11例は1回以上の再手術を必要とした。

「手術が有益でなかったと思われる患者は約半数いました」とKim医師は述べた。臨床結果と固定状態との相関はほとんどないと思われた。

「本研究には限界がありますが、疼痛の原因に関する疑間を提起しています」と、Kim医師は注目した。「我々の患者は、術前の注射では全員、効果がみられていましたが、固定術の成績は一様ではありませんでした」。

仙腸関節障害に関する診断が不確実なために、これらの結果の解釈は非常に難しいといえる。これらの患者が本当に「仙腸関節症候群」であったのか?使用した診断方法で正確な結果が得られたのか?診断は正確であっても、治療が不適当だったのか?仙腸関節固定術は、構造上の不安定性がみられない状態の疼痛に対して適切な処置といえるのか?あるいは、これらの患者は、平均3年程度の腰痛を治すために集中的な集学的リハビリテーションを必要とする、単なる訴訟好きの慢性腰痛患者なのか?

手術選択に誤り?

外科医のVert Mooney医師は、米国整形外科学会のセッションで本研究について論評した。彼は、これらの結果から仙腸関節固定術が無効.と判断するのは誤りだろうと示唆した。「確かに悲惨な結果でした。しかしながら、私ば手術方法が間違っていたのだと思います」。彼はプレート
やネジを用いた前方アプローチは、『ジグソーパズルのピースをはめるような状況の』外傷性の仙腸関節損傷に最適な術式であると指摘した。そして、他の症例研究では異なる手術法を用いて、70%に達する高い成功率を報告していると述べた。

残念ながら、仙腸関節固定術に関する発表論文はわずかしかない。仙腸関節障害の治療についてのプロスペクティブな臨床比較試験は1つもない。「仙腸関節症候群」の自然経過が不明なので、同等な比較対照群なしに種々の治療方法の成績を評価することはできない。

診断の不確実さゆえ、仙腸関節が腰痛の原因であるという仮説を検証する最もよい方法は、病態から仙腸関節症と診断した患者の臨床結果を注意深く評価することであろう。そのためには、異なる治療方法を比較するプロスペクティブな臨床比較試験、同等な状態での患者の比較、長
期経過観察、独立した立場からの成績評価が必要であろう。これらの試験が完了するまで、仙腸関節症候群に対する大規模な手術はきわめて慎重に患者を選択しなければならない。


TheBackLetter,11(4):37,45.1996.


(加茂)

局所麻酔が効いたからといって、なぜ関節を固定しなければいけないのか。そこの理論がない。局所麻酔が行き渡った部分のポリモーダル受容器が発痛物質に感作しなくなったのだ。発痛物質が放出される理由は構造の問題ではありません。

加茂整形外科医院