予防論争

Prevention Controversy


国立科学アカデミー(NAS)の報告書『Musculoskeletal Disorders and the Workplace』は、職場における介入によって頸、肩、腕、手首そして手の愁訴を予防できるという、対照比較研究に基づくエビデンスをわずかしか見出せなかった。

NAS委員会によると、職場における介入により上肢の症状を予防できることを示すエビデンスはいくつかある。しかしながら、人間工学的プログラムによって、手根管症候群、外側上穎炎、肩腱炎、頸部神経根症または他の特異的な上肢障害を予防できるというエビデンスはない。

懐疑論者を説得できるデータはない

NAS委員会は、人間工学的プログラムの価値に懐疑的な人々を説得できるような、方法論的に厳格な科学的データをみつけることができなかった。レビューで確認された科学的研究は、決
して説得力のあるものではない。

さらに、レビューそのものの妥当性を疑問視する理由もある。NAS委員会は、介入についての文献のレビューは、“対照群を設けた研究”に産業界の“最良効果が得られた実例”の調査を加え
たものに制限されると明白に述べたが、一介入に関する章では、多数の非対照比較研究を引用しており、最終結論ではそれらた頼っているように思われる。これは、体系的レビューの方法としては異常である(National Research Council.2000を参照)。

反対意見

NAS委員会のメンバーの1人、整形外科医のRobert M.Szabo博士は、主報告書に対する反対意見を発表した。なぜなら博士は、結論、および他の委員会メンバーが採用したエビデンスの基準に賛同できなかったからである。Szabo博士は、“文献をみると、上肢障害、特に手根管症候群の一次および二次予防に関係した、有効な質の高い介入研究はない。委員会は、有効な科学的介入研究がないという問題を回避するために、`最良の効果が得られた実例'を用いるという、私にはあまり科学的とは思えない方法をとった”と述べた。

同じくSzabo博士は、NAS報告書が特定の上肢障害の予防に関するエビデンスの特性を明確にしていないという不満を訴えた。Szabo博士は、“損傷、疾患、障害の発現に関する短期的また
は長期的予後が、介入によってそれが理学検査結果と相関していることを示した研究はなかったことを、強調する必要がある”と述べた(National Research Council 2000, Dissent,Robert M.Szabo, Appendix Bを参照)。

反対意見に対する反応

NAS委員会の残りのメンバーは、Szabo博士の反対意見に対して、検討された介入は上肢痛の予防についてのみ実証し、特定の障害の予防については実証していないという点で同意した。
Szabo博士と同じ委員会のメンバーによると、“本報告書では、介入により手根管症候群が予防されるとも、他の上肢障害が予防されるとも述べられていない。ポイントはむしろ、症状の改善
におかれている”(National Research Council 2000, Panel Response to the Dissent, Appendix C.を参照)という。

対照比較研究のレビュー

それでは、NAS報告書は、職場における上肢の筋・骨格系障害の予防に関して何を見出したのか。

レビューの対象とみなされるためには、それらの研究が、対照群の設定、研究期間が1ヵ月以上、健康上のエンドポイントの測定、および同じ分野の専門家が審査した科学雑誌への発表と
いった基準を満たしていなければならなかった。

不適当な姿勢の改善に対する限られた支持

10研究中6研究は、コンピュータ使用者における静的筋肉負荷を減少させるためのさまざまな介入について評価したものであった。新型の椅子およびワークステーション、前腕の支え、代替キーボードおよび代替コンピュータマウスなどがあった。肯定的な結果ではあったが、とりたてていうほどのものではなかった。

“総合すると、これらの研究から、疫学の章で同定されたコンピュータ使用者におけるリスクファクターである持続的で不適切な姿勢を減らすことが、頸から上肢にかけての疼痛の減少につながりうるという、若干の限られたエビデンスが得られる”とNAS報告書は述べている(National Research Council.2000を参照)。

包括的な人間工学的プログラム

報告書で同定されたもう1つの研究は、G.Parenmark氏らによる、チェーンソー組立工場で実施された包括的な人間工学的プログラムに関するものであった。プログラムには、肩の筋肉の負荷を減少させるための訓練、作業方法の変更への従業員の参画、および生産意欲の改革が含まれた。著者らは1つの工場で介入を実施し、もう1つの別の工場を“対照群”とした(Parenmark et al.1993を参照)。

NAS報告書によると、“人間工学的プログラムを行うことにより、病欠が20%減少し、配置転換率は70%減少した”。

本研究の採用は、上肢障害の予防に関する人間工学的介入を支持するエビデンスが弱いことと、同じくNAS委員会のエビデンス基準が低いことを明白にする。

NAS報告書に何度も引用された分析である、J.Winkel氏およびR.H. Westgaard氏による1997年のレビューでは、重大な方法論上の問題のため、本研究は製造システム介入の利点に関するエビデンスとは認められなかった(Westgaard and Winkel.1997を参照)。

Westgaard氏およびWinkel氏によると、“Parenmarkの研究は、筋・骨格系の健康状態を示す変数を報告しておらず、病欠と配置転換の総数しか報告していない。その効果は製造ラインの変更か、各人の作業技術の訓練および各人のリハビリテーションの結果によるものかはっきりしなかった”という。

他の3つの研究は印象的ではない

NASがエビデンスとした研究の一覧表に引用された他の3つの研究は、上肢障害を防ぐための職場介入の価値を実証するうえで、いずれも印象的なものではない。第1の研究は、頸部教室
および運動の利点を認めなかった。第2の研究は、運動訓練が頸部および肩の不快感に対して効果がないことを見出した。そして第3の研究でのみ、在宅介護福祉士における運動について肯
定的な作用が認められた。(Kamwendo and Linton,1991; Silverstein et al. 1988; Gerdle et al, 1995を参照)。

上肢障害に対する人間工学的介入に関する章では、職場プログラムの有用性の可能性について論じる際に、多数の非対照比較研究を引用している。介入に関する総合的な結論は、対照比較研究だけでなく、これらの報告をも根拠にしているようである。これは、NAS報告書が定めた方法論に違反しているように思われる。

最良の効果が得られた実例

NAS委員会は、公表された上肢障害に対する人間工学的介入研究のレビューに、業界で最良の効果が得られた実例のレビューを補足した。

“上肢および頸部の業務上の筋・骨格系障害に対する、工学的管理、運営過程、個人に関する介入により、27の会社で肯定的な結果が得られた”とNAS委員会は述べた。しかしながら、Szabo博士が反対意見で述べたように、科学的レビューでこの種のエビデンスを採用することには、いくらよく見ても問題が多い。最良の効果が得られた実例の報告は、対照群の設定や交絡因子のコントロールを行っておらず、特異的介入の価値の決定的なエビデンスにはならない。

総合的な結論に対する疑問

NAS委員会は、職場プログラムが上肢症状の予防に有効であるという総合的な結論に到達した。委員会メンバーは、有効な人間工学的プログラムは身体的ストレス要因を最重要視しなければならないと主張した。報告書によると、“介入は、主として人間工学的原理の適用を介して、身体的ストレス要因を調節しなければならない”という(報告書は、有効なプログラムは雇用者の
関与と従業員の参加を必要とするとも結論している)。

残念なことに、NASレビューで検討した研究、少なくともレビューで述べた採用基準を満たす研究は、いかなるエビデンス基準を用いても、この仮説をほとんど支持するものではない。

より良く、より科学的な結論は、上肢障害の予防プログラムの有効性に関するいかなる結論を導くにもエビデンスが不十分である、となるだろう。このレビューで得られた科学的エビデンスは、効果的な人間工学的プログラムは身体的ストレス要因を調節するものでなければならないという仮説を、支持もしなければ否定もしない。

質の高い研究が不足しているので、誰もが、科学文献において大きな空白部分があるというNAS委員会の意見に賛同するだろう。“科学文献が限られているため、介入が特定の筋・骨格系障害に対し有効となるための特性をさらに明確にし識別するためには、業界、労働者、政府および研究者の努力を連絡するシステムによって支持された、包括的、かつ体系的な研究プログラムの実施が必要である”と報告書は結論づけた。

参考文献:

Gerdle B et al.. Effect of a general fitness program on musculoskeletal symptoms, clinical status, physiological capacity, and perceived work environment among home care service personnel. Journal of Occupational Rehabilitation, 1 995 ; 5( I ): 1-1 6. 

Kamwendo K and Linton SJ, A controlled study of the effect of neck school in medical secretaries, Scan.dinavian Journal of Rehabilitation Medicine, 1 991 ; 23 : 1 43-52. 

National Research Council and the Institute of Medicine. Musculoskeletal Disorders and the Workplace; Low Back and Upper Extremities. Panel on Musculoskeletal Disorders and the Workplace. Commission on Behavioral and Social Sciences and Education. Washington, DC. National Academy Press; available online at www.nap.edu. 

Parenmark G et al., Ergonomic moves in an engineering industry: Effects on sick leave frequency, labor turnover, and productivity, International Journal of Industrial Ergonomics, 1 993; I I :29 1 -300. 

Silverstein BA et al., Can in-plant exercise control musculoskeletal symptoms? Journal of Occupational Medicine, 1 988; 30( 1 2) :922-7 . 

Westgaard RH and Winkel J, Ergonomic intervention research for improved musculoskeletal health: A critical review, International Journal of Industrial Ergonomics, 1997; 20:463-500. 

The BackLetter No.27.FEBRUARY 2002

加茂整形外科医院