身体化障害 (特集身体表現性障害)

竹内龍雄*帝京大学医学部附属市原病院教授(精神神経科)

日医雑誌第134巻第2号2005年5月


はじめに

検査で異常がないにもかかわらず,長年にわたって多彩な身体愁訴が続き,種々の治療に反
応しない症例は,多くの実地医家が経験する。

19世紀のフランスの医師ブリケー(Briquet P,1796〜1881)は,従来ヒステリーと呼ばれた症例のなかから,若年発症,多発性の症状,慢性経過を特徴とするこのような症例を多数まとめて,初めて報告した。その後,このような症例はブリケー症候群と呼ばれるようになり,下って1980年,米国精神医学会の診断統計分類DSM-IIIでは,比較的厳しい診断基準が定められ,身体化障(somatization disorder)と呼ばれるようになった。

身体化障害は,その診断基準に完全に当てはまる症例は少ないともいわれているが,治療困難性の点で,実地医家を悩ます身体表現性障害の代表的な一型である。以下にその臨床的特徴と治療上の要点について概説する。

T.身体化障害の臨床的特徴

1.診断基準

表1に米国精神医学会の最新の診断統計分類DSM-IV-TRによる身体化障害の診断基準を示した。

表1身体化障害の診断基準(DSM-W-TR)
A. 30歳以前に始まった多数の身体的愁訴の病歴で,それは数年間にわたって持続じでおり,その結果治療を求め,または社会的,職業的,または他の重要な領域における機能の著しい障害を引き起こしている.
B 以下の纂準のおのおのを満たしたことがなければならず,個々の症状は障害の経過申のいずれかの時点で生じている.
4つの疼痛症状:少なくとも4つの異なった部位または機能に関連した疼痛の病歴(例:頭部,腹部,背部,関節,四肢,胸部,直腸:月経時,性交時,または排尿時)
2つの胃腸症状:疼痛以外の少なくとも2つの胃腸症状の病歴(例:嘔気鼓腸,妊娠時以外の嘔吐,下痢,または数種類の食物への不耐性)
1つの性的症状:疼痛以外の少なくとも1つの性的または生殖器症状の病歴(例:性的無関心,勃起または射精機能不全,月経不順,月経過多,妊娠中を通じての嘔吐)
1つの偽神経掌的症状:疼痛に限らず,神経学的疾患を示唆する少なくとも1つの症状または欠損の病歴(協調運動または平衡の障害,麻痺または部分的な脱力、嚥下困難または喉に塊がある感じ,失声,尿閉,幻覚,触覚または痛覚の消失,複視,盲,聾,けいれんなどの転換牲症状:記憶喪失などの解離症状:または失神以外の意識消失)
C (1)か(2)のどちらか:
  適切な検索を行っても,基準Bの個々の症状は,既知の一般身体疾愚または物質(例:乱用薬物,投薬)の直接的な作用によって十分に説明できない.
  関連する一般身体疾患がある場合,身体的愁訴または結果として生じている社会的,職業的障害が,既往歴,身体診察所見,または臨床検査所見から予測されるものをはるかに超えている.
D 症状は,(虚偽性障害または詐病のように)意図的に作り出されたりねつ造されたりしたものではない.

[American Psychiatric Association: Quick reference to the diagnostic criteria from DSM-W-TR.American Psychiatric Association, WashingtonD.C.,2000(高橋三郎他:DSM-lV-TR精神疾患の分類と診断の手引(新訂版).医学書院,東京,2004;187-188)より作成]

要点をまとめると,@多彩な身体愁訴があり,数年以上続いていること,Aそのうちのどれかの症状は30歳以前に発症していること,B身体的な原因がないにもかかわらず,患者は症状を訴え続けて治療を求め,あるいは著しい社会的・職業的機能障害を引き起こしていることである。

「多彩な身体愁訴」とするためには4つの条件を満たす必要がある。第1は4つ以上の部位または機能にわたる疼痛症状があること(頭痛,腹痛,月経痛など),第2に2つ以上の胃腸症状があること(嘔気,鼓腸など),第3に性的症状(性欲低下,インポテンス,月経不順など)があること,第4に偽神経学的症状(知覚および運動の種々の程度の麻痺,不随意運動,けいれん,喉の塊など,いわゆるヒステリー性神経症状)があることである。

ただしこれらの症状は,現時点でそのすべてが揃っていなくてもよい。30歳以前にどれか1つ以上の症状が発症し,数年以上続く病歴のなかでこれらの条件が満たされればよい。

そのほかに症状の条件として,患者が意図的につくり出したものでないことがあげられている。器質的原因が否定され,外見上わざとらしく演技的に見えたとしても(たとえば,同情を引く,困難を回避するなど),それは無意識的な動機の問題であって,患者の意識にとってはいわゆる仮病(虚偽性障害や詐病)を使っているのではなく,現実に体験されている自覚症状なのである。

症状の内容は多岐にわたるが,診断基準のなかにある例示は,ほぼ頻度の高いものの順を示している。また,国や地方によって症状が独特の表現で訴えられることがあるので,患者の属する文化に合わせた判断が必要である。

2.鑑別診断と併存疾患

身体化障害は,症状が身体疾患によるものでないこと,あるいはたとえ身体疾患があっても,患者の訴える症状が予想される程度をはるかに超えていることが条件である。通常は,身体診察と臨床検査によって器質性の身体疾患を除外することで診断できるが(機能性の疾患,たとえば過敏性腸症候群の場合は,その症状は本障害の症状に組み入れてよい),関連する身体疾患がある場合は,その重症度の評価によって本障害のoverlay(重畳)かどうかを慎重に判断する必要がある。

また,身体化障害の患者が,その経過中に実際に身体疾患に罹患することは珍しくない。したがって,症状が身体疾患によるものでないかどうかには,常に注意を払っていなければならない。また,身体化障害の患者は,同時に複数の医師にかかって投薬を受けている場合が多く,それによる薬物中毒や副作用も鑑別の対象になる。

鑑別の要点として,身体化障害は若い年代からの発症で,症状が多くの器官系にまたがって起こること,逆に中年を過ぎてからの複数の身体症状の訴えは,ほとんどが身体疾患によるものであることに注意する。

身体化障害以外の精神疾患による身体症状の訴えと,本障害との鑑別も重要である。転換性障害(いわゆるヒステリー)では,症状の種類が少なく,経過が比較的急性一過性であること,心気症では疾病恐怖が中心にあること,疼痛性障害では一貫して疼痛が主症状であること,パニック障害では身体症状は基本的にはパニック発作の問に限られていること,うつ病ではうつ病のエピソードの期間に限られていることなどの特徴から鑑別する。しかし,これらの精神疾患,特に不安障害やうつ病と本障害との合併は非常に多い。この場合は両者の併存(comorbidity)と診断する。

併存する精神障害で注意すべきは人格障害である。演技性人格障害,境界性人格障害,反社会性人格障害などとの併存が多く,これらを背景に自殺企図,過量服薬,薬物依存,doctor-shopping,頻回手術,社会生活や職業上のトラブルなどがしばしば起こる。また,医師ー患者関係が安定しにくく,治療上の問題となる。プライマリ・ケアにおける調査で,本障害の半数以上に大うつ病の既往があり,62〜72%に人格障害の併存
がみられたとの報告がある。

3.有病率,家族性

米国の疫学調査では,一般人口の1か月有病率はO.1%,女性が0.2%,男性は0.0%であっ
た5)。調査によるばらつきが大きく,いくつかの疫学調査を総合すると,生涯有病率は女性が0.2〜2.0%,男性は0.2%以下であり,女性に多く,男性ではまれ(女性の1/5〜1/20)である。身体疾患との鑑別の問題があり,非医師による調査では有病率が低くなる傾向がある。また,診断基準が厳しすぎるため有病率が低くなるともいわれており,基準の一部のみを満たす患者(鑑別不能型身体表現性障害に相当)は非常に多く,30倍にも達すると見積もられている。

身体化障害の女性の第一度親族の女性の有病率は10〜20%であり,家族性が認められる。また,身体化障害の女性の血縁者の男性には反社会性人格障害が多く,身体化障害は反社会性人格障害の女性版との見方もある5)。ただし,反論もある。

4..経過,予後

定義からして身体化障害は慢性であるが,動揺性に経過し,ストレスによって増悪ないし再燃する。1年以上新たな症状が出なくて,医者にかからないということはまずないといわれている。80〜90%は多年にわたってこの診断名が持続するという5)。最初の症状(女性では月経困難が多い)は青年期に現れ,25歳ごろまでに発症することが多いが,30代での発症もある。

U.病因

よく分かっていない。遺伝研究から,男性の反社会性人格障害と女性の身体化障害に共通する遺伝要因があるとの報告がある7)。成因に関して,精神的葛藤が身体症状として象徴的に表現されるという転換性障害(ヒステリー)と同様な解釈もあるが,感情が適切に言語表現されないために,身体症状がコミュニケーションの手段として用いられる,あるいは対人関係を操作するための社会的コミュニケーションの手段として(身体症状)が用いられるという見方が一般的である。

V.症例

[14歳,女,中学生]共働きの両親のもと,祖母に可愛がられて育った。両親は不和で父親は暴カ的である。患者は勝ち気,見栄っ張り,ブリッコのところがあり,真の友人はいない。

中学へ進学したころから,頭痛,肩こり,腰痛,生理痛,蕁麻疹,緊張すると首を振るチックなどが出現し,あちこちの医者にかかるようになった。さらに,級友との不仲をきっかけに,教室で失神したり,動悸,過呼吸,手足のしびれ,震えなどを伴う発作がたびたび起こるようになり,内科,神経内科などで入院精査を受けた。しかし器質的な原因は見出されず,精神科へ紹介された。

精神科での半年余りの入院中も,頭痛,腰痛,下肢痛などの痛み,薬物の要求,嘔気・嘔吐,胃痛などの消化器症状,過換気を伴うパニック発作,失神,もうろう状態,チックその他の不随意運動,時には幻覚症状などが頻発した。これらは病棟スタッフや他患者とのいさかいを契機に,激しい怒りや抑うつなどの感情を伴って起こり,逆に年長男性患者との恋愛感情によって,一時的に軽減した。ただし,性的接触には嫌悪を示した。

何度も退院帰宅し,登校を試みるが,そのつど対人関係や症状の悪化を来し,入院が長期化した。薬物は,患者はほしがるが,一時的な効果しかなかった。結局,2年余りの根気強い支持的な精神療法と,家族への指導を続けることで,退院,中学卒業,高校進学を果たすことができ,主治医を交代した。しかしその後も数年にわたって,時々,対人葛藤(医師への不満を含む)や,抑うつ,身体の痛み,その他の症状を訴え,泣きながら電話してくることが続いた。

本症例は,12歳ごろに発症し,数年(少なくとも4年)以上続いている痛み,その他の多彩な身体症状と,不安,抑うつ,易怒性などの情緒不安定,社会的不適応を特徴とする身体化障害の症例である。4つ以上の異なる部位の痛み,嘔気・嘔吐などの胃腸症状,月経痛,性嫌悪などの性的症状,チックその他の不随意運動や失神,もうろう状態などの偽神経学的症状があり,診断基準を満たしている。そのほかに,不安障害や気分障害,薬物依存,演技性人格障害などの併存も考えられる。

症状は対人関係のストレスによって変動し,慢性に経過している。薬物はあまり効果がなく,医師ー患者関係も安定しにくい。家庭環境に問題があったことは問違いなく,父親の暴力的傾向は,(反社会性)人格障害をうかがわせる。身体化障害のさまざまな特徴を備えた症例であり,予後も楽観できない。

W.治療

上記の症例でもみられるとおり,確立された治療法はない。

Noyesら9)は,家庭医に対して,「本障害では薬物も心理療法も明確な効果が認められたものは
ない。いかに適切にマネジメント(医学的管理)するかが重要であり,そのためには,まず患者の訴えを正当なものと認めること,辛抱強く検査を行ったあと,身体化障害と診断すること,治療目標を定め,定期的に診察を行い,医師ー患者関係を脅かすような行動を治療的に扱うことで防ぐとともに,不安や抑うつがあればその治療を行うことだ」と述べている。

またGuggenheim4)も,狭義の治療よりもマネジメント,つまりCureよりもCareに主眼をおくべきであるとし,プライマリ・ケア医のための以下のような指針を示している。

  1. プライマリ・ケアの身体科医師が主治医になる。

  2. 定期的に診察する。4〜6週に1回でよい。

  3. 原則として短時間の外来診療とする。

  4. 1回の診療に少なくとも患者の訴えに合わせた器官系の一部の身体診察を行う。

  5. 患者の訴える症状を情緒的コミュニケーションの一種と考える。

  6. 患者の訴える症状そのものにとらわれず,かつ身体疾患を見逃さない。

  7. 明確な適応がないのに検査を行わない。

  8. 一部の患者では,いつでも精神科へ紹介できる関係を作ることを治療目標にする。

大野10)もまた,すべての患者に適した単一の治療法はないとしたうえで,これまでの治療戦略に関する報告をまとめ,「何も異常はない」「精神的なもの」と言うのでなく,患者の訴える器官系を徹底的に調べたうえで,「説明不能であっても症状は現実に存在している」ことを認めること,「身体化障害」という疾患にかかっていること,重大な障害を起こしたり死ぬようなことはないこと,ストレスと関係があることに少しずつ気付かせていくこと,定期的に受診させ,かつ限界設定をしてしっかりした治療同盟を築き,doctorshoppingを防ぐ,抗うつ薬や抗不安薬を用いて症状の軽減を図る一方,心臓に異常がないと言っておきながら心臓病によく用いられる薬を処方したりしない,などを治療戦略のポイントにあげている。

いずれも患者の身体症状の訴えを適切に扱いながら,良好な医師ー患者関係を維持することに
重点をおき,マネジメントすることを目標にしていることが分かる。

おわりに

身体化障害は30歳以前に発症し,多彩な身体愁訴を示す慢性の精神障害である。症状は種々の痛み,胃腸症状,性的症状,偽神経学的症状からなり,変動しつつ数年以上にわたって続く。女性に多く,家族性があり,難治である。症状は患者にとって一種のコミュニケーションの手段と考えられ,治療では患者の訴えを受け入れたうえで,定期的な診察と検査をしながら,安定した医師ー患者関係を築くことが重要である。そのうえで少しずつ症状とストレスとの関連に気づかせていく。

治癒よりもマネジメント(ケア)に主眼をおき,無用なdoctorshoppingや検査,手術などを防ぐ。ただし,真の身体疾患を見逃さないように注意する。不安やうつ症状には薬物もある程度有効だが,本質的な効果はなく,場合によっては精神科への紹介が必要である。

文献

1) Briquet P : Traite clinique et therapeutique de I 'hysterie . JB Bailliere et. Fils, Paris, 1859. 

2) American Psychiatric Association : Quick reference to the diagnostic criteria from DSM-IV-TR . American Psychiatric Association, Washington D.C., 2000 (高橋三郎,大野裕,染谷俊幸訳:DSM-IV-TR精神疾患の分類と診断の手引(新訂版),医学書院,東京,2004;187188).

3) American Psychiatric Association : Somatization disorder. In Diagnostic and statistical manual of mental disorders. 4th ed , American Psychiatric Association . Washngton D C 1994 446 450(高橋三郎,大野裕,染谷俊幸訳:DSM-IV精神疾患の診断・統計マニュアル,医学書院,東京,1996;452-456).

4) Guggenheim FG : Somatoform disorders. ed Sadock BJ, Sadock VA, In Kaplan & Sadock 's Comprehensive Textbook of Psychiatry , vol 1, 7th ed, Lippincott Williams & Wilkins,Philadelphia, 2000 ; 1504-1552.

 5) Regier DA, Boyd JH , Burke JD Jr , et al : One-month prevalence of mental disorders in the United States . Based on five Epidemiologic Catchment Area sites. Arch Gen;Psychiatry 1988 ; 45 (11) : 977-986. 

6) Guze SB , Cloninger CR, Martin RL , et al : A follow-up and family study of Briquet's syndrome . Br J Psychiatry1986 ; 149 : 17-23. 

7) Smith GR Jr, Golding JM, Kashner TM, et al : Antisocial personality disorder in primary care patients with somatization disorder. Compr Psychiatry 1991 ; 32 (4) : 367-372. 

8) 竹内龍雄:神経症の臨床(改訂版).新興医学出版社,東京, 1996;114115. 

9) Noyes R Jr, Holt CS, Kathol RG : Somatization. Diagnosis and management. Arch Fam Med 1995 ; 4 (9) : 790 -795. 

10) 大野裕:身体化障害.吉松和哉,上島国利編,松下正明総編集,臨床精神医学講座第6巻身体表現性障害・心身症,中山書店,東京,1999;103一111.

用語解説

身体化:精神的な葛藤が,精神症状でなく身体症状に置き換えられて表現される心理過程。身体化障害,転換性障害(いわゆるヒステリー),心身症などでみられる。

演技性人格障害:自己顕示欲が強く,派手,大げさなど,他人の注目,関心を引こうとする欲求が強い人格障害。

境界性人格障害:感情,対人関係,自己像など,人格のあらゆる面での不安定さと衝動性を特徴とする人格障害。手首自傷などを繰り返す若い女性に多い。

反社会性人格障害:他人の権利を無視・侵害し,社会的規範を逸脱して省みない,犯罪と関係の深い人格障害。

限界設定:精神療法で,患者の逸脱行動を防止し,治療の枠組みを維持するために,守るべき最低限の行動上の制限を設けること。患者と話し合って納得のうえで決める。

治療同盟:患者,治療者双方が誠実に協力し合って治療を進めていこうとする約束。暗黙のものでもよいが,患者が十分な病識をもち,治療への動機付けがあることが前提になる。

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