一面的な見方の個人攻撃、中傷によって、むちうち損傷を巡る諭争が妨害されている

Half-Truths, Personal Attacks, and Innuendo Cloud Debate Over Recovery From Whiplash Injuries 


脊椎研究の厳しい実態の一つに、物議をかもす分野についての研究者が、その名声や信頼性、私生活に関する個人攻撃を受け、大きな犠牲を強いられることがある。

研究者とその研究が一部の利益団体によって、さまざまな攻撃にさらされることがある。一面的な見方や、うわさ、中傷などの暗い影が、自由な発想を妨げ、難解な問題に対する科学的解答を得るための研究を頓挫させる結果となる。

最近の例として、New England Journal of Medicineの4月22日号に発表されたDavid Cassidy博士らによるむちうち損傷後の回復に関する研究が挙げられる。

New England Journal of Medicineに論文を発表することは、多くの点で、医学研究の頂点に到達したことを意味する。しかし、Cassidy博士らが被った犠牲は、とても名声で補えるものではないだろう。

Cassidy博士らは、詐欺、違法行為、不適格という声と闘わなければならなかった。博士らは個人的な非難を浴びた。最近になって、Cassidy博士は「われわれはこのような事態を全く予想していませんでした。物議をかもす分野について研究するのであれば、この種の攻撃を受けることを覚悟しなければならないという良い教訓になりました。今ではこういったことは疫学の一部であるとも思えます」と語っている。

医学研究では日常茶飯事

ワシントン大学のRichard A.Deyo博士は、こうしたことは医学研究ではよくあることだという意見に同意する。「残念ながらこのような状況は日常茶飯事なのです。研究者が、それまでその分野で利益を享受していた企業、弁護士、専門職集団または権利擁護団体などによってそういった
攻撃を受けるのは、今では当たり前のことです」と、Deyo博士は言う。

悲しいかな、脅かしが有効

研究で得られた知見が有力団体の利益に反する場合、あらゆる手段で攻撃されることになる。「科学的な批判の範囲を簡単に超えて、人格攻撃、政治的な陳情活動、販売戦略、訴訟にまで発展します」と、Deyo博士はつけ加える。

その攻撃は驚くほど有効で、重要な問題をあいまいにし、研究者を不必要な対決に巻き込むことになる。「他の研究者はこれをみて、物議をかもす分野には近づかないでおこうと考えるので、悲しいことに、この種の脅迫が有効なことが多いのだと私は思います。そして、もちろん、物議をかもす分野というのは、優れた研究や明確な答えが社会的に必要とされている分野でもあるのです」とDeyo博士は言う。

Deyo博士は、多くの点で、研究者に対する攻撃は自由な情報交換に対する攻撃であると主張する。「研究者に対する訴訟を起こすことで、裁判では敗れたとしても、研究者の研究を妨害し、資金を使い果たさせ、評判を傷つけ、大きな感情的ダメージを与え、それ以上の研究や批判をおこさせないという目的を達成することができるのです。このようなことは一般的に行われており、困った傾向です」。

その研究は何と主張しているのか?

次の記事は、Cassidy博士らの研究に関する公式の論評ではない。むしろ研究者が物議をかもす分野に取り組む際に直面する圧力と、対処しなければならない類の批判に関する論評である。ここで研究および関連するいくつかの問題について簡単に説明しておく。

Cassidy博士らによる研究は偶発的にスタートした。博士らは、Saskatchewan州の不法行為等過失責任保険制度(tort insurance system)の予測研究を計画していた。

「われわれは、研究を開始した時点では、政府が保険制度を変更しようとしているとは夢にも思いませんでした」と、Cassidy博士は言う。政府が変更を行ったとき、Cassidy博士らは研究を再設計した。彼らは、自然の成り行きにしたがって研究を進めた。つまり、不法行為等過失責任保険制度が実施されていた最後の6ヵ月間と、無過失損害賠償制度(no-fault insurance system)に変更直後の6ヵ月間、およびその次の6ヵ月間の比較を行ったのである(Cassidy et al.,2000を参照)。

保険金請求は28%減少

研究では劇的な結果が得られた。“Saskatchewan州における無過失損害賠償制度の導入後、むちうち症による保険金請求の発生件数は28%減少し、保険金請求終了までの日数の中央値は200日以上短縮した”とCassidy博士らは述べている。

傷害発牛日から保険金請求終了日までの日数の中央値は、不法行為等・過失責任保険制度の下では433日であったのが、無過失損害賠償制度の下では切り替え後最初の6ヵ月間には194日、次の6ヵ月間には203日と短縮された。

研究者らは“痛みや苦痛に対する補償がなくなると、むちうち損傷の発現率が低下し、予後が改善される”と報告した。

特殊な利益集団との対立

この研究で得られた2つの知見により、Cassidy博士らが、有力な特殊利益団体から非難を受けることになった。

研究では、不法行為等過失責任保険制度でも、無過失損害賠償制度でも、むちうち症の保険金請求に弁護士が関与することによって、保険金請求日数が有意に長くなることが明らかになっている。

「この研究では、弁護士が、回復に対する大きな障害となっていました。傷害の重症度、年齢、性別、他の因子に関する補正を行った後でも、弁護士が関与すると、不法行為等過失責任保険制度の下での回復期間[保険金請求終了までの日数]が250日間長くなりました」と、Cassidy博士は言う。弁護士の関与は、無過失損害賠償制度の下での保険金請求終了までの日数を100日間延長した。

ヘルスケア業界からの批判

この研究は、ヘルスケア業界における有力派閥からも注目された。この研究で得られた2つの知見は、一部のヘルスケアサービスの痛いところを突いていた。第一に、むちうち損傷は無過失損害賠償制度の下では比較的予後が良好であったことである。逆説的に、多くのヘルスケアサービスはこの結論を脅威に感じたのである。

第二に、初めにヘルスケアサービスにかからなかった患者、もしくは医師だけに受診した患者は、カイロプラクターまたは理学療法士にかかった患者よりも保険金請求の終了が早かったことである。

「積極的な治療に熱心でない臨床医を最初に受診した患者の方が、早く回復しました」とCassidy博士は言う。不法行為等過失責任保険制度の下で最も回復が早かった患者は、ヘルスケアサービスによる診療を受けなかった患者であった。さらに、損傷の重症度について補正を行った後
でも、この結果は変わらなかった。

このことが、むちうち症に対する一般的な臨床治療法の効力について疑問を投げかけたと、Cassidy博士は述べている。この結果は、むちうち関運障害に関するケベック特別調査団の勧告を経験的に支持するものでもあった。ケベック特別調査団は、ほとんどのむちうち損傷の後には、患者を安心させ、通常活動を再開するよう励まし、家庭でできる簡単な体操を推奨するという、最小限の治療を行うよう勧告している(Spitzer et al.,1995を参照)。

容赦ない攻撃

弁護士は、この新しい研究とその研究者を、あらゆる手段を講じて攻撃している。カナダの弁護士Michael Fitz-James氏は、Canada's Medical PostにCassidy博士の研究に対する反応について書いており、これらの批判は金銭的な問題に関係していると考えている。

Fitz-James氏は「カナダで無過失損害賠償制度を採用している管轄区(オンタリオ州、ケベック州)では、無過失損害賠償制度への切り替え後、対人傷害専門の弁護士の収入が激減したことがわかりました。この事実は、カナダのその他の管轄区、さらには米国の管轄区の弁護士にと
っても無関係ではなく、これらの州では無過失損害賠償制度を排斥するために、弁護士団体が非常に熱心に運動しています」と、述べている。

また、「もちろん無過失損害賠償制度を排斥する最も良い方法の一つは、この研究の信用を落とすことです。弁護士が自分たちの高収入を維持するためならば強硬手段をとることに、Cassidy博士が気づくのに時間はかかりませんでした」と付け加えている(Fitz-James,2000を参照)。

前任の研究者らが絡んだ2つの事件

このむちうち症研究を批判する側は、何とかして研究の信用を落とそうとして、前任の研究者らが絡んだ2つの事件に的を絞った。彼らは、この研究に携わった一人の生物統計学者がCassidy博士とSaskatchewan大学に対して不当解雇訴訟を起こしたことを、多くの記事で指摘している(Association of Trial Lawyers of Americaを参照)。

この生物統計学者は、Cassidy博士から、負傷者の保険金請求の決着の日付が、その人が回復した時期を正確に反映しているという結論を支持するような、統計学的結果を出すように指示されたと言っている。不当解雇についてのこの主張は、現在Saskatchewan法廷システムで係争
中である。

この告訴を調査するために、Saskatchewan大学は、研究デザインと実施状況の分析を行うため、専門家による独立委員会を任命した。徹底的調査の結果、独立委員会は、研究者らはいかなる種類の違法行為も行っておらず、この主張が根拠のないものであるとの決定を下した。

スポンサーからの干渉はあったのか?

第2の事件には別の研究者が関与していた。1996年半ば、Saskatchewan大学は、Cassidy博士の意見を支持して、むちうち症研究の最初の首席研究員を交代させた。この後、むちうち症研究の前首席研究員は、Saskatchewan Trial Lawyers Associationに手紙を書き、研究のスポンサーである保険会社のSaskatchewan Government Insurance (SGI)が、研究結果に影響を与えよ
うとしているとほのめかした。

“SGIが研究に干渉したことによって、研究の結果と結論の客観性と公平性が疑問視され、妥当性に関する疑惑も生じだろう”と、前任の首席研究員は手紙に書いている。

Saskatchewan大学は、SGIによる研究妨害はなかったと結論した。大学医学部の研究副学部長であるBarry McLennan博士は、“[前任の首席研究員の書いた]手紙は、誤解、中傷、悪意によるものである”という趣旨の手紙を弁護士協会に送った。(Fitz-James,2000を参照)。

これら2つの事件は、研究に批判的な記事のほとんどで言及されている。何人かの評論家は、これらの事件を引用して、Cassidy博士らが「詐欺」に関する調査を受けているとしている。これは、まったくのでたらめである。最終的に、この研究の価値は、研究方法論の妥当性および研究データの正確さによって決定されるであろう。

この研究データが結論を支持していることを認めた機関はSaskatchewan大学だけではなかったのは言うまでもない。New England Journal of Medicineは、通常の審査過程を経て、この研究の掲載を受理した。Deyo博士による付随の論説は、この研究を賞賛し、ヘルスケアサービスおよび政策寸案者にとってこの研究がもつ意義について論評した。(Deyo,2000を参照)。

症状と保険金請求終了

このむちうち症の研究を批判する者は、研究デザインが不適切であると攻撃した。しかしながら、その研究に対して繰り返された批判は根拠がなく、当の評論家自身が研究結果を徹底的に分析していないのは皮肉といえよう。

この研究に対する論評は、次のような非難を繰り返している。Association of Trial Lawyersのホームページは、“この研究では、保険金請求者が医学的に回復するまでの時間(請求者が完全に回復するのにかかった時間)が測定されておらず、保険会社が最後の支払いを行った時期を測定している。この研究では、むちうち症からの“回復”を、傷害発生日から保険金請求終了日までの日数と定義している”と述べている。

実際に、研究者らは、保険金請求の終了を主要な治療結果評価項目として用いた。しかしながら、この論文をよく読めば、彼らが、一部の被験者(約50%)において、むちうち症状からの回復についても分析を行っているおり、保険金請求の終了が実際に臨床的回復の代用となることを確認していることが分かる。

彼らは、生存率分析法(Survival analysis techniques)を用いて、症状の消失と保険金請求終了との相関関係を分析した。「われわれは、頸部痛、身体的機能、抑うつからの回復率を調べて、相関性が非常に大きいことを確認しました」と、Cassidy博士は述べた。彼らは“保険金請求終了までの日数と傷害の回復の指標との間には、強力かつ一貫した関連があった”と、New England Journal of Medicineで報告している。批判側が50%のサブグループが全研究コホートを代表するのかどうかを問題にするであろうが(Cassidy博士らは、代表すると考えている)、この研究がこの問題を無視したと考えるのは、事実に反しており、誤解である。

治療システムはどうか?

もう一つの批判もやはり誤解のように思われる。何人かの評論家は、Saskatchewan州におけるむちうち症の治療プロトコルが、保険制度と同時に変更されたと主張した。その結果、治療結果の変化を補償制度のせいにすることはできないと非難している。しかしCassidy博士が述べているように、むちうち症の治療プロトコルの変更は、ケベック特別調査団の知見に基づいて行われた。その報告書は1995年4月に発表されたので、新規の治療プログラムの実施は、この研究に有意な影響を及ぼしてはいない。

無過失損害賠償制度の導入前に請求が殺到?

批判的な人は、研究デザインが無過失損害賠償制度の影響を歪めたかもしれないと主張する。彼らは、この研究が、不法行為等過失責任保険制度の最後の6ヵ月間と、無過失損害賠償制度の最初の6ヵ月間と、次の6ヵ月間について検討した点を指摘する。請求件数の相対的な減少は、不法行為等過失責任保険制度の終了時に、請求者が締め切り期限に間に合わせようとして請求が殺到し、無過失保険制度の導入初期には(新しい手順が熟知されていないために)請求の過小報告があったことを示しているだけなのかもしれないと、彼らは非難する。

これに対してCassidy博士は、その可能性は低いと推測している。Cassidy博士は、古い不法行為等過失責任保険制度から新規の無過失損害賠償制度への移行は、患者の側から見ても非常にスムーズであったとし、次のように述べている。「損害発生日で給付金制度が決まりました。例えば、ある人が1994年12月10日(不法行為等過失責任保険制度期間内)に衝突事故にあったとすると、“損害発生日”(衝突事故の日)は不法行為等過失責任保険制度期間内であるため、
1995年1月5日(無過失損害賠償制度期間内)までに保険金請求を申請しなかった場合でも、その人は不法行為等過失責任保険で給付金を受けることになり、われわれの研究ではこの様な対象は不法行為等過失責任保険グループに入っています。大多数の人が、衝突事故後、数週間以内に請求を行いました」。

強力な科学的批判が不可欠

BackLetterは、新規の研究についての優れた科学的批評や研究方法に関する活発な討論を奨励している。Cassidy博士らによる研究は、科学的な面からの批判は受けなければならない。しかしながら、本稿に詳述したような批判者らの主張やいい加減な論説の繰り返しでは、真実は明らかにならない。むしろ、研究の価値を真剣に吟味せずにその信用を落とすことに躍起になっているようにみえる。

BackLetterは、この研究とDeyo博士による付随論説を慎重に吟味されることを読者にお奨めする。また、この研究を批評したり、研究についての評論家を批判しているホームページでも多くの文書を読むことができる。

この新規の研究は極めて重要な問題を扱っており、真剣に取り上げられるべきである。一連の騒ぎが落ち着いたころに、この研究の価値についてもっと科学的な議論が行われることを望む。

(編集長注:Cassidy博士は、BackLetter編集委員会のメンバーである)

Cassidy博士らによる研究は、科学的な面からの批判を受けるべきである


参考文献:

Association of Trial Lawyers of America, The fault with the New England Journal of Medicine's No-Fault Insurance Report.

Cassidy D et al., Effect of eliminating compensation for pain and suffering on the outcome of insurance claims for whiplash injury, New England Journal of Medicine, 2000; 342(16):1 179-86.

 Deyo R, Pain and public policy, New England Journal of Medicine, 2000; 342( 1 6): 12 1 1 - 14. 

Fitz-James M, Law journal plays hardball over whiplash stats, Doctors and the Law, Medical Post, 2000, 36(25):                    www.medicalpost.com/mdlink/english/members/medpost/data/362538A.HTML.

Spitzer WO et al., Scientific monograph of the Quebec Task Force on Whiplash-Associated Disorders: Redefining "whiplash" and its management, Spine, 1995; 20(suppl) : I S-73 S) . 


The BackLetter 15(8): 85 92-94 2000.

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