第5章 予後
はじめに
腰椎椎間板ヘルニア患者の治療法を選択する際には,障害の程度だけでなく個々の患者のライフスタイルを考慮して決定していく必要がある。したがって、各種の治療法の短期の成績だけでなく長期の予後についても熟知し、それらの情報を患者に提供し、十分なインフォームドコンセントを得たうえで治療を行うことが肝要である。
一般に、腰椎椎間板ヘルニアの手術適応は急性の膀胱直腸障害を呈した場合を除き、進行する神経脱落症状が認められる場合、Lasegue徴侯などの神経緊張徴侯が強陽性で重篤な神経脱落症状を伴う場合、手術以外の保存療法が無効であった場合であるとされている。一方で,発症当初に著しい疼痛が認められても、手術以外の保存療法だけで支障なく生活できるようになることも多いので、初期治療の基本は保存療法ということになる。しかし、保存療法で疼痛はいつ頃よくなるか、あるいはいつまで保存療法を行うべきであるか、神経脱落がある場合に保存療法だけでどのような経過をたどるのか、復職はいつ頃可能かなどの情報が必要である。また、手術を選択した場合では、どのような術式を選択し、その手術でどのような経過がもたらされ、復職はいつ頃から可能で、再発率はどの程度であるかに関する情報も必要である。
神経脱落症状とは神経損傷(変性)による麻痺のことですが、ヘルニアで下肢が麻痺してしまった人を見たり聞いたりしたことがありません。椎間板ヘルニアによる身体障害者を見たことがないのです。
本章のまとめ
ヘルニア手術例の対人口比率に関するデータはあるものの、ヘルニア患者の総数のデータがないため、ヘルニア患者のなかで手術に至る割合は正確には把握できていない。しかし、強い症状を呈するか病状が長期に及んだと考えられる腰椎椎間板ヘルニア患者群において、手術に至るのは10〜30%程度と推定される。
保存療法と手術療法を比較すると、臨床症状に関しては手術療法のほうが長期
的にも良好な成績を示すものの、復職に関しては保存療法と手術療法間には差が
認められない。
ほんとうかな?
手術術式による治療成績の差は通常のヘルニア摘出術と顕微鏡下ヘルニア摘出術は同等で、chemonucleolysis(わが国未承認)はこれら手術療法よりも劣り、経皮髄核摘出術はさらに劣っている。
ヘルニアが痛みの原因ならば摘出方法によって差がでる理由は?
手術療法を選択した場合、男性、画像の明瞭な異常所見があること、罹病期間
が短いこと、心理状態が正常であること、術前の休職期間が短かいこと、労災関
連ではないことなどが疼痛や日常生活動作に関して成績を向上させる要因とな
る。しかし、再就労では関連する要因が異なる。
皆さん、心理状態は正常ですよ。
手術後の後療法に関しては、術後早期に活動性を低下させる必要性はないものの、手術直後から積極的なリハビリテーションプログラムを行う必要性も認められない。しかし、術後1ヵ月経過した頃から開始されるリハビリテーションプログラムは、数ヵ月間は機能状態を改善させ、再就労までの期間を短縮し、職場での医療アドバイザーによる介入も就職率の向上に有効である。
通常のヘルニア摘出術後の再手術率は経過観察期間が長くなればなるほど高く
なるが、10年を超えると一定の傾向を認めない。同一椎間での再手術例を再発ヘ
ルニアとすると、術後5年間程度は再発率が経年的に増加する傾向があるものの、
5年以降は一定の傾向を認めない。
経皮的髄核摘出術やchemonucleolysis(わが国未承認)の再手術率や再発率に
はばらつきが大きいが、通常の手術に比べ高頻度で、特に再手術率が高い。
今後の課題
腰椎椎間板ヘルニアの診断基準が明確に定義されていないので、腰椎椎間板ヘルニア患者の総数の把握が十分にできず、対人口比の発症率やヘルニア患者のなかで手術に至った比率などに関しては正確なデータが今のところない。
保存療法と手術療法の比較に関しては重要な項目ではあるものの、論文数が少
ないだけでなくエビデンスレベルの高い研究がなされておらず、今後の大きな課
題として残っている。
1 腰椎椎間板ヘルニア患者のなかでどの程度の患者が手術に至るか
強い症状を呈するか病状が長期に及ぷ腰椎椎間板ヘルニア患者群において、手術に至るのは10〜30%程度である。(GradeC)
強い症状とは痛みのことなのか?長期に及ぶとは神経脱落症状のことではないと思うが・・・。神経脱落症状を長期に放置すれば、不可逆となってしまう。慢性疼痛を手術によって改善できるとは、疑問。
2 保存療法と手術療法による予後の差はあるか
保存療法と手術療法を比較すると、臨床症状に関しては手術療法のほうが長期的にも良好な成績を示す。(GradeB)
復職率に関しては保存療法と手術療法間には差が認められない。(GradeB)
2つの無作為研究において、保存療法と椎間板切除術による、椎間板ヘルニアと坐骨神経痛の患者のアウトカムは同様であった。フィンランドの小規模RCT(被験者56例)において、手術群は、疼痛および機能に関して早期には利点がみられたが、2年後の経過観察時には統計学的に有意な優越性は認められなかった。88例の患者を対象にした英国のRCTでも同様のパターンが認められた。顕微鏡視下椎間板切除術群は、腰痛、下肢痛および活動障害に関して早期に統計学的に有意な利点を示した。しかし、24ヵ月目までにもはや群間に統計学的有意差は認められなくなった。これらの研究の症例数が、重要な投与群間の差を検出するのに十分であったかどうかはまだわからない。
ほとんどの研究によると、保存療法を受けた患者は、疼痛および機能に関して、手術を受けた患者にある時点で追いつく。それらの線が本研究のどの時点で合流するか、2年後か、4年後、6年後またはそれ以上後か、興味深いと思われる。
このような手術の優位性は4年間にわたり持続した。それ以降では手術群と保存療法群の成績は同等であった。
3 手術術式間に予後の差はあるか
術式による治療成績は通常のヘルニア摘出術と顕微鏡下ヘルニア摘出術は同等である。(GradeA)
chemonucleolysis(わが国未承認)はこれら手術療法よりも劣り、さらに経皮的髄核摘出術はchemonucleolysisよりも劣っている。(GradeA)
4 術前の病状のなかで予後を予測できる要因は何か
男性、画像の明瞭な異常所見、罹病期間の短さ、心理状態が正常であること、術前の休職期間が短いこと、労災関連ではないことなどが手術成績を向上させる要因となる。(GradeB)
疼痛や日常生活動作と再就労では関連する要因が異なる。(GradeB)
これらは痛みが生物・心理・社会的な要因に強く影響を受けることを示唆している。痛みの原因はヘルニアなのか、生物・心理・社会的な要因なのか?もし手術をして結果がよくなかったら、これらの要因を指摘されるのか?手術の前に指摘するのか?
5 手術後の後療法の内容により予後が変わるか
腰椎椎間板ヘルニアの初回手術後に活動性を低下させる必要性はないものの、手術直後からの積極的なリハビリテーションプログラムの必要性も認められない。(GradeA)
術後1ヵ月経週した頃から開始されるリ八ビリテーションプログラムは、数ヵ月間は機能状態を改善させ、再就労を早くするという強い証拠があるが、1年経過時においては全般改善度において軽い運動と比較し差は認められない。(GradeA)
職場での医療アドバイザーによる介入は就職率の向上に有効である。(GradeB)
6 再手術率と再発率はどの程度か
通常のヘルニア摘出術後の再手術率は経過観察期間が長くなればなるほど高くなるが、10年を超えると一定の傾向を認めない。(GradeC)
同一椎間での再手術例を再発ヘルニアとすると、通常のヘルニア摘出術では術後5年間程度は再発率が経年的に増加する傾向があるものの、5年以降は一定の傾向を認めない。(GradeC)
顕微鏡下ヘルニア摘出術では短期的には再手術率、再発率共に経年的に増加する傾向が認められる。(GradeC)
経皮的髄核摘出術やchemonucleolysls(わが国未承認)の再手術率や再発率にはばらつきが大きいが、通常の手術に比べ高頻度で、特に再手術率が高い。(GradeB)
再手術の成績には一定の傾向を認めない。(GradeC)