腰椎椎板障害〜基礎と臨床〜

第78回日本整形外科学会学術総会  2005 MAYセミナー ランチョンレクチャー18


千葉大学大学院医学研究院 整形外科学助教授 高橋和久先生


はじめに

日常診療で腰痛患者を診察する機会は多い。一般に、椎間板障害は腰痛の原因の一つと考えられているが、画像的に椎間板変性や不安定性がみられても、腰痛を生ずるとは限らない。本講演(座長:濁協医科大学越谷病院整形外科教授野原裕先生)では、腰椎椎間板障害の基礎から臨床について、不安定腰椎や腰痛の評価法までを含めて総括的に解説した。

1.腰痛の疫学・諸問題

●慢性腰痛とは

最初に、腰部が身体のどの部分にあたるかという定義について述べる。腰部は第12肋骨から下で、腸骨稜より上の部分であると考えられる(図1)。

腸骨稜より下から殿溝までの殿部では、腰痛以外にも根性痛によって痛みが出る場合もあるた
め、腰部と殿部は区別した方がよい。

腰椎は、5つの椎骨とそれを連結する椎間板から成り、そこからそれぞれの脊髄神経が出ている。椎間板障害(degenerative disc disease)は、脊椎症、椎間板症などと呼ばれているが、椎間板障害の症状の一つは腰痛である。

腰痛の頻度は、Nachemsonら(The Lumbar Spine,3rd ed.,2004)によればpoint prevalence(いま現在腰が痛い人)が15〜30%、1-month prevalence(過去1ヵ月に腰が痛かった人)が19〜43%、
lifetime prevalence(過去に腰痛の既往がある人)が60〜80%であった。また年齢別頻度をみると、ほぼ年齢に関係なく30〜40%程度の人が腰痛を訴えており、非常に頻度の高い症状だといえる。腰痛で問題になるのは労働損失であるが、その約半分は15%の慢性腰痛患者(1ヵ月以上の罹病期間)によるものである。

一般的な腰痛は、慢性的な経過を辿るか、あるいは繰り返して起こってくることが多いと思われる。特に慢性腰痛は、(a)3ヵ月以上続く腰痛で、(b)器質的な原因が不明であり、レントゲンやMRIを撮ってもなぜそれが痛いのかわからない、(c)痛みが病気になっていて治りにくい、(d)労働災害や交通事故が多く、(e)治療が難しい。

慢性腰痛における薬物治療は多くの場合、消炎鎮痛剤や筋弛緩剤を中心とした対症療法であるが、長期服薬の際には胃腸障害等の副作用を心配される方も多い。ノイロトロピンは生体内疼痛制御機構である下行性疼痛抑制系の活性化や末梢循環改善作用等により慢性疼痛を緩解するとされており、また胃腸障害も少ないため、長期服薬時の選択薬剤の一つといえる。

2.腰椎椎間板障害の基礎

●椎間板性疼痛の伝達

腰痛、特に慢性疼痛症例では椎間板性の疼痛が問題となる。ここではこれまでの我々の教室の成績を中心に説明する。

「腰部椎間板障害の研究、特に椎間板内神経終末の組織学的検討(篠原、日本整形外科学会雑誌、1970」が、椎間板性疼痛に関する最初の重要な報告ではなかろうか。篠原は、変性椎間板には神経線維が線維輪に深く進入し豊富かつ多種の神経終末がみられるとした。

一般に、L4-5の椎間板障害でも、L4やL5領域の痛みではなく、L1やL2の皮膚領域に境界不明瞭な疼痛を感じる。高橋ら(Neurosci Letters,1993)は、ラットを用いた実験で、L5-6椎間板に発痛物質であるカプサイシンを注入し、あらかじめ静注しておいたエバンスブルーの色素漏出部位を観察したが、想定していたL5の領域ではなく、L2領域となる鼠径部に色素の漏出を認めている。

その後、森永ら(Spine,1996)により、ラットのL5-6椎間板前方においた神経トレーサーがL2後根
神経節に集まり、椎間板性疼痛がL2脊髄神経を介して伝達される可能性が裏付けられた。

中村ら(Spine,1996)はラットの両側L2,3,4,5,6交感神経を順次切除すると、椎間板後方の神経の染色性が低下したことから、椎間板後方の神経線維は交感神経幹を通過している可能惟があると報告している。

また中村ら(JBJS,1996)は、椎間板性疼痛はL2の神経根を介して伝達されていると考え、前屈位で腰痛が起こる患者に対してL2神経根ブロックを行った結果、同側の腰痛、殿部痛、大腿部痛が消失・軽減したと報告している(表1)。このことから、椎間板性と思われる腰痛患者にL2神経根ブロックが有効であることが示された。

 

●椎間板の神経支配

大鳥ら(Spine,1999)はラット腰椎椎間板後方線維輪内に置いた神経トレーサーによる研究により、椎間板の後方線維輪は脊椎洞神経と交感神経の二重支配を受けている可能性があることを報告している。

黒川ら(ISSLS,2002)はこの椎間板の神経支配がどのようになっているのかを確認する目的で、図2に示すように2種類の神経トレーサーを用いた実験を行っている。図2右上図のグループ4の結果は、カルボシアニン蛍光色素(DiI)とフルオロゴールド(FG)の両者で標識された右L1後根神経節(DRG)のニューロンを示している(↓)。言い換えると、この矢印で示された細胞は、DiIでもFGでも描出され、L5-6とL6-S両方の椎間板を支配している細胞であると考えられる。

さらに、このような細胞がどこに分布しているかをみるために、標識ニューロンの分布を調べると、二重標識ニューロン(黄色の部分)は、L1,L2にピークを持った分布になり、L1,L2に両方を支配するニューロンがあると考えられる(図2右下)。つまり、L5-6の椎間板を支配すると同時に別の椎間板を支配する神経細胞が椎間板にあることがわかる。今回のラットの異なる椎間板レベルに2種類の神経トレーサーを置いた結果、2つの椎間板を支配するdichotomizing nerve (二分軸索神経)が存在したと考えられる。

●神経損傷のメカニズム

Freemontら(ISSLS,1997)は椎間板性疼痛と障害椎間板への神経のingrowth(内部成長)との関連を検討する目的で、discographyの際に疼痛が誘発された椎間板性の疼痛患者に対し、前方手術を行ってその椎間板におけるPGP9.5(神経特異タンパク)、substance P(侵害受容伝達物
質)、GAP43(軸索成長マー力ー)などを調べた。その結果、障害椎間板ではsubstance P陽性の神経が椎間板深部へingrowthしていたことを報告している。

井上ら(ISSLS,2005)は椎間板障害時の髄核脱出による神経損傷の過程を神経組織学的に検討している。ラットの線維輪前方を穿刺し、髄核を線維輪表面に接触させた群と線維輪表面に傷をつけただけの群(対照群)における椎間板を支配する神経細胞を比較すると、髄核を接触させた群でATF3(神経損傷マー力ー)及びGAP43の陽性率が高かった。すなわち、髄核が接触した時に線維輪に神経損傷が生じ、その後椎間板内に神経が進入する可能性を示し、疼痛の慢性化のメカニズムを示唆したものである。

将来、椎間板ヘルニアにみられた椎間板内への神経線維の進入メカニズムを明らかにすることで、神経の進入を防ぎ、腰痛の慢性化を予防することができるのではないだろうか。

3.腰椎椎間板障害の臨床

Bodenら(JBJS,1990)は腰痛、坐骨神経痛や間欠破行の既往のない61例の1/3にMRI上の腰椎の異常を認めている。このことから、MRI上での異常が必ずしも痛みに結びつくわけではないといえる。

Kuslichら(Clinical Orthopedics,1991)は、腰痛の原因となり得る組織を同定するために、局所麻酔下での部分的椎弓切除時に種々の組織を刺激してどこが痛いかを検索した。その結果、椎間板線維輪の最外層、椎間関節包が腰痛の原因となる組織であり、逆に原因とならない組織は、椎間関節の滑膜、髄核、筋、筋膜、骨の中であると報告している。

現在では、腰椎椎間板障害の発症要因については、加齢的変化、反復する軽微な外傷、あるいは遺伝的な要因などが考えられている。

@Salminenら(Spine,1999)は、15歳時にMRI上椎間板変性がある場合、少なくとも23歳まで繰り返し腰痛を発症する危険性が高いと報告している。Aまた、生活環境の異なる75組の第性一卵性双生児について、5年間での変化をみるためMRIの撮像を行った結果、腰椎の変性性変化の進行の47-66%が遺伝的に決定されていた(Videman et al.,ISSLS,2005)。B中村ら(ISSLS,2005)が過去1ヵ月間に腰痛の既往のない16184人を5年間にわたり経過観察した結果、喫煙、肥満、
不活発な人は腰痛を生じる危険性が高かったと報告している。

以上の報告から考えると、椎間板が変性するかどうかの原因は2/3くらいは素因で決定され、   1/3くらいは生活内容によって決定されるのかもしれない。

4.不安定腰椎

不安定惟の定義については明確ではない。腰椎不安定性に関しては、(a)生理的負荷での椎間可動域の増大や運動パターンの異常、(b)異常が症候性となった場含、(C)脊柱側弯症やすべり症までを含めた配列異常や現在の手法では確認できない不安定性も含める考え方がある。現在の状況では、不安定性の評価ポイント(X線機能撮影)としては、@前後屈椎間可動域(10度以上)、A後方開角(前方つぶれ5度以上)、B前後動揺性(10%以上)、C側方動揺性等で決定している。その際、あくまでも症状がある人に対して、これらのポイントがあるかどうかを確認している。

豊根ら(JBJS,1994)は、MRI上の椎間板変性を示した500名(平均年齢50歳、13〜81歳)の1500椎間を調べ、終板と骨髄内に変化を認めたのは94名で、その中でカルテの記載が整っていた74名
(男性34名、女性40名)を研究の対象として、MRIで腰痛が診断できないかを検討した(表2)。

組織学的所見をみると、T1画像で高輝度(Type2)のものは脂肪髄化し、T1画像で低輝度(Type2)のものは肥厚した骨梁を取り囲む血管線維性組織であった。結果として、MRI上腰椎椎間板変性を認めた74名中、Type1に腰痛と不安定性の頻度が高かった。

現在のところ、腰椎の画像検査は自分の診た症状や所見を確認する手段として用いるべきであり、患者を見ないで画像だけを見ても臨床的にはあまり役立たない。変性疾患の場合、画像で異常があっても症状がない場合が数多くあるため、画像検査はそうした確認の手段として用いる
べきである。

5.腰痛の評価法

●評価法の役割と分類

現在、新しい腰痛疾患治療成績判定基準(新JOAスコア)の作成が進められているが、評価法の役割として@疾患の診断、A重症度の判定、B治療法の選択・改善、C治療効果や予後の判定に加え、D患者側の評価、特に腰痛関係の評価法が重要である。例えば、脊柱管狭窄症の患者さんが、術後何m歩けるようになったかよりも、患者さんがその手術にどのくらいの期待をしているか、そしてその期待が術後何%達成されたかによって、患者さんの満足度が変わってくる。

●新JOAスコア

現行の29点満点のJOAスコアは、国際的な評価基準に照らして@疼痛、しびれ、健康状態など
に関する患者側からの評価が含まれておらず、A各評価項目及び割り当てられた点数の妥当性の検証がされていないといった問題点があった。

新JOAスコアでは、第一次調査として腰痛患者346名、健常者216名を調べて、SF-36,Roland-Morris Disability Questionnaire,VASをもとに使用し、有意なものを抽出するという方法を採っている。二次調査は腰痛患者367名、健常者98名で再現性と鋭敏性を評価し、信頼性の確認調査と重症度設定の調査を行っている。

新JOAスコア案の評価基準を表3に示す。新JOAスコアの25の自記式質問項目は、5つのカテゴリーに分かれ、疼痛関連障害4、腰椎機能障害6、歩行機能障害5、社会生活障害3、心理的障害7の多項選択式となっている。この中で、疼痛関連障害の例をみると、@「腰痛を和らげるために、何回も姿勢を変える」、A「腰痛のため、いつもより横になって休むことが多い」、B「ほとんどいつも腰が痛い」、C「腰痛のため、あまりよく眠れない」の4つの項目となっている。このよう
に5つのカテゴリーはそれぞれ自記式質問項目の選択により評価する。

84%の人は一生に一度は腰痛を経験するとされているが(Cassidy,ISSLS,1997)、下肢の神経症状よりも腰痛が愁訴となっている患者さんが極めて多い割には、腰痛の原因がわかっていることは少ない。分離症、分離すべり症、脊柱管狭窄症と診断される患者さんは多いかもしれないが、他に症状がなく腰痛だけを訴える患者さんが目立つ。以前に比べれば基礎的研究から腰痛の起こるメカニズムが少しずつわかるようになってきており、今後ともこの研究を続けていかなければならない。


(加茂)

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加茂整形外科医院