慢性疼痛に対する各種抗うつ薬の治療について

水野樹 有田英子 花岡一雄(東京大学大学院医学系研究科外科学専攻生体管理医学講座麻酔学)

Pain Clinic Vol.26 No.4 (2005.4)


<質問>

慢性疼痛に対する三環系抗うつ薬(TCA)の有効性が従来より知られています。近年、相次いで発売された選択的セロトニン再取込み阻害薬(SSRI)、セロトニン・ノルアドレナリン再取込み阻害薬(SNRI)も含め、抗うつ薬の慢性疼痛に対する有効性およぴ作用機序、副作用について教えてください。

<回答>

慢性疼痛の発生機序や病態生理は複雑で未だあきらかでなく、様々な薬物療法が試みられています。慢性疼痛には抑うつ症状を伴うことが多く、抑うつ症状が遷延して疼痛が修飾されたり、逆に疼痛が抑うつ症状を悪化させることが臨床上しばしば認められることから、持続する灼熱感やしびれなどの異常感覚痛である慢性疼痛に対して抗うつ薬が用いられています。

抗うつ薬の有効な慢性疼痛としては慢性腰痛、整形外科的疾患、がん性疼痛、糖尿病性神経
障害、帯状庖疹後神経痛、頭痛などがあります。通常、抗うつ薬の鎮痛効果の発現は、4〜7日で、抗うつ効果の発現の2週間以上と比較し、より早期に発現します。また、有効投与量についても、抗うつ効果を現すよりも少量で鎮痛効果が得られます。さらに、当初、うつ症状の改善が鎮痛作用をもたらすと考えられていましたが、うつ症状のない患者にも鎮痛作用を発揮することが示されています。

以上から抗うつ薬の鎮痛作用は、抗うつ作用とは別の機序で発揮すると考えられています。抗うつ薬の鎮痛機序としては、神経終末における伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニンなどのモノアミン受容体を強力に阻害することで、再取り込みを抑制し、その結果、シナプス間隙のモノアミン量を増加させることにより、疼痛抑制伝導経路を賦活化することが考えられています。また、中枢神経系のノルアドレナリンやセロトニンの濃度の上昇は、オピオイドの鎮痛効果を増強させることが報告されています。なお、鎮痛強度についてはノルアドレナリンがセロトニンより強いとの報告がみられています。

従来から使用されている三環系抗うつ薬(tricyclic antidepressant:TCA)の鎮痛機序は、主にノルアドレナリンの再取り込み阻害作用ですが、オピオイド受容体への直接作用、NMDA受容体拮抗作用、Na+チャネル遮断作用も示唆されています。近年発売された選択的セロトニン再取り込み阻害薬(Selective Serotonin reuptake inhibitor:SSRI)は、強力なセロトニン再取り込み阻害作用を有し、適応される症状のスペクトラムは広くなっています。しかしながら、一方でSSRIの抗うつ効果、鎮痛効果はTCAと比較し差を認めないとの報告もなされています。セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(Serotonin noradrenaline reuptake inhibitor:SNRI)は、セロトニンとノルアドレナリン両者の再取り込み阻害作用を有するため、より強力な鎮痛作用を有すると考えられています。

副作用として,TCAは、α、β受容体への親和性から心循環器系への影響、ドパミン受容体への親和性から振戦などの錐体外路系副作用の誘発、ヒスタミン受容体への親和性から眠気、過度の鎮静や認知能力の低下、ムスカリン受容体への親和性から口渇、便秘、起立性低血圧などの抗コリン系副作用発症の可能性が高くなります。また、SSRIはこれらの副作用発現の原因となるセロトニン以外の受容体への親和性が低いという薬理特性を持ち、TCAに比較して安全性が高いと考えられています。しかしながら、SSRIも嘔気・嘔吐、胃部不快感などの消化器症状が認められ、また、リチウムや他の抗うつ薬の併用により、セロトニン症候群の副作用を認めることがあるため,抗うつ薬同士の併用には注意が必要です。そしてSNRIは、両者の副作用が起こる可能性があり、特に高齢者への投与には注意が必要となります。

最近、モノアミン受容体の遺伝子多型の存在があきらかになりつつあり、今後、遺伝子多型による抗うつ薬の反応性の違いから、抗うつ薬の適切な選択使用がなされるものと期待されています。

加茂整形外科医院