線維筋痛症の実態調査に基づいた疾患概念の確立に関する研究

線維筋痛症に対する心身医学専門医の意識調査から

分担研究者 村上正人1)2) 共同研究者 松野俊夫2)、小池一喜3)

日本大学医学部内科学講座内科1)日本大学板橋病院心療内科2)日本大学歯学部口腔診断科3)

平成16年度厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)分担研究報告書


研究要旨

線維筋痛症はその病態形成に多くの心理社会的要因を抱えているため、その診断と治療には心身医学的な視点が必須である。今回、日本心身医学会の認定医199名を対象に線維筋痛症についての認識度、知識、診断、治療の実態について調査を行った結果、FMSの認識度は約70%、疾患概念を認める医師は55%と比較的高く、心身医学専門医の間に理解が広まりつつあることが示された。しかし実際に診療したことのある医師は29%と少なく、診断や痛み、不定愁訴の対策に苦慮している様子がうかがわれた。またFMSをリウマチ性疾患とする考え方以外に身体表現性障害や心身症の概念に近い病態として認識している医師も多く、薬物療法としてSSRI ,SNRIなどの抗うつ薬を第一選択とし、心理療法の重要性を考慮する心身医学専門医の立場が明らかになった。一方FMS患者の診療を積極的に受け入れるとする施設は21%にとどまっており、心身医学専門医のさらなる取り組みが今後の課題と思われた。

A.研究目的

線維筋痛症候群(Fibromyalgia Syndrome、以下FMS)は、米国リウマチ学会によって概念化された疾患で、長期間持続する全身の疼痛とこわばりを主徴とするが、その激しい疼痛のためにほとんど臥床、あるいはひきこもりの状態に陥っており、その症状の多様性のためにリウマチ科、整形外科、神経内科など複数の医療機関を転々としているケースが多い。しかしFMSの発症、経過については心理社会的要因が多いため別名「心因性リウマチ」とさえ呼ばれることもあり、症状や成因の多様性ゆえに我が国ではどの領域の専門家が診療を行うか、明確なコンセンサスも得られていない。また病態についての疾患特異的な臨床検査所見が得られにくいところから、我国においては診断、治療について真剣に検討されていないのが実情である。今回の研究ではFMSの診療に関与することの多い心身医学領域の専門医の意識調査を行い、FMSに対する認識度、知識、診断、治療の実態を検討し、わが国におけるFMS診療の方向性を探ることにある。


D.考察

日本におけるFMSは決して稀な疾患ではなく、医療者側にFMSに対する知識と診る目があれば
もっと診断される症例も多いと思われる。現実には多くの患者がFMSと診断されずに的確な治療もなされないまま苦悩している現状がある。精神科や心療内科の医師の間では、FMSと身体表現性障害やうつ病を背景とする痛み・不定愁訴との異同についてはいまだに議論の多いテーマである。また一般科の医師のみならずリウマチ科の専門医の中にもFMSの病態概念そのものに疑問を抱いている医師は少なくない。

この背景には慢性疼痛という病態が多因子的であることと関係がある。人間が訴える疼痛には明らかな器質的な傷害刺激要因が認められるものから、心理的要因が大きく関与するものまで、さまざまな要因が深くかかわり疼痛の評価は難しい。疼痛は末梢に生じた侵害刺激がそのまま大脳で認知されるわけではなく、交感神経系の興奮や緊張など自律神経系の機能的変化、痛みに対する精神的とらわれやこだわり、睡眠不足や心身の疲労度、など多くの要因が関与しているため、理学的な所見と自覚的な痛みが一致しない事が多い。

我々は過去の研究でFMSの慢性疼痛には背景に何らかの身体的外傷や過重な負荷を受けた体験があることを報告した。そこに不安、恐怖、強迫、抑うつ、悲哀、怒りなどの心理社会的ストレスや身体的な疲労、心理的な疲労が加わり、心身の疲弊状態から慢性的な疼痛、多くの不定愁訴、自律神経症状などが発展してくると考えている。また患者の痛みや疲労の自覚度、ストレス度、疲労感などの自覚的心身反応とセロトニン、ノルアドレナリンなどの生理学的指標との相関を観察し、各指標間の相関をみている。

FMSの患者が訴える極度の関節周辺部や筋肉の痛みは通常の鎮痛薬や理学療法ではなかなか改善されず治療に難渋することが多い。しかし3環系抗うつ薬やSSRI,SNRIなどの抗うつ薬、あるいはクロナゼパムなどの抗けいれん薬が有効なことががあることから、ノルアドレナリン・セロトニンを介する下降性療痛抑制系の機能異常や筋・血管系の収縮、血流異常などのメカニズムが考えられている。

このFMSの多様性を理解しながら全人的に病態をとらえ,薬物療法,理学療法,心理療法などを組み合わせながらより有効な治療法の開発へとつなげてゆく必要があると思われる。

E.結論

心身医学認定医のFMSに対する意識調査を行い、認識度が高まりつつある傾向が認められた。FMSを心身医学的にとらえる必要性は多くの医師が認識しているが、いまだ病態の解明が不充分であり、その具体的な診断法、治療法についてのコンセンサスも得られていないため、積極的な取り組みを控えている現状も理解できた。今後、心身医学の専門医が治療の主たる担い手の一員となる可能性も考え、今後の検討が必要と思われた。

G.研究発表

1.学会発表

1)Murakami,M, Matsuno,T, Koike,K, Katsura,T, Horie,T: Psychological and Physical Exhausion of the Patients with Fibromyalgia Syndrome,:17th Wor1ld Congress on Psycosomatic Medicine(Hawaii2003.8.27)

2)村上正人:線維筋痛症の心身相関について第18回日本臨床リウマチ学会シンポジウム(札幌2003.1O.2)

加茂整形外科医院