エビデンスに基づく治療の実施の難しさ

Difficulties in Implementing Evidence-Based Care


1999年にイスラエルで開催されたプライマリー・ケアフォーラムで、Alf Nachemson博士は、非特異的腰痛を医学的に治療する能力について楽観的な見解を述べた。「われわれは現時点で、腰痛をどのように治療したらよいかを知っています。現在の大きな問題は、それを実施することで
す」とNachemson博士は述べた。

Nachemson博士が言及したのは、特異的な脊椎の解剖学的異常の「治療」のことではなく、腰痛という、より広い範囲の疾患の管理のことであった。多くの国際的ガイドラインで明確にされているように、現代の腰痛管理パラダイムは、単純な腰痛の最も有効な治療には以下の要素が含ま
れることを示唆している。(1)病理学的な“危険信号”を発見するための標準評価;(2)患者が重篤な疾患または状態ではないことの保証;(3)有効な症状コントロール法に関する助言;(4)可能であれば、通常の活動および仕事の継続;(5)必要であれば、回復の妨げとなる社会心理的因子と身体的因子の発見と対応。同じく、不必要な診断検査、不正確な診断、およびこの一般的愁訴の過剰な医療対象化を避けることも含まれる(Waddell et al.,2002を参照)。

この理想像を医学界に受け入れさせるには、医療費補償のコントロールという、変革を促す決定的因子が存在するシステムの中でさえ、一般に、苛立たしいほど時間がかかることが判明している。

最近、Paul Bishop博士らが、労災補償請求患者の腰痛治療についてプライマリー・ケア医に同じ考えをもってもらうことの難しさを報告している(Bishop et al.,2002を参照)。Bishop博士らは、ケベック特別調査団および医療政策研究機構(AHCPR)のガイドラインが例をあげて示したエビデンスに基づく治療スタイルを、ブリテイッシュコロンビア州の家庭医がどの程度完全に受け入れたか、そして情報提供プログラムを通じてこの治療方法の採用をどの程度増やすことができたか、知りたいと考えた。

カナダの研究者らは、労災補償請求が認められ腰痛の持続期間が2週間未満の患者、724例の担当医師を対象に研究を行った。Bishop博士らは、これらの医師を5種類の管理カテゴリー
に無作為に割当てた:

  • 第T群:医師に、損傷0〜4週間後のメカニカルな急性腰痛の治療に関するガイドラインを要約した資料ファイルを1冊渡した。
  • 第U群:医師には上記と同じ資料ファイルを渡した、患者には一般人向けのガイドラインの要約を渡した。
  • 第V群:医師には12週間に3回、資料ファイルを渡した。患者には資料ファイルを渡さなかった。
  • 第W群:医師および患者に12週間に3回、それぞれの資料ファイルを渡した。
  • 第X群:これは対照群であった。医師にも患者にも治療ガイドラインに関する資料を全く渡さなかった。

データの収集は比較的容易であった。ブリテイッシュコロンビア州では、労災補償請求患者の治療を行う医師は2週間ごとに経過報告書を提出しなければならない。

研究対象になった医師が、臨床ガイドラインの全部ではなく一部を受け入れていることを示唆する結果が得られた。そして一連の資料ファイルによってく医師の行動の一部は変化したが、変化しなかった面もあった。

対照群のプライマリー・ケア医は、病歴聴取、理学検査手順および画像検査に関するガイドラインの勧告に従った。しかし彼らは、治療勧告にはそれほど完全に従ったわけではなく、特に早期活動再開の重要性を強調した項目についてはそれが顕著であった。

医師および/または患者に資料ファイルを1冊渡しても、対照群と比較して、治療勧告の遵守状況は全く改善しなかった。

医師に資料ファイルを3冊渡した場合は、いくらか役に立った。Bishop博士らによると“3回に分けた情報提供によって、運動療法、薬物療法、臥床安静の短縮および受動的理学療法のような、推奨された一部の治療法の遵守状況は改善したが、脊椎マニピュレーション、業務内容の修正および通常の活動の再開を含む、その他の勧告についてはそうでなかった”。

資料ファイルを患者に渡すことに明らかな価値があるようには見えなかった。

Bishop博士は、ここ8年間に12ヵ国以上で、急性および慢性の腰痛の治療に関するエビデンスに基づくガイドラインが発表されたことを指摘した。こうした努力にもかかわらず、そしてこの管理パラダイムの効果に関してこの分野の専門家の間で広くコンセンサスが得られているにもかかわらず、ガイドラインの実施状況は芳しくない。

本研究は、労災補償患者の治療にあたる医師のガイドラインの実施状況について調査した最初の研究であり、ガイドラインを熟知しているだけでは、完全な実施は保証されないことを実証している。本研究の対象になづた医師の多くは、おそらく複数回の情報提供を受けた後にはガイドラインを熟知していただろう。それでも、彼らはガイドラインに完全に従ったわけではなかった。

Bishop博士は、“われわれは、実施段階で立ち往生しているように思う”と述べている。博士は、ブリテイッシュコロンビア州の労災補償システムは、医師にそれに従うよう強制する絶対的な力をもっており、そのため、逆効果を生む診断や治療費用は補償されなかった可能性があると指
摘した。

しかし、ほとんどの医療システムでは、医師が一般的疾患の合理的な治療方法に自発的に従うことが好まれるだろう。財政的な強制は何らかの逆効果を生む側面がある。

他の研究では、実施を促す活動はさまざまな形態で複合的に行われる必要があるのだろうと示唆している。時には、さまざまな形態の積極的な強化を伴う、多くのレベルでの対策が必要なこともある。活動性を重視した合理的な腰痛治療の実施を試みる人たちが、この問題に複数のメデ
ィアをもっと有効に利用することも必要だろう。オーストラリアのビクトリア州では、テレビおよび印刷物広告を含む強力なPR活動を、医療システムにおけるコンセンサス形成活動と組み合わせることによって、プライマリー・ケア医と腰痛患者の両方に大きな影響を与えることができることが実証された。

参考文献:

Bishop P et al., Implementation of clinical practice guidelines in workers' compensation board 
patients with acute mechanical back pain: A prospective randomized trial, presented at the 
annual meeting of the North American Spine Society, Montreal, 2002; as yet unpublished. 

Waddell G et al. Back Pain, Incapacity for Work, and Social Security Benefits. London. Royal 
Society of Medicine Press Ltd., 2002: p 15. 

The BackLetter 17(12) : 139-140, 2002. 


(加茂)

日本では腰痛が労災の対象となる風習がないように思う。そこが欧米と大きなちがいだ。日本人は、早く治して仕事に就きたいと思っている人が圧倒的多数のように思う。

このへん違いも注意を要するところ。

加茂整形外科医院