慢性痛を封じる集学的治療


除痛にとらわれず,活動的な生活を促す

明らかな器質的病変がないにもかかわらず長引く慢性痛。最近,痛みの心理的・社会的要因を重視し,麻酔科,精神科,リハビリテーション科などがチームを組んで慢性痛に対処する集学的アプローチが注目されている。鎮痛を目的とせず,痛みの訴えを棚上げし,活発な身体活動を促すことで,かえって患者のQOLは向上する。 佐賀市の中核病院である佐賀県立病院好生館。緩和ケア科医長の佐藤英俊氏が開いているペインクリニック外来には,頭頚部や背中,腰部などに慢性の痛みを抱える人々が県の内外からやって来る。自営業を営む70歳の男性Aさんもその一人だった。最初に後頭部に痛みを感じたのは7年前の冬。近くの整形外科を受診し,消炎鎮痛薬を処方されたが症状は改善しなかった。同年春,さらに痛みが増したため不安になり,別の病院の麻酔科へ。約1年半,星状神経節ブロックを約90回,大後頭神経ブロックを約60回受けたが,後頭部の痛みが消えることはなかった。翌年,自殺を図り,佐賀県立病院好生館の精神科を受診,不安神経症との診断で薬物治療を受けた。後頭部痛が持続するため,佐藤氏の外来に紹介されてきた。Aさんは耳嶋りや肩こり,不眠の症状も抱え,不安で「死んだ方がましだ」と訴えた。

精神科医を交えたチーム医療

佐藤氏らはAさんに対して,“ペイン・マネジメント・プログラム"を実施することにした。このプログラムは米国のメイヨー・クリニックが開発したもので,精神科から紹介された慢性痛患者を対象に,麻酔科医,精神科医,臨床心理士らがチームを組んで外来で診療に当たる。Aさんの治療は精神科外来の個室で始まった。妻も含めた面談や,後頚部筋の緊張を柔らげるための鍼治療が行われた。1回の治療に60〜90分の時間をかけ,心の中にわだかまっている思いや考えを,どんなささいなことでも話してもらうようにした。その話の中で,最近息子が自営業の後を継いだため,Aさん自身することがなくなり,張り合いのない生活を送っていたことや,その疎外感から痛みを訴えることで家族の気を引こうとする振る舞いが目立つなどの痛み行動が浮き彫りになった。そこで,Aさんに時間を有効に使うように1日および1週間単位のタイムスケジュールを作らせて,できるだけ実行してもらった。次回の受診の際にフィードバックを行い,内向的な生活パターンや,痛みに関する誤った考えと行動を修正していった。治療開始後1ヵ月で,Aさんの後頭部痛は軽減し鎮痛薬の使用頻度も1日数回から週2〜3回に減った。今も痛みは多少あるが,デイケアセンターに週3日通ったり,鶏の世話を日課にするなど活動的な生活を送っている。

“痛み行動”がターゲット

Aさんのような慢性痛の多くは,器質的,心理的,社会的要因が絡合っている。中でも,「通常の治療に反応せず,痛みを訴え続ける慢性痛症候群と呼ばれる患者では,痛みの原因となる組織傷害や病態が消失しているにもかかわらず,“痛み行動”が遷延して日常生活に支障を来している」と佐藤氏は説明する。

痛み行動とは,「痛い」という訴えのほか,「顔をしかめる」,「処置を求める」など痛みの知覚を周囲に伝える多様な行動を指すが,痛みを訴え続けるのは痛み行動が周囲の反応に条件付けられているからだとする行動学習理論が近年注目されている。つまり,痛み行動により家族や医療者から関心や擁護を得られたり,心理的かっとうから回避できたりすると,痛みの知覚は,傷害による刺激よりもそうした“報酬”に支配されるようになるというのだ。

従って,「慢性痛に対しては,鎮痛薬や神経ブロックなど痛みそのものの軽減を目的とした治療よりも,痛み行動の軽減を図る治療が重要になる」と,佐藤氏は強調する。

痛み行動を軽減する手段としてよく行われるのが,佐藤氏がAさんに行ったような認知・行動療法を基本とする集学的治療プログラムだ。すなわち,患者の痛み行動を助長せず,心理的・身体的訓練などを集学的に行うことで,痛みに関する否定的な思い込み(痛いから休むなど)を是正し,積極的な生活態度や活発な身体活動を支援する。その有効性も既に認められている。最近のシステマティック・レビューによれば,集学的治療プログラムは通常のケアに比べ,慢性腰痛患者の疼痛,機能状態,仕事への復帰までの時間を有意に改善することが示されている                                              (BMJ322:1511-1516.2001)

 

日本独自の集学的治療を

欧米の施設ではそのようなプログラムを,麻酔科医や精神科医,作業療法士,看護師など様々なスタッフがチームを組む集学的ペインクリニック(multidisciplinary pain clinic;MPC)で行うことが多い。一方,日本ではMPCのような組織を持つ施設はほとんどない。米国ワシントン大学のMPCに5年間勤務した経験を持つ,帝京大溝口病院麻酔科講師の北原雅樹氏は,「米国の文化・慣習・医療制度を背景に発展してきたMPCをそのままの形で日本に導入することは難しい」と指摘する。

その第一の理由は,コストの問題。MPCでは何十人もの専門スタッフが診療に当たるため,それに見合う高額な診療費(1プログラム当たり約2万ドル)を払える医療保険に加入している患者だけが対象になる。日本の皆保険制度下ではあり得ない話だ。また診療側の要因として,MPCでは痛みの治療に熟練したスタッフが診療科の枠を越えて長期間在職するためチーム医療が円滑に行われやすいが,診療科同士の交流が少なく,しかも頻繁に職場を変える日木の医療者にそれを期待するのは難しい。

「だからといって,日本にMPCが不必要だということにはならない。MPCの基盤となるチーム医療や患者積極参加型の治療法は慢性痛以外の様々な疾患にも求められている。日本の文化・慣習・医療制度の中で,どんなMPCが望ましいのかを考える必要がある」と北原氏は話す。

グループ療法で痛み消失

そんな日本独白のMPCの方向性を示唆するケースとして注目されるのが,札幌医大病院での取り組みだ。毎週木曜日の午後1時を過ぎると,同病院2階のカンファレンスルームに20人ほどの人々が三々五々集まってくる。車いすの人,つえを持った人,入院着姿の人など入院・外来の患者とその家族たち。そこに麻酔科医,精神科医,作業療法士,看護師も加わり,車座に並べたいすに座って談笑し始めた。慢性痛の集団精神療法を行う「くろぱんの会」の風景だ。会が始まると,参加者は順に自己紹介し,最近どんな生活を送ったか,痛みの感じ方はどうだったかなどの近況を報告する。続いて,心理ゲームや言葉遊び,簡単な作業などをして楽しむ。そして最後にまた,今回参加した感想などを順番に報告し合う。最近はミーティングだけでなく,新年会や花見,釣り堀,パークゴルフなどの野外活動も行っている。この会は麻酔科の本間真理氏と神経精神科の芦沢健氏らが中心になって5年前から始めた。「慢性痛患者は痛みのため,家に閉じこもり,他人との交流が疎ましくなりがち。患者同士で胸の内を語り合ったり,一緒に楽しんだりする中で,痛みを忘れて過ごす時間や前向きな気持ちを持ってもらえれば」と本間氏。慢性痛患者は医療への不信感を抱いていることも多い。「スタッフが会に参加することで患者の心身の苦痛を共感的に聞き,患者との良好な治療関係を形成できる」と,麻酔科講師の松本真希氏は語る。

慢性痛に森田療法を応用

くろぱんの会では,精神療法の手段として「森田療法的アプローチ」を用いているのが特徴。森田療法とは,“あるがまま"という生きる上での基本的態度を体得させる自己是認の療法。1920年代に森田正馬氏により創案され,神経症に高い治癒率を示す根治療法として知られる。芦沢氏は,「症状を不問にし作業をする」という森田療法の技法が,欧米の認知・行動療法のものと共通していることに気付いた。そこで,日本人に対して既に高い実績がある森田療法を,慢性痛患者に応用することにした。会では,「痛みを“あるがまま"に自分の一部として受容し,目的本位の生活習慣を身に付けることで,結果的に痛みが気にならなくなる」などの基本的な考え方(表)を努力目標とし,森田療法に関する一般図書を紹介して学習してもらっている。「先日の野外活動では,車いすで来た人がいすを降りて自力でパークゴルフを始めた。すると次第に夢中になり,痛みも忘れて歩き回った。こんな楽しいリハビリができれば,生きる意欲もわいてくる」と芦沢氏。日本で慢性痛に対する集学的治療が広まるためには,まだ障害が多いのも事実。だが,必ずしもMPCという組織や治療プログラムがなくても集学的治療は可能であるということを,札幌医大のケースは示している。(大滝隆行)

 

表  慢性痛への森田療法的アプローチ(芦沢氏による)/Nikkei Medical 3  2002

痛みを除く治療をしてきたが、完全に痛みは消失していない。
痛みはあっても痛みが気にならなくなれば、楽しく生活することは可能。
痛みのある部分にその療因を求め,その原因を取り除こうとする努力(とらわれ)か逆に痛みの慢性化を強化している可能性がある。
むしろ痛みを「あるがまま」に自分の一部として受容する方が,痛みを排除するより痛みか気にならなくなる。
痛みにとらわれ,痛みに振り回される生活から,痛みにかかわらず生活を楽しむことができる目的本位の生活習慣を身に付けることを治療目標とする。
今までの生活は痛みの強い臼は悪い目,痛みの弱い日は良い日、といった価値基準であった。
これからは痛みの有無にか抄わらず,目的を持って生活できた日は良い目,何も目的を梼たずに無為に過ごした目は悪い目,と自己評価する。
特に目的を持って生活のできた目は自分を褒めること。

加茂整形外科医院