身体表現性障害の治療ー精神療法的アプローチ (特集身体表現性障害)

白波瀬丈一郎*慶応義塾大学医学部専任講師(精神神経科

日医雑誌第134巻第2号2005年5月


T.はじめにー患者-医師関係の重要性

身体医学的に説明できない症状(medically unexplained symptoms; MUS)とは,身体疾患の存在を示唆しながら,原因となる身体疾患が見つからない症状を指す。MUSをもつ患者は,症状の苦しみから医療機関を頻回に訪れるが,症状が軽減されることは少なく,そのため医療に対して不満を抱きやすい。一方,医療者にしてみてもMUSに有効な治療は少なく,患者に対して厄介さを感じることが多い。その結果,患者ー医師関係は不良になりがちである。

ところが,MUSをもつ患者を精神科治療に導入するには,患者ー医師関係が重要な役割を果た
す.。そもそも患者は身体的な不調のために病院を訪れているのである。その患者に対していき
なり精神科治療を勧めて,患者が「自分のつらさを信じてもらえなかった」,「頭がおかしいと思われた」と受け取ったとしても,それは無理からぬことである。その結果,患者は別の治療施設を訪れ,結局ドクター・ショッピングを行うことになることもある。また,MUSをもつ患者の訴えに押し切られて,医師がその場しのぎの検査や投薬を行うことは,医療経済上の問題であるだけでなく,患者の不安や依存性を煽って症状の悪化をもたらす可能性も含んでいる。

こうした患者に対して,医師がなぜ精神科の治療を勧めるのか,そして検査や投薬をなぜ制限するのかを説明し,患者と話し合うためには,そこに良好な患者ー医師関係が成立している必要がある。良好な患者ー医師関係の構築は医療面接の目的であり,本特集ではすでに詳述している(177-181ぺージ参照)が,本稿でももう一度触れておく。なぜなら,それは心理社会的治療の基礎としてもきわめて重要だからである。いずれの心理社会的治療方法においても,患者が主体性をもって治療に参加することが不可欠であり,それは良好な患者ー医師関係があってこそ可能になるのである。

Smith RCらによる患者-ー医師関係構築のステップを表1に簡単にまとめておく。彼は,面接場面を設定し,主訴/今回のテーマを設定するのに最初の1〜2分,現病歴を聞き始め,患者主体の現病歴を聞き続けるステップに5〜!0分,そして医師主体のプロセスに移行するのに1〜2分という目安を示している。この過程で特に重要なのは,患者の言葉で表現された症状が患者にとってどのような意味をもち,どのような情動と結び付いているかを明らかにし,それを「つまり,○○という症状はあなたにとって××という意味があり,△△という気持ちになるのですね」と言って患者と共有することである。このような共有作業を積み重ねていくことにより,患者一医師関係が構築されていくのである。

表1 患者ー医師関係のための患者中心技法
ステップ1:面接場面を設定する
患者を迎え入れる
患者の名を呼ぶ
自己紹介をし、自分の役割を明確にする
話を聞く用意があり、プライバシーを守ることを伝える
コミュニケーションの障壁を取り払う
慰めを与え、患者を安心させる
ステップ2:主訴/今回のテーマの設定
どのくらいの時間を使えるかを告げる
医師が診察でどのようなことを行いたいと考えているのかを伝える
患者が話し合いたいと思っている課題をすべて表にする。たとえば、特定の症状、希望、期待、理解していること
議題をまとめる。議題が多すぎる場合は相談する。
ステップ3:現病歴を聞き始める
開かれた質問から始める
焦点を絞らない開かれた技法(傾聴):沈黙、中立的な発現、非言語的な励まし
言語以外の情報源から付加的なデータを得る:合図となる身振り、身体的特徴、自律神経の変化、身なり、環境
ステップ4:患者主体の現病歴聴取を続ける
身体症状についおての本人なりの表現を得る(焦点を絞った開かれた技法)
身体症状に対する、より全般的な個人的/心理社会的文脈を探索する(焦点を絞った開かれた技法)
情動に焦点を当てる(情緒探索技法)
情動を取り扱う(情緒操作技法)
新しい章へと物語を広げる
ステップ5:医師主体のプロセスへ移行する
短くまとめる
正しいかどうかを確かめる
患者の準備ができていれば、これから質問の内容と様式が変わることを告げる
(Smith RC, et al: J Gen Intern Med 2003; 18 (6) : 478-489 より


また,MUSをもった患者を一般身体科(プライマリ・ケアを含む)と精神科とで並行して診療するという視点も重要である。患者を精神科に紹介した後も,一般身体科医が「気になる症状があれば,引き続き診察しますよ」という姿勢を示すことで患者のアドヒアランスは向上する。その際の診療のポイントとして,@一定の長さの診察時間を決め,定期的な受診計画を立てること,A診断のための検査は必要最低限にすること,B過剰な治療は行わないこと,C新しい症状の訴えに対しては,心理社会的なきっかけを患者と共に考えてみること。ただし,断定したり患者に反論したりすることは避けること,があげられる。

U.心理社会的治療方法

Allen LAらは,MUSに対する心理社会的治療方法として,精神力動的精神療法,認知療法,行動療法(自律訓練法,バイオフィードバック,漸進的筋弛緩療法,オペラント条件付け)を取り上げている。以下に各治療法を簡単に説明す
る。

1.精神力動的精神療法

Freud Sには,身体症状と心理的問題とのつながりに焦点を当て,身体表現性障害に対する精神療法の道を拓いた人物として歴史的意義があるだけでなく,彼の創始した精神分析学は,現在もなお多くの精神療法の基礎をなしている。

器質的には何ら問題ないにもかかわらず,立ち上がることができなかったり,声を出すことができなかったりなどの身体症状を呈するヒステリー患者の治療を通して,彼はヒステリーの原因が本人すら気付いていない無意識のなかの葛藤であること,および身体症状はその葛藤が身体領域へ転換されるために生じることを解明した。

精神分析療法はこの無意識的葛藤を解消するための治療法であり,具体的には1回45〜50分間の面接を週4〜5回行う。分析者は患者を寝椅子に横たえ,自由連想を行うよう要請し,患者の示す言動をもとにして患者の無意識を分析していく。精神力動的精神療法とは精神分析療法を簡便にした方法で,通常対面法の面接を1回45〜50分,週1〜2回行う。精神分析療法も精神力動的精神療法も治療者に要求される技術水準が高く,長期間にわたる治療になることが多いため,通常の臨床場面においてMUSをもつ患者に対する第一選択の治療になることは少ない。しかしながら,患者に人格障害の問題が合併している場合などには,こうした治療法の適応となることがある。

2.認知療法

Beck ATは精神分析療法を批判的に発展させて,認知療法を創始した。彼は,うつ病患者の多くが外界や将来に対して常に否定的なものの見方(認知)をしていることに注目し,この否定的認知の修正を通して,うつ病の治療を試みた。

まず気分が沈んだ出来事や状況を患者に思い出してもらい,次にそこでどのような否定的な認知(自動思考)をもったか,その認知をもった根拠について患者に問う。さらに,その認知と矛盾するような事実はなかったか,あるいはもっと別の認知はできないか,別の行動をとったらどうなっていたかを治療者が一緒になって考えてみる。実行可能と思われる行動が見つかったら,それを患者が実生活のなかで実際に試してみる(ホームワーク)。後のセッションでホームワークの首尾を話し合い,その結果を基にして患者の否定的な認知の非合理性を確認し,否定的認知の修正を促していく。こうした治療の進め方は協同的実証主義と呼ばれる。

その後,多くの研究者により修正が加えられてうつ病以外の精神疾患に対する有効性も証明されており,現在MUS患者に対する非薬物的治療の主流をなしている。Hiller WとRief Wは,図1のような身体表現性障害の認知一行動モデルを提唱し,認知一行動的な悪循環を切るための介入方法を提示している。


たとえば,症状日記を用いて気分やストレスと身体症状との関連を日常生活レベルで患者に実感させる,病気に対する患者の誤った確信や結論付けを取り上げて,その妥当性について患者と共に再検討する,サイクルの維持要因である疾病行動や回避行動を減少させるなどである。

Smith RCらは,次の項目を患者に理解させることが重要であるとした。@不吉な兆候は発見されていないこと,A手術やさらなる検査・診察は必要ではないこと,しかし,B問題は身体に実際存在していること(こう伝えることで患者の訴えへの尊重を示すことができる),C身体的診断とそのメカニズム(緊張型頭痛は慢性的な筋肉の緊張で起きる),Dストレス,抑うつ,不安が病気の鍵となる部分であること,それらに対する薬物の効果,E「頭がおかしい(psych case)」わけではないこと,F鎮痛薬や安定薬は問題を一層悪化させること,G治癒は望めそうにないが,改善は可能であること。

以上述べた認知ー行動モデルは,森田療法の疾患モデルと共通する部分があり,MUSをもつ患
者に対する森田療法の有用性も示唆される。森田療法では,患者の「とらわれ」に注目し,これを症状に固執するあまり,かえって本来人間に備わっている自然治癒力が発揮できなくなっている状態(悪循環)と理解する。治療者は「あるがまま」という基本視点をもって目的本位・行動本位の指示的介入を行い,悪循環の解消を目指す。

3.行動療法

行動療法とは,行動の修正や新たな行動様式の学習を通した精神療法である.MUSに対する行動療法は,不随意反応に対するアプローチと随意的行動に対するアプローチとに大別できる。不随意反応に対するアプローチとは,ストレス状況下での生理的反応を自己コントロールすることで,ストレスや緊張から生じる身体症状そのものを改善するだけでなく,自已効力感や自己制御感の改善をも目指すもので,自律訓練法,バイオフィードバック,漸進的筋弛緩療法などが含まれる。

自律訓練法では,言語公式を用いながら重量感や温感などの身体感覚を実感し,心身をリラックスさせていくことを段階的に学ぶ。バイオフィードバックでは,皮膚温度,筋電図,脳波,血圧,呼吸などの生態情報を用いて心身の状態のコントロールを目指す。漸進的筋弛緩療法は,全身の筋肉を弛緩させることを学ぶことで,不安を感じたときに生じる筋緊張を解き,それを通して不安の軽減を図ろうとする方法である。

随意的行動に対するアプローチの例として,オペラント条件付けと運動療法をあげることができる。1960年代にFordyce WEが痛みの行動的側面(以下,疼痛行動)について明らかにした。疼痛行動とは,痛みの存在を周囲に伝えるすべての行動を指し,具体的には痛いと叫ぶことに始まり,医療機関を訪れること,仕事を休むこと,労災申請を行うことに至るまでさまざまな行動が含まれる。

疼痛行動によって,家族に優しくされる,仕事を休める,損害賠償を得るなどの報酬を得る体験が続くと,疼痛行動は痛みとの本来の関連を失い,周囲の反応によって強化されるオペラントとしての要素が増加する(図1では,疾病行動および回避行動に相当)。その結果,家族や社会の関係に支障を来し,治療に没頭するといった不適応を患者にもたらすことになる。以上のような理解に基づき,患者の疼痛行動をあえて無視して疼痛行動の減少を目指すのが,慢性疼痛のオペラント条件付けである。

V.おわりに

身体医学的に説明できない症状(MUS)に対する心理社会的治療法について概観した。MUS自体を直接治療する方法はないため,心理社会的治療を行うにあたって患者ー医師関係の構築
が重要であることを述べた。次に,心理社会的治療法として,精神力動的精神療法,認知療法,
行動療法について概説した。


文献:

1)Smith RC, Lein C, Collins C, et al :Treating patients with medically unexplained symptoms in primary care . J Gen Intern Med 2003 ; 18 (6) : 478-489

2)Stern TA, Herman JB , Slavin PL : The MGH Guide to Psychiatry in Primary Care . McGraw-Hill , New York , 1998 (兼子直,福西勇夫監訳:MGH「心の問題」診療ガイド.メディカル・サイエンス・インターナショナル,東京,2002;97).

3)Allen LA, Escobar JI, Lehrer PM , et al : Psychosocial treatments for multiple unexplained physical symptoms : a review of the literature. Ps~lchosom Med 2002 ; 64 (6) : 939-950. 

4)Gabbard GO : Psychodynaudc Psychiatry in Clinical Practice .' The DSM-IV Edtition . American Psychiatric Press, Washington D.C., 1994 (権成鐘訳:精神力動的精神医学一その臨床実践[DSM-IV版]ー@理論編.岩崎学術出版社,東京,1998;96-97).

5)Beck JS Cognitive Therapy .' Basics and Beyond . Guilford Press, New York, 1995 (伊藤絵美,神村栄一,藤澤大介訳:認知療法実践ガイド・基礎から応用まで一ジュデイス・ベックの認知療法テキストー.星和書店,東京,2004;1-12).

6)Hiller W, Rief W : Psychotherapy of Somatoform Disorders. ed Ono Y, Janca A, Asai M, et al , In Somatoform Disorcdters .' A Worldwide Perspective (Keio University Symposia for Life Science and Medicine vol.3 ), Springer, Tokyo, 1999 ; 205-211. 

7)木崎英介,白波瀬丈一郎:プライマリ・ケアで診る身体表現性障害. pharma Medica 2004 ; 22 (8) : 33-36. 

8) Fordyce WE, Fowler RS Jr, Lehmann JF, et al : Some implications of learning in problems of chronic pain . J Chronic Dis 1968 ; 21 (3) : 179-190. 

9)丸田俊彦:慢性痩痛の治療.小此木啓吾,末松弘行編,今日の心身症治療,金剛出版,東京, 1991; 234-241.

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