トリガーポイント鍼療法を活用するためにーこれまでの研究を整理し、見えてきた課題とはー

特集 臨床とトリガーポイント

トリガーポイント座談会編 医道の日本第729号(平成16年7月号)2004年


出席者:山下徳次郎氏(山下クリニック院長)、黒岩共一氏(関西鋪灸大学助教授)、伊藤和憲氏(明治鐵灸大学助手)

司会:川喜田健司氏(明治鋪灸大学教授)


高齢社会の到来に伴い、医療や介護の分野で筋肉に関心が寄せられている昨今、発展が期待される治療の1つとしてトリガーポイント鐵療法が挙げられます。ところが、トリガーポイントは索状硬結上に限局して出現する圧痛部位と定義されているものの、諸説あり、見解の一致をみ
ていないのが現状です。

さらには刺激を与えて疼痛を緩和させるという意味において、経穴と類似したものと認識されることもあり、臨床家の間で確固たる治療法は確立されていません。

そこで今回は日本でトリガーポイントを臨床もしくは研究されている4人の先生方にお集まりいただき、その定義、探し方、治療法、さらには最新の研究成果などについてお話しいただきました。


■トリガーポイントに行き着いた理由■

川喜田 

司会の川喜田です。今いろいろな形でトリガーポイントは患者の治療に役立つと言れていますが、どうして効くのか、あるいはトリガーポイントをどのように定義するかについては先生方によってまちまちです。言い方を変えると、誤った考え方に基づくトリガーポイント治療も行われているのではないかと感じています。

そこで今日は経験豊富な先生方とともに、研究の進展状況も踏まえて、トリガーポイントとは何か、臨床でどのように使ったらいいのかという臨床的な位置付けまでを整理してみたいと考えています。

本題に入る前に、先生方がなぜトリガーポイントに関心を持たれたのかをお話ししていただこうと思います。私の場合は鐡灸の基礎医学を研究していた関係で、トリガーポイントに関心を持つ以前に、ポリモーダル受容器が鍼灸と関係が深いということをずっと考えてきました。全日本鍼灸学会で臨床に携わっている先生方から集めたアンケートからも、ツボとして圧痛点や索状硬結がよく使われることがわかりますが、一方でトリガーポイントもやはり圧痛点や索状硬結に密接に関違すると言われます。そこからトリガーポイントとツボは一緒ではないだろうかと考え始めたのがきっかけです。

これまでトリガーポイントとポリモーダル受容器の関連をいろいろと書き連ねてきたわけですが、残念ながら私自身は臨床の経験がないので、私の理屈が臨床上どこまで正しいかはわかりません。今日、先生方のお話を通して、トリガーポイントとポリモーダル受容器の関連に何か結び付けられるものはないかと、楽しみにしている次第です。

山下

私の専門は麻酔科で、もともと手術室で麻酔をかけるのが仕事でしたが、10年前より専従でペインクリニック診療に携わるようになりました。ところが、診療を続けるにつれて神経ブロック療法中心の治療では改善しない疼痛が数多くあることが次第にわかってきました。

そこで何か有効な手段はないものかと模索していたところ、当時保険診療で認められるようになったトリガーポイント注射についての解説が日本の診療マニュアルはどれも不明瞭であることに気づきました。すなわち、トリガーポイントとは一体何なのか、満足のいく記載がなかったのです。そのことが気になっていた矢先、川喜田先生が翻訳されたP.E.Baldry著の「トリガーポイント鍼療法」(医道の日本社・絶版)と出会いました。

この本のおかげで、私はトリガーポイントの本態ならびにその診断、治療に関して知ることができました。またそれと同時に、その内容が日本の診療マニュアルに書かれていたトリガーポイント注射とあまりにも違うことに驚かされました。しかし、実践してみると、この本に書かれていることが正しいことを患者が教えてくれます。例えば、当時星状神経節ブロックとトリガーポイント注射の併用でもまったく改善しなかった肩こりのひどい患者がいましたが、この本に従ってトリガーポイント鍼療法を行ったところ、見事に患者の満足できる結果を得ることができたのです。

トリガーポイント鍼療法は非常に治療効率が高く、また治療経過がある程度予測できます。そして何よりもこの治療法がもたらした一番の利益は、無駄な神経ブロック、関節腔内注射、鎮痛剤やステロイドの投与を行う必要がなくなったことです。

黒岩

鍼灸学校を卒業して治療効果にこだわって臨床の経験を積んでいくと、取穴して症状が再現されたときが一番よく効くという印象を持つようになりました。しかし、ツポをどういう形で選択したときに症状の再現が起こるのかは皆目わかりませんでした。ところが1977年にMelzackがトリガーポイントについて書いた有名な論文を読んで、症状の再現を定義にした刺激点(トリガーポイント)があることを知りました。これがきっかけです。つまり自分の経験則と、Melzackの言っていることが一致したのが始まりでした。

伊藤

私は先生方と大きく違って、もともと基礎医学を研究していて、そこから臨床に移ったので、現在は基礎と臨床の両方からトリガーポイントを研究しています。大低の鍼灸師が学校を卒業して感じることだと思うのですが、同じツボに同じように鍼を打っても効果がまったく違うことがよくあります。そのときツボとは一体何なのだろうかと疑問を感じて、川喜田先生の研究室でツボとトリガーポイントの関連を知り、トリガーポイントの基礎的な研究を始めました。

しかしながら、トリガーポイントが実際よいと言われていても基礎的にも臨床的にもエビデンスがほとんどないので、そういう部分で私に何かできることはないかと、今は基礎研究で得られた結果を踏まえて臨床をしています。基礎から見ても臨床から見てもトリガーポイントは非常によく使えるなというのが私の印象です。

■トリガーポイントの定義と探し方■ 

川喜田

やはりトリガーポイントには何かある、臨床でも使えるものだろうということで先生方も関心をもたれたのだと思われます。先ほど山下先生からペインクリニックではトリガーポイントの定義が教科書的にはっきりしていないというお話がありました。では、実際にトリガーポイントとは何か、臨床では何を指標にして認識すればよいのかを具体的に説明していただきたいと思います。

山下

私は、トリガーポイントは筋組織だけではなく、侵害受容器の存在している組織なら身体のどこにでも生じるものだと考えています。例えば内臓から生じる関連痛もトリガーポイントによるものだと思います。そういう意味で、トリガーポイントの本質は、発痛物質によって感作(刺激を与えて過敏状態をつくること)された侵害受容器そのものというふうにとらえています。臨床でもっぱら筋組織のトリガーポイントが問題にされるのは、筋筋膜が非常に障害されやすい組織であり、かつ筋組織に特有な拘縮(活動電位なしに起こる持続時間の長い可逆性収縮)という病態がトリガーポイントを慢性化させる大きな要因になっているからだと考えています。

それから筋筋膜性疼痛症候群(トリガーポイントによってもたらされる疼痛などの症状を引き起こす症候群)の病態としては、トリガーポイントと拘縮は分けてとらえたほうがいいのではないかと考えています。実際患者の筋組織を触診していても、トリガーポイントが存在しているのは索状硬結の部分だけではなく、一見正常と思われる筋の中にも関連痛を誘発するトリガーポイントが見つかることがあります。従って、Travell & Simonsの定義のようにトリガーポイントを索状硬結の中の小結節と限定することには疑問を感じています。

川喜田

ちなみに山下先生がトリガーポイントを検出するときは、触察を中心にしているのですか。

山下

そうです。指圧をして、筋のしこりの部分を中心に筋全体を調べ、強い圧痛や関連痛が誘発される部分を探っていきます。

川喜田

黒岩先生はどのようにトリガーポイントを考えていますか。

黒岩

どんな体験でも回数を重ねることで認識が向上、進化します。私のトリガーポイントのとらえ方も初期の頃とは随分変わりました。トリガーポイントの治療を始めた頃、圧痛点とトリガーポイントは治療効果が違うという印象を持ちました。では、トリガーポイントは圧痛点ではないのかと言うと、間違いなく圧痛点です。

しかし、圧痛を物差しにするとトリガーポイントと圧痛点の区別はつかないですよね。圧痛点の中からトリガーボイントを引っ張り出すためには、別のもの差しがいる。ある時期からそれが関連痛だと認識していました。臨床的にはここからが大切な語になるのですが、どのトリガーポイントを刺激しても痛みが取れるとは、Travellたちも言っていません。つまり、症状と対応するトリガーポイントが治療上大切だと主張しています。私もTravellにならって、責任トリガーポイント(トリガーポイントの下位分類の1つ。ある症状にいくつかのトリガーポイントがある場合、症状と直接対応しているトリガーポイントという意味で使われている)と言っていますが、責任トリガーポイントとトリガーポイントを区別しなければ、劇的効果は上げられないという認識に数年前辿り着いたのです。

トリガーポイントから責任トリガーポイントを抜き出す物差しは認知覚です。認知覚というのは、トリガーポイントを押さえたときに生じる、「あっ、私の痛いのはそれ」という感覚です。

探し方はと言うと、筋のトリガーポイントについては3ないし4ステップくらいの絞り込み検索を行って見つけます。第1段階は「発痛構造は短縮させると痛みが増悪する。発痛構造を伸張すると痛みに抑制がかかる」とする元名古屋大学医学部保健学科の辻井洋一郎先生の観察理論がありますが、この理論を使って、発痛構造が形成された筋に当たりをつけます。とりあえず辻井先生のおっしゃる発痛構造は責任トリガーポイントだと思っておいてください。

次のステップで当たりをつけた筋から硬結を探し、その硬結からトリガーポイントを探し出します。この段階でちょっとしたコツがあって、索状硬結の断面の一番皮膚に近いところを12時、一番深いところを6時とすると、10時や2時の方向にトリガーポイントが形成されていますから、皮膚の上から押すのではなく、斜めから押し込むようにすると効率よくトリガーポイントを見つけられます。責任トリガーポイントはトリガーポイントの一部ですから、最後はそれを探します。

川喜田

辻井先生がおっしゃるのは、短縮させると痛みが起こる、ストレッチすれば痛みが和らぐということですか。筋の中の構造物、例えば索状硬結においても同様の議論をされているのですか。

黒岩

そうです。辻井先生は索状硬結がトリガーポイントだと考えられていますから。そもそもTravell自身が本の中に具体的な図をあちこちに掲げて、トリガーポイントができて痛んでいる場合、“こんな姿勢を取ると痛みが増悪するぞ”と警告しています。それらの図に共通する内容を辻井先生が看破して、発痛構造は短縮させると痛みが増悪するという一般的な公式にまとめ上げられました。

伊藤

私はTravellの理論、日本では黒岩先生や辻井先生の理論を勉強してから臨床に入ったので、自分の経験というよりは、先生方の知識を参考にして自分なりのやり方を考えてきました。多くの先生方もおっしゃっていますが、やはりトリガーポイントが単なる圧痛点ではないことは明らかだと思います。

例えば肩が痛い患者の肩を探すとします。患者の痛いという部分に原因となる圧痛点やトリガーポイントがあればこれほど簡単なことはないのですが、臨床上では痛いと思っている場所とはまったく関係のないようなところが痛みの原因となっていることが多々あります。いわゆるこれがトリガーポイントと呼ばれるものですが、これをどうやって探せばいいのかについては、私は可動域を測ることによって、どの痛みで短縮痛が起こるのかをまず確認します。もしくはどの姿勢で痛みが悪化するかということから、どこの筋肉が伸ばされて、どこの筋肉が短くなっているのかを考え、原因筋を特定します。

筋肉を1つずつ丁寧に触ってトリガーポイントを探してもいいのですが、それは大変な作業なので、実際には可動域や短縮痛からある程度当たりをつけていく。すると、悪いと思われる筋肉がいくつか選ばれます。そこを経験的に、もしくは関連痛のパターンを参考にしながら重要度が高そうな筋肉から触診していきます。

そして症状の再現という形で、患者が普段感じている痛みと同じような痛みが起こるかどうかを物差しにトリガーポイントを探していきます。その際、黒岩先生と似ているのですが、やはり上から押してしまっては全然症状が再現しないことが多いです。ある程度何方向からか押して詳細に探さないと場所が特定できません。ですから私は、トリガーポイントは可動域や短縮痛を調べることからある程度筋肉を特定し、そこを触診して症状が再現する部位があれば、それがトリガーポイントだと定義しています。

■症状の再現は必要か否か■

川喜田

トリガーポイントの定義を考えたとき、「症状としての関連痛の再現」が一番の指標になるという印象ですね。これに対してもう少し詳しく先生方の考え方をお伺いしたいと思います。山下先生、どうでしょうか。

山下

私も、関連痛はトリガーポイントの本質的な現象であると思います。トリガーポイントに基づいて起こる疼痛は、まさに関連痛そのものです。しかし、治療を行う者がそれを誘発させる、いわゆる症状を再現させることは必ずしも容易ではないと思います。多くの場合トリガーポイントの部位を確定するために指圧を行っていると、患者が自覚している疼痛部位に関連痛が誘発されますが、関連痛は必ずしも誘発されるとは限りません。しかし、そのような場合でも刺鍼してしばらく経つと、関連痛が誘発されてくることが少なからずあります。トリガーポイントの検索や治療の過程でまったく関連痛が起こらないこともありますが、その場合でも原因筋が治療されていれば治療効果は十分認められます。例えば僧帽筋のトリガーポイントが原因で起こった側頭部の頭痛の場合、指圧や刺鍼により後頚部までしか関連痛が起こらなくても、頭痛の改善は得られます。

疼痛の原因となっているトリガーポイントを確定するために関連痛を誘発させることは大切なことですが、個体差があり必ずしもそれができません。従って、治療を行うにあたって原因筋を正しく診断することが重要になってくると思います。そのために私が注意していることは、患者に疼痛部位を聞くときに、それが運動時痛、自発痛であるか、それとも圧痛であるかをはっきり区別することです。

圧痛はトリガーポイント自体にもありますし、関連圧痛として関連痛領域にも見られます。それに対して、運動時痛、自発痛は関連痛そのものですので、疼痛の原因になっている筋を診断する上で重要な情報となります。

黒岩

関連痛だとわかったら、どうやってトリガーポイントがある筋肉を推測されるのですか。

山下

各筋に特有な関連痛パターンの知識に基づけば、原因筋はある程度の予測がつきます。またそれとともに、筋の拘縮に伴う関節の可動域制限や筋力低下などの所見、さらに外傷機転の把握なども重要な情報となります。例えば、足関節の内捻り捻挫の後起こった痛みであれば、長・短腓骨筋が障害されている可能性が高いと推測されます。また、仕事や趣味に関連して日常緊張を強いられている筋の予測がつけば、それだけで原因筋の推測ができます。

伊藤

完全にその症状がそのまま再現することもありますが、私の印象でも、その一部しか再現しないことが多々あるような気がします。

私の場合、患者には高齢者が多いので、単独の一筋だけで障害が起きていることはまれです。一筋だけでしたら関連痛のパターン通りに痛みが再現されることが多いと思いますが、いろいろな筋肉に障害がある場合、すべての症状を再現させようとすると結局いろいろな筋肉をみなくてはいけません。そのため、私は最終的に可動域を探すのが一番早いという結論に至りました。ですから、山下先生がおっしゃったように症状がそのまま再現するのではなくて、その一部でも構わないから再現するような場所を探すというのが私の考えです。

黒岩

Travell等も混乱しているし、一般的にも暖昧ですが、「症状の再現」には2種類あります。1つは疼痛症状を有する患者が、刺鍼するそのときに痛みがない状態でのトリガーポイント刺鍼。この場合、「症状の再現」が起こります。もう1つは刺鍼するそのときに疼痛症状が発現している状態(患者が痛みを感じている状態)でのトリガーポイント刺鍼です。患者はすでに痛みがあるので、再現でなく「疼痛の増悪」を感じます。臨床的にはこちらのほうが多いので、こちらを知らずしてトリガーポイントは探せないと思います。

後の例では、患者はトリガーポイントを刺激されることによって疼痛部位に刺激を感じ、「疼痛の増悪」が生じたと感じます。それで、「あ、それ」という認知覚が起こります。実は痛みを感じていない状態での刺鍼でも同じことが起こります。痛んではないけれども疼痛部位が刺激されたから疼痛が再現したと感じ、「あ、そこ」という認知覚を起こします。

つまり「症状の再現」とは認知覚の発現なのです。認知覚に部分的認知は観察されないので、伊藤先生が言われる「一部の再現」は、おそらく訴えられた痛みとは関係ないトリガーポイントの関連痛がたまたま疼痛部に及んだものだと思います。

私は「あ、それ」しか体験したことがないし、部分的認知を観察したことはありませんね。また関連痛のパターンについて言わせていだだくと、関連痛にはTravell版、Bonica版などいろいろありますが、それでもすべてのパターンが網羅されているとは思えません。だからトリガーポイントを持っている筋が1つだけだとしても関連痛パターンを参考にして探せない例はあると思います。

これもよく誤解されていると思いますが、いろいろな筋にトリガーポイントがあれば関連痛パターンがそれらの足し算、合成パターンになるのかと言えば、そうはならない。Travell達も気づいていない現象だと思うのですが、慢性腰痛で長引くと、だんだん罹患筋が増えます。多裂筋にトリガーポイントがある、大殿筋にもある、腰方形筋にもあると、どんどん責任トリガーポイントが増えたにもかかわらず、疼痛部位はL4-5の両傍に固定されている。

つまり、合成パターンにはならないのです。現象はカオス的ですよね。関達痛に基づいてトリガーポイントを探す方法はあてにできるとは思えない。

伊藤

「症状の再現」と呼ぶか、「疼痛の増悪」と呼ぶかは言葉の定義の問題であり、本質的に言いたいことは同じだと思います。要するにトリガーポイントを圧迫、もしくは刺鍼したときに、患者が普段症状を感じている痛みを生じることが重要なのだと思います。

また黒岩先生は「症状の再現」は部分的には起こらないと発言していましたが、山下先生と同様に私もすべての患者で症状が完全に再現するとは思えません。患者の痛みに対する自覚が暖昧な場含は症状がそのまま再現しやすいようですが、痛みが明瞭な場合は全く同じではなく、圧迫する筋肉により多少痛みを感じる部位が異なるみたいです。

一方、関連痛はご指摘のようにいつも典型的なパターンにならないのも事実です。しかしながら、私の経験ではそのパターンは全く参考にならないというほど違うわけでもないように思えます。また同様に、複数の筋肉にトリガーポイントが出現したとき、決して関連痛がたし算となって出現するわけではありませんが、その片鱗が伺えることは少なくない気がします。ただ関連痛パターンだけで、トリガーポイントが存在する筋肉を特定しようとすれば失敗します。あくまでも「症状の再現」が重要であることを忘れてはいけません。

それから黒岩先生がおっしゃる「あ、そこ」という患者の訴えは、症状が再現したときにみられる「あ、それ」という意昧ですよね。患者が押した場所に対して「あ、それ」と言っているのか、それとも症状がある場所に対して「あ、それ」と言っているのかで全然意味が違いますからね。

黒岩

ですから、前振りしておきます。「今から○○さんの痛いところを探します。痛いと感じているところに私の指が当たったら教えてください」。この一言で、症状がある場所に対して「あ、それ」と言ってもらえます。それから答え方で、見つけたトリガーポイントの症状への関与の程度もわかります。「先生、それもそうやわ」というのが軽い関与で、強く関与している場合は「それっ、それです!」と、応答に差がでます。

川喜田

程度問題もあるわけですね。同じように出るわけではないと。

黒岩

そうです。認知覚が生じるトリガーポイントを見つけられるようになり、応答の差までわかったら、随分効果が上がると思います。

■Simonsに異を唱える■

川喜田

先生方のトリガーポイントに対する認識をお伺いしてきましたが、Simonsたちの研究、つまりトリガーポイントが運動終板を原因にして起こるという考え方(運動終板の過剰反応興奮説)についてはどのようにお考えでしょうか。現在、Simonsたちのグルーブは世界のトリガーポイントの研究に大きな影響力を持っているので、興味のあるところです。山下先生からよろしくお願いします。

山下

私は先ほども言いましたように、筋細胞の微小な損傷によって起こる拘縮とトリガーポイントという2つの病態は独立して起こると考えています。Simonsのように筋接合部の終板の異常ですべてを片付けようとすると、筋組織以外のトリガーポイントの成因に関しては説明がつかないという矛盾が起こってきます。拘縮の起こる機序としてはその可能性もあるかもしれませんが、それをそのままトリガーポイントの成因とすることについては疑問を感じます。

黒岩

同感ですね。五十肩の関節包にできたトリガーポイントをどうやって説明するんだ、臨床的には彼らの選び方、twitch(単収縮)を指標として選んだトリガーポイントは全然効かないぞと、いっぱい疑問がありますから。

伊藤

ここは私の一番専門でもあるところなので、少し詳しく話しますと、筋肉以外にできるトリガーポイントが存在することをSimons自身も認めているにもかかわらず、運動終板の過剰反応興奮説は筋肉に限局したトリガーポイントの説明なので整合性がありません。またHubbardという人が筋紡錘で同じような理論を展開しているのですが、これも筋肉に限局されています。

それからトリガーポイントは痛み、すなわち圧痛部位がありますから、圧痛の現象を運動終板、また筋紡錘だけで説明することもできません。ですから圧痛構造の面からもかなりの矛盾があると思います。

今まで川喜田先生と一緒に研究をしてきたわけですけれども、トリガーポイントができる原因には侵害受容器の感作、それもポリモーダル受容器が一番重要ではないかと考えています。

川喜田

先生方のご意見は、Simonsの言っている運動終板の過剰反応興奮説はどうもおかしいということで一致したようです。

■トリガーポイントの幅広い適応症■

川喜田

さて、トリガーポイントとは何か、どのようにして見つけるかについて話してきましたので、次にトリガーポイントが原因として起こる病状を少し紹介していただけますか。

山下

トリガーポイントは筋筋膜性疼痛症候群の病態ですから、当然のこととして適応疾患は筋筋膜性疼痛症候群となります。それから線維筋痛症にもある程度効果が期待できると思います。

筋筋膜性疼痛症候群の症状は多彩ですが、痛み以外の症状で多く見られるのは、しびれ感、知覚鈍麻、筋力低下、関節の可動域制限などです。また、トリガーポイントに基づく特殊な症状として、胸鎖乳突筋から生じる姿勢性めまいや、咬筋から起こる耳鳴りが比較的よく見られます。

痛みに関して注意しなければならないのは、トリガーポイントに基づく痛みの性状です。一般に筋肉痛としてとらえられるような痛み以外に、チクチク、ピリピリといった神経痛様のものもあるということです。また、関連痛が関節部に起こるものでは痛みがその深部に及ぶため、いかにも関節の中に痛みの原因があるように感じられることがあります。これらはよく神経痛や関節由来の痛みとして誤診されています。

また、筋筋膜性疼痛症候群は帯状疱疹後神経痛やRSD(反射性交換神経性ジストロフィー)のような、いわゆるNeuropathic Painに合併していることがよくあり、そのことを念頭において診察するとトリガーポイントが見つかり、その治療により思わぬ痛みの軽減をみることがあります。

その他、日常診療していて印象的なのは、高齢者の歩行障害に対する治療効果です。高齢者の場含、痛みを伴わずに筋力低下や関節の可動域制限があることも稀ではなく、股関節や膝、足関節の可動域が制限され歩行がおぼつかない高齢者に対して、トリガーポイント鍼療法とストレッチを行うと、歩行状態がどんどん改善していき驚かされることがしばしばあります。これは転倒による骨折を予防する上でも非常に重要なことだと思っています。

黒岩

言うまでもなく慢性痛には非常に効果があります。自覚された痛みの近くのトリガーポイントに交感神経の緊張現象が見つかることがあります。毛が立っているとか、発汗しているとか、皮脂の分泌が起こっているとか、そういう現象です。そのトリガーポイントに鍼が当たると反射性の副交感神経優位が起こります。トリガーポイント治療を長期間加えると副交感神経基底活動が亢進すると考えられますので、それが有利に作用する症状には適応があると思います。

川喜田

トリガーポイントの刺激によって副交感神経を優位に変化させることができる、そのことによって、いろいろな症状を取ることが可能だというお話ですね。

しかし、先ほど黒岩先生はトリガーポイントの特定には認知覚が必要だと主張されていました。この認知覚と交感神経の緊張との兼ね合いはどうなるのでしょうか。交感神経が緊張している状態は症状としてあまり限局されていないと思われるので、そういう自律神経系の反応が出ているときにどのような場所が治療の対象になるのでしょうか。

黒岩

認知覚は責任トリガーポイント刺激でしか生じませんので、刺激された個体は自覚的疼痛が発現したか増悪したかを感覚します。発痛、疼痛増悪のどちらも交感神経を緊張させることを先生は指摘されたのでしょうが、観察される事項はその逆で、唾液分泌、腹鳴、心拍数減少といった副交感神経活動の亢進なのです。メカニズムは不明です。

冷や汗がでるような痛みなら、全身の交感神経緊張が生じるのは当然ですが、慢性の運動器の痛みだと肉眼的には局所的な交感神経緊張しか観察できない。その背景に全身性の交感神経緊張があったとしても肉眼レベルで捉えられない程度ということになります。それに対して副交感神経活動の亢進は先ほどのように複数のシステムにまたがって広範囲に引き起こせます。それでも内臓器の場合でしたら、標的となる内臓器にできるだけ近い筋肉のトリガーポイントが適応すると思います。

川喜田

伊藤先生はトリガーポイント鍼療法に適応する疾患をどうお考えですか。

伊藤

黒岩先生がおっしゃるように、トリガーポイントにうまく当たった場合、たまたまなのかよくわからないのですが、おなかが嶋ったり鼻水が出ることをよく経験しますので、何らかの自律神経反応はあると思います。そういう意味で痛みだけではなく、他の症状にも効果がある可能性はあります。

ですが、交感神経の緊張によって引き起こされているような症状をトリガーポイント治療だけで根本的に治すことができるのかと聞かれると、それは疑問です。本当にトリガーポイント治療が副交感神経を亢進させる治療なのかどうかは、もう少し慎重に検討したほうがよいと思います。

トリガーポイント治療は運動器疾患以外のところにも応用できることも事実です。しかし、すべての症状に対して万能な治療法でもないはずです。

川喜田

今までのお話で、トリガーポイントの治療は単に筋肉痛に対するものだけではないことは容易に理解できます。また最近、線維性筋痛と呼ばれている筋肉の痛みの他、直接の原因がはっきりしない様々な症状を訴える疾患が注目されています。厚生労働省でも研究班ができたようですから、ますますトリガーポイント的な考え方は重要になると思います。適応疾患については今後の課題にしたいと思います。

■鍼は多いほうがいいのか、少ないほうがいいのか■

川喜田

トリガーポイントに対する治療には、Travellは「冷却とストレッチ」や阻血性圧迫などを紹介し、Baldryは鍼を浅いところに打てばよいと言っています。また薬物を注射すればよいという考えも当初からありましたが、それがだんだん薬物を使わない針(dry needling)に変わってきて、今では鍼刺激だけでもよいというように変化してきました。これに対して先生方はどのように治療されているのでしょうか。

山下

私はBaldryの本で勉強して鍼療法を行うようになりましたので、鎮痛機序に関しては内因性鎮痛機構である下行性抑制系の賦活によると理解して、Baldryと同じような鍼療法を行っています。

黒岩

Baldryは浅く刺しても効くと言っています。ですが、浅く刺して果たして、下行性抑制系を駆動するだけの求心性信号が発生するのでしょうか。“いわんやDNIC (Diffuse noxious inhibitory control:広汎性侵害疼痛抑制調節)おや”って思いますけど。

山下

小殿筋や腰方形筋のように深層部にある筋に対しては深く刺鍼します。Baldryは2p以上深くは刺鐵しないと述べていたように記憶していますが、その点に関してはBaldryのやり方に疑問を感じています。

川喜田

Baldryは最初の治療は鍼を浅いところに15秒間入れておけばよいとしていました。山下先生の場含はもう少し深く刺すということですね。

山下

はい。私は6p以上の鋪は使いませんが、小殿筋のような深いところにある筋の場合は6pの鍼を深めに刺入し、関達痛を誘発させるようにしています。

川喜田

やはり鍼を刺入して、黒岩先生のおっしゃる「あ、それそれ」という感覚を生じさせることが必要ですか。

山下

誘発できない患者もいますが、それでも痛みは改善していきます。誘発できるかどうかは、患者の個体差によるものと感じていますので、刺鍼の際に無理に関連痛を誘発させてはいません。先ほども述べたように刺鍼後しばらくして関連痛が起こる場合もありますので。

それともうひとつ。以前は行っていなかったのですが、現在は鍼療法の後に必ず治療した筋のストレッチを行っています。鍼療法のみでもトリガーポイントの不活性化に伴い血流が改善し、ある程度の拘縮の改善はみられると思います。実際、鍼を抜くときには筋が柔らかくなっていますので。しかし、治療後痛みが残っている場合もあるので、その場合などにストレッチを行うと、その痛みが改善することが多く、またストレッチを行うようになって治療後の治りが非常によくなったという印象をもっています。

黒岩

先生のおっしゃるストレッチはどういうストレッチですか。関節を動かして、筋を伸ばすストレッチですか。

山下

そうです。強い痛みが誘発される手前で止めて、数秒間静止するというものです。それを5回ほど繰り返していると制限されていた可動域が少しずつ改善していきます。可動域が改善してくることは患者にもわかり、治ってきているという自覚を与えてくれるとともに励みにもなります。

伊藤

私も先生と同じで、最近はストレッチや家庭でできるホームエクササイズを指導しています。私の実験では、血流が悪い状態が長期間続くとトリガーポイントや圧痛が慢性化する傾向にあるという結果を得ていますので、血流が何かしら慢性化に関与していると考え、血流改善の意味でもトリガーポイントに対する鍼治療やストレッチが必要だと考えています。

それからトリガーポイントは侵害受容器の感作部位ですから、他の部位に刺鍼するよりも、私の経験ではトリガーポイントに当たると得気といわれる感覚がよく起こります。得気が起これば内因性の鎮痛系が働きます。この2つがトリガーポイント鍼療法の治療メカニズムだと思います。

黒岩

私のアプローチの仕方も山下先生とよく似ています。認知覚が生じるトリガーボイントを重視しますが、認知覚を生じさせただけでは治りません。認知覚が生じるところに鍼を当て置鍼するか、置鍼する時間が確保できないと思ったら大量に鍼を打つ。そのどちらかを行わないといくら認知覚が生じても症状は取れませんでした。つまり局所で何か変化が起こらないと改善しないと言えると思います。

伊藤

大量に鍼を打つとなると、刺鍼はどこでもいいというイメージを持たれる方も多いと思います。トリガーポイントはポイントだからトリガーポイントと呼んでいるので、私には大量に鍼を打つことの意味がよく理解できないのですが。

黒岩

トリガーポイントをどう捉えるかによって治療方針は大きく変わります。私は責任トリガーポイントを発痛構造と推測していますから、治療はトリガーポイントの代謝もしくは内因性刺激因子の除去を戦略目標とします。代謝ですと神経系の誤作動に介入するのと異なり、構造変化をきたす程度、つまり多量の刺激が求められると思います。ちなみにこの視点は経験則です。大量に刺鍼したほうが明らかに効果的だった経験からそう考えるようになりました。

また端的にはポイントというイメージ自体が間違っていると思います。実体を持った平面構造だから一定の面積があるのは当然です。ショートケーキぐらいの大きさの硬結表面の責任トリガーポイントに鍼を1本打ってもあまり意味がない。循環の確保という意味でも効果は薄い。

伊藤

循環の確保という意味で、鍼をたくさん打つのはわかります。しかし、トリガーポイントがある程度の広がりをもっていると認識しているのは、私が知る限りでは黒岩先生ぐらいだと思うのです。我々が行った臨床試験の結果では、トリガーポイントの位置しっかり把握して鍼を行えば、1本でも十分な効果が得られています。

ところで、先生自身が座談会の始めにトリガーポイントを探すには10時方向とか2時方向から押さなくてはわからないとおっしゃっていましたよね。トリガーポイントはそれぐらい限局されたものだと思うのです。

TravellやSimonsの定義が間違っていると言えばそれでおしまいですが、1983年にTravellとSimonsが書いた『The Trigger Point Manual』(Lippincott Williams & Wilkins)に示されているトリガーポイントの部位は1つの筋につきだいたい2個か、多くても4,5個です。それなのに1ヶ所の筋に数十本打つような治療に関して、それをトリガーポイント治療と言ってしまうのは、何か違う気がします。

我々の実験的研究では、索状硬結上に出現する閾値低下部位(トリガーポイント)は直径1p程度の大きさであり、限局したポイントです。

「症状の再現(認知覚)」だけを物差しにしてトリガーポイント決めるとある程度広がりを持ちますが、正常な筋肉でもかなりの強い刺激を加えれば関連痛が生じるという事実もあります。トリガーポイントは「症状の再現するような部位」ではありますが、「索状硬結上に出現する閾値低下部位」という条件もあるのです。索状硬結上の閾値は一定ではありません。丁寧に探っていけば、結局のところある程度限局した点になるのではないでしょうか。

黒岩

限定されているけれども点ではないし、循環確保を視野に入れるとトリガーポイントだけではなくトリガーポイントの基盤を作る硬結にも刺したほうがいい。そうなると1個の筋に数十本は大げさかもしれないけれども、1つの索状硬結に数本は必要です。

体験を踏まえた想像ですが、長時間置鍼すると循環改善や炎症など、様々な反応を引き起こせるので、鍼も1本か2本で代謝の引き金を引ける。ただ置鍼する時間がないときに同じ反応を求めるなら、本数が必要になる。そう考えています。

伊藤

ですが、臨床研究の流れとして、初めはトリガーポイントに注射液をある程度の範囲浸潤させなければ効果がないとされていました。しかしながら、臨床研究が進むにつれて、ただ単に鍼灸鍼のような細いものを刺すだけでも効果があると変化してきましたよね。

先生のお話だと、トリガーポイントに広がりがあるなら注射薬である程度浸潤させてしまったほうがよっぽど効果が高いということになりませんか。それではまるでこれまでの研究と逆行した流れになるような気がします。

もちろん治療院では長い時間をかけられないので、時間の問題もあるかもしれません。しかし患者の負担を考えれば、多く打つより丹念に探して、1カ所ここだと思うところに鍼をするほうが、私自身は一番効果的だと思います。我々の行った臨床研究では少ない本数で、なおかつ10分程度の置鍼治療でもいい治療効果を得ています。

黒岩

注射薬が侵襲として引き起こす反応の大部分は多数施鍼によって誘発される反応と同じかもしれませんが、注射薬は筋の一部を結合組織に置き換えてしまうなど、一部は明らかに違う反応、治療上望ましくない反応を含むと思います。それと鍼や手技はトリガーポイントを選択的に刺激できますが、注射針、注射液では作用する構造が生理的構造にまで広がります。ですから、大量の刺激という点では同じかもしれませんが、中身は違うと思いますね。

また鍼をたくさん打つと患者への負担が大きいとおっしゃいましたが、一概には言えない。負損が大きいことが苦痛を意味するなら、責任トリガーポイント刺鍼の快痛を苦痛という患者はほとんどいません。負担が大きいという発言が治療による体調の狂いやリバウンドのことを言われたのなら、リバウンドは刺激量ではなく技術力で決まると申し上げたい。

私のところに90歳近いガリガリに痩せたおばあさんが来られます。肩こりを訴えられるときは、15本とか20本を肩に刺します。患者が多いため月1回の治療しかできないのですが、この方は「何とか毎週治療してもらえるようになりませんか」と頻繁におっしゃいます。

伊藤

確かに注射による組織破壊は鍼灸鍼よりも大きいかもしれません。しかし、今までの研究成果では鍼灸鍼であろうと注射針であろうと効果はほぼ同様であり、強刺激が望ましいとする裏付けはありません。

患者が強い刺激を求めるのに応えることは臨床上重要ですが、患者が好むことと治療効果があることは別物です。だから90歳近いおばあさんが強刺激を求めたからと言って、強い刺激でも構わないという根拠にはなりません。

私はトリガーポイントに鍼をすることは強い刺激であると思っています。リバウンドは確かに技術力によるものかもしれませんが、同じ治療効果が得られるのであればわざわざリバウンドを引き起こす可能性が高い方法をする必要はないはずです。鍼1本でも鎮痛を引き起こすのに十分な得気は得られます。先生はトリガーポイントに鍼を刺したときに、得気感覚はないのでしようか。

黒岩

いえ、ありますよ。関連痛誘発、疼痛増悪という形で。

伊藤

それが数十本分あるわけですよね。とても強い得気感覚ですね。一般的に動物実験では強さ依存的に高い鎮痛効果が得られると考えられていますが、ヒト実験では必ずしも強さ依存性にならないようです。患者は本当にいやがっていないのでしょうか。

黒岩

得気感覚は痛いけれども気持ちがいい感覚ですから鍼への恐怖感さえなければ、喜ばれることはあっても嫌がられることはないですね。恐怖感は信頼関係がつくれたかどうかで決まるように思います。

山下

実は私も鍼をたくさん用います。小殿筋などのように障害されやすい筋はトリガーポイントが多発しており、一度に20本くらい刺鍼することがよくあります。確かに刺鍼により痛みが強く出る人は嫌がることがあり、その場合は本数を制限します。私は大体1時間ほど置鍼します。

黒岩

1時間も置鍼されるんですか。

山下

はい。1時間患者を寝かせておきます。看護師と相談して決めたことですが、鍼療法中は副交感神経反応が起こって非常に気持ちよくなる人が多いですから。しかも疲労している人が多いので眠ることもしばしばあります。その場合、声もかけないようにして寝させてあげます。1時間後、鍼を捻転して反応が消えていることを確認したうえで抜鍼します。もちろんケース・バイ・ケースで、刺激が強く感じる人は早めに抜鍼します。

伊藤

私自身は鍼を数多く打つことに意味を見い出していません。大量に鍼をすることは術者の自己満足であって、1本で効果があるなら患者にとっては1本がいいわけですよね。逆に考えれば、失礼な言い方ですが、下手くそだから、探せないからこそ多く打っているのではないかという見方もできます。数打てば当たるというような発想でトリガーポイントを見られると、この座談会を読んだ方に誤解を招くようで、私はよくないのではないかと思います。

ただこの件はすぐに結論が出せないので、今後我々いろいろな形で調べていく必要があるテーマであると思っています。

黒岩

山下先生がおっしゃったように鍼1本でも20分、30分と置くと、痛みがびっくりするほど楽になります。ただ一般の治療院で1時間はもちろん30分も置鍼するのは、経営的にはかなり厳しい。それに代わる方法を探究した結果、たくさん打つ方法に変わりました。

川喜田

厳密な場所を決めて、症状が再現するかどうかを見極めて治療をするというのがトリガーポイント治療の原理原則となっています。しかし、それが1つの原因で起こってくる症状ならそれでいいですが、状態によっては非常にたくさんの原因からなるトリガーポイントが存在している可能性もあるわけです。その場合、すべてのトリガーポイントを治療しないことには完治に至らないという理屈も成り立ちます。ここでは結論が出ないので、安直に数を増やしているのではなくて、対象に応じて数は変化する場合があると考えればよいのではないでしょうか。

誤診が多い現状とトリガーポイント研究の行方■

川喜田

これまで先生方のお話を通して、トリガーポイントは単に痛みだけではなく、めまいや自律神経への影響などいろいろな原因になっていることがわかってきました。

今、トリガーポイントの議論としてよく言われているSimonsたちの運動終板の過剰反応興奮説に関しても、先生方は否定的な見解を持っているということで、議論が一致したと思います。

トリガーポイントの定義で言えば、圧痛や索状硬結、local twitch response (LTR:局所単収縮反応の意味。これがあるとトリガーポイントの治療はよく効き、この反応が大きいほどトリガーポイントに近いと言われ、指標になる)、関違痛のパターンがあることが教科書的な定義です。その中でも一番大事なものとして順番をつければ、症状の再現、あるいは認知覚が起こることがlocal twitch responseよりは重要となり、それを目安に筋肉だけではなく、骨膜や腱などにあるトリガーポイントの現象も一応検出は可能であるというところまで意見が一致したと思います。

治療法に関しては鍼の数の議論がありましたが、適切に治療をするという意味では、正確に見つけて、そこに正確な鍼を打たなければなりません。今日は鍼の話が中心でしたが、鍼以外にもストレッチやホームエクササイズを行うことが非常に有効だという話も出ました。

以上がこの座談会で話してきたことですが、今後、先生方がトリガーポイントを使って試みたいこと、トリガーポイントのよさや使用上の注意などを最後にお話ししていただいて、座談会を終わりたいと思います。

山下

私がトリガーポイントの治療を行うようになって一番痛切に感じていることは、医療の現場において痛みの患者に対する不適切な診断が非常に多いということです

実際には、筋筋膜性疼痛症候群による疼痛の患者は非常に数多くいるにもかかわらず、筋筋膜性疼痛症候群という診断を下す医師はほとんどいません。ペインクリニック関連の書籍では一番権威のある『Bonica's Management of Pain』 (John D.,Md.Loeser; Third Edition, Lippincott Williams & Wilkins)という本の中でも、筋筋膜性疼痛症候群はしばしば誤診され、滑液包炎や関節炎、内臓疾患として治療されてきた経緯があると書かれています。

実際、肩関節周囲炎(肩峰下滑液包炎)と診断されるものの多くは、肩甲下筋や棘下筋などの回旋筋のトリガーポイントが原因の疼痛です。

また、レントゲシ写真の所見から下される変形性膝関節症という診断も、軟骨が磨り減っているために痛いという考え方は、私は違うと思います。そのほとんどは大腿四頭筋や殿筋などのトリガーポイントから起こっている関連痛です。

内臓疾患に間違われるものでは、例えば、狭心症の診断を受けニトロ製剤を処方されていたが、実は背部の多裂筋や斜角筋のトリガーポイントが原因であった患者を何人か知っています。

例を挙げればキリがありませんが、もう一例挙げると、腰下肢痛の場合、MRI検査を行い椎間板ヘルニアの所見が見つかれば、それが痛みの原因とされ、神経根症とされてしまいます。しかし、実際には先天的に脊柱管が小さい人でなければ、ヘルニアを起こした椎間板が神経根に炎症を引き起こすことはありません。腰下肢痛の一般的な原因は、小殿筋や梨状筋などに生じたトリガーポイントに基づくものです。

このように現代医学は疾患の診断を画像検査や血液検査などの目に見える形で示された異常所見に基づいて行う傾向があり、実はそこに大きな落とし穴があるのです。痛みの治療に携わる者は、痛みの原因は必ず画像上の異常所見に基づいて起こるという先入観を改めていかなければいけません。そのためには、筋筋膜性疼痛症候群やトリガーポイントについての正しい知識を身につけ、これらに基づく疼痛が実は非常にありふれたものであるということを知ってほしいと思っています。

黒岩

偶然、責任トリガーポイントを見つける技術を確立できた結果、大変面白い現象を観察できるようになりました。それにつれてトリガーポイント概念も大きく変わりましたが、トリガーポイント現象の1つとして見つけた、ヒトの脳は運動器の痛みについては発痛部位を誤認することは、トリガーポイントの枠を超えて現代医学にインパクトを与えるように思います。

翻って東洋医学の世界で、兪穴という言葉はツボ全体を指す言葉です。また兪穴の「兪」は「即ち然り也」という字義があります。そもそもツボは阿是穴だったことがわかります。

ツボが阿是穴だったとすると、阿是穴は体表の「ここ」と解剖学的に決められるわけではなく、押して探さないとわかりません。触診が絶対必要です。そこではじめて前揉法の意味が出てくると思います。このようにトリガーポイントの視点で、宗教理論で体系づけられる前の東洋医学を再検討する必要がある。そうすると、鍼灸学の有用な部分をもっと発掘できると思います。

また伊藤先生には「鍼の本数」について実験的に検討していただきたいですね。先生がつくられたトリガーポイントモデルを阻血などで内因性に刺激して責任トリガーポイントにまでもっていっていただけると「トリガーポイントとは何か」がさらに明らかになるように思います。よろしくお願いします。

伊藤

世界のいろいろな学会でトリガーポイントの研究報告を見てきましたが、たくさん鍼を打つほうがいいという考え方をしている人はあまり多くないように思います。それこそ日本独特の考え方のようです。

実際の臨床を考えれば、鍼をたくさんすることはいい場合もあるし、逆に悪い場合もある。本当に1本でいいのか、それとも大量に必要なのか、今のこの段階では答えられませんが、せっかく日本にはトリガーポイントを使っている先生方がたくさんいらっしゃるので、この辺りのエビデンスを確率していく必要があると思います。

それと同時に、トリガーポイントで副交感神経を優位にするという考え方は日本、それこそ黒岩先生独特の発想で、論文もしくは文献上にそういう報告や記載はありません。、しかし、記載がないだけで多くの方が経験的には思っていることかもしれませんので、そういう意味ではこの現象を確立していくことも必要ではないかなと考えています。

トリガーポイントの概念自体はそれほど難しいものではありません。トリガーポイントを正確に探す技術を身につけようと思えば越えなくてはならない壁はいくつかありますが、患者が痛いと言っているところに必ずしも原因があるわけではないという発想をまず根底に持っていれば、トリガーポイントはそんなに難しいものではないということをまず理解してほしいです。

そこがわかれば普段、西洋医学的に原因がわからないような病態でもトリガーポイントを探すことでよくなる症例はいくらでもあります。もちろん慢性痛に関しては、トリガーポイント治療は非常に有効な治療であるし、そういう意味ではトリガーポイントの活用する範囲はこれからますます増えてくるのではないかと考えています。

川喜田

最後に先生方からこれからの課題が出ました。トリガーポイントの臨床をアピールするためには、エビデンスをつくる必要があるだろうということです。そのための臨床試験のデザインはいろいろな形が考えられると思うので、今後プロトコールの提案をして、先生方の協力のもとトリガーポイントが普及できるようなことを考えられればよいと思っています。

また、先ほど山下先生のお話のように、慢性筋痛の患者には誤診されている人が圧倒的に多いような気がします。痛いところに原因がないことも十分あり得るんだということを、鍼灸の人だけではなく、臨床に携わっている整形外科の先生、ペインクリニックの先生に理解していただきたいと思います。そういう目で診れば、トリガーポイントが確実に見つかるだろうし、どんどん治療効果は上がることが期待されます。皆さんの今後の活躍によってそれをさらにアピールしていきたいと思います。本日はありがとうございました。(了)

加茂整形外科医院