腰椎椎間板ヘルニアの治療の最前線

教育研修講座(第77回日本整形外科学会学術総会(神戸)において教育研修講演として発表した)

日整会誌Vol.79 No.11 November 2005

馬場久 敏佐藤竜一郎 木村雅代 (福井大学医学部器官制御医学講座整形外科学領域)  

小林茂 (福井大学医学部リハビリテーッション部)


T.緒言

腰椎椎間板ヘルニアの冶療の最前線という観点に立脚すれば,診断基準や診断法、治療を進める際の評価基準、治療成績の画一化された普遍性を有する評価基準、evidence-based medicine(EBM)を考慮した評価手段、安全性と効果、さらには医療経済的効率(cost effectiveness)などの事項できわめて多くの論議すべき問題がある。治療という観点から見れば,椎間板ヘルニアの自然経過や縮小という問題、免疫病理学的な病態解明などが直接的に関係する事項であろうし、またそれらは薬物治療や保存的治療を行う場合にも重要な情報を提供するものになるであろう。

腰椎椎間板ヘルニアの手術法にはきわめて多くのものがある。手術は前方進入と後方進入に分類されるが、後方手術が一般的である。経皮的椎間板摘出術は
“transdiscal internal decompression”として機械的減圧効果を狙うものであろうし、若年者やスポーツ選手などには意義を有するものであろう。また後方手術では部分椎弓切除による椎間板ヘルニア切除(Love法と略)が最も標準的な術式として数十年間にわたり、全国の大学病院だけでも年間1万人を超す患者に施行されている。このLove法をより神経組織への安全性の向上や手術創の縮小を目指して改良したものとして顕微鏡視下椎間板ヘルニア切除術(microsurgical lumbar discectomy 、Micro Love法と略)が一方では普及し、低侵襲性が追求される現在において大きな意義を有するものになっている。1980-1990年前後に普及し、Casparら、Williamsが論述したMicro Love法は手術顕微鏡の普及とともに手技的にもほぼ完成されたものになっている。顕微鏡視下椎間板ヘノレニア切除術は、最初から小皮切でCaspar開創器やWilliams Olympic VACPAC setなどを導入して行うもの(Micro Love法)、Love法で進入してヘルニアと硬膜・神経根組織への操作を顕微鏡視下に行うもの
(microscopic discectomy)、に厳密には分けられる。

一方、1990年代後半から内視鏡下ヘルニア摘出術(microendoscopic discectomy、MEDと略)が光工学機器の新たな開発・改良という背景があって急速な勢いで普及している。この治療法では低侵襲性や視認性、手技的安全性といった点が重要視されている。Love法やMicro Love法とMEDが治療の最前線では双壁をなすものであろう。

一方、椎間板ヘルニアの病態に関する基礎的研究成果をもとに、生物製剤や遺伝子治療、あるいは椎間板細胞補充療法(disc cell replacement)などが検討されている。治療の最前線の前方に位置する「先端的」治療法であろうが、これらの椎間板内療法は細胞生物学的あるいは組織工学的に今後大きく進展を遂げるものになるであろう。

本稿では治療の最前線という観点から、病態や保存的治療の一般論、椎間板ヘルニアのLove法やMicro Love法とMEDをめぐる治療法、特殊な病態である椎間孔内ヘルニアや最外側型ヘルニア、臨床的に治療の困難な再発性椎間板ヘルニア、加えて固定術の必要性、といった点に関して論述する。

U.椎間板ヘルニアの病態生理と分類および診断

1.椎間板ヘルニアの病態と分類

椎間板ヘルニアとは、脱出するもの(髄核や変性した線維輪組織)と脱出する空間(硬膜外腔や椎間孔)があり、その結果として不健全な状態(腰痛や神経根・馬尾症
状)
が発生したものと定義できる。したがってこの「3つの好ましくない状態がなぜ起きるのか」という問題は治療に関係する重要事項である。

機械的ストレスなどに端を発して、椎体終板(end plate)や線維輪に微細な断裂や亀裂が生じ、線維軟骨や膠原線維の変性が進展する。それらの組織学的破綻はmacrophageの間質への浸潤や線維配列の破綻といった免疫組織化学的反応を惹起することで、substancePやnitricoxideや各種の炎症性(疼痛発現性)サイトカインの産出と放出を促し、加えて微小血管や炎症性肉芽の増生を伴いつつ「ヘルニア病巣」を形成する。

この病巣が神経根や馬尾にさまざまな化学的あるいは機械的侵害刺激を与えて痛みや麻痺という不健全な状態が発生する。したがって治療学的には、椎間板線維軟骨の組織学的破綻の抑制や制御、炎症性肉芽組織の増生を伴う「ヘルニア病巣」の縮小ないし消減、神経組織の保護(neuroprotection)、という問題が浮上してくる。

椎間板線維軟骨の組織学的破綻の抑制と制御では椎間板細胞補充療法(disc cell replacement)などが注目されており、また「ヘルニア病巣」の縮小ないし消滅では薬物療法、硬膜外ステロイド療法あるいはある種の生物製剤療法というものが治療手段として数えられる。

もちろん外科的切除もこの理念的意義を有する。神経組織に発生する不健全な状態の解除には、神経栄養因子(neuroprotectants)の投与や圧迫病巣の外科的切除、ステロイド投与、といった手段が意義を有する。

椎間板ヘルニアの病態と関連してその病巣の形態学的分類がある。後縦靱帯下膨隆型(subligamentous protrusion)、後縦靱帯下脱出型(subligamentous extrusion)、後縦靱帯穿破硬膜外脱出型(trans-ligamentous extrusion)および遊離脱出型(trans-ligamentous migration)にヘルニア病巣は分類される。

神経根との位置関係においては、傍正中型(paramedian type)、直下型、腋窩型(axillar type)、外側型(lateral type)といった分類(図2)も存在するが、これは手術を行う際に認識しておくべき事項である。椎間孔内ヘルニアや最外側型ヘルニアはヘルニア発生の部位別分類から見た呼称である。この両者も外側線維輪の穿破状況で突出型や脱出型と呼ばれることがある。

2.椎間板ヘルニアの診断

腰椎椎間板に「3つの好ましくない状態」が発生すれば椎間板ヘルニアと診断される。すなわち、椎間板造影(discography)やCT (computed tomography)、MRI (magnetic resonance imaging)で椎間板突出像が可視化され、それが空間占拠性病巣となっていることが証明できなければならない。今日では高分解能型CT、MRIが普及しているのでその占拠性病巣の可視化は容易であり、ヘルニア腫瘤内外の組織学的反応もMRI輝度変化である程度の評価が可能になっている。

すなわち腫瘤内外の高輝度陰影は旺盛なる組織の炎症反応や微小血管の増生を伴うものと理解でき、かかる理解がヘルニア腫瘤の吸収と縮小と関連づけられて論議されている。

しかしながら、腰部や神経組織に不健全な症候学的異常が生じていない場合、あるいは神経学的異常を来すことがないと考えられる場合には、単にMRI画像で膨隆が存在するからという理由でその診断名が賦与されてはならない。

脊椎症性変化による椎体終盤部の膨隆やS1椎体正中部の正常な骨性膨隆は椎間
板ヘルニアとは診断されない。

一般的に、@腰殿部痛や下肢神経根性疼痛[straight leg raising test (SLRT); crossed Laségue徴候陽性;Bragard徴候陽性;femoral nerve stretch test (FNST)など]あるいは麻痺が証明できる、A症候学的異常が画像で見るヘルニア腫瘤と因果関係を有する場合に椎間板ヘルニアと診断されるべきであろう。

画像で描出される非症候学的(asymptomatic)な腫瘤に対し、「将来麻痺を来す恐れがある」などの理由付けで無用の入院措置や手術などを行っては絶対にいけない。

筋筋膜疼痛症候群(いわゆるコンパートメント症候群を含む)や慢性筋疲労症候群、椎間関節症性疼痛やいわゆる「大腰」(「ギックリ腰」、魔女の一撃Hexenschuss)による痛みを画像で見る腫瘤と関連づけて椎間板ヘルニアと診断してはならない。現在鋭意行われている「腰椎椎間板ヘルニアの診断ガイドラインに関する研究」(日本整形外科学会)はかかる意味あいにおいてきわめて重要なものである。


V.椎間板ヘルニアの保存的治療

治療の最前線という観点から若干偏位するかもしれず、またEBMという意味あいにおいてもいささか論述しにくい事項であるが、手術的治療を述べる前に必要であるので略記する。ヘルニアの「3つの好ましくない状態」を満たし、患者が社会生活上もactivity of daily living (ADL)に支障がありquality of life(QOL)の低下を来した場合には、まず保存的治療と手術的治療の両者の適応を考慮しなければならない。

急性期の保存的治療では、

@安静と腰部の非動化(コルセットなど)
A非ステロイド系消炎鎮痛剤
B硬膜外ブロックや選択的神経根ブロック
C経皮的坐骨神経電気刺激療法(transcutaneous electrical nerve Stimulation)

などが考慮されるが、おおむね3週前後を急性期と考えて治療に臨む。脳内エンドルフィン活性化に効果があるなどの根拠で“acupuncture”が欧米では注目されているが、これは今後の基礎研究によりその保存的治療効果が明らかになるであろう。

一方慢性期の処置としては、

@manipulation
A非ステロイド系消炎鎮痛剤や筋弛緩剤
B骨盤牽引
C運動療法や温熱療法,筋力増強訓練

などが考慮される。

椎間板ヘルニア急性期の疼痛は、日常診療においておおむね60ー70%が保存的治療で軽快する。疼痛の状況や患者の苦痛の態様、ヘルニアの形態学的分類や発生部位、を包括的に考慮しておおむね1−2ヶ月の保存的治療を行うが、ADL、QOLの著しい低下や著明な神経脱落症状(感覚低下,筋力低下)が存在すれば早々に手術的治療を考慮すべきであろう。保存的治療にあまりにも固執してはならず、またそれは手術的治療についてもあてはまる問題である。

W.椎間板ヘルニアの手術的治療

1.経皮的椎間板摘出術

2.Love法と顕微鏡視下椎間板ヘルニア切除術(Micro Love法)

3.内視鏡下椎間板ヘルニア切除術(microendoscopic discectomy:MED)

4.腹腔鏡下椎間板ヘルニア切除および固定術

5.小児腰椎椎間板ヘルニアと高齢者腰椎椎間板ヘルニアの特殊性

6.椎間孔内椎間板ヘルニアおよび最外側型椎間板ヘルニア

7.再発性腰椎椎間板ヘルニア

X.椎間板ヘルニアに対する脊椎固定術の必要性

Y.今後の展望

腰椎椎間板ヘルニアの手術は過去さまざまな試みがなされてきたが現在においては、Love法やMicro Love法とMEDが双壁をなすものとなっている。MEDは長期成績に関する報告やmeta-analysisが望まれる状況であるが、今後確実に普及する手技であろう。ただしMEDを行う場合にも、Love法やMicro Love法に関する手技的熟達は必須のものと考えられる。


(加茂)

この病巣が神経根や馬尾にさまざまな化学的あるいは機械的侵害刺激を与えて痛みや麻痺という不健全な状態が発生する。

肝心なところがさらりと書かれています。

一般的に、@腰殿部痛や下肢神経根性疼痛[straight leg raising test (SLRT); crossed Laségue徴候陽性;Bragard徴候 陽性;femoral nerve stretch test (FNST)など]あるいは麻痺が証明できる、A症候学的異常が画像で見る ヘルニア腫瘤と因果関係を有する場合に椎間板ヘルニ アと診断されるべきであろう。

いったい、麻痺なのか痛みなのか?麻痺ならば、絞扼性神経障害になるのだが。ヘルニアで麻痺?SLRTなどの生理学的意味、生理学的な証明は?

後方手術では部分椎弓切除による椎間板ヘルニア切除(Love法と略)が最も標準的な術式として数十年間にわたり、全国の大学病院だけでも年間1万人を超す患者に施行されている。

日本人成人人口を約1億人として、全国大学病院Love法だけで成人10万人に10人の割合で行われていることになる。

加茂整形外科医院