身体表現性障害の概要 (特集身体表現性障害)

宮岡 等*北里大学教授(精神科)

日医雑誌第134巻第2号2005年5月


はじめに

ケースカンファレンスで研修医に鑑別診断を尋ねたとき,「身体表現性障害」という答えが返って驚くことがあるし,雑誌などにおいてすら「身体表現性障害という診断が付いた」という表現を目にしたことがある。言うまでもなく,身体表現性障害とは,いくつかの疾患をまとめた疾患群に対する呼称である。内科学でいえば「膠原病」程度のまとめ方に相当するのであろうか。個々の疾患の診断さえきちんとできれば,あえて「身体表現性障害」という呼称を覚える必要はない。

かつて内科医は「自律神経失調症」という病名をよく用いていた。身体に明らかな病変を認めないにもかかわらず身体愁訴を訴える患者において,精神面については鑑別診断を十分に考えていないにもかかわらず診断が付いたような気になれるという便利さと心地好さがあったようである。しかしこの病名の安易な使用は,背景にあるうつ病などの精神疾患の鑑別をなおざりにし,時に身体疾患の厳密な鑑別さえ失わせてきた。最近,「身体表現性障害」という呼称をあちらこちらで目にするにつけ,「自律神経失調症」の二の舞になってはいけないと危倶する。

「身体表現性障害」という呼称を,診断基準を厳密に適用せずに用いることは不適切な臨床につながる。一方,「身体表現性障害」を適切に理解すればするほど,あまり臨床で役立つとはいえない用語であると分かる可能性もある。このようなことを考えながら,本稿では,周辺の概念との関係などを含めて概説する。

I.身体表現性障害とは

1.診断基準への登場

「身体表現性障害」という呼称が頻用されるようになったのは,アメリカ精神医学会が出した精神疾患の診断基準であるDSM-III(1980)からである。DSM-IIIは診断を科学的にするという目標の下,それまで精神科医が慣れ親しんできた「神経症」という診断名を廃した。「やっばり精神医学は分からない学問である」と考えられることを恐れずにあえて言えば,この変革が「精神科診断学の進歩であった」と言えるかどうかは,今なお意見が分かれるところであろう。ただ,「神経症の消失の結果として現れたものの1つが身体表現性障害である」という点は身体表現性障害を把握するうえで重要である。

その後,「身体表現性障害」という呼称は,DSM-III-R(1987),DSM-IV(1994)2,DSM-IV-TR(2000)などに引き継がれているし,WHOによる国際疾病分類ではICD-10(1992)に初めて登場した。

2.DSMとICDの記載

DSM-IVには身体表現性障害に含まれる疾患に共通の特徴として,@一般身体疾患を示唆する身体症状が存在するが,一般身体疾患,物質の直接的な作用,または他の精神疾患によっては完全に説明されない,Aその症状は臨床的に著しい苦痛,または社会的,職業的,または他の領域における機能の障害を引き起こす,B身体症状は意図的でないことをあげ,これらの障害を1つの章(身体表現性障害)に集めるのは,病因またはメカニズムを共有していることを想定しているというよりは,むしろ臨床的有用性に基づくものであるとしている。ICD-10にも類似の説明がある。

DSM-IVでは,身体化障害,鑑別不能型身体表現性障害,転換性障害,疼痛性障害,心気症,身体醜形障害,特定不能の身体表現性障害が身体表現性障害に含まれ,ICD-10では,身体化障害,鑑別不能型(分類困難な)身体表現性障害,心気障害,身体表現性自律神経機能不全,持続性身体表現性疼痛障害,他の身体表現性障害,身体表現性障害,特定不能のものが含まれている。

個々の疾患の詳細は他稿で説明されるが,ここに登場する用語について少し補足する。転換性障害とは,随意運動や感覚機能に神経疾患などの身体疾患を示唆する症状を有するが,身体疾患が見出されず,心理的要因が関連していると判断される状態をいう。従来,転換型ヒステリーと診断されていた病態に近い。

DSMやICDなどの診断基準では,病的と判断される状態は,個々の疾患の診断基準のなかに厳密に当てはまるものがなくても,どこかのカテゴリーに含めることになる。そのため「鑑別不能」,「特定不能」,「他の」などという残遺カテゴリーや今後診断が確定するまでの診断保留を意味するかのような呼称が採用されている。

細かい用語の違いはあるが,DSMとICDの主な相違点は,@転換性障害がDSM-IVでは身体表現性障害に含まれるが,ICD-10では別項目に記載される,A身体醜形障害がDSM-IVでは身体表現性障害に含まれるが,ICD-!0では身体表現性障害のなかの心気障害に含まれる,BICD-10で記載されている身体表現性自律神経機能不全がDSM-IVにはないなどであろう。

U.身体表現性障害に含まれるという判断

1.身体表現性障害に含まれる疾患

身体表現性障害は診断名ではないので,「身体表現性障害と診断される」という表現は適切で
ない。身体表現性障害に含まれると判断するためには,DSM-IVやICD-10において前項で取り
上げた疾患のいずれかと診断されることが不可欠である。

2.併存する精神疾患(comorbidity)について

かつての精神疾患の診断学では,統合失調症は躁うつ病,うつ病,神経症の症状を,また躁うつ病,うつ病は神経症の症状を呈しうるという階層構造があった。すなわち統合失調症患者が憂うつ感や不安感を訴えても,うつ病や不安神経症という診断は追加しなかったし,うつ病患者に不安発作がみられても,不安はうつ病の症状であると考えて,診断はうつ病のみとしてきた。しかしICDやDSMなどの診断基準では,複数の精神疾患が合併している(併存;Comorbidity)と認める場合があり,たとえばDSM-IVでは発作性に強い不安感を呈するうつ病患者には大うつ病性障害とパニック障害という診断が併記される。

一方,個々の診断基準が併存するとは判断しない基準を示している疾患もあり,たとえば疼痛性障害(DSM-IV)の診断基準には「疼痛は,気分障害,不安障害,精神病性障害ではうまく説明されないし,性交疼痛症の基準も満たさない」,心気症(DSM-IV)には「そのとらわれは,全般性不安障害,強迫性障害,パニック障害,大うつ病エピソード,分離不安,または他の身体表現性障害ではうまく説明されない」と記載されている。

ICD-10では研究用の診断基準であるDiagnostic Criteria for Research (DCR)にその点が明記されており,身体化障害では「統合失調症とその関連疾患(F20-F29),気分障害(F30-F39),あるいはパニック障害(F41.0)の罹患期間中に起こっているものではないこと」,心気障害では「統合失調症とその関連疾患,気分障害の罹病期間中だけに起こっているものではないこと」という記載がある。このような除外基準は身体表現性障害に含まれる他の疾患でも記載があるため,個々の疾患の診断において十分な注意が必要である。

3.原因のはっきりしない身体愁訴に対する診断

身体表現性障害に含まれる疾患をICDやDSMに従って厳密に診断することは容易でない.。併存する精神疾患まで診断することは難しいし,かといってそれを軽視すれば誤った治療につながる。

精神科以外の医師に最低限記憶しておいてほしいことは,原因のはっきりしない身体愁訴を訴える症例の診断において,統合失調症,あるいはうつ病と診断される可能性がないかという検討だけはきちんとしておく必要があるという点である.原因のはっきりしない身体愁訴がいくらあるにせよ,同時に統合失調症やうつ病と診断されうる症状を有する場合はその治療を優先させる必要がある。

身体表現性障害に関する知識はあるが統合失調症やうつ病の知識が乏しい場合,身体表現性
障害の面ばかり見えて,より治療に緊急性を要する疾患を見落とすことになりかねない。特に若年者では統合失調症,中高年以降の症例ではうつ病と診断されえないかを検討する必要があ
る。

V.身体表現性障害周辺の概念

1.心身症

心身症と診断するには2つの条件を満たす必要がある。第1は,身体疾患の診断が確定していることである。明らかな身体疾患がない場合は心身症と呼ばない。第2は,環境の変化に時間的に一致して,身体症状が変動することであり,たとえば仕事が忙しいときや緊張したとき,身体症状や検査所見が増悪することで判断される。

消化性潰瘍,気管支瑞息,潰瘍性大腸炎などの身体疾患ではこの特徴を有する頻度が高いといわれるが,「気管支喘息は心身症である」という言い方は不適切であり,「この症例の気管支瑞息の状態は心身症と判断される」と言ったほうが適切であろう。また,同じ症例でも,環境が変わるたびに身体症状が増悪する時期と,環境が変わってもほとんど身体症状が変動しない時期を認めることがある。この場合,「この症例の気管支喘息の状態は,この時期には心身症の特徴をもつ」と言えばさらに厳密である。

心身症と,あらゆる疾患は心身両面から治療すべきであるという心身医学の理念とが混同されることがあるが,心身症を上記のように厳密に定義すれば,疼痛性障害などの一部を除いて鑑別が問題になることはない。

2.心気症

日本の精神医学では,身体愁訴に見合うだけの身体的病変がない状態や何らかの身体疾患に
罹患していることを気に掛ける症状を心気症状と呼んできた。また,身体疾患を認めないにもかかわらず罹患していることを確信し,周囲がいかに説得してもその確信が修正されない場合を心気妄想という。

ICD-10の心気障害やDSM-Wの心気症はより狭義であり,身体愁訴を訴える患者のなかでも特に「何か重大な病気にかかっているのではないか」という考えに強固にとらわれている場合を取り上げている。

典型的な例では,「自分が癌ではないか」という考えにとらわれ,執拗に検査を求める。適切な検査と医学的判断のもと「問題がない」と説明されても,「癌ではないか」という不安が続く。このとらわれに関連して患者は痛みやしびれなどの身体愁訴を訴えることもあるが,患者の関心の中心はこれらの症状よりも,癌などの重篤な病気にかかっているのではないかという心配に向いている。

日本で従来言われてきた心気症にICD-10やDSM-Wを適用すれば,多くは身体表現性障害に含まれるいずれかの疾患と診断されると考えてよい。

3.自律神経失調症

内科を中心とする身体科において,さまざまな身体症状を訴えるが,それを説明するだけの身体病変がない病態に対して用いられることが多かった。自律神経という身体面の異常とも聞こえる呼称のため,安易に用いられてきたのかもしれない。

筆者は,第1に自律神経症状がはっきり認められるわけではないため,第2に診断としてこの用語を用いることでかえって統合失調症やうつ病の発見が遅れる可能性があるため,この用語は用いないほうがよいと考えている。明確な診断基準があるわけではないため,このなかには身体表現性障害に含まれるいずれかの疾患だけでなく,統合失調症やうつ病まで含まれてきた可能性がある。

4.慢性疲労症候群と線維筋痛症

以前,アメリカの有名ペインクリニックの看護師に会う機会があり,「まだまだ診断基準も曖昧に思える線維筋痛症という病名を,なぜあなたたちは積極的に使うのか」と尋ねた。彼女から即座に返ってきた答えは「精神疾患では保険が下りないから」であった。慢性疲労症侯群と線維筋痛症をここで取り上げるのは議論も出よう。

精神医学は身体疾患で説明されると積極的な議論を挑まない傾向があるが,両疾患とも精神
医学からみると精神疾患との合併や鑑別に関する研究が少ないわりに臨床に広まったような印
象を受ける。今後,精神医学からの厳密な検討が不可欠である。

W.身体表現性障害に含まれる疾患への基本的対応

疾患ごとに治療方法に微妙な違いがあるし,併存する精神疾患の診断も治療方針の決定や転
帰の予測にきわめて重要である。以下に,身体各科の医師に知っておいてほしい身体表現性障
害に含まれる各疾患における治療の最大公約数的な部分を述べる。

1.身体症状に関する説明

身体医は当然ながら,患者の訴える身体症状に対して,@現時点での身体医学からみた診断,
A今後の検査の必要性,B症状の原因として考えられること,C考えられる治療などを説明す
る。身体病変は全くないのか,軽度には認めるが患者の愁訴がそれに見合わないほど著しいの
か,なども説明に加える。

心理的問題に関する説明は,身体医の精神医学に関する知識量に準じて行う。実際の臨床で
は,「身体に異常がない」ことのみを根拠に,素人的知識で「精神的なもの」とか「自律神経失調症」などと安易に患者に告げる身体医が少なくない。身体表現性障害に含まれる疾患では,発症機序にまだ不明な点が多いため,説明は精神的な問題が関係している可能性があるという程度にとどめたほうがよい。不適切な説明は,その後の治療をかえって難しくする。

2.身体症状に関する与薬や処置

内科であれば,原因のはっきりしない痛みに対して鎮痛薬を用いることがある。また,身体病変との因果関係がはっきりしない愁訴に対して,診断的治療の意味も含めて外科的処置が施行されることもある。これには,身体の異常所見によって自分の症状を説明し,治療を試みてくれるような医師を患者が評価するような傾向があることも関係するのかもしれない。

身体表現性障害でみられる身体症状に対する与薬や処置がすべて否定されるわけではない
が,実施する場合はその意義を正確に説明して十分なインフォームドコンセントを得る。不適切な説明のもとで身体への治療が実施され,症状が改善しなかったとの理由で精神科治療を求められることがあるが,治療は著しく困難である。

3.環境調整

精神療法として特に有用性が認められているものはない。身体症状や日常生活の差し当たり
の悩みを聞くのはよいが,性格や深い精神面の葛藤にはあまり触れないほうがよい。むしろ詳
細に生活状況を問診し,対人関係,社会的・職業的環境と身体症状との問に関連が見出される
ようであれば,そのような環境をできるだけ避けるように勧める。

4.薬物療法

不安感や憂うつ感が強い場合は抗不安薬や抗うつ薬を用いる.特に疼痛性障害では抗うつ薬
が疼痛緩和にしばしば有効である。
しかし,薬剤の副作用が新たな身体愁訴となることもある
ため,副作用に関する説明が大切である。常用量よりも少量から開始したほうがよい。適応外
使用になりやすい点にも注意する。

選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)の発売などによって身体医が治療できる精神疾
患の範囲が広がったかのように言われることがあるが,不適切な使用に出会う機会も多い。製
薬メーカーの宣伝文句に惑わされず,自ら先行研究の結果を確かめて用いるか,専門医に相談
することが求められる。

5.専門家間の紹介と連携

身体表現性障害に含まれる疾患では心身両面に問題があり,また,しばしば複数の身体症状
を有するため,各専門家間の連携が不可欠である。複数の医師が関係した場合,各医師間の説
明の微妙な違いがかえって患者の不安を高め,身体症状の遷延につながることもある。担当す
る医師は十分な連携をとらねばならない。

精神科医に紹介する場合に重要な点は,「身体医の専門外のことを他の専門医に相談する過
程である。身体科でも引き続き並行して経過をみる。紹介先の精神科医とは連絡がとりやすい。
憂うつ感や不安感が身体症状を増悪させうる」などを患者に十分説明することである。特に身
体科の医師が「あとは精神科医に任せたから」と患者に告げ,自ら専門家間の連携を絶つことは
医学的に誤った判断であるし,その後の治療阻害要因ともなる。

身体表現性障害に含まれる疾患では,精神科医に紹介しても,精神医学がきわめて有効性の
高い治療法をもっているわけではないし,治療中の脱落も多い。したがって身体医が精神面に
ある程度の配慮をしながら経過をみるほうがよいという考えもある。

紹介先は精神科,心療内科のいずれにしたらよいかと質問されることがある。精神症状への対応を求めての専門家紹介であるから,精神症状がいくら重症になっても対応できる医師にすべきであろう。精神症状が重症になったとき,紹介先施設がさらに別の施設に紹介することになると患者の精神面への負担が大きい。筆者は心療内科よりは精神科,精神科のなかでも精神保健指定医の在籍する施設への紹介が好ましいと考えている。そのなかでさらに身体科の医師と良好な連携のとれる精神科医ということになると,適切な精神科医を見つけることはそれなりに難しい作業かもしれない。内科のなかで心身医学を専門にする医師が近くにいれば,専門医への紹介の前段階として相談するのは有意義であろう。

おわりに

身体表現性障害について概説した。

  1. 身体表現性障害はいくつかの疾患をまとめた呼称であり,診断名ではない。

  2. 身体表現性障害には身体化障害,疼痛性 障害,心気障害,身体醜形障害,身体表現性自律神経機能不全などが含まれる。

  3. 臨床では身体表現性障害のなかのどの疾 患であるかを診断することが重要であ る。

  4. 身体表現性障害に含まれる疾患の診断で は併存する精神疾患の診断が重要であ る。

  5. 身体表現性障害に含まれる疾患への基本 的対応として,身体症状に関する説明,身 体症状に関する与薬や処置,環境調整,薬 物療法,専門家問の紹介と連携などに適 切な配慮が求められる。


文献:

1 ) American Psychiatric Association : Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders . 3 rd ed , APA , Washington D.C., 1980. 

2) American Psychiatric Association : Diagnostic and Statistical Manual of Mental Disorders . 4th ed , APA , Washington D.C., 1994. 

3) World Health Organization : The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders : Clinical Descriptions and Diagnostic Guidelines. World Health Organization, 1992. 

4) World Health Organization : The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders : Diagnostic criteria for research . World Health Organization, 1993. 

5)宮岡等:心気症状の見方と対応.内科医のための精神症状の見方と対応,医学書院,東京, 1995; 65-75.

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