腰椎椎間板ヘルニアの自然退縮機序とこれを利用した臨床応用の開発

教育研修講座(第77回日本整形外科学会学術総会(神戸)において教育研修講演として発表した)

日整会誌Vol.79 No.11 November 2005

波呂浩孝(山梨大学大学院整形外科)


はじめに

腰椎椎間板ヘルニアによる腰部神経根症に対する治療は、従来から保存的治療がスタンダードである。この科学的根拠については一部のジャーナルにCT (computed tomography)検査などでヘルニア塊の形態変化の報告が行われたのみで、詳細は不明であった。

非侵襲的で被曝を伴わないMRI (magnetic resonance imaging)検査が容易に行われる時代となって、腰椎椎間板ヘルニアの保存治療例で数回撮像された結果、椎間板ヘルニアには腰椎および頚椎の区別なく自然退縮のメカニズムを認めることがわかってきた(図1)。さらに、造影MRI検査を行うことにより、個々の症例の椎間板ヘルニアの予後をある程度予測することも可能である。

科学的には、椎間板ヘルニアの病態を明らかにするために椎間板側と神経根側の視点から、免疫学や分子生物学をどの手法を利用して研究が多数展開されてきた。これにより、変性椎間板が脊柱管側に脱出すると硬膜外より血管網がヘルニア内に新生してきて、そこより多数のマクロファージを中心とした炎症性細胞が浸潤していくことが明らかとなった。マクロファージや椎間板軟骨細胞がさまざまな炎症性サイトカインや増殖因子、酵素を産生してヘルニアを分解し、最
終的に退縮させていく炎症メカニズムが解明された。本論文では、これまでに明らかにされてきた所見を報告し、現在研究が盛んな再生医療と組み合せた新しい医療が開発できないか模索していきたい。

1.腰椎椎間板ヘルニアの自然経過

整形外科外来において、片側下肢痛を訴えて受診する患者に対して腰椎MRI検査を行うと、腰椎椎間板ヘルニアによる神経根症が原因である場合も多い。これらの患者の多くは初診時には強い疼痛を訴えているが、消炎鎮痛剤などの投薬や神経根ブロックなどを行って保存的に経過を見ていると、下肢痛が自然緩解していくことを経験する。

腰椎椎間板ヘルニアによる片側下肢痛の保存治療50例で、複数回MRI検査を行い平均381日(180-789日)経過観察を行った研究では、下肢痛の軽快に一致してMRI画像におけるヘルニア塊が縮小あるいは消失していく症例が多かったことが示されている(図2)。

ヘルニアが縮小を示す症例ほど、保存治療がよく奏功している。また、ヘルニアの退縮を示す
タイプは、脊柱管に大きく脱出したものや椎間板レベルから椎体レベルまで逸脱したものに多く、つまり後縦靱帯を穿破したtransligamentous extrusion typeやsequestration typeのヘルニアに多いことがわかってきた。

一方、ヘルニアの形態が不変であるにもかかわらず、下肢痛が軽快していく症例も観察されており、形態のみが予後を左右する因子ではないことも明らかになっている。

また、Gd-DTPA(gadolinium-diethylenetriamine pent-acetic acid)造影MRI検査を行うことによってある程度ヘルニアの予後予測が可能となってきた。ヘルニア辺縁周囲に造影効果を認め、続いてヘルニア塊内部まで造影効果が進行していく症例は経時的に退縮傾向を示しやすいことが報告されている(図3)。後縦靱帯を穿破していないヘルニアでは、ヘルニアと神経根あるいは硬膜との境界部に軽度の造影を認めるのみであることが多い。線維輪内に造影効果がある症例では硬膜外血行が椎間板内に進行したことが示唆され、過去に椎間板ヘルニアがあった可能性
も考えられる。

2.腰椎椎間板ヘルニアの手術検体における組織像

3.ヘルニアヘの血管増生のメカニズム

4.ヘルニアヘ塊分解のメカニズム

5.炎症性サイトカイン、血管新生促進因子、分解酵素の相互作用

6.自然退縮機序を促進するヘルニア治療法の開発

7.今後の椎間板ヘルニア治療の展開

骨髄由来、滑膜由来の間葉系幹細胞などから軟骨系細胞を誘導しうる可能性が示唆される報告が認められるようになった。これらの方法が臨床応用されるようになれば、椎間板ヘルニアの治療を行った後の変性椎間板に軟骨系細胞を移植する治療法が実現され、再生医療を応用していく手法が可能となる。

しかし、最も重要なことは、ヘルニア治療中に椎間板内マトリックスの損傷を最小限にとどめることである。MMP注入後の椎間板は髄核、線維輪内の細胞が十分に残存しており、注入1ヵ月後にはプロテオグリカンが十分に修復していることが確認できた。

よって、MMP注入後の椎間板は軟骨基質の再生が期待できる。米国における腰痛の生涯罹患率は60-80%と報告されている。生涯において症候性腰椎椎間板ヘルニアの罹病率は全人口の
2%で、米国では1-3%の生涯罹患率とされている。さらに、成人10万人中160人に毎年腰椎椎間板ヘルニアの手術が行われている。

また、本邦においては厚労省の報告で、整形外科外来の主訴のトップは腰痛で(1998年度)、腰椎椎間板ヘルニアが原因で入院治療をしているのは入院1000人中7.4人(1996年度)だと報告している。

しかし、多くの患者は消炎鎮痛剤の内服やブロック、さまざまな理学療法といった対症療法か、最終的には手術治療を行っている。経皮的髄核摘出術、レーザー照射などの中間療法は適応に制限がある。手術治療も低侵襲の内視鏡下ヘルニア摘出術が普及してきたが、発症直後からすべてのヘルニアに適応を有する中間療法の開発がより望ましい。

ヒトリコンビナントを用いたヘルニア退縮促進療法の開発がその1つの解決につながると信じて今後も研究を続けていきたいと考えている。

加茂整形外科医院