脳には可塑性があり、それは生後33ヵ月で最も大きく10歳前後で下り坂

ー豊かな脳を育てる食事の大切さーより 大島 清(京都大学名誉教授)  月間保団連 2005No.876


しかし、大切なことは年をとってもゼロにはならないことだ。

赤ちゃんの感覚の発達の中でも聴覚というのは、神経回路が妊娠30週でできている。ただし伝達神経は裸電線だから、それに情報が洩れないように絶縁物を貼り付ける。髄鞘という絶縁物を貼り付ける。生まれたとたんに聴覚は、発動し始める。そして、30週目頃から母親の声を知る。そうすると、生まれて片っ方から母親の声、片っ方からほかの女性の声を聞くと、「○○ちゃん」と呼ぶと、母親のほうを向くということもわかっている。あとの味覚とか嗅覚とか触覚、いわゆる動物性感覚といわれているものは、生まれてただちに使えるようになる。羊水の中に浸かっていても準備はなされている。いちばん遅いのは視覚だ。視覚の神経回路ができるのは3歳のと
き。3歳のときに急速に視覚が出来上がると、今度はそれまでずっと語りかけをしていると、急速に言葉をしゃべるようになるのもそのためだ。視覚が言葉をしゃべらせるということがある。

難しい言葉を、皆さんに突きつける。「脳の可塑性」という言葉。これは英語でいうと、プラスチックのように弾力があるという意味で、plasticityと呼んでいるが、つまり、私たちは粘土がやわらかいときはどんな形にもつくることを知っているが、その粘土のやわらかみがあって弾力があるということ。そして、それは少し固くなると、時間をかけて形をつくらない。そして固まってしまうとどうな
る?固まるとどうやっても駄目。しかし大事なことは、その粘土を水の中に漬けておくと元に戻る。つまり、痴呆性老人になっても、水をつけるというような介護の仕方をすると、またよくなる人も中にはいる。そういうことで、外からのバランスのとれた刺激に対して、脳はソフトに反応してシナプス、シナプスというのは神経細胞と神経細胞をドッキングさせているつなぎ目。シナプスが増えると、神経回路も増える。これを「脳の可塑性」と呼んでいる。これは非常に大事なこと。

図4は脳の可塑性の100歳までの図。20世紀のいちばん最後の12月に、国連で大会があった。国連の中の小さい組織、育児幸せ協会というのがあって、それが白書を出した。それは、オギャーと生まれた人間がどのような人間になるか、生後33ヵ月で決まるという、ショッキングな報告だった。可塑性に時間がかかるようだったら、10歳以降、可塑性は鈍っていく。それまでの最高は、やはりなんといっても33ヵ月だ。しかし、10歳ではほとんど大人並に決まっていく。大切なことはゼロになるのではない。そして、呆けても粘土を水に入れるようなセラピーをやれば、元へ引き返すことができることもあるということ。この曲線は、世界の人々に大きなショックを与えた。

しかし焦ったお母さんは、もう10歳過ぎたら駄目だと思いがちだ。でも時間がかかってもよろしい。たとえば、5歳のときに父親にレイプされて、それを口に出せない。気持ちをすっきりさせることもできずに20歳になり、25歳になって結婚し、そして子供が2人生まれた。しかしその人は30歳を過ぎたころにうつ病になった。これは小さいころから引っ下げてきたいまわしい誰にも言えない思い出というものがある。ごのとき、5歳のときにそういう事実がわかれば、たちまちここでいろいろ指導.していけば何とかなる。この脳の可塑性の高いときに癒されるかもしれない。しかし日本の文化というのは、そういうようになっていなくてひた隠しに隠す。現在35歳から45歳の人がたくさんうつ病にかかっている。ということは、挙げたこの一例と似たようなことがあったのではないのか。たとえば暴力を振るわれたとか、食事を制隈されたとか、そして大人になったと。脳の可塑性というのは、脳を形づくっていく上できわめて大切な要素だ。しかし、10歳以後、なぜ10歳というのが大事かという話に入ると、10歳からつづく10年間は、脳やからだの発達から考えると思春期に入るということ。思春期に入るということは、いろんな問題を抱えることになる。そういうことを含めて10歳で終わりだというのではなくて、10歳以降は時間をかけていろいろ相談にのるという心構えが大事だということで、10歳以降は知らんぞ、と、切り離してはいけない。

加茂整形外科医院